四章二節 - 朝曇と異邦人
卯龍は五十近い長身の男だ。髪はすでに真っ白になってしまっているが、その面差しには若さが残り、むしろ白い髪がよく似合っている。
文官武官問わず官吏からの信頼が厚い卯龍に視線が集まる。
「俺は、三年前と同じ感じでいきたいと思う」
卯龍は皆を安心させるように、ほほえみかけながら言った。
与羽は雷乱を見た。あぐらをかきうなだれている雷乱は彼らしくないほど悲しそうに見える。
「雷、外に出よう」
雷乱に近づき、与羽は言った。面倒そうな響きなのは、相手に気を使われていると思わせないためのものなのかもしれない。
雷乱はしばらくの間ぼんやりしていたが、「おう」と返事して、できるだけ人々の邪魔をしないように謁見の間を離れようと歩く与羽の後についてきた。
「大丈夫? 雷乱」
まわりの人の気配が希薄になったところで、与羽がぶっきらぼうに尋ねる。
「……おう」
「私に嘘つくなって」
雷乱はうつむいたまま何も言わない。
「敵国で武士やっとったんじゃもん。昔の味方と戦うことになるかもしれんってのは辛いと思う。あんたは、戦わんでもいいよ」
やはり与羽に口調にやさしさは微塵も感じられない。しかし、いつもの与羽らしいしゃべり方のお陰で、雷乱はなぜか安心した。
何も話したくないくらいに塞ぎこんでいる自分が、ばかばかしく思えてきさえする。
「いや、出る。……――こういう時に出なくてどうする」
雷乱の声に、いつもの荒々しさがほんの少しだけもどってきた。
「分かった。雷乱、部屋で休んどけば?」
「おう」
いつもは反抗的な態度をとる事が多い雷乱だが、今回ばかりはぶっきらぼうだがやさしい与羽の言葉に従う。与羽に心配をかけまいと、大股で自分の部屋へと帰っていった。
その背を見送って、与羽は空を見上げた。重く雲が垂れ込めているが、雨が降りそうな気配はない。
「嫌な天気」
与羽はそうつぶやいて、謁見の間へと戻った。
まだ人は多いが、卯龍をはじめとする大臣や乱舞の指示で多くの官吏が仕事を与えられ、人の出入りが盛んになりはじめた。
上級文官は中州のほかの町村や同盟国に戦があることを伝え、協力を求める書簡を書く。
下級文官はその手伝いや兵糧の確保、武器庫の確認、または城下の民に情報を与えに行く。
下級武官は書簡を目的地へ運ぶために自分の馬の様子を見に行ったり、武器や防具の新調を申請しに行ったり――。
上級武官と一部の文官、城主は謁見の間に残っていた。
与羽はてきぱきと役割を指示する漏日大臣や、行き交う人々の邪魔しないように、比較的人の流れがない一の間に踏み込んだ。辰海を見つけて、その隣に行く。
「与羽ちゃん」
与羽に気づいて、辰海の父親である卯龍が声をかけてきた。
「はい?」
「三年前と同じでいこうと思うけど、どうだろう?」
「それが最善だと思います」
「と言うわけで、今回も与羽ちゃんは民と一緒に避難」
しかし、卯龍の言葉に与羽の顔が引きつった。




