表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

〈想い、想われ〉物語集

文明が伝える想いは

作者: 高戸優


 闇の中。都市部としては珍しいほど街灯の少ない道を、ただ我武者羅に走っていた。


 ヘッドライトの明かりが車道を走り抜ける。数台の車に追い越され、急に劣等感が襲いかかった。


 普段は早くて便利だと言っている車も、今の僕には憎らしい対象でしかない。


 悪態をつきながら走り続ける。息はすでに上がっており、きつく締めていたネクタイも走りながらほどいて手中に握りしめた。


 携帯で話した後から、一体どれだけの時間が経っただろうか。その刹那から走りだした足は疲労感でいっぱいだ。


 どんどん速度は落ちて行く。君の元へ早く行きたいのに、感情ばかりが先走って体力はついてきてくれない。


 ワイシャツのボタンを走りながら一つ、二つと外す。開放的になった喉元に冷風が襲いかかった。


 風に目を細めながらも、棒の様になった足を必死に動かして走り続ける。


 あの時携帯の向こう側で泣いていた、君の元へ辿りつく為に。







 SNSだとかLINEだとかメールだとか電話だとかが普及した現代で、きっと連絡を取る手段は簡単かつ単純だ。


 ボタンを一つ押せばいい。履歴を引っ張り出して新しい文面を書けばいい。送信ボタンを押せば相手に届く。


 人間の知恵が作りだした簡単な手段を、僕等は頼り続ける日々。


 それらを通じて、全てわかった素振り。相手を理解しているつもり。


 けれど、結局それは素振りでつもりで、本当の事など見極めていなくって。


 相手の事を、全てわかってるだなんて事は無くって。


 たとえ楽しい会話を続けるメールの向こう側で悲しみの涙を零していたとしても。


 たとえ大丈夫という電話の向こう側で刃物を手首に当てがっていたとしても。


 たとえ明るい顔文字を打ちこんだツイートの向こう側で泣きそうだったとしても。


 画面の向こう側に、電話の向こう側にいるからこそ、察する事など出来なくて。






 バスが出た後である事を確認し、舌打ちしながら再度走りだす。


 夜も更に深まって、星や月でさえ隠れてしまった空の下を必死に走り続けた。


 息は完全に上がっていた。寒い夜のはずなのに、暑く感じる程に体温は上がっていた。


 ついには、足が限界に達して意志に反し動かなくなる。膝に手をついて息を整え始めた。


 肩は大きく上下し、吐く息は必要以上に白くなる。最早石と化した足は、簡単に動いてくれそうにない。


 それでも、と目を前に向けた。視線の先には、行く先が見えない程の暗闇に包まれた道。


 石と化した足を、引きずるようにして動かす。途中で重ささえ感じなくなった足が徐々にスピードを上げ始めて、躍起になって走り始める。


 携帯の向こうで泣いていた君を想うと、呑気に歩いて向かう何て考えられなかった。


 足はまだ無理矢理でも動かせた。体力が持つ事を願いながら、君が待つ場所へ走り続ける。







 君は大丈夫、と言って笑ったね。それは無理矢理上げた笑い声だったね。


 追求すると、あっさりと嘘だと認めたね。ごめんね、嘘つきだったよと言ってきたね。


 もし、あれが声の届かないメールのやり取りだったらと想うと、ぞっとするんだ。


 無機質の文字が伝えてくる言葉だったらと想うと、ぞっとするんだ。


 僕は、君の本当の感情に何一つ気付けずに会話を続けていただろうから。


 僕は、悲しい想いを何一つ聞く事無く馬鹿な話を続けていただろうから。







 街灯は相変わらずまばらで、ヘッドライトが不規則に真横を通過して行く。


 遠ざかる光を睨みながらそれでも尚走り続けた。


 息をする事さえ難しくなってきた。たまらなくなって立ち止まり酸素を体内に取り込む。


 頭はガンガンと鳴り響き、背中には誰かが負ぶさっているんじゃないかと想う程の重量感があった。


 それでももう一度、足を踏み出す。


 今度は走る事さえ叶わなかった。


 けれど、ゆっくりとした歩幅で尚歩き続ける。


 暗闇の中、車が走り去る音だけが響き渡った。






 便利な力は、きっと生きて行く中で必要なのだろう。


 ものぐさな人間が、楽する為に作りだした力。興味津々な人間が、好奇心に任せて作りだした力。不便に思った人間が、悩み解消の為に作りだした力。


 理由は何であれ、作りだされたそれらは必ず今の僕達に関わっている。


 けれど、それに頼りきっては駄目なのだろう。


 メールがあるから平気だろ、電話があるから平気だろ。


 そう想っていた過去の自分に、ばっかじゃねぇの、と言ってやりたい。





 ――ばっかじゃねぇの、それじゃわからねぇ事だってあるんだよ。




 メールが送ってくる文字列の裏にある本心を、見抜けないだろう。


 電話越しに並べたてる言葉、声が作りものだという事を、見抜ききれないだろう。


 分かりきった顔をするな、お前は何一つだって分かっていない。


 ――便利な力に頼りすぎて、大切な事を見失っていた癖に。








 暗闇の中。疎らに浮かんだ街灯の元に、君が住んでいるマンションの名前が浮かんでいた。


 引きずる足で階段を無理に登って行く。チカチカと点滅する蛍光灯の下を、汗だくになってゆっくりと歩いて行く。


 ようやくたどり着いた君の居場所。どっと疲労感が舞い降りてきて、今にも倒れそうだ。


 肘辺りまでの高さの壁に両肘をつき、背をそらして空を見上げる。何時の間にか月と星は空で瞬き直していた。






 実際歩いてみると遠い距離にいた僕たちは、文明の力によって近くにいると感じていた。けれどそれは結局錯覚で、事実は変わる事などなかった。


 結局遠くて、何かを媒介につながった僕等は本心を隠したまま、本心を見つけられないまま。







 ゆっくりと体勢を整える。まっすぐに立って、君の居場所を見つめた。


 崩れ落ちそうな足を必死に踏ん張り、震える指をインターホンへ伸ばす。






 けれど、もうそんな関係はやめようか。


 会話できるからいい、の関係はやめよう。


 ちゃんと実在している君の前へ立って話をしよう。






 疲労から指先が震えて、見当違いな所を押した。すぐに離し、押すべき場所を確認する。






 どんなに遠くても、きちんと会いに行こう。顔を突き合わせて、話をしよう。


 便利さは大切だけど、それ以上に大切な物もあるはずだから。






 目線を少し上げ、君のネームプレートを睨みつけた。よし、と小さく声を上げて指先をボタンへ伸ばす。






 気付けたから、気付けなかった昔にはもう戻らない。


 文明の力に頼ってばかりいないで、ちゃんと話そう。


 ――面と向かって、話をしよう。







 インターホンを、鳴らした。





想いシリーズ最新作でしたー。

私としては、書き方挑戦した方かなーと……。

ネットや電話やメールを否定するわけではありませんが、頼りきりもダメだと想ったので。

まぁ、結論を言いますと半々くらいが丁度いいのかな、と想いますね。


誰かに会いたいと想ってくだされば幸いです。

では、高戸優でした。またお逢いできます事を!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