一章六節 - 薄明と嫉妬
次の瞬間、大斗は駆けだした。前方を歩く与羽たちに向かって走る。その口元には徐々に笑みが浮かんだ。
足音に気付いて振り返った与羽に、大斗は勢いを殺さずに駆け寄って、その腰を片腕で抱え上げた。
「ちょ……、九鬼先輩!」
辰海が驚いたように声をあげ、体勢を崩した与羽が反射的に大斗の頭にしがみつく。
「城に向かった薬師夫婦が気になるんだろう? それならもっと急がなきゃ」
「……時間をかけてるのは、先輩たちだと思いますけど!」
与羽は足をばたつかせて大斗におろすよう示しながら、とげのある不機嫌な声で言った。
「そうだな。急ごう」
大斗は与羽を抱えたまま歩きだした。
「おろしてください」
硬い声で与羽が言うが、従ってくれるわけがない。
辰海も困ったように与羽を見上げるだけで何も言わなかった。
「おろしてくれないと髪の毛抜きますよ」
「勝手にしなよ。どうせ親父みたいに禿げるんだ。早いか遅いかの違いでしかない」
「華奈さんに言いつけますから!」
「それで華奈が俺に何か言ってきてくれるなら、大歓迎だね」
文句を言いつつも、与羽は無理やり大斗の腕を抜けだそうとはしていないようだ。
与羽の苦情を大斗がのらりくらりとかわす。お互いに駆け引きを楽しんでいるにすぎない。
その場に立ち尽くしたまま、雷乱は不快げに眉間のしわを深めた。
「気にいらねぇ」
――オレだけ何も知らねぇみてぇじゃねぇか。
自分を置いてどんどん先へと進んで行く三人を見て、雷乱はつぶやいた。