信貴山縁起(後編)
後編。
で、多分その内になろうの方に移るんだとは思います。
東方は大丈夫だろうと楽観視してるので。
後編
土台、無理な話だったんだろう。人間、妖怪、両方を平等に救済しようなんて理想は、あくまでも理想でしかなかった訳だ。
理想を掲げ、理念を掲げ、でも理解されなかった時には異端として裁かれなきゃならない。白蓮の思想は、少なくとも当時の人間に取っては受け入れ難かった。だから、彼等が妖怪に対して然して来た様に、当時最高と言われた陰陽師に頼み、白蓮を封印して貰う事にした。
それに伴い、寺に在った彼女の弟の力の詰まった秘宝、飛倉も、寺に居着いていた主要な妖怪と一緒に地底に封じられた。ムラサも、一輪も、他の小さい妖怪達も。
勿論、おれは封印はされなかったのだけど、それはある意味おれが割り切って早々に逃げ出した事が一番の理由に挙げられる。
深追いしなかったんだ。知り合いが抵抗して捕まっても、見切って逃げた。
唯、実はあの寺に変わらず残った奴の中で、星とナズーリン丈は捕まらなかった。おれの様に見限り、逃げたのではない。抑々彼奴は白蓮や毘沙門天の業務を置いて逃げ出せる様な奴じゃなかったのだ。
下手をすれば、おれ寄り質が悪いがな。
何せ、星は恩人を見捨てた事になるから。一番に事態を察した筈なのに、見ぬ振りをして、見捨てたから。
もしこう言う状況に成ったら、君為ら如何する? 恩人が危機に陥っている時には? …………報いるのが当然? そっか。
でも、おれは星の行動にも納得はしているんだ。任された仕事を、放り出せ無かったんだろう。根が生真面目だからな。
だから、ある意味それは、当然の結末だったんだろう。
夢を見ていた。
「李徴子、居るかい?」
こんと扉を叩いて、見知った声が入って来た。机に向かって何やら書いていた若い生員は、入って来た男を見ると、僅かに顔をしかめる。
「袁傪か」
低い、気を付けて低くしている声でそう呻くと、無視するように机に再度向かう。つれない様子を見せる友人に、大して気分を害したようでもなく、慘と呼ばれた官服の男は笑った。
「今日は何をしているんだ?」
「見れば判るだろう、気が向いたから絵を描いて居るのだ」
鹿爪らしく言う割には、李徴の手元の紙には可愛らしい動物の絵が描かれていた。猫が顔を洗い、烏が翼を広げ、蛇がにょろにょろと這い回る。詳細が詰められていない動物は、現物より可愛らしさの方が強調されている。
袁慘は友人の手元を覗き込んで、苦笑する。それから手持ちぶさたに部屋の中を歩き回り始めた。
と、袁慘は脇に置いてあった紙を一枚取り上げた。李徴の几帳面な字で書かれた文句を、少し嬉しそうに読み上げる。
「ふむ、漢詩か。
寂寒孤不寝 寂寒、孤り寝ず。
冬夜染山皚 冬の夜は山を皚に染める。
誰識無何有 誰か無何有を識らんや、
狐由見告哉 狐由り告ぐらるか。
…………今は夏だよ、徴」
「知ってる」
当たり前な事を言うなと言いたげな目に男は息を吐く。反語なのか疑問なのか判らないとなじるように言うと、視線が一際鋭くなった。
鋭い視線を躱すようにして、袁傪は李徴の対面に座った。友人の口髭を生やした若々しい整った顔立ちを、不躾にじろじろと眺めて、ふむふむと頷く。
愉快そうな袁慘に対して、李徴は面白くない。じろじろ見られて居心地悪く感じた李徴は、出来るだけ鋭い視線で対面の友人を睨んだ。微笑み返された。
「まあ、悪く無い出来じゃないか」
「…………本気で言ってるのか?」
「僕は何時でも本気さ」
はいはいそうだな、と適当に返して、李徴はにこにこしている袁傪の頭を叩く。何をするんだと口を尖らせる友人に虫がいたんだと言い訳しながら、口元が緩んでいるのを袖で隠した。
紙の端に、『誰知我慕心、君未知』とちょっと書き付けて、対面の彼に見られぬように直ぐに破り捨てた。
李徴は、これは本人が自覚していることでもあるが、コミュニケーション下手だった。話していて表情は読み取れるのだけど、相手がどうしてそんな感情を抱いているのかが分からないのだ。そのためか自分の思ったことを言うのを憚らない傾向にあった。
しかし三年ほどの付き合いであるこの友人は、そんな友人のコミュ障を解消してやろうとよく話しに訪ねてくるのであった。引きこもりがちで言葉のきつい李徴にとっては数少ない友人で、口にこそしないものの、心の内では感謝していた。
ちなみに、李徴は二十四歳、袁傪は二十五歳になったばかりだ。袁傪はこの前縁談がまとまったばかりで、つまり新婚なのだが、李徴はまだそんな話には興味無いとばかりに勉学にだけに打ち込んでいる。つい先日に官位を投げ捨てたばかりなので、むしゃくしゃしているのだ。
