おまけ短編 - 忍草 四
* * *
次に華奈が目覚めたのは夕刻らしかった。見上げた天井が薄橙に染まっている。
しばらく天井を眺めながら、ぼんやりとした頭が覚醒するのを待った。
ふと大斗のことを思い出して、横を向いた瞬間――。
「……! ……ッ、あ! ――!!」
声にならない悲鳴を上げて飛び起きようとした。しかし、急な動きに傷が痛み、無様に倒れ込んでしまう。
「おはよう、華奈」
彼女の様子に口の端を釣り上げて言ったのは大斗だ。
「な……、な、なんで、あなたが――!!」
口をパクパクさせながらも、華奈は何とかそれだけは声に出した。
大斗が自分の隣に肘をついて寝そべっていたのだ。
知らぬ間に添い寝されていた華奈は、真っ赤になって布団からはい出そうとした。
「逃げるなって」
しかし、大斗に肩をつかまれ引き戻される。
「や、やめなさい!」
華奈は大斗を押し返そうとしたが、彼から香る傷薬の匂いに思いとどまった。
「ふふん? 抵抗しないの?」
そう言って身を寄せてくる大斗。あまりのなれなれしさに、傷の心配をした自分が馬鹿らしくなる。
「黙りなさい! 九鬼大斗」
そう叫んで逃げようとしても、体の上に覆いかぶさられて余計に身動きできなくなった。
「いい加減苗字付きで呼ぶのやめない?」
大斗が耳元で低くささやく。
「いやよ」
華奈は大斗の下から抜け出そうともがいたが、けが人とは思えない力で抑えつけられてできない。
「呼んでくれるまで離さない」
「生意気よ」
批判的に言っても拘束は緩まなかった。
「俺のこと『好き』って言ってくれたのは、聞き間違いだったかな?」
顔を見なくても声色から大斗がいたずらっぽく笑っているのがわかる。と言っても、彼のいたずらっぽい笑みは与羽がするかわいいものではなく、ものすごく凶悪で不敵な笑みだが……。
華奈は無意識に身をすくめた。
そのこめかみ辺りに、熱く湿ったものが触れる。
「ひっ……!」
「けがは大丈夫?」
しかしそれもすぐに離れ、そう尋ねられる。
いつも冷静で冷たい印象すらある大斗の体は熱い。彼にも温かい血が流れていることを意外に思うと同時に、改めて距離の近さを感じ、緊張した。
「へ、平気よ」
何とかそう答えたが、その声は上ずっている。
「なら……、良かった。お前だけでも、無事で――」
「あなたらしくないわ」
大斗の口調が弱々しく聞こえて、華奈は批判を込めてつぶやいた。
「何人くらい流された? 雷乱は?」
大斗は華奈のつぶやきには応えずに、そう問う。
かすかに声が震えているのは気のせいだろうか。
「わからないわ」
華奈は素直に答えた。
「そう……か」
絞り出すように言った後、大斗の言葉が途切れた。かすかな震えが、伝わってくる。
泣いているのだろうか。そう思って大斗の顔を見ようとした華奈だったが、あごをつかまれ無理やり顔を別の方へ向けられてしまった。
「あなたのせいじゃないわ」
華奈は大斗から視線をそらしながら、彼の肩をやさしくなでた。傷に障らないように気を付けて。
「あなたが責任を感じることじゃない」
そう繰り返す。
「……大斗」
ためらいがちに名前を呼ぶと、息が詰まりそうなほど強く抱きしめられた。そのせいで、一層大斗の震えが伝わってきたが、嫌な感じはしない。
「大斗」
もう一回呼んでみたが、何も応えは返ってこない。




