八章五節 - 嵐雨と城下拠点
中州兵が減ったために多くの華金兵に囲まれ、未だに川の中ほどで戦う彼らは大丈夫なのだろうか。水位が増すにつれ、足場も悪くなる。
一人の華金兵が流れに足を取られ、周りにいた仲間数人を巻きこんで転倒する。たまたま浅いところだったのか、少し流されて再び立ち上がったが、これからさらに水位が増していけばどうなるか、想像は容易についてしまう。
「乱舞、先にあがりな」
川の中ほどで戦う大斗が、息をつく合間に命じた。
「いやだ」
しかし乱舞は即座に拒否する。
目の前の相手と切り結びながら、大斗は目を細めた。与羽がこの顔を見たら、あっという間もなく逃げ出すだろう。
急に増した大斗の殺気にひるんだ華金兵の腹に蹴りを叩き込み、大斗は乱舞の襟首を乱暴につかんだ。
「千斗」
少し後ろで戦う弟の名を呼びながら、乱舞を背後に押しやる。
「お前も先にあがってな」
そして大斗は再び戦いはじめた。
乱舞を無言で受け取った千斗は、細い体からは想像もつかないような怪力で抵抗する乱舞を引きずっていく。
彼らを守るために、土手のすぐ下で戦っていた華奈が数名の中州兵とともに川に踏み込んだ。
その気配を感じながら、大斗は前方に目を向けた。
彼自身かなり前のほうで戦っているつもりだったが、さらに先で卯龍と北斗が刀や槍で応戦している。膝まで水に浸かっているにもかかわらず、その動きに無駄はない。
お互いに助け合いながら武器を振るう二人の顔はどこか寂しげで、しかし固い決意が感じられた。
そして彼らとやや離れたところに雷乱。
「あいつ……」
大斗は舌打ちした。
「与羽は中州川で戦う危険を話さなかったのか?」
話していないわけがない。与羽の賢さ、慎重さは知っている。
必要なこと、気をつけるべきことはすべて伝えてあるはずだ。
雷乱が忘れているのか、大したことないとたかをくくっているのか。どちらにしても、彼を城下町まで連れ戻す必要があるようだ。そして、その役目は大斗が負うべきだろう。
そこまでほとんど瞬時に思考して、大斗はさらに川の中央へと踏み出した。
「九鬼大斗!」
それを制止しようと叫んだのは華奈か。
大斗は振り返らなかった。目の前の敵と切り結び、さらに先へ――。
雷乱はずっとひとりの相手と戦っているようだった。彼らの周りにはほかの華金兵もいたが、二人の気迫と増えてきた中州川の水で手が出せずにいる。
雷乱と戦う華金兵は、大柄な雷乱とは頭一つ分以上の身長差があったが、それをものともせずに対等に戦っている。
まとった鎧の質からして、それなりに地位と能力のある武士なのだろう。
わずかに見えた横顔は若そうだ。まだ三十を超えていないように見える。
大斗は彼の剣筋を見てわずかに顔をしかめた。最初に浮かんだのは、比呼の剣。もっと言えば暗鬼の剣だ。
正確に相手の急所を狙い、手間と労力を最小に抑えて相手を屠る殺しの剣。
首筋、脇、眉間。鎧の隙間を狙って鋭く出される突きを雷乱が紙一重で受け流す。
攻撃を大太刀でさばく雷乱の隙をついて、相手が左手をひらめかせた。




