八章九節 - 篠突雨と焦燥の龍姫
* * *
「雷乱っ……!!」
与羽はのどが張り裂けんばかりに叫んだ。
そしてすぐに喉を酷使したために咳き込んだ。
空の腕がわずかに緩んで、与羽の背をさすろうとする。
その瞬間、与羽は咳き込みながらも飛び出した。窓からすぐ下にある屋根へ、そこからもう一階下の屋根へと降り、最後に自分の身の丈の二倍以上の高さをためらいもなく飛び降りた。
骨を折るかもしれないという単純な思考さえできなかった。一刻も早く中州川に駆けつけたかったのだ。
そうすれば、そこにまだ雷乱がいる気がして――。
「与羽!」
狙い澄ましていたかのようにその着地点に駆けつけたのは、城の警護をしていた辰海だ。
与羽を受け止め、しかしその勢いを完全に受け切ることはできず、与羽の下敷きになる形で倒れた。
その時、与羽はすでに立ち上がろうとしていた。
辰海が受け止めたといっても衝撃は皆無ではなかったはずだ。にもかかわらず、与羽は辰海が引き留めようと伸ばした腕をかいくぐって駆けだした。
「ダメ! 待って!」
叫んで辰海も立ち上がった。体のところどころが痛んだが、走れないほどではない。
本来ならば、先を走る与羽に追いつくなどたやすいことだ。しかし、今の与羽は中州城下町に網の目のように張り巡らされた小道を何度も曲がりながら走っていく。
与羽がどの角を曲がるのか、予想できずに行きすぎそうになったり、道の細さや障害物に悪戦苦闘したりとなかなか追いつけない。
与羽が向かおうとしている場所は分かる。中州川のそばにある城下本拠地だ。
ただ、先回りしてそこで与羽を待とうとは思えなかった。危険すぎる。辺りにはまだ城下町に侵入した華金兵がいるかもしれないのだ。
しかし、華金兵と出くわす心配も杞憂に終わり、二人は折り重なるようにして中州本拠地に転がり込んだ。
そのまま中州川の土手まで行こうとした与羽を止めたのは乱舞だ。
「離せ!」
与羽が乱舞の腕を殴りつけながら命じた。
「それが兄に対して使う言葉か!?」
それよりも大きな声で激しく乱舞が言う。
「与羽!」
辰海もすぐさま与羽を制止しようと、腕を伸ばす。
「雷乱が……っ!」
しかし与羽は、その二人を振りほどこうと暴れまわる。
今すぐ中州川まで行かなければならないような気がしたのだ。
頭では、今さら行ったところでどうにかなるわけではないと分かっている。それでも、行けばそこで雷乱が待っているような、雷乱が川から這い出してくるような気がして仕方ない。
「落ち着いて、与羽っ!」
辰海が与羽の耳元で叫ぶ。
それが功を奏したのか、がくりと与羽の体から力が抜けた。
ぐったりした与羽の体を辰海が慌てて支える。




