人虎伝
いきなり東方関係ない。
人虎伝
虎は己を省みて、吼は響く
知っての通り、と言うか、見ての通り、おれは虎だ。白虎だ。この白く美しい毛並みを見よってなものだが、…………まあそれは置いておこうか。
置いておこう、おれの毛皮の話何て如何でも良い。
置いとけ。後、人の尻尾を触るな。
だが、然し、だ。
今でこそ、おれは一匹の虎、千年を生きる大妖怪だが、その昔は妖怪ではなく、処か虎ですらなかった。
では、虎ですらなかったおれは、何者であったのか。
何の事は無い、只の一人の人間だった。
傲慢で、高慢で、自尊心丈高く、周りを顧みる事無く、他人と打ち解けられず、他人を遠ざけて、結果として身を己が獣に食われた、只の人間だった。
だが、おれに人間であった頃の記憶は無い。全く覚えていない。己が母親から産まれて過ごした筈の一生の記憶が、おれには無い。おれが最初に記憶に留めているのは、小高い丘の上で、月に向かって独り吼えている事だけだ。
如何して其れで、自分は昔は人間であった等と言うに至るのか、と言えば、話は唐代迄遡る。
この話、未だしてないよな? ……………………分かった。端折らないで話そう。
えー、時は玄宗皇帝治める天宝の末年。西暦で言う処の七百五十六年程。語り出しとしてするのは、唐、今で言う清の話だ。千年も以前の話だが、おれがあの日を顧みるに、如何にも朧気で掴み処も無く、霧に包まれたかの様な心持ちに為る。
まあ、只の昔話さ。軽く聞いてくれ。
隴西と言う処の李徴は博学で才能の有る奴で、若冠にして科挙、官吏登用試験に及第し、名を竜虎榜に連ねた。竜虎榜と言うのは其の試験に及第した者の名を書いて掲げる札、…………まあ詰まり試験に合格したと言う事だ。
次いで、揚子江の南、江南の地方官名に任命されたが、奴は如何にも頑固な意地張り屋で、自らの職に甘んずるを良しとしなかった。意識が高いと言うか、只の野心家だったのかも知れん。
志の高さに比例するように、才能を頼んでいた徴は人並みに怠け者だった。勿論努力を怠った訳では無いが、奴は江南尉の任期が終わると家に篭って仕舞う。他人との関わりを絶って引き篭り、一体何をしているのかは判らないが、奴は後で訊かれても答えようとはしなかった。
実は此の時、徴は己なら大きな事を為せる筈だと信じて、勉学に励んだり、詩を詠んだり、時折何もかも厭に為って一日中寝てみたりと、忙しくしていたのであった。然して、常人には図り知れぬ事をしつつしつつ、早一年が経った。
…………漢字が多過ぎて良く分かんない? むぅ、仕方無くないか、それ? 君が耳慣れ無いのは仕方無いって。
大体漢語と英語じゃあ全然違うし。
まあ、此処は特に関係無い所だから、聞き飛ばしてくれて構わないよ。
で、奴は仕事もせずに自堕落に過ごしていた後に気付いた。実は、食い扶持に困っていると言う事に。仕事をせねば為るまい、と渋々徴は身形を整え外に出た。向かうは東、呉、楚の国だ。
彼方此方、仕事を乞いに奴は行ったのだが、持ち前の自尊心と野心が邪魔してか、満足出来る仕事には就けなかった。然し奴の名声や其の頭の良さを耳にしていた人々は、仕事を求めに来た徴を歓待した。宴に誘い、親戚を紹介し、徴が帰ろうとすると沢山の土産を持たせた。故、奴が彼方此方と廻る内に、奴の懐は膨れ上がり、当分食い扶持には困らない程に成った。
奴の名誉の為に言っておこう、奴は此の歓待が下心から来たものだとは露とも考えなかった。所謂頭の良い阿呆と言う奴だ。賄賂を送られていた等とは思いも寄らず、己の名声も高く為ったものだと感心して、喜んで贈り物を受け取った、愚かな事に。
然し、そんな徴は怠惰にも、良い仕事が無いが、まあ暫くは良いかと諦め気味に思いながら帰路に着いたが、帰り道の中途で汝水と言う河岸の宿に泊まった時、奴は発狂した。
何ぞ意味の通らぬ事を口走り、かと思うと連れて来ていた従僕に暴力を加える、等々して、終には裸足の儘に飛び出した限、二度と戻って来なかった。付近の山野を捜索したが死体も見付からず、其の後の李徴を知る者はいないと言う。
…………長々と語ったが、まあ李徴と言う訳の分からない奴が、昔居たのだと了解してくれれば幸いだ。今の話は丸々全部が伝聞でね。事実に則しているかは分からないんだ。
