二章二節 - 宵口と戦の記憶
「そう……、ですか」
乱舞が言った。
「華金が戦を行おうとしているのは、確実だな」
一の間から最上位の大臣――古狐卯龍がつぶやく。その言葉で、謁見の間全体にざわめきが広がった。
「戦……」
与羽もその一言に敏感に反応した。
「与羽……?」
「ご主人さま……」
辰海と竜月が気遣わしげに与羽の様子をうかがうが、彼女はそれに気づくことなくこれからの話に聞き入っている。
「問題は、戦の相手がどこか――」
第五位の大臣――大臣の中では最も若い水月絡柳も考え深げにつぶやいた。
「中州って可能性もなきにしもあらずですよね。むしろ高い位……」
乱舞は深刻な顔で自分の後見人でもある大臣――卯龍を見た。
「戦が起こった場合を考えて、対策を練って講じた場合、どれくらいの損失が出ますか?」
戦になれば戦場になった土地で今年の収穫は見込めない。兵士となる人を集めれば全体の生産力も落ちる。兵糧、武器、防具等の調達を行えば、その分庶民にいきわたる分は減り、様々なところに影響が出る。
「最善を尽くして七分の一……」
辰海がつぶやき、卯龍もそれと全く同じ答えを出した。
「七分の一減る。最善を尽くしてな。これは中州がほとんど戦場にならなかった場合の計算。中州が戦場になれば、損失はもっと増える。城下町以南で食い止められれば四分の一減まではいかないだろうが……。
前回は一日で終わったから被害は農地が荒れ、死者が数名、けが人が百名あまり出ただけですんだ。
前々回は――、……城下の半分が焼けた。城下町以外の町や村も被害を受け、死者行方不明者は合わせて千を超える。あれは……、――」
前回の戦は三年前。前々回は与羽が生まれる少し前だ。
与羽が物ごころついた時には、すでに中州城下町の復旧はほとんど終わっていたが、年長者は卯龍同様、悲惨な城下町を思い出してみな一様に暗い顔をしている。
「……もしもの時に備えて、対策を練っていただけますか?」
途中で言葉を切ってしまった卯龍に乱舞がそう問いかけた。
中州は前々回の戦で先代の中州城主を失った。先代城主と卯龍が公私ともに親しかったことは誰もが良く知っている。当時の記憶は彼にとってつらいものなのだろう。それを察して、あえて中断した言葉の先は問わなかった。
「もちろんです、城主」
卯龍はよどみなく応える。先ほどの暗い雰囲気を壊すように力強く。
「近いうちにと計画していた武官への補助金を今年出そう。できるだけ早く。月日大臣、計算してくれ」
「すぐに出せる金額は多くない。削れるところを削って――」
「いいですよ」
すでに老年の月日大臣の言葉をさえぎって、大斗が声を張り上げる。履物を脱いで縁側から上がり、一の間の後方へ躍り出た。