部屋の中をうろちょろと歩き回る新婚でうはうはな筈の袁傪を、迷惑そうに見ていた李徴は、また対面に座った友人を睨み付ける。
「…………傪、こう言うと君は又説教染みた事を言うだろうが、……………………気が散る、出て行け」
友人の端的な命令に、男は眉を立てて怒りながら言う。心外だと怒る袁傪を、李徴は心の底から迷惑そうな目で見ていた。
「徴、もっと丁寧な言葉遣いをし給えと以前依り言ってるだろう? 性格が辛いのだから、尚更然だ」
口やかましい友人に適当に相づちを打って、李徴は手元に視線を戻した。筆の先で亀の甲羅を描き込んで、目を細めて頷く。
次に彼が何を言うのか、李徴には分かりきっていた。
「それに、君は女の子なんだから」
呟き、袁傪は彼女の目を見つめる。その話はするなと言いたげな厳しい視線で李徴は応じて、深く息を吐いた。
「…………お前は何かと其の話許する。己が己をどうしようが己の勝手だ、お前には関係ないだろう?」
そう言う李徴は、内心、この問答の結末も分かっていた。この後袁傪が、君が気にしない君を私が気にしてやるのだと言い、それに李徴が、気にかけて貰う程の自分ではないさと返す。
しかし今日はどうしたのか、袁傪は後を続けず、ぼんやりと李徴を見ている。焦点が合ってない瞳が、ただ彼女を見ている。白痴のように、ただ見ている。
「…………傪?」
遂におかしくなったかと訝った李徴が声をかけると、
ぐらりと、彼の体が傾いで、そのまま床に倒れた。
「…………え?」
空白。
視界から消えた袁慘を追いかけるように、李徴は腰を浮かす。質の悪い悪戯かと疑いつつ、椅子をさげて見てみると、袁傪は床に倒れていた。
ぴくりとも動かない体が、まるで無機質な物体のように横たわっている。
濁ったた瞳が、床の一点を見つめていた。
「っ傪!?」
珍しく慌てた声を立てて、李徴は椅子を蹴飛ばすようにして袁慘に駆け寄ろうとして、
ぱしゃん、と前に出した足が水溜まりを踏む。
「え、…………あ?」
赤、
波を立てた赤色が静かに波紋を広げ、水溜まりの中を揺れた。水溜まりは倒れた袁傪を中心にして不規則に広がっている。
赤色は、今も広がり続け、視界を侵食する。
赤色に、染めていく。
思わず後退りした李徴の腕が机を引き倒し、先ほどまで絵を描いていた紙が水溜まりの上に落ちた。李徴が手慰みに描いていた、可愛らしい動物の絵だ。
染みた赤色は墨を滲ませ、紙の中の動物達は無惨にも四肢を散らして赤に沈んでいる。もがれた首や、裂かれた腹からは何かがこぼれ出していた。
丁度、今の袁傪のように。
「う…………っ」
上手く悲鳴が言葉にならないのは、彼女が何事にも落ち着いて対処する事を自らに強いてきたからだろうか。感情的になることを避けてきた、彼女だからだろうか。
しかし悲鳴こそあげなかったものの、混乱と困惑が入り混じった状態では、頭は空転するばかりだ。どうしての四文字が浮かんでは消えていく。
荒く息を吐いて、李徴は見開いた目をふらふらとさ迷わせる。しかし心の中でいくら否定しようと、目の前の光景は消えてはくれない。くれる筈もない。
袁傪の四肢があちこちに散らばっていた。
主を見失った腕が、一際に白いものを覗かせて無造作に落ちている。胴体が、首のない達磨が、血溜まりの中になんだか良く分からないものとして沈んでいる。輪郭は模糊として、最早どこからどこまでが肉でどこまでが血なのか分からないほどだ。
虎か何かが、玩具代わりに遊んだ後のような、食べるともなくただ楽しんで殺しただけのような、そんなことを連想させる状況。
友人の死体を前にして、李徴はただ立ち尽くすのみだ。せめて逃げ出しはせぬと、立っているだけだ。
ふと、自分の着物の前の部分が、真っ赤に染まっているのに気付いた。食事の時に酒を盛大に溢したような、そんな様子で彼女の黒藍の着物は染まっていた。
まるで、何かを食い散らしたかのように。
…………その連想は致命的だったろう。
着物の前を染めた赤色は、まるで赤い布を首に巻いているようで――――――
「えいっ」
「ふぎゃーっ」
気持ちのよい日射しに昼寝をしていた皎月は、突然尻尾を踏まれて飛び起きた。
「猫踏んじゃった♪」
「貴様ぁ!」
即座に威嚇体勢に入る皎月の無防備を笑うように、船乗りの格好の少女は素早く離れる。海を思わせる深い青の瞳が、柱の陰から覗く。皎月が飛びかかれない位置まで来て、漸く弁明らしきものを始めた。
「いやいや、悪い悪い。わざとだ、謝らんよ」
弁明にもなっていない。ひらひらと手を振りながら悪びれず笑う少女に、皎月は鋭い視線を向ける。
「そこに直れ村紗、成仏出来る迄経を聞かせて遣ろう」
