六章七節 - 五月雨と乳兄弟
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中州城の敷地に間借りして建つ古狐の屋敷の一室。母屋から離れた西の離れに辰海の私室はあった。
十二畳の部屋は半分が畳敷きで、もう半分が板敷き。畳敷きの方は私生活を行うための空間になっており、板敷きの方には書棚が並べられている。そのさらに奥、ふすまで仕切られた別室は書斎だ。
家族も使用人も母屋や北の離れで過ごしているため、この西にあるの離れはひっそりとしている。
辰海は筆を止めて、斜め前に座る青年を見た。
「どうした?」
それにすぐさま気づいて、青年は首を傾げつつ尋ねる。吊り上り気味のぱっちりした目が特徴的な顔に浮かべた笑みは、とても人懐っこい。
「なんだか、僕の部屋に太一がいるのって、すごく久しぶりだなって」
辰海の乳兄弟である太一は、中州の隠密。普段は中州を離れて暮らし、帰ってくるのは城主に指示されたときと、今回のように何か問題が起きた時くらいだ。
「俺はそんなに久しぶりな気はしてないんだけどなぁ。辰海が変わってないからかな。顔がよくて、頭も良くて、器用で、器量も要領もいいはずなのに、与羽が絡むと途端にダメダメになる残念さ」
太一はこれ見よがしにため息をついて見せた。
「引け目があるのは分かってるけどさぁ。与羽はそんなに根に持つ子じゃないと思うな」
「わかってるよ。それでもね……」
辰海は自分が書いていた紙に視線を落とした。
「そういうことも含めて――」
つぶやくように言って、そこに筆をはしらせる。走り書きのようでありながら、きれいに整っていて読みやすい。
「小説かよ、って長さだよなぁ」
太一がそれを見て笑う。
「与羽には伝えたいことがいっぱいあるから」
辰海が浮かべた笑みは、愁いと熱い想いがないまぜになってどきりとするほど美しい。
――そういう顔は与羽の前でしろよなぁ。
思わず目が離せなくなりながらも、太一は内心あきれ返った。
「太一は前線には立たないよね?」
「もちろん。隠密が華金兵に顔を見られるわけにはいかないから。俺は明日か明後日かくらいには、城下町の民を護衛して北に逃げさせてもらうかなぁ」
「じゃあ、その時にはこれも一緒に持って行ってくれる? 僕に何かあった時は与羽に――」
辰海は書きかけの遺書を目線で指した。
「お安い御用だけど、できる限り自分の言葉で伝えなよ?」
――どうせこいつに何かある時は、与羽に何かあった時ときなんだから。




