一章五節 - 薄明と羽根無き鳥
「お前……!」
雷乱は先に歩いてゆく与羽を辰海にまかせて、大斗と対峙した。
「いい加減にしろ。小娘に手を出すな」
「学習しなよ、雷乱」
一方の大斗は雷乱に合わせて立ち止まっているものの、深刻さは皆無だ。
「さっきの古狐を見なかったわけじゃないだろう? あれだよ。古狐は普段はなよなよした役立たずだけど、ちゃんと自分のやるべきことをわきまえてる。
あいつは、与羽が生まれた時から与羽と一緒にいた。与羽を心から憎んだこともあるし、兄妹のように――それ以上に大事に思っているのは、俺だって知ってる。俺たちじゃ及ばないような絆があるんだよ。
古狐は俺が与羽に触ろうとしても、困ったようにたしなめるだけで止めはしない。与羽にある程度は許す気持ちがあるからな。でも、あいつはさっきみたいな与羽が本気で嫌がることだけは決して許しはしない。
あいつはその見極めができるんだよ。どこまでなら与羽が許して、どこから本当に傷つくか。
できるだけ与羽に自由に振舞わせる。少しの怪我は、何が危険か判断できるようになるための大事な経験だ。
古狐は、与羽を自由に遊ばせてたくさんすねに傷を作らせながらも、本当に危険な――致命傷だけは与えないようにしてるんだよ。ホント、良くできた兄さ。
でも、お前は主人に近づく奴、すべてを敵とみなして噛みつく。狂犬と同じだよ。このままじゃ、与羽のそばにはお前しかいない状態になりかねない。
お前はそれでもいいと思ってるのかもしれないけどね。与羽の事を考えなよ。本当に与羽に忠誠を誓った家臣ならさ。
与羽が真綿に包まれるような生き方を『良し』とすると思う? その辺を考えろって言ってるんだよ。
与羽は『羽根を与えられた姫』。
鳥はかごに入れて飼うもんじゃない。
しかも、与羽だけじゃ羽根のない鳥だ。俺たち一枚一枚の羽根があって、与羽はやっと飛べるんだよ。お前一人――羽根一枚じゃ飛べないどころか凍え死ぬ。
言っとくけど、俺はお前が雷乱だからわざわざ教えてやってるんだからね? お前は強い。強いやつは好きだよ。好きだから教えてやったんだ。
古狐は嫌いだしね。普段はなよなよしててよわっちいし、あいつの本気を引き出すのには骨が折れる」
大斗は雷乱を見上げたまま言いきって、前を歩く二人を見た。
後ろで立ち止まったままの大斗と雷乱を気にしつつも、城に向けて早足で歩く与羽。彼女と半歩遅れでそれについて行く辰海。
「――俺だって、わざとでも与羽を傷つけたくはないんだ」
少しだけ間をおいて大斗の口からこぼれた小さな声は、先ほどの長いセリフに続いていたのだろう。眉間にしわを寄せ、奥歯を噛みしめた苦痛に耐えるような大斗の顔を雷乱は無言で見下ろしている。
大斗は静かに目を閉じた。
「でも、それしか方法がないんだから仕方ない」
大斗が目を開けた時には、先ほどの表情は消えていた。無表情。彼が無関心を装う時に見せる顔。それと同時に、自分の感情を隠す時に使う顔でもある。