「え、君お経唱えれたの? マジで?」
「否、唱えられんが」
「なんだ、ちょっと本気にしちゃったぜぃ」
危ない危ない、と笑う村紗水蜜は、以前に虎が狐と旅をしていた時に会った舟幽霊だった。が、何があったのか随分と表情は晴れやかだ。
数年前に白蓮に連れられて来た村紗は、いつの間にやら命蓮寺に馴染んで、すっかり昔の毒気を抜かれている。昔に海の上を、獲物を求めて彷徨っていた頃とは、比べるべくもない。
村紗は睨んでくる皎月の視線を躱しながら、肩を竦めて言った。
「そう怒んなさんな。こんなに天気が良いのにうなされてるんだもの、起こしてやりたくなるのも当然でしょ?」
うなされていた、そう言われて皎月は首を傾げる。夢の内容を反芻しようとして、雲を掴むばかりの記憶に皎月は、一人呟く。
「…………何かを思い出し掛けたんだがなぁ」
最早、夢は僅かにも残ってはいなかった。ある意味、思い出さなくてもよいものではあったが。
とりあえずこれからは迂闊に昼寝しないようにしよう、と心に思いつつ、皎月は立ち上がって大きく伸びをした。
太陽が西に沈んでいく。皎月が寝たのが昼過ぎだったから、結構長い間寝ていたようだ。あと二十分もしたら日は完全に沈んでしまうだろう。
村紗が欠伸交じりに手すりから身を乗り出して、空を窺う。確かに晴天ですごしやすい気温だが、これから日も沈むというのに“良い天気”はないんじゃないか。
と、そこで、皎月の耳が違和感を捉えた。
「…………門の方が騒がしいな」
話し声がする。大勢の人間が、一ヶ所に集まっているらしい。虎の聴覚だからこそ聞こえた声に、皎月は耳をパタパタとさせて目を細めた。厄介事の匂いだ。
「よーし、行くぞ、使い走り」
「誰が使い走りだ」
皎月は村紗と一緒にのんびりと門の向かうことにした。途中、互いに冗談を言い合ったりして実に和やかな雰囲気だったが、それも門に着くまでの話だった。
何本もの松明と人の声、大量の熱と怨嗟の声。門を叩く音と足を踏み鳴らす音が、門を隔てた直ぐ向こうにあった。
「これは…………如何言う状況だ?」
「一輪さん、何があったんですか!?」
居候みたいな虎と、来てから暫く経っているのに未だに敬語を使っている後輩幽霊を見ても、堅く閉ざされた門に背を付けた一輪は首を振って見せる。見ると、彼女の守り手である入道の雲山が、軋む門を内側から押さえていた。
「どうもこうも無いよ、遂にバレたんだ」
彼の仏僧は救い主なんかではない、人間の振りをした異類だ。いつか妖怪を引き連れて、人間に襲い掛かるに違いあるまい。ならばそんな輩は向こうから襲われる前に退治してしまうが良い。
「やっぱり、白蓮様の想いは届かなかったっ」
悔しそうに扉を叩く一輪を横に、皎月は今更に予想が当たった事に顔をしかめた。最悪、寺にいる妖怪達の殆どが、ついでに退治されてしまうだろう。
兎に角、他の連中にも知らせなきゃいかん、と門に背を向け皎月は走り出した。情報が無ければ、逃げる逃げない抗う受け入れるの決断もできないからだ。寺の小さな妖怪達には、逃げる手伝いもしてやらなきゃいけないだろう。
別に皎月は改宗したわけでも、白蓮の人柄を好んでこの寺に来たわけでもない。だが皎月は、目の前で何かが失われるのを座して待つような性格ではなかった。本当に駄目だと感じた時以外は、動くべきだと言うのが、彼女の信念だった。
「ふざけんな…………!」
走り去る直前、立ち尽くす村紗が恨みのこもった声でそう呟いたのを、皎月はやりきれない思いで聞いた。
皎月の自慢は足の速さだ。瞬く間に境内を駆け抜けて状況を知らせた。逃げると言う者もいれば、白蓮の意に従うと言う者も、抵抗すると言った者もいた。
一番多かったのは、やはり白蓮に従う声だったが。
星の姿が見えなかったが、とりあえず境内にいた全員に伝え終わって、皎月は白蓮を探す。あの聖人が逃げるわけないと思い、本堂にいるのだろうと当たりをつけて向かった所、本当に白蓮はいつもの場所にいた。
参拝者に教を説く座に座り、白蓮は静かに目を閉じていた。
「おい」
「知ってます」
間髪なしの返しに多少面食らいつつ、皎月は妖怪寺の仏僧に声をかける。それが白蓮への別れの言葉の心算だった。
「逃げる奴等は己が率いよう」
「そうですか…………お願いしますね」
義理立てするなら、それが限度だと知っているのか。白蓮は目も開けないままに応じた。
残るのかとも、逃げろとも言わずに、皎月はただ目を細めて戸口に立ったまま、そんな白蓮を見ていた。何かを言いかけて、止めて背を向ける。
「やはり、貴方の言う通りでしたね」
