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龍神の詩5 - 七色の羽根  作者: 白楠 月玻
三章 翡翠の羽根
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三章三節 - 雲下と行違

 甘い。むくときにも思ったが、少し圧力を加えただけで果汁があふれ出し、のどを滑っていった。


「んま……」


 おいしいものを食べると口数が少なくなるというのは本当だ。与羽(よう)は森の民の話もほどほどに、桃を味わうことに専念した。

 恍惚(こうこつ)とした表情で桃を口に運ぶ与羽は通りを行きかう人々の目を引き、「そんなにおいしいのか? ならひとつくれ」とやってくる。

 数子(かずこ)は与羽の宣伝効果もわきまえていたのだ。


 さらに桃を数個買い、与羽は家路についた。

 時間はまだ昼過ぎだったが、大きな桃を抱えての甘味めぐりはつらいし、もう十分おいしいものを味わえた。


 門をくぐり、会議中であるだろう謁見の間を迂回するために、裏庭を通り、公務を行う本殿と、客人をもてなしたり泊めたりするための客殿(きゃくでん)をつなぐ渡殿(わたどの)で屋敷に上がる。

 そのまま客殿の外をぐるりと囲む縁側を通って、客殿の端にある自室へ入った。中州一族の私的空間である屋敷にある自室よりは狭いものの、十分な生活空間と少数の人間をもてなせる設備がある。


 与羽は買ってきた桃を机に置き、自らお茶を二人分入れた。

 その間、雷乱(らいらん)は部屋の隅に胡坐(あぐら)をかいて座り、細々(こまごま)しく動き回る与羽を見るともなしに目で追っていた。つまり、何もしていない。


「桃は辰海(たつみ)竜月(りゅうげつ)ちゃんと一緒に食べようか」


 そう呟いて、雷乱と自分用のお茶、茶うけに今日買ってきたばかりの金平糖(こんぺいとう)を出した。

 金平糖が甘いので、お茶は渋めに入れてある。それを知らずに飲んだ雷乱は、顔をしかめつつ金平糖に手を伸ばした。


 与羽もにこにこしながら、お茶を楽しむ。


 もし、森の民の役割を知っていたら――。

 もし、謁見の間が見える前庭を歩いていたら――。


 そうすれば、絶対成り立つはずのなかった幸せな時間を与羽は心置きなく堪能(たんのう)した。

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