四章一節 - 朝曇と二人の影
翌朝、早朝にもかかわらず謁見の間は人でごった返していた。
一段高くなった上段の間の中央に、与羽の兄で中州城の主である乱舞が座っており、その目の前―― 一の間には主に中州の上級官吏が文官武官問わず座っている。
その両側にある二の間にはその他の中級下級官吏が集まっていた。
与羽は城主一族とはいえ、官吏ではないのでさらにその外側の縁側に膝立ちしていた。完全に座ってしまうと前が見えない。与羽の横には、こちらも官位を持たない雷乱と竜月が控えている。
他にも中州の使用人や「準吏」と呼ばれる官吏見習いの人々が外庭にまであふれていた。
乱舞は上段の間から辺りを見回した。大勢の視線を集めている緊張は感じられない。中州を治める城主としての威厳を持って堂々としている。
城主の視線を感じて、ざわついていた謁見の間が次第に静かになる。
それを確認して、乱舞は自分の目の前―― 一の間に並んで座る二人の青年に目を向けた。
「野火太一、比呼。まずはおかえり」
「ただいま帰りました」
乱舞のやさしい笑みに二人とも深々と頭を垂れた。
比呼は帰った時にはおろしていた、ひざ裏まで届く長い髪を肩で一つにくくっている。
その隣にいる太一は辰海の乳兄弟で、辰海よりもひと月ほど年上だ。妹の竜月同様、無条件に明るい印象を与えるぱっちりした大きい目以外はこれといった特徴のない平凡な容姿をしている。ザンバラな髪は、まとめられる分だけ頭の後ろで小さく束ねられていた。
二人ともまだ旅の疲れが残っているだろうが、それを全く見せない。
乱舞はすぐに頭を上げるように促し、二人に報告を求めた。中州の隠密として仕えてきた期間の長い太一が、代表して話しはじめる。その内容は幾分詳しいが、比呼が昨夜与羽に話したことと大差ない。
彼の話に辺りはざわついたが、与羽の予想ほどではなかった。
「またか」「三年ぶりか」と、諦めにも近いため息やささやきがあるだけだ。多くの人は、昨日の時点で華金が攻めてくる可能性が格段に高くなったのを知っていた。
まるで、自分だけのけ者にされたようだ。
しかし、乱舞たちの思いもわからないわけではない。
与羽は複雑な気持ちでため息をついた。
乱舞は太一の話を、左ひじから肩にかけて存在する親指の爪大のかすかなへこみ――『龍鱗の跡』を指でなぞりながら聞いていた。与羽や乱舞が龍鱗の跡をいじるのは、考えごとをするときの癖になっている。
乱舞は太一からの報告が終わった後も、しばらくそうやって考え込んでいた。
しかし、結局自分の力不足を感じたのか。親しい人にしかわからない程度の自嘲を浮かべ、ちらりと端に控えている卯龍を見た。およそ二十年前に亡くなった与羽と乱舞の父――翔舞の親友で、長年城主一族の側近を務めてきた古狐一族の当主である彼には、国を治めるために多くの助言をもらっている。
乱舞の視線に気が付いて、卯龍も彼を見た。さわやかにほほえんで、うなずいてみせる。
「古狐大臣。大臣の考えを聞かせていただけませんか?」
乱舞の言葉に、古狐の卯龍はもう一度うなずいてその場に立ち上がった。