背後から追いかけてきた声に、軽く振り返る。片頬を軽く吊り上げて、白蓮は自嘲するように笑っていた。と言っても、皮肉めいたものではなく、寂しさを窺わせるものだ。
「分かっていた事だろう? それに、貴様は悔やんでも無いのだろう?」
「確かにその通りなんですけれど、…………皆に迷惑をかけてしまいました」
戸口に立ってしかめっ面をしている虎を見て、僧はふふっと笑った。皎月は目を逸らして、左手でスカーフを弄りながら、そっぽを向いたまま他人事のように返す。
「…………これは私見だが、恐らくお前の周りの奴等は、迷惑だとは考えていないと思うぞ」
「ふふっ、そうですか、ありがとうございます」
礼を言われる覚えは無いがなと呟き、皎月は供手の礼をして改めて背を向ける。
「じゃあな、古人への執着も程々にしろよ」
それきり振り返らないと決めて、皎月はあっという間に深くなっていく夜の闇に身を投げた。皎月の首に巻いた赤色が、闇の中に消えた。
「そうですね、出来れば、貴方も…………」
白蓮の呟きは、皎月にも、直後に来た村紗にも届かなかった。
「っ白蓮様!」
「何でしょうか、村紗?」
息せき切って飛び込んできた村紗に、白蓮はいつも通りに優しい笑みで応える。あまりにもいつも通りの反応に、村紗は少し戸惑ったらしい。
「えっと、白蓮様は」
「私はここに残ります」
「そう、ですか…………」
予想はしていたのだろう。村紗は辛そうな顔はしたものの、白蓮に何かを言おうとはしなかった。ただ、傍らにやって来ると、白蓮の服の端を摘まんで、甘えるように目を臥せる。
「…………村紗」
「はい、何ですか?」
白蓮は項垂れたように俯く船乗り姿の彼女の頭を撫でた。上目遣いでこちらを窺う彼女に、にこりと笑いかける。
何年か前、あの霧の立ち込める海から連れ出した幽霊は、随分と優しくなれたんだと感じて、白蓮は一人微笑む。絶望の中にいた彼女を助けた時、富みに自分は彼等を助けなければならないのだと実感した。
自分くらいしか、彼等を手助けできるものはいないんだと。
白蓮は、だからこそ、助けるべき彼等を巻き込むことになったと、それを自分のせいだと思った。
「迷惑を掛けて、すみません。村紗達は逃げて…………」
「迷惑だなんて、そんな! 私達は白蓮様がいなければ、抑々此処には居なかったんです。今更何を迷惑だと!」
「村紗…………」
それに、と続ける。
「それに、大好きな人を置いて逃げるなんて、出来るわけないじゃないですか!」
力強く言い切った村紗をしばらく丸い目で見つめて、白蓮は真っ白になった頭を軽く振った。
「…………白蓮様?」
「な、何でも無いですっ。ちょっと驚いただけで」
まさかこんなに真っ直ぐに好意をぶつけられるとは。素直なんだなぁ、としみじみとしつつも、白蓮はもう一度傍らの少女の頭を撫でた。
どうやらあの虎の言う通りだったみたい、と白蓮は一人思う。寺の妖怪達に好かれているなら、それで良いのかと。海の上でただ彷徨っていた彼女が自分にそこまで心を寄せてくれるなら、それで良いのかと。
遠く、沢山の足音が近づいて来ていることには気付いていたが、まだ遠いと自分に言い聞かせるように思う。向き合う、受け入れると決めた以上、白蓮に逃げる気も隠れる気も無い。だけど、まだもう少しくらいは。
「あの、白蓮様」
おずおずと言う村紗に、白蓮は軽く首を傾げて応じる。
「その、今度逢えたら、…………機会があったらで構いませんから……………………村紗じゃなくて水蜜って、呼んでくれませんか?」
村紗は上目遣いでそう言い、顔を少し赤らめた。恥ずかしいことを言ったと自分でも思ったのだろう。言い終わって、顔を背ける。
たしかに、村紗と言い易いから村紗と呼んでいるが、彼女の名前は水蜜だ。だが普段、白蓮は寺の妖怪達は名前で呼んでいる。もしかしたら、それを寂しく感じていたのかもしれない。
「…………良いですよ」
白蓮は頷く。
「その時は、貴女も敬語を止めてくれませんか?」
そう言って笑うと、村紗は約束ですね、と笑い返した。多少ぎこちなくはあったが、お互いにはそれで十分だった。
と、二人が話している最中にも近づいて来ていた足音達が、本堂の前で止まった。バラバラに恐れと怒りとを口々に、松明を掲げて揺らす。そのまま火を放ちそうな勢いに、窓が橙に染まる。
彼等がよくこの寺に来ていた人間だと気付いているからこそ、白蓮は深くため息を吐いた。どうしてこんなことに、という悔恨も含まれているらしかった。
そんな白蓮の傍らで腰を浮かして村紗は、底の無い柄杓を肩に叩いて、呻く。
「白蓮様」
「はい」
「貴女の意思は汲みます、けれど…………私が勝手に暴れる分には、構いませんよね?」
