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序章二 - 中州

 日が大きく傾き、長くのびた山影は中州(なかす)川にかかりはじめている。


 人工的に作られた中州川の流れは穏やかで、両岸には岩が散在する川原がある。一方は、稲を植えたばかりの広い田園に接し、もう一方は、中州城下町を支える垂直な石垣へと続く。


 かろうじて赤い光の届く川原に立つ与羽(よう)は、青紫にきらめく自分の髪を大きく背後へと払った。


「もう、くたくたですよ」


 そうため息交じりに言って、そばの大岩に座り込む。昼からここでずっと竹刀を振り回してきたのだ、疲れない方がおかしい。


「そう? 俺たちはまだ余裕だけど――?」


 しかし、与羽のそばに立っていた武官――九鬼大斗(くき だいと)は余裕たっぷりに応えた。片手に持つ竹刀で、自分の肩を軽く叩きながら。


「先輩たちと比べないでください」


 与羽は彼に視線を向けることなく、山の()に沈みゆく夕陽をうっとりと見つめている。まだ竹刀は手にしているものの、その先は下を向いていた。戦意はない。瞳と髪を夕焼け色に染めながら、赤金色に輝く大きな夕陽にただただ見とれている。


 若葉の茂る山の稜線(りょうせん)が、赤緑に強調され、空は赤から薄紅、桃色、白を経て昼のなごりの薄青へ。

 振り返れば石垣の上に築かれた城下町の瓦が橙の光を反している背景に、紫から濃紺の空が広がっていた。

 わずかに浮かぶ雲は全て(はし)を燃える炎のようなまぶしい茜に染め、夕日に負けず劣らず輝いている。


 川の対岸に広がる田んぼには、暗くなりはじめたなかでもその生命力を示すように青々と萌え重なる若苗。

 稲につく虫を食べていたのだろうか、そこから十数羽の鳥が飛び立ち、螺旋を描きながら舞い上がる。小さな群れに他の群れが加わり、だんだんと大きくなりながら、沈みゆく夕陽を追い掛けるように西の山々へ飛び去った。


 帰ってゆく鳥たちとは逆に、コウモリがやってきて羽虫を捕まえはじめたころには夕日は完全に沈み、辺りは一面黄昏(たそがれ)色に染まっていた。

 空にはまだ赤色が残り、しかし東の空からは確実に夜の気配が迫ってくる。昼と夜の境目のわずかな時。


 全てのものが色を失い、金茶(セピア)色の濃淡で塗り潰された風景に、与羽は静かに息をついた。


「なんだか……。この色、寂しくなるよね」


 ずっと与羽の半歩後ろに控えていた彼女の幼馴染――辰海(たつみ)が、雰囲気を壊さないような静かな声で言った。そっと与羽の手から竹刀を預かる。


「ん……」


 与羽も短く肯定する。


 大斗でさえ与羽を気遣って、静かにあたりの風景に目を向けている。


 しかし、一人だけ空気を読めない奴がいた。


「おい」


 いつも通り、腹に響くような低い声で呼びかける与羽の護衛官――雷乱(らいらん)だ。


「そろそろ帰らねぇと暗くなる」


「……(らい)――」


 与羽が短くため息をついた。


 彼が自分を思って言ってくれた言葉だとは分かっている。晩春の夜は寒くなるし、暗闇には危険が潜んでいるかもしれない。いくら腕に自信がある大斗や雷乱がいても、危険は冒さない方が良い。


 しかし、彼の一言は今までの静かで切ない雰囲気をさっぱり消しとばしてしまった。


「おら」と言う乱暴な口調とは裏腹に、雷乱がやさしく与羽の背に手を当て、立つよう促す。


 与羽の背を覆いそうなほど大きく力強い手のひら。この手で与羽の背を力いっぱい叩けば、彼女の背骨はたやすく折れてしまうかもしれない。彼もそれを危惧(きぐ)しているのか、神経質すぎるほど慎重に触れている。


 そのほのかな温かみに、与羽は全てを許すことにした。


「そうじゃね。帰ろう」


 与羽は淡く笑みを浮かべると、素直に立ち上がった。

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