三章一節 - 雲下と甘味巡り
薬師夫婦が中州に帰ってきてから数週間。中州城下町にはいつもと変わらない活気に満ちていた。
むしろ、久しぶりに帰ってきた薬師夫婦にあいさつをしようとする人々でいつも以上の賑わいを見せているほどだ。
しかし、水面下では順位を持つ上級官吏を中心として、華金が攻めてきた場合の対策を練り、少しずつそれが実行されていた。すなわち、戦場になる可能性が高い中州南部を念入りに下見し、軍備に金を割く。
与羽は雷乱だけを供に、城下町をのんびり物色していた。辰海は文官としての仕事がある。
「で、城下に何の用があるんだ?」
雷乱が問う。あたりを警戒するように見ながら、眉間にしわを寄せ低い声で話すが、これが彼の普通だ。
「ん? 別にこれといった用はないよ。城におっても楽しいことはなんもないし、城下で甘味めぐりでもしようかなぁって」
与羽のお気楽な答えに雷乱の眉間のしわが一本増えた。
甘味めぐり。つまりこれといった目的もなくただ城下中の店々をさ迷い歩き、おいしそうなお菓子がないか探す。雷乱にとってはそういう認識だ。
与羽の嗜好を否定する気はないが、付き合う側からすると、あまり好きな行為ではない。
まずは大通りを少し外れたたい焼き屋。そこで買ったたい焼きをかじりながら、大通りのお店を巡って、変わったお菓子がないか探す。
新製品と聞けば試しに買って食べ、好物の金平糖を精いっぱい値切って買い占める。
道路でチャンバラをしている子どもたちを見かけると、軽く相手をしながら剣の手ほどきを行った。
与羽は子どもに好かれる。子どもと同じ無邪気さを持っているからだろう。
体の大きな雷乱も、巨体を恐れない子どもたちにだっこや肩車をせがまれた。与羽の一声でしぶしぶ子どもが望むようにしてやれば、目線が高くなり多くのものを見下ろせるようになった子どもが嬉しそうな悲鳴をあげた。
「ほら、雷乱笑えって」
「どうだ?」
与羽に言われて雷乱はぎこちなく笑みながら、自分の肩に乗る少年に問いかけた。
「高い高い!」
「おい、早く代われよ!」
雷乱を取り巻く子どものはしゃぐ声に、少しだけ眉間のしわを緩める。
しかし――。
「ありがとう! おじさん」
子どものその一言で雷乱の表情がこわばった。与羽は吹き出す。
雷乱はまだ二十代半ば。確かにいつも少し顔をしかめ、いかめしい表情をしているかもしれないが、「おじさん」と呼ばれるほど年には見えないはずだ。
「あははっ……。雷乱、怒るな。怒るな」
与羽が笑いながら言う。
子どもたちは与羽がどうして笑い出したのかわからず、きょとんとしていた。悪気はなかったのだ。
「子どもにとっては二十五過ぎたらおっさんなんだから。で、はげるか白髪になったら『おじいちゃん』。――ねぇ、この人は『おにいさん』って呼んであげてくれる?」
「おにいさん?」
「そう、おにいさん。そう呼んでほしんだって」
与羽がまだニヤニヤしながら子どもたちにそう言い聞かせる。
「おい」
雷乱が不機嫌に声をかけるが気にしない。
「ありがとう! おにいさん」
子どももまったく疑問を持たずに言い直す。
「あ、ああ」
雷乱もその無邪気さに毒気を抜かれて、返事をしてしまった。そのまま子どもを下してやる。
「よっし、じゃぁそろそろ行こっか」
そうして与羽は再び歩きはじめた。