そう聞く村紗の視線は、閉じた本堂の扉に向けられている。直ぐ外に、先程門に詰めかけていた人間達がいると、ぎりっ、と噛んだ歯を軋ませた。
「好きにしたら良いとは思いますけど、殺生はいけませんよ?」
「分かってます」
分かってると口では言っても、村紗に手を抜く心算なんて毛頭無かった。他の人間が自分を恐れなければ、村紗は幽霊としてこんなにはっきりと残念することもなかったろう。だから白蓮に会えたのだが、そもそも幽霊に何てならなきゃならない方がいいのだ。
命蓮寺に来て、彼女は随分と丸くなった。
だが、怨みまで忘れた訳じゃない。
村紗は戸を開けて外に出る。並みいる松明を前にして、水難事故の念縛霊は低く笑い、後ろ手に戸を閉めた。
一輪はどうしたのか、最早姿も見えない。堂の入り口をぐるりと囲う人波の、そのどれもが恐怖を彩りにして立っている。その恐怖の矛先が出てきた自分に向かうのを感じて、村紗は歪んだ笑みを浮かべた。
人間達の掲げる松明が夜風にゆらゆらと揺れて曖昧な闇を飲み込み、漸く天球を登って来た月の影がさやかに、模糊とした顔を一つ一つ浮き上がらせている。
集団の先頭、黒の狩衣を着た男性が、そんな村紗を見て、にやりと笑んだのを見てとって、村紗は手にした柄杓を振り下ろして声を張り上げた。
「村紗水蜜、溺死の幽霊だ。聖様を捕らえたくば、私の屍を越えて行け!」
それより後。
「皎月さん、何処へ向かうんで!?」
「何処へも何も無い、良いから山を下りろ!」
誰のものだかも判らない叫びに一声吼えて、皎月は小さな妖怪達がついて来てるかを確認しつつ、山を駆け下りていた。月の昇らない暗夜でも、妖怪達に闇は無い。皆出来るだけ急ぎで走る。境内から出たとは言え、里の人間が誰を雇ったのかも分からぬ状況では、楽観視は出来ない。
何せ、間接的にとは言え、皎月は最高の腕を持つと謳われる陰陽師を知っていたので。しかもそいつについて教えてくれた妖怪は、その陰陽師に地底に封じられてしまったので。
「若しあんな大物が出張っている様為ら、村紗や一輪は徒に寿命を縮める事に成るかも分からんが…………」
大規模な結界を張られたら、陰陽師の式が飛んで来たらと若干気が気ではない皎月を、低めの少年じみた声がからかう。
「天下の虎が只の人間を怖れるたぁ、世も末だな」
鎌鼬の姉妹の次女、風斬壱里だ。軽いランニング気分で走る皎月の肩の上に乗って、本人はどうでも良さそうに欠伸をしていた。実際、どうでもいいのだろう。鼬は皎月を訪ねに来てたまたま巻き込まれただけなのだから。
「彼奴は別格だからな」
「お前の別格は多いから、詰まりお前、弱いって事だな」
「黙れ鼬が」
「煩ぇ虎」
ちなみに皎月を訪ねに来た理由は『妹が反抗期で何処かに行ったんだけどお前知らね?』で、別に仲が良いわけでもない二匹であった。
「其奴、名前は何て言うんだ?」
一応聞いておこうという壱里の質問に、皎月は首を捻って記憶を探った。足元の大きな石を一つ飛び越して、漸く出てきた記憶を一人ごちるように呟く。
「確か、…………姓は安部で」
言いかけた皎月の、踏み出した右足の甲を、一条の光が貫いた。
「―――っっ!?」
辛うじて、皎月は喉元まで出かかった悲鳴を飲み込んだ。沢山他の奴らの目があり耳がある所で無様に悲鳴を上げることを、李皎月のプライドは許さなかったのだ。そして崩れた体勢すら無理に直して、倒れずに痛みに歪む瞳を光の来た方へ走らせる。
光は皎月の裸足の甲を貫き穿ち、五百円玉ほどの穴を空けていた。光は熱を持っていたらしく、傷口は覗き込むのも恐ろしい肉色を見せながらも、血は大して流れていない。だが、立つのも困難な傷であることは誰にでも見て取れた。
所謂レーザー攻撃というやつだが、皎月にはそれは分からない。少なくともどこからの攻撃なのかは判ったので、そちらを睨んで、叫ぶ。
「何の心算だ、星!」
果たして、そこに立っていたのは僧服に錫杖を持った金色の女性だった。上から見下ろすような感じで毘沙門立ちをしている彼女は暗闇の中に瞳を輝かせ、まさに破魔の北方守護として皎月達を睨んでいた。
「貴様、寺一番の妖怪が、今時に何をしている!?」
「毘沙門天の仕事さ」
星は低く唸るように返して、一歩前に出た。
「毘沙門天は人間の味方をするのかっ?」
「妖怪を退治して欲しいという要望があったんだ。聞き届けなきゃ嘘だろ」
言う言葉の端には、隠しきれぬ苦々しさが見え隠れしている。毘沙門天としての業務を、任された以上放り出せないというやるせなさを、その言葉が物語っていた。
淡く光を放つ宝塔を左手に掲げて、星は皎月とその肩の壱里を睨んだ。今回の話に関係は無くても、今ここにいる奴の中では一番厄介だと判断したのだろう。腰を低くして、錫杖を構える。