何でそんな話をするのかって? まあ続きを聞けば解るよ。
所変わり話変わり、おれは或夜半、獲物を求めて彷徨いていた。と言ってもその時分では、おれが獲物を求めて彷徨うのは常の事だし、縄張りを持たないおれが他の虎の縄張りを侵犯しながらも気儘に歩いていたのも何時もの事だった。何せ只の虎だ。いや、若干普通依りは小柄ではあったが。
変わった事が有ったと言えば、あの日は風に血と物や肉の焼ける臭いが微かにしてた。大方近くで殺戮が有ったのだろう。彼の国ではそう珍しくも無い事だ。
然して獲物を探して当ても無く歩いていると、遠くの街が燃えているのが見えた。街の規模は判らなかったけど、小さいと言う事も無く、炎は相当の勢いを以て街を炙っていた。成る程臭いの元は此処かと得心して、おれは特に何も思わず、その場を去った。肉やら脂肪やらが燃える臭いが交ざって仕舞って、迚耐えられるものじゃなかったんだ。
正解には、去ろうとした。
その時、街の方から誰かが馬を駆って走って来ているのが見えた。見れば、馬の背には壮年の男性が乗っている。これは好都合だと、おれは茂みに臥せて、其奴が近くまで来るのを待つ事にした。誰だかは知らないが、おれの側に来た以上、運が無かったと諦めて貰おう。
先の草むらに虎が潜むとは露知らず、その男は馬を駆って全速力で走って来ていた。
男の身形は綺麗で、身分の高さを窺わせる。しかしお腹を抱えて馬の背で丸まる彼の顔は見えない。ただ横から見た人は、彼の前面が真っ赤に染まっているのに気付いただろう。
男は大きな、赤い布を首に巻いていた。同じように、胸元から腹にかけて赤いものが溢れ出して、彼の服を赤く染め上げているのだ。血にまみれて傷口がどのくらいのものなのかは判らない、が致命傷であることは間違いない。
傷を片手で押さえ、息も荒く、びっしょりと汗をかいたまま、男は馬を急がせる。何を急ぐのか、ただ遠くの街を焼く炎がぼんやりと辺りを照らしていた。
乗り手に従って脚をひたすらに動かしていた馬が、何かに気付いたのか耳をぱたぱたと動かした。風上で、街からの臭いが強い所為で確信は持てないのだろう、不安げに速度を緩めながらも、瀕死の乗手を慮ってか走るのは止めない。
辺りはいやにしんと静まりかえり、街から僅かに聞こえる悲鳴や罵声やごうという音が、耳につく。
と、馬の進行方向、斜め前から向かい討つ様に、一匹の虎が踊り出した。
言うまでもなく、茂みに臥せていたあの虎である。
甲高く馬は嘶き、乗り手は振り落とされる。虎は爪で馬の体にしがみつきつつ、首に牙を沈めていた。そのまま馬は体勢を崩され、地面にどうっと倒れ込んだ。
男は投げ出され、地面に叩き付けられ、僅かに呻く。しかし最早気力もも持たないのか、暗闇に目をしばたたかせたきり、意識を沈めた。
虎は投げ出された人間のことなど意に介さず、馬が絶命したと見るやいなや、猛然と下腹部に食らい付いた。皮を裂き、腿の肉を食い、内蔵を引きずり出しながら食い、段々と頭の方に上っていく。胃を残した内蔵を全て食らってしまうと、今度は前肢の辺りを食いだした。
暫くして、男が目を開けた時には、虎はもうほとんど食べ終わるような頃合いだった。
痛みに堪えかねて男は目を開けたのだが、しかし視界は暗く、酷く寒気を感じた。死にかけているのだろう、と自身の状態を類推して、男は自分が大して悲しんでいない事に気付いた。
どうしてだろうか、と自問して、しかし答えは出ない。仕方もなく、男は暗い視界を探るように辺りをゆっくりと見回した。
十夜月の明かりを受けて、虎は静かに男を見詰めていた。…………というのは勘違いだったのだが、男は虎がこっちを見ていると思い緊張して身動ぎをした。が、瀕死の重傷を負っているのを自分でも忘れていたらしく、弱々しく呻く。
死にかけと言えど実際かなり元気なのか、男は目をパチパチとして虎を見ると、突然身を起こそうと苦心し始めた。勿論そんなことが出来る状態ではない。なにせ大怪我で重傷、馬は死んでしまい、目の前には虎と来たもんだ。
じたばたとしきりにもがいた男は、やはり上手く体を起こせなかったと見え(むしろ無理に起こすと内臓が溢れそうだが)、少し自分の良い位置に体勢を変えるに留める。それから、ぼんやりとした表情で、虎、と口中で呟いた。
