七章二節 - 霧雨と老武官
「与羽ちゃん」
氷輪武官がにらみ合う軍勢に注意深く視線を注いだまま与羽に声をかけた。
「わしも、もう残り少ないけぇな。次の戦には出れんと思う。わしも教えるが、よく見て学べ。次はあんたがこの大事な役割を担うことになるかもしれん」
「はい」
与羽は重々しくうなずいた。
四方全ての戸を開け放ち、そこから中州川を挟んで展開する黒と黄の軍団を見下ろす。
華金の軍勢は中州と比べるとはるかに多い。
しかし、地の利は完全に中州にある。
中州川を挟んで城下側が中州の本拠地。
華金山脈のふもと――街道沿いにある漏日本家の拠点には風見の騎馬兵や、山道など障害物が多い場所での戦闘に長けた森の民が集まっている。
さらに、月日の丘やそのふもとの月日本家には、中州城下よりも多くの人が集められ、華金の軍勢が城下町よりも北の町村に進攻しないようにしていた。
城下の裏――月見川方面には弓隊があり、川からの侵入を防ぐ構えだ。と言っても、月見川は最近降り続いた雨の影響もあり、流れが荒い。小規模な隊があるのみだ。
城下町に配備された兵の多くは中州川からの進行を食い止めるために、土手にずらりと並んでいた。
「中州本拠地、漏日拠点、月日拠点、裏拠点。中州の戦はこの四つが重要になってくる。あとは、中州川の水門付近にいる小隊か。攻める時、引く時――。様々な状況で、中州川の水量がものを言う」
与羽は本拠地に見つけた兄の姿をじっと見つめながらうなずいた。
「本拠地では城主と北斗、卯龍が全ての指示を出す。
漏日拠点には、武官五位――漏日大臣と三鬼の若いのがおる。
月日拠点は、武官九位――紫陽頭首と山吹信仁、風見秋夜、黒沢狼騎……。おぉ、中堅の頼もしい武官がそろっておるわ。
裏拠点には大地朱宇と白雷弓――沙羅嬢ちゃんもおる。
城下町の警護は、うちの息子がしめとるな。
城の警護の総責任者は水月絡柳大臣。若いのにようやるわ」
氷輪の頭には、すべての配置や作戦が入っているのだろう。すらすらと説明していく。
与羽は、それを聞きながら背に交差するようにはさんだ二本の刀の柄を握っていた。使うことはないと信じたいが、戦だ。何が起こるかわからない。自分の身くらいは自分で守らなくてはならない。
「なかなか、外から見るよりも高い気がしますね」
緊張した与羽の耳に、穏やかな低い声が響いた。
「……空」
与羽は刀の柄から手を放して、今階段を上ってきたばかりの神官を一瞥した。
「中州城主よりあなたを守るよう命じられたので、そうしますね」
「聞いとらん」
「反対されるのが面倒で、話さなかったのではないですか?」
彼には何と反論しても簡単にかわされそうだ。与羽は言い返すのもほどほどに、戦に意識を戻した。さらに表情を引き締め、華金山脈から城下町まで、弧を描いて展開する中州軍を見つめている。