「おい鼬、彼奴等連れて逃げろ」
右足を庇いながら身を低くして、皎月は肩の上で星に向けて威嚇の声を上げている鼬にそう言う。背後で戸惑ったように顔を見合わせる妖怪達も、一気に緊迫した雰囲気に身を固くしていた。
「あん? お前右足駄目に成ってんじゃねぇか、そんなんで戦えると思ってんのか?」
鼬の言ももっともだ、恐らく右足は使い物になるまい。立っているのがやっとの状態で、どうやって毘沙門天と渡り合おうと言うのか。
だが皎月は、軽く笑んで見せて、気楽に言う。
「無理では無いだろう。貴様は一番無関係何だ、行って仕舞え」
「僕も戦いたいぞ」
「…………何君欲死乎」
「何て?」
「良いから行けと言ったんだ」
吐き捨てるようにそう言って、肩の鼬を引き剥がす。尻尾を掴まれぶらんと揺れる毛玉を彼方へ投げて、背後の妖怪達にあいつについていけと言った。
「仕様が無ぇなぁ、引き受けてやんよ」
さて、と皎月は今にも飛びかかって来そうな星に向き直る。星は他の妖怪達が動き出しても一瞥をくれただけで、身動ぎもしない。後に回す心算なのか、それとも皎月を目標にしたのか。
…………何時かの報いに成れば御の字か。皎月はぼんやりとそう思ったが、良く考えて見ると、何年も前に星とやり合った時は手酷く傷を負わされた訳で、今になっても報いれるとも思えなかった。なにせ相手は毘沙門天の弟子で、自分はただの妖獣だ。差は埋まらない。
分かっていながらも、皎月は首のスカーフを掴んで痛みに堪えながら、星を睨む。傷口が火掻き棒を突っ込まれたように灼熱し、視界が滲む。それでもなんとか堪えて、意識を定めて気炎を吐いた。
「両虎共闘不倶生(両虎共に闘はば、倶には生きず)だ。覚悟はいいな、星」
「貴君がなっ!」
叫び、星は宝塔を掲げてみせる。何をするのかと訝る皎月をよそに、淡く光を放つ宝塔が一瞬煌めいて、
ぞわりと、毛を逆さに撫でられたような悪寒が、背中を走った。
「っく」
皎月が本能的に飛び退いたその場所を、一瞬遅れて、寸分違わずに先ほどと同じ光が貫く。ジュンと物の焼ける大きな音がして、光は地面を焦がした。皎月が左足で着地して顔を上げると、星が手に持った宝塔は輝きを失っていく最中だった。
「っち、流石に二度目は駄目か」
皎月は地面に手を突いて、少し空いている距離を詰めようと身を投げるようにして跳ぶ。背を丸めて飛びかかる姿は虎が獲物を捕らえる動きに似ていたが、体を捻り、鉄拳を食らわせようとする動きは人間らしい武術の匂いがする。
星は慌てず騒がず宝塔をしまい、錫杖を両手で構える。宝塔をしまったのは、連続使用が無理だからか。蹴りが来ると予想したのか、両手の間隔を広げて縦に構えた。
「疾っ!」
しなるような右裏拳は斜め上から星を襲い、錫杖ごと折ってやろうとばかりに勢い良く叩き付けられた。反動で体を捻れば、右足を地面に着けないで済むのだ。
だが星は、軋む錫杖を拳が当たる瞬間に僅かに引く。普段ならその程度の妨害なんて彼女にとっては無意味だったろうが、崩された体勢は足を着かないと戻せない。仕方も無く踵だけを着けて支えにして、逆の手を振りかぶる。
爪先を上げて踵だけをつけていたその足を蹴り飛ばされた。
「ぐっ」
支えにしか成っていなかったのと、思い切り蹴られたので、傷口が抉られる。卑怯だと場違いな感想を抱く暇こそあれ、皎月の気がそれた瞬間錫杖の柄が彼女のこめかみに直撃した。
ぐらりと視界が揺れて、思わず膝をつきそうになる。それを堪えて拳じゃなく手を開いて闇雲に叩き付けて、急いで離れる。無意識に飛び出た爪が星の腹部を浅く薙いだ。
「…………以前も思ったけど、あんた、弱いよな」
「何せ引き篭りだったからな、体力は兎も角筋力は並み以下だと思うが」
牙を向いて荒く息を吐く皎月は、返す手で星の錫杖を叩き折る。代わりにこちらも脇腹の辺りを爪で裂かれたが、その痛みを無視して体格の違う星を捩じ伏せようと試みた。しかし直ぐに離れられてしまい、しかも星はその一瞬でまた宝塔を取り出していた。
「おい徴、本気出せよ。…………死ぬぞ」
より鋭くなった殺気に息を飲んで、皎月は大きく後ろに跳ぶ。回避の体勢で低く地に這うように走る皎月を見て、毘沙門天の虎は低く獰猛に笑う。
「正義の威光の前に平伏せ!」
夜の森に、金色の弾幕が咲いた。
傷が酷いな、とまるで他人事のように思った。
「…………痛」
呻く。感覚が無くなりつつある左腕を押さえて、霞む視界を睨み付けた。ジラッと一瞬ノイズが走るように滲んだ視界が、鮮明になる。
「……………………ん?」