「君、若しやとは思うが、隴西の徴子か?」
まるで応えを待つかのような沈黙が訪れる。男は目を細めて虎を見、虎は耳をそばだてつつも、食べるのを止めない。
「徴、陳郡の袁だが、私を覚えているか?」
虎は耳をぱたぱたとやって、馬の肩肉に噛みつく。
「…………良く噛んで食べないと不可ないのだぞ」
こいつは何が言いたいのだろう。そう虎が思ったかは定かではないが、小馬鹿にしたように虎は鼻を鳴らした。その動作を見て、男は内心、どうも返事こそしないがこちらの言うことは分かるらしいと思った。
事実、この虎は人語を解している。まあ昔話の中で動物が人の言葉が分かるような様子を見せるのは、そんなに珍しいことではない。が、この虎、他の獣達とは若干頭の出来が違うのか、細かいニュアンスや漢詩の細かい出来などがちゃんと分かるのであった。しかし、人間と話す機会が無いのであまり意味は無い。
虎は考えるともなしに、明日は晴れか曇りか雨かと思うことが多かった。晴れの日には月星を見上げ、曇りには猛然と狩りをし、雨の日には木の実をかじりながら物思いに耽るのが虎の日常だった。そして、何やら深淵な、哲学的なことを考えるのが、虎の趣味だった。
例えば、人間は同族を殺したり不義をなしたり仁を怠るのが罪だが、虎のような獣は普段気にせずに生き物を食ろうているが、果たしてこれは罪なのか。神がいて、冥界があるのは疑うべくもないが、それが人間の間で広まるとどうしてあんなに多種になってしまうのか、などということを、ただ独りで夜空を見上げながら考えるのである。
勿論、普通の虎はそんなことを考えはしない。明日の天気すら気にしないかもしれないのに、どうしてそんなことを考えるだろう。
ともあれ、こちらの言うことは分かるらしいと思った男は、体も起こせないまま、一声呻いて、おいと呼びかけた。呼びかけられた虎がちょっとだけ目を上げて、興味のあるような素振りを見せたので、男は頷く。
「君、私を食べて了う前に、一つ話を聞いて貰いたいのだが、良いだろうか」
虎はやっぱり応えずに、馬の骨に付いた肉を綺麗にそぎ落とす作業を始めた。普段は虎はそんなことしない、どころかまだ腹に空きがあるなら目の前の人間を襲った方がいい筈だ。
男は虎の態度を了承して、ぽつぽつと語り出した。
男には李徴という友人がいたのだそうだ。温厚であまり他人と争わない性質だった男には、沢山友達がいたが、その中でも彼が特に気にかけていた友人だという。
徴はコミュニケーションが下手な奴で、とある理由から他人と中々近付こうとはしなかった。たまたま知り合い、徴と打ち解け仲が良くなったが、それは徴の隠し事を知ったが故である、と男は言った。
その李徴がおかしくなってどこかへいなくなってしまったことは、男も聞いていたと言う。しかし徴の立ち位置を改めて思い返した男は、むしろその方が、誰も知らぬ所へ行ってしまった方が徴の為になると思い、野沢の獣に食われずに達者でやって欲しい、と旅人を見送るような気持ちで心中見送ったそうだ。
「然し暫くして、思いがけなく徴と再開したのだ」
男が沢山のお供を連れて、早朝のまだ月も没していない頃に道を歩いていると、一匹の虎が草むらから飛び出し、男に襲いかかろうとした。が、虎はすんでのところで身を反して草むらに飛び込むと、後悔の念を低く呟いたそうだ。
その声に聞き覚えがあり、男が誰何すると、成る程、我は李徴也と返事が返ってきた。
私の友は虎になっていたのか。男は無論驚いたけれど、しかし懐かしさの方が勝り、草むらに近寄って親しげに言葉を交わした。話してみると確かに覚えのある喋り方だ。落ち着いているようで、その実、常に辺りを警戒しているような、ともすれば臆病者のような話し方だ。
徴は男に幾つか頼み事をして、そして立ち去った。二度と会うことはないだろうと言い残して。
そしてそれが、十年程前のことなのだという。
「…………徴は己が段々と消えていくのが恐ろしいと言っていた。完全に虎に成って仕舞ったら、もう己は李家の徴ではなく為って仕舞うと」
一度口を閉ざした男は、骨がすっかり綺麗になってしまって、後食べられる所はどこだろうと考えているように骨を脇に避けている虎をじっと見つめて、目を細める。
