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終章一節 - 陽光と城下の民

 翌日、与羽(よう)はここ一週間の仕事を絡柳(らくりゅう)に任せきりにしてしまったことをわび、自ら天守閣一階の持ち場に座った。そこには、絡柳と辰海(たつみ)の他にもう一人、雷乱(らいらん)が隅にあぐらをかいている。

 顔や頭が少し腫れているのは、昨夜与羽の筆頭女官を自称する竜月(りゅうげつ)に「ご主人さまをいっぱい心配させた罰ですっ!」としこたま殴られたからだ。さらに悪いことに、その現場に大斗(だいと)が通りかかり、大けがをしているとは思えない力で殴り飛ばされた。

 彼ら同様与羽の落ち込みぶりを見てきた辰海や絡柳は、気の毒だとは思いつつも竜月や大斗の気持ちもよくわかるのであえて雷乱のけがには触れない。雷乱自身も文句を言わないところを見ると、それなりに反省しているらしい。与羽も全くの無関心だ。


 むしろ、雷乱が戻り、まわりの状況をよく把握できるようになって、より悲しげな顔をするようになった。安否不明者、戦死者を足せば三ケタを超える。

 けが人の中にはいまだに予断を許さないものも少なくない。

 城下も城下西部の平野も荒れ、ひと月前とは大きく様子が異なっていた。


「今日の午後は、中州のために戦ってくれた人たちにお礼を言って回ろう」


 与羽はそうつぶやいた。


「それがいい。俺がここにいて報告を聞いていよう」


 絡柳も二つ返事で承諾した。


「やっぱり、亡くなった人の家族やけがをした人は、怒ったり、憎んだりしますかね?」


「なかにはそんな人もいるだろう。だが、大多数は違うと思うぞ」


 絡柳はそう答えて苦笑した。


「……少し、余計なことをしてしまったかもしれないな」


「…………?」


 そんな絡柳を見て首を傾げる与羽。


「入ってくれ」


 絡柳は笑みを深めつつ、扉に向かって呼びかけた。


 その瞬間、閉められていた戸が勢いよく開き、与羽も良く見知っている町の人たち――主に子どもがなだれ込んできた。

 そのあとを、母親たちが慌てて追いかけ入ってくる。中には今回の戦で戦った兵も混ざっているようだ。

 そして、大人も子どももいっせいに礼を述べ、装飾品や着物、まんじゅう、せんべい、たいやきなど色々な物を差し出した。菓子が多いのは、与羽の甘い物好きが城下町中に知られているからだろう。

 特に幼い子どもを持つ親の多くは一度中州の他の地域に避難したはずだが、すでにこれほどの人が城下町に戻ってきているのだ。


 度肝を抜かれたように目と口を開いてなだれ込んできた人々を見つめる与羽。

 そんな城主代理に、人々はみんな笑顔で声をかける。


 見開かれていた与羽の目から、澄んだしずくが落ちた。


「……ダメだね、この城下の人は。こんなお人好しばっかだと、城主に年貢しぼりとられるぞ」


 慌てて彼らから顔をそらし、怒ったような、呆れたような口調で言う。


「大丈夫。ここの城主一族は中州の誰よりもやさしくて、いい人だから」


 与羽は聞いているのかいないのか、皆に背を向けている。何も受け取ろうとせず、ただうつむき、かすかに肩を震わせて右袖で目を押えた。


「与羽ねーちゃん、泣いとん?」


「ごめん、ねえちゃん泣かないで」


「おまんじゅうあげるから」


「うちのあめちゃんあげるよ、ねえちゃん」


 子どもたちは口々に言い、与羽に近づこうとしたが、どの親も城主のためにしつらえられた上段の間へは登らせまいと捕まえる。

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