八章一節 - 嵐雨と月日拠点
雨は降り続ける。
ぬかるんだ地面に馬を駆り、刀を振り、槍をつき下ろす。
地面の黒ずみは泥と血が混ざったものだ。
中州城下町の北西では、城下本拠地よりも激しく華金の黄と中州の黒がぶつかり合っていた。
華金の歩兵の多くは徴兵されてきた人々だろうか。さほど武器の扱いに長けておらず、ただがむしゃらに槍を振っているように見える。
彼らに非はない。ただ生きるのに必死になだけだ。不利と見れば自ら逃げていく。
「だいぶ相手の統率が乱れてきたが……」
月日の丘から平野部での合戦を見下ろしていた男がつぶやいた。
年のころは三十前後。一目でそれなりの階級と分かる立派な鎧を着こみ、背には長弓を背負い、腰には矢筒と一振りの太刀。
「情報系統を乱してきましたからね。上がいなくなって、てんでバラバラに動き始めた隊もちらほら」
彼の隣に立つ女性がうなずいた。
鎧自体は薄く軽く体に沿うように作られているものの、防御力は劣らない。上等な鎧に細身の剣を佩いている。彼女は風見秋夜。隣の男は山吹信仁。どちらも月日拠点を任されている中州の上級武官だ。
「城主も勝手なことをなさるし。まっ、『中州城主』らしいと言えばらしいが……」
「中州軍の士気が上がったので良しとしましょう。中州城主一族ならそう簡単に死ぬこともないでしょうし」
「何の根拠があって――」
戦場を見つめたまま真顔で言う秋夜に信仁はわずかに苦笑を浮かべた。
「それよりも問題は――」
秋夜の顔が少し険しくなる。
「ああ、そうだな」
信仁も彼女の言いたいことを察してうなずく。
「城主自ら前線に立たなくてはならないほど城下本拠地が追いつめられている状況……」
月日の丘からは中州城下町を見下ろすことができる。
数か所から火の手が上がり煙が立ち上っているのが見えた。
「まだ城までは侵入されていないようではあるが……。本拠地に応援に行くべきでしょうか?」
信仁は後ろを振り返った。そこに座っているのは武官九位――紫陽悠馬。この月日拠点の総責任者だ。
「いや」
悠馬は平野部での戦闘から全く目を離すことなく答えた。
「本当に追い詰められれば向こうの総指揮―― 一鬼氷輪が中州川の水量を増やして城下を分断させるだろう。相手の戦力を分散させるために極限までは耐えるだろうが、見極めを誤ることはない。
幸い、こちらは押されているとはいえ、絶望的ではないからな。
まだ……、やれる」
そう言う彼の目には、強い意志と希望の光が宿っていた。