何故かは分からないが天地が垂直になっている。倒れているのかと理解するのに暫く時間が要った。それから、起きようと思い手を見ると、地に投げ出されているのはいつの間にか虎の、金色に黒縞太い手足なのであった。
「っくそ、馬鹿力」
呻き声に目をやると、少し離れた所の木にもたれかかるようにして、金髪の女性は立っていた。左手は折られて、鋭い爪が抉った痕が肩口から脇腹にかけて何本も残る。荒く息を繰り返す星は血で張り付く髪を煩わしそうに払って、ぼんやりと自分を見る皎月に牙を向いて見せた。
それからなんとかきちんと立とうとするが、逆に体を支えきれなくて倒れてしまう。血まみれの、見ていて痛々しい彼女は、それでも立ち上がろうとして、だが出来ない事に苛々を募らせているらしい。盻々とした虎の眼が苛立たしげにぎょろぎょろとした。
…………星の傷は、あれは己が遣ったのか? 皎月は自問する。正直、夢中だったもので、自分が何をしたのか良く覚えてない。ただ、口の中が僅かに血の味がして、呻いた。
どうやら自分は極度に集中すると周りが見えなくなるらしい。百年過ぎてようやくその事に気づいたが、かなり今更である。
「はぁっ、はぁっ、ち、くしょ」
「…………無理するな、悪化するぞ」
「あんたが言うな!」
確かに。
皎月は獣の手足をばたつかせて、起き上がろうとしたが、痛いのでやっぱり止めた。とりあえず寝ようかなと無気力に思って、目を瞑る。星が何か喚いているが、どうせあの傷では起きられるまい。起きたら傷も少しは癒えているといいなと思いながら、皎月は意識を、
「あ、そうか、虎か」
と、空気を読まない暢気な台詞が、直ぐ近くで聞こえた。
億劫だが目を開けて、暗い視界を透かし見ると、若々しい顔付きの壮年の男性が、血まみれで倒れている虎の顔をを覗き込んでいた。
「虎って、日本にもいたんだな…………って言うか何だ、怪我してんじゃん」
動きやすさを重視した黒い狩衣に、立烏帽子を少し傾がせてかぶっている。下位の官吏服を来ているのは周りを欺くためで、真摯に無関心な表情の奥には、不思議な輝きを放つ瞳があった。
「御主人、如何やら決闘中だった模様、怪我は当たり前です」
のそりと男にならうように顔を出した奴が、皎月の頬をべしべしと叩きながら言った。皎月はうざそうに頭をずらすと、今度は無言で腹をさすってくる。厳つい、体格の良い大柄な男だ。上背もあり、下男と言うより武将じみている。“鬼”と書かれた白い紙を貼っていて、その顔は窺えない。
「まあ、然だろうなぁ。此奴もあの寺にいたのかな?」
気の抜けた返事をしつつ、狩衣の男は皎月の眼をじっと見て、何か考え込んでいるようだった。妖怪、しかも虎を前にしても物怖じもしない。
と、しばらくして、男は何かを思い付いたらしく手を打つ。
「然だ、此奴連れて帰ろうぜ」
どうしてそうなった。
「御主人、虎は猫の内には入りません。然も又私に運ばせる御心算で?」
「良いじゃん、お前今日何もしてないし。ちゃんと雌だぜ?」
「ちゃんとって如何言う意味です?」
「良いから運べー、怪我してるんだから」
「仕方無いですね、一寸失礼しますよ」
何故か拉致られる事になった皎月は、無理をすると怪我に響くので、軽々と虎を担ぎ上げた“鬼”に面倒そうに一瞥をくれただけだった。
どうせこの“鬼”は男の式神なのだろう。肩に担がれるままにぐったりと、いっそ寝てしまおうかとぼんやりとした意識で思う。動かないことを良いことに、式神はぶらぶらと所在なく揺れる尻尾を片手で弄っていた。
「毘沙門天殿」
殿と言う割には尊大な態度で、男は木に寄りかかっている星に声をかける。
「仕事なら終わったぞ。早く帰ったら如何だ」
やはり、今夜来た国内屈指の陰陽師というのは、男のことなのか。終わった、ということは、白蓮達は退治されてしまったのだろうか。男は矢筒を弄りながら、どうでもよさげにそう言った。
ふと、皎月はひっかかるものを感じる。が、鈍くなった頭ではそれが何なのかはっきりと言えない。何かを見過ごしているのだが、それが何なのか、思い出せない。
「……………………そうか、終わったのか」
深い、深い溜め息。悔恨とも安堵ともつかない息を洩らして、星は歯を噛み締めた。何かを諦めたように、諦めきれないように、掌を見つめて、握る。
遠くから、ナズーリンの声が聞こえた。主人を探しているらしい。今まで何をしていたのかは分からないが、やはり毘沙門天の仕事だろうか。
男と式神は背を向ける。最早用はないと言いたげな彼等に、星は引き留めるように声をかけた。
「ちょっと待て、あんたは誰だ。そいつをどうする?」
「俺か?」
黒衣の男は微かに笑って、答える。
「しがない占者さ、安部晴明と言って通じるかは分からんが」
安部、晴明だと?
