九章一節 - 涙雨と冷王と賢帝
「大斗、いい加減倒れろ」
天守閣で奏でられる澄んだ鉦の音を聞きながら、絡柳は目の前に立つ友人にそう命じた。
ここは中州城。
普段は客間の並ぶ客殿の一室だが、今は医務室として開放されている。
城下町周辺での戦いがひと段落したため、剣戟の音は遠く、兵の手当てに駆け回る医療班やその手伝いの足音が響いていた。
「何?」
絡柳の命令に、大斗は不機嫌に言った。
鎧はすべて脱ぎ、乾いた着物に着替えている。はだけた胸元にも、四肢にも頭にも真新しい包帯が巻かれ、場所によっては血がにじんでいたり、添え木がしてあったりと、痛々しい傷も見受けられた。
「お前、それだけひどいけがをしていてどうして倒れない? 体中あざだらけだったじゃないか。どうせ骨もやられてるんだろう。せっかく人払いしたんだ。とっとと倒れろ。寝ろ」
大斗の手当てを手伝った絡柳は荒れた口調で言う。
「平気だよ、これくらい」
しかし大斗はいつもの口調で言って、添え木のされた左腕を振ってみせた。痛みに顔をしかめることもなく、本当にたいしたけがではないように見える。
「強がるな。これ以上乱舞に心配かけるんじゃない」
しかし、絡柳は騙されなかった。
「俺が倒れでもしたら、乱舞は一層心配するんじゃないの?」
「馬鹿言え。お前が強がっているのは、俺にも乱舞にもバレバレだ。いつまでも無理して立ち続けている方が心配に決まっている」
乱舞はまだ中州川付近に残り、そこで城下を守りつつ平野部での戦いを見守っているはずだ。側近中の側近である大斗も絡柳もいない状態で。
「華奈が目覚めたらね」
しかし大斗は、素直に従おうとはせずに脇に寝かされた華奈を見た。青白いほほ、着物は乾いたものに着替えさせてあるが、髪はまだ湿り額に張り付いている。
大斗と華奈も中州川の水流に流されたものの、乱舞が華奈に渡してくれていた命綱のおかげで何とか城下に引き上げられた。
しかし、水とともに流されてきた岩や木などから華奈を守ったために、大斗は体中傷だらけだ。華奈に外傷は少ないが、流されたときに気を失ってまだ目覚めない。
「今すぐ倒れろ!」
絡柳が怒鳴る。
大斗の肩をつかんで揺さぶると、大斗は大きくよろけた。それを分かっていたかのように支えて、絡柳はため息をついた。
「わかった。俺もどこかへ行けばいいんだろう?」
そう言って、大斗から離れる。客間の障子戸まで下がり、そこで再び大斗を振り返った。
「ちゃんと寝るんだ。お前は一刻も早く本調子を取り戻すよう努めろ」
そう言い残すと同時にぴしゃりと戸が閉められ、絡柳の足音がだんだん遠ざかっていく。
それが聞こえなくなってから、大斗は倒れ込むように布団に横になった。たったそれだけの動作で体中が痛む。
しかも一度横になると、急に四肢が重たくなったようでもう立ち上がれそうになかった。
「……悪夢を見そうだ」
そうつぶやきつつも、これ以上は耐えきれない。
大斗は隣に寝かされた華奈を見守りながら意識を手放した。




