八章三節 - 嵐雨と裏拠点
* * *
「大地武官。私を本拠地に行かせてください」
中州城下町裏拠点には主に弓隊が配置されていた。月見川沿いに中州城下町に侵入しようとする華金軍を止めるための軍だ。
しかし、ここ数日の雨のせいで月見川の水かさが増しこちら側から城下に侵入するのは至難の業になっていた。
裏拠点の指揮官――大地朱宇はあまっている兵の一部を、中州川沿いの本拠地や城下警護にあてる指示を出そうとしている。
そう、出そうとしているだけでまだ出せてはいない。
その原因が、自分に掴みかからんばかりの勢いで訴えているこの若い女弓兵だった。
「そう言われてもな、白雷弓」
朱宇は面倒臭そうに彼女――紫陽沙羅から視線を逸らした。ちなみに白雷弓は沙羅の弓使いとしての愛称だ。
「本拠地に助太刀に向かわなくては……」
「確かに裏拠点は人余りの状態だから、小隊一つ二つくらいなら本拠地や城下町警護にあてられる。だが、お前はここにいろ」
「でも、城主が――」
沙羅はなおも懇願した。
まだ二十歳と若く、上級武官位を持ってはいるが、朱宇に比べれば低い。
今のような非常時に上司のやり方に口出しするのは許されないことだ。中州の法をつかさどる紫陽家の出身である彼女にはそのことがよくわかっていた。場合によっては、その場で斬り殺されても仕方ない。
それでも沙羅は引き下がらなかった。
「お前が城主と想いあっているのは知っているがな……」
「それなら――!」
単刀直入に恋心を指摘され赤くなりながらも、沙羅はまっすぐ朱宇を見上げつづけた。
「だからこそ、ここにいろ」
朱宇はゆっくりと告げる。
「城主はずっとお前を避難させようとしていた。それでも、お前が戦いたいと言うから裏拠点で妥協した。城主の想いをくんでやれ」
「こんなところで守られるなんて――」
「守られていろ」
朱宇は沙羅の弓をつかんだ。相手が男なら肩をつかんでいただろうが、大事な武器をつかまれるだけでもそれなりの制止にはなるだろう。
「普段の城主は穏やかで優しいが、自ら前線に飛び込んだことを思うに、強くて熱い男でもあるんだろう。ここは城主の男を立ててやるべきだと思うがな」
そう言われて沙羅は思い出した。
いつもほほえんでやさしく語り長けてくれる乱舞。しかし、たまにはっとするほど勇ましい顔をする時がある。
やさしい顔をした乱舞といる時は穏やかな気持ちでいられるのに、そんな乱舞を見ると心臓が跳ねるようで、それなのに無性に苦しくなる。乱舞のやさしいところが好きで、男らしいところに惚れているのだ。
だからこそ彼のそばに行きたい。
しかし、そうすれば乱舞は沙羅に気をとられてしまうに違いない。
「今の城主は、お前がここにいるから安心して戦えるんだ。分かっているだろう?」
沙羅はうなずくしかない。乱舞の気持ちをよく知っているから。
彼のそばにいきたいというのは、単なる沙羅のわがままでしかない。
「ここで、戦い続けてくれるな? 白雷弓。中州と城主のために」