「…………如何したんだ、此奴」
「恐らく、御主人の事を多少為りと耳にしていたんでしょう」
にわかに暴れだした皎月を、式神が傷付けないように気をつけて押さえる。しかしそれどころじゃない皎月は虎にしては小柄な、だけど大きな体を捻って逃げ出そうとした。怪我を押して低く呻く。
安部晴明と言えば、天才と名高い陰陽師だ。村上天皇の時にその腕を買われて占いを任されるようになってから、随分と功績を残しているそうだ。それを知る皎月は、関わりあいになりたくないとばかりに逃げ出そうとする。
正直、今更だが。
「頑張れよ毘沙門天、独りは大変だぜ?」
「頑張れと言われる筋合い等無い」
くつくつと喉の奥で笑って、男は、晴明は星に軽く手を振った。
「此奴、貰ってくからな」
「いや私のじゃないが、…………皎月、死んだのか?」
「…………勝手に殺すな」
喋るのも億劫なだけだ。
「もう一体式が欲しいんだよね、俺」
「…………御主人」
何やら不穏なことを言う二人は置いておき、皎月は式神の肩に担がれたまま、星を見る。虎眼が二つ空中で交差して、別れの言葉を口にすることなく皎月は視線を落とした。
頭を下げたようにも、見ようによっては見えただろう。
「じゃあな、苗」
「……………………次会う時はもう少しまともな戦い方をしろよ、徴」
何を言っても、肩に担がれた状態だとかなり間抜けだったが。
晴明は口笛吹きつつ、麓に向けて歩き出した。無言で式神が後に続く。背後では、ナズーリンの悲鳴じみた驚愕の声が聞こえていた。
「虎かぁ、虎って猫だよなぁ」
「猫だけど猛獣じゃないですか」
「お前は柔軟性が無いって何時も言ってるだろ。猛獣でも猫だろが、って言うか猫も猛獣だろが」
暢気な会話を聞きながら、皎月は何とか逃げれないものかと疲労した体に活を入れて地道に暴れていた。もともと根なし草な皎月は拘束されるのは嫌いだったし、陰陽師に捕まったらろくな目には合わないと考えていた。
そして何より自分の怪我の所為だとしてもこの運ばれ方が気に食わなかった。式神は傷口に響かないようになるべく揺らさないように歩いてくれているが、晴明が皎月の尻尾で遊んでいるので、それを甘受するわけにはいかないのだ。
「おい、怪我するぞ」
「御主人の何んな噂を聞いたのかは分かりませんが、悪い様にはしないと約束しますから余り暴れ無いで下さい、落としますよ?」
暴れる皎月を見かねて晴明と式神の両方が言うが、皎月は不服そうに喉の奥を鳴らす。まあ、確かにろくな噂はなかったが。軽く牙を剥き出して威嚇すると、晴明はにやりと笑って言った。
「仕方無い、一寸寝てな」
とん、と首筋に手刀が入り、皎月の意識は強制的に暗闇に引きずり込まれていった。容赦なく意識を狩り取られる。
「御主人…………貴方其んなだから色々言われるんですよ?」
式神の呆れた声が最後になって、皎月は目を閉じた。
えーと、おれ、何の話してたんだっけか。晴明の奴の所為で分かんなくなったじゃんか。
…………拉致されたおれがその後如何成ったかって? 実はかなり世話に成ったんだ、怪我の治療とかして貰ったし、猫好きだったし。式にされそうには成ったけど、逃げて来た。一度成ると中々戻れないらしいからなぁ。
陰陽師って何なのか? うーん、かなり違うけど西洋風に言うと魔法使いかな。占いとかもやるし。
まあ、晴明の奴の事は置いておいてだな。
星は、多分自分の仕事を全うする事で、自分を選んでくれた白蓮に対する義理立てをしたかったんじゃあないかな。故、彼奴は当の恩人の下に駆け付ける事も出来ず、自己矛盾に陥って仲間に牙を向いた、と。
…………所詮、おれの勝手な予想だけど、おれは然考える事にしたんだ。白蓮も、何か思う所が有って、それで退治される事を是としたんじゃないかって。
ん? うん、然かもね。妖怪って言うのは、矢張り人間から見たら退治されて然る可きなのだろう。
信貴山の寺がその後如何成ったのかは、おれは知らない。星が頑張って寺を維持したのか、それとも廃寺に成って妖怪の巣窟に成ったのか、知る由も無い。無く成ってないと良いとは思う。
長い付き合いだった奴が、居なくなるのは寂しいもんだ。振り返って見て、今も残っている奴が何人居るのやら。人間はどんどん死んで逝き、妖怪は再開の縁が中々無い。気付いたら一人だった、何て事は良く有る。
…………はっ、それは判らないぜ? 別れてそれ限の奴だって、又会えないとも分からん。縁が有ったら、きっと又会えるさ。
勿論、君ともね。それ迄におれが死んで無かったらの話だけど。だってもう千歳だよ? お婆ちゃんじゃん? オールドグランドマーザーじゃん? 子供居ないけど。
……………………むぅ、今気付いたが君とおれの歳の差って相当なんだな。成る程、だとすると西洋と東洋の年齢格差は是正されないだろうから東洋の勝ちか。勝ったぞ、やったね。
…………謝るから壁に爪立てて不快な音を立てるのを止め給え。コンクリートは爪研ぎには向かないのだよ。毛が逆立つだろ。
分かった分かった、君の勝ちで良いって。何の勝負なのか分からんが。
扨、次は晴明とその式神と、出会った胡散臭い妖怪について話そうか。
胡散臭くも胡乱気な、隙間の奴の話をね。
船長と白蓮? 書きたかっただけだよ!
わざわざGLタグ付けてるんだから百合百合しいことやろうと思った結果がこの二人だよ、いい加減にしろ。
でも、いつもは紅魔組とかしか書いてないから実にやり難かった、
某絵師さんの影響だね! 零やりたい! お姉ちゃんのヤンデレ具合と澪ちゃんのカメラ捌きが見たい!
晴明さんって呼ぶとなんか普通の人っぽいよね、
キャラがかなり斜めなのは仕様です。
とりあえず次回までに陰陽道についてきちんと調べときますです。
そして次回予告、
ゆかりんが出るよ。東方屈指のチートキャラだよ。
で、えー前回言った通り、俺は長期休みモードに入ります。
暫く更新が無くなるかもですが、多分生きてるので気長に待っててくらさい、どうせオリジの方書いてもアゲないとは思うので。
ではでは。