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龍神の詩5 - 七色の羽根  作者: 白楠 月玻
八章 黒の旗
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八章四節 - 嵐雨と天守

 

  * * *


 中州城下町の南東部にある裏拠点から十人ほどの弓兵が城下警護のために走るのが見えた。天守閣はその役割を十分に果たし、城下とその先の平野を広く見渡すことができる。


 今、中州城下では通りのいたるところで刀や槍が打ち合わされていた。

 城へと通じる通りには城下警護の兵たちが集まり、城内に攻め込もうとする華金(かきん)兵と戦っている。通りに倒れ伏しているのも、華金兵ばかりではなさそうだ。


「そろそろ潮時かもしれんのぅ」


 氷輪(ひょうりん)がつぶやくのが聞こえた。

 与羽(よう)がはっとして老武官を見やる。

 氷輪はあえて与羽を見なかった。


 彼女に問いかけることもない。すべては自分一人の判断で――。

 兵への指示に使っていた(かね)を叩く節を変える。


「氷輪さん……」


「これ以上は耐えられん。城まで攻め入られるわけにはいかん」


 氷輪が指示するのは、中州川の水門開放。

 この合図は同時に城下本拠地の兵たちへの退却命令でもある。

 中州の黒の軍勢が、徐々に城下方面へと引き帰してくる様子が天守閣の上からはっきり見えた。それを追撃してくる華金兵も――。


氷輪(ひょうりん)さん、あれ――」


「『水が来るから止まれ』と言ったところで止まらんじゃろ。なぁに、お前さんに非はない。気にするな」


「でも――」


 このまま川の水量が上がれば、流されてしまう。


「むしろ、流されてくれた方が向こうの戦力が減ってありがたい。――というのは許せんのじゃろうな?」


 氷輪が鋭い瞳で与羽を見る。


「それでも、わしはそう思ってしまう。度重なる戦で、感覚が麻痺しとるのかもしれんな。

 お前さんまでそう思えとは言わんよ。舞行(まいゆき)は戦のたびに心を痛めたしな。今回のことも遠く天駆(あまがけ)から心配しておるのじゃろう。中州の誰かが傷つくこと、そして傷つけることを。

 じゃが、これ以上は城主が心配じゃ。城主一族はいつもやさしい。だからこそ、短命じゃ。

 舞行みたいなのは珍しいぞ。中州の歴史をひも解いても、城主一族はたいてい若くして死ぬ。誰かの代わりになっての」


 城主一族は強運だ。不慮の事故で亡くなった者はほとんどない。

 大抵、天寿を全うするか、何かの犠牲になる。


「父様も……」


 与羽はつぶやいた。


「そうじゃの、翔舞(しょうぶ)さまもじゃ。翔舞さまは最期まで手の焼けるお方でしたのぅ。しかし、情が深くて、心優しい方じゃった」


 色々な人の話に出てくる父の姿は、同じだ。どうしようもないほどに迷惑を振りまき、人々に煙たがられながらも、深く愛されている。

 一度でいいから会って話がしてみたかったと、かなわぬ希望を抱いたところで、与羽の意識は不意に現実に戻った。


 氷輪の指示で中州川の水門が徐々に開かれ、水量が増していく。

 中州川で戦っていた中州兵はどんどん後退し、土手の上からは彼らが高台に避難するのを助けるために縄やはしごが垂らされはじめている。

 土手を登るために無防備になりがちな仲間を守り、華金(かきん)兵をこれ以上城下町に近づかせないために土手の上からは無数の矢が射られていた。

 水位上昇に気づいて、後退をはじめた華金兵も一部にはいたが、多くは好機とばかりにさらに中州川へと踏み込んでくるのだ。


 圧倒的な人数差。

 弓だけでは相手を足止めしきれない。

 中州軍の中にも、まだ川の中ほどで敵と戦っている者もいた。

 下で直接刀を交えて戦い、しんがりを守るものが必要なのだ。そして、その役目を果たすのは、上級武官や城主側近、そして中州城主――。

 彼らは人の上に立ち導くだけでなく、下の者を体をはって守る義務を負う。


 それは分かっているのだが――。


乱兄(らんにい)……、雷乱(らいらん)大斗(だいと)先輩」


 与羽は中州川の戦闘を見ながら、つぶやいた。

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