「徴、君は本当に忘れて仕舞ったに違いない」
胡乱気に虎が送る視線を受けて、男は少し首を傾げた。
「君、雌だろ? 徴も実は女の子だったのだよ」
確かに自分は雌だが、かと言って一緒にされては困る。と言いたそうに虎は低く唸った。
男は虎の唸りをどう解釈したのか、一つ頷く。
「然だ、本来なら女子が性を偽って官吏に成る何て駄目だったろう。然し彼女は難とか上手くやって、周りに悟られずに済んだのだ。…………上手くと言っても、随分な所業だったが」
やれやれ、と虎は頭を振ってそのまま立ち去ろうとした。男の話に飽きたのだ。しかし男がしきりに呼ぶので、仕方無く男の所までやってきた。
「徴、徴。君にこのスカーフをあげよう。私の事を覚えおいて、きっと以前の事を思い出してくれ」
言って、男は懇ろに虎の毛皮を撫でながら、虎の首に自分の赤いスカーフを巻き付ける。虎がうざったそうにするのにも構わずきっちりと結んでしまうと、満足そうに笑った。
笑った所為で傷に響いたらしい。男は顔をしかめて呻く。虎はそれを何も言わずに見ていた。
「っ良いか、君は人間だったのだ。そして私の友だったのだ。きっと思い出してくれ、絶対だ。絶対だぞ」
どうしてこいつはこんなに念を押すのだろう、と虎は億劫そうにとりあえず頷いた。酷く面倒そうだったが、男は虎が頷くのを見て、安心したようにまた笑う。
「然したら、虎でも良い、君は好きに生きろ。又大き過ぎる志なぞ持たずに、幸せに」
その李徴が出世出来なかったのはきっと前世の因縁に違いないだろうに、此奴は死に際に気でも違ったに相違無い。然ればこそ行きずりに襲ってきた虎を掴まえて、お前は元は人間であった等と宣うのだろう。おれの気にすることではない、虎は虎でしかあり得ないのだから。
そう虎は思いながらも、漠然と自分の心持ちが変わってきたのを感じていた。何とはなしに、自分が覚えていないだけで、この男のいう通りなのではないかと思い始めたのだ。
虎は親を知らない。兄弟を知らない。故郷を知らない。姓を知らない。名を知らない。
記憶が無いのだ。覚えているのは山上に顔を出す皎い月とただ独りきりの自分ばかりで、それ以外には他の獣しか知らないのだ。
そんなのおかしいじゃないか、と虎は思った。自分に親がいないなんてことはない筈だ。どこからもなく現れるなんてことは有り得まい。
しかし記憶てないのは仕方もない。どこかに落としたのか、はたまたそんな記憶、自分が母親の腹から出てきてピャーと鳴いた記憶なんて初めから無かったのか、いずれにせよ、男の言葉を否定出来ないのはたしかなのだ。
一体どうして元から虎だったと言えようか。初めは覚えていたのに、いつしか己が形を忘れ去り、初めから今のものだと思い込んでいるだけだと、誰が言えようか。
それは何も自分だけの話ではない。例えば友人について語ってみせた男ですら、元は獣だったかも知れん、虎だったかも知れん。恩着せがましく押し付けられたものを甘んじて受け取って、訳知り顔で頷いているのは、自分だけではないのだ。
虎には最早何が正しいのか分からなくなっていた。低く唸って、頭を振る。
男は意識が混濁してきているのか、ぼんやりとした表情で空を見上げている。空いた手で虎の毛皮を撫でてやりながら、定まらない視界をなんとか固定しようとしていた。
「…………皎い月が沈んだが、陽はまだ昇らない。遠く虎嘯が聴こえる、周囲が寂かだからだろうか。今、私の定命は尽きようとしているのである。為らばこそ、あの星にも恥じ入ることが無いと言えるのだろうか」
ぽつりと呟いて力無く手がぱたりと落ち、それきり男は少しも動かなくなった。虎が鼻先を首にくっ付けると、既に心音は聞こえなくなっていた。
ただ無言で、虎はもう動かない人間を見下ろすばかりだ。
どれだけそうしていたのか、虎は耐えかねたように夜空に一声吼えた。
声を張って、もう一度。あまりの声量は、遠くの火の治まってきた街まで届くかというほどだ。
そして虎は一度横たわる死体を返り見ると、草藪に飛び込み、そのまま行ってしまった。そこには二度と戻らなかった。
だが、おれがその李徴とやらだったと言う確証は終ぞ得られなかった。確信は後で得たが、証明は出来ず仕舞い、証拠何ざ有ったもんじゃない。
おれは彼が薨った後、色々やって人に化ける方を身に付けてから街に行ってみたんだが、如何にも知らない事を沢山知っていてな。強ちおれが人間だったと言う話も嘘じゃ無さそうだと思った訳だ。
あれは何でそれは何でこれは何だって、見た瞬間に説明されてもいないのに分かるんだ。きっと、記憶は無くしても知識が残っているんだろう。
…………薨るってのは、亡くなるって事だよ。息絶えるって意味合いだけどね。
風の噂で、彼が語ったのと殆ど同じ、李徴と言う奴の話を聞いた。虎に成った、可哀想な奴の話をな。で、その話を聞いている内に、成る程、おれは李徴だと覚るに至ったんだ。
…………非理論的だって? 考えれば考える程分かんなく為る命題に関しては、感覚が大事だって先に言ってたじゃないか、君。おれは記憶より感覚を信じる事にしたんだ。
抑、怪異の大半の連中何て、意識だけ解離して忽然と現れるじゃんか。ちゃんと、自分は産まれたって胸張って言える奴何て少ないじゃないか。それを気にする奴はいないだろ? じゃ、気にする丈無駄だ。いや、気にはしても良いが、気に病んじゃいけないって事さ。
おれは、おれを“李徴”だと認めた上で、おれはおれだと開き直っているのだよ。だから今の名乗りは“李皎月”なんだ。“皎月、字だ。名は捨てた”って言いたい丈…………じゃないよ! そんな事無いからなっ!
…………うん? あー、違う違う、付けたのはおれじゃないよ。仲の良くなった兎が名付けてくれたんだ。おれは男じゃないし疾うに成人はしてる筈だから要らないって言ったんだが、じゃあお前は今日成人したんだとか良く分かんない事言われて、無理矢理名を貰ったんだよ。うん、…………その話は後でね。
然し、幾らおれが確信していても、記憶が無い限りは、胸を張れないのだ。おれが人間だった頃の事を思い出すのは、最早無いだろうが、思い出して仕舞うまで延々と悩まされなければ為らないのは目に見えている。
…………うん、己は一体誰だろうか、何処から来た何者だろうか。そんな問い、ありふれている。有り溢れてる。誰でも同じ、…………と言う依り何でも同じ、己を疑問に思わずに生きていく事等出来やしない。気付くのが早いか遅いかの違いこそ有れ、最期には悟らざるを得ないのだ。
まあ、矢張り個人差はあるようだけど。
君は如何思う? おれは本当に人間だったと思うかい?
…………、うん。
…………ぷっ、ははははっ、君、そんな事考えてたのか。残念だけど、今はちゃんと白虎で妖獣だからね。今更他のものには成れないんじゃないかな、どうだか知らないけど。
いや、尻尾噛むなよ。何かぞわぞわするから止めろ。
止めろよっ、真面目に止めてって! っん、はぅ、…………止めて、下さいお願いします。
ふぅ、全く、…………どちらにせよ、彼がおれを“李徴”と呼んでくれたのには間違いない。だから、おれは、せめて彼の為には、生きなきゃいけないと、思ったんだ。
その時は、だよ。今は違うって。特に悩んじゃいないさ。だから尻尾をにぎにぎするな。
意味何て無くても生きてけるって、言ったのは、君じゃないか。
…………んぁ? 元はおれが言ったんだって…………そうだっけ? 君だろ? 違う?
まあ、今の話を聞いた所で態度を変える様な奴では、君はないと信じている。だからおれの事は、今迄通り親しみ込めてキョウと呼んでくれて構わないよ。うんうん、そりゃ良かった。
さてさて、取り敢えず話を進めようか。
じゃあ、お次はおれが隣の小国に渡る切っ掛けに成った、とある狐の話を。
いきなり爆弾キタコレ、
上手く書けた気がしない……、これで良かったのだろうか。
は、いいとして、
初っぱなから分量がでかめですが、まあいつもこれくらいだと思われ。
でかめとは言っても所詮一万幾ら、まあ、大したこたない。
ただ、三万にもなると別けること考えなきゃですよね、どうだか知らないけど。
文中の記述に足りないと感じる所があったら遠慮なんてしないでどんどん言って下さいます、
むしろバチ来い。
どこからルビ振って、どこまで説明しなくてもいいのか何だか判らん。
後表示出来ない漢字多い、
えんさんのさんの字が表示出来なくて泣く。
東方成分は次からの予定です。ええ、次話からが東方です。多分。