ペットボトルボウリング 4
「おう。お前」としゃがれた声が俺を呼びとめた。
今日は、よく呼ばれる日だなと思いながら、俺は自転車を降りて、声の主の方へ歩いた。
「おう。元気か」と禿げ頭の爺さんは言った。横に少し残っていた毛は全て白髪だった。背中を少し丸めていたが、しっかりとした足取りで彼も近づいてきた。
「元気ですよ。お爺ちゃんは元気?」
「当たり前だのなんちゃらだ」
「そりゃよかった」
爺さんは俺と同じように、ビニール袋を持っていた。その中には二本のペットボトルと新聞が入っていた。
「そういえば、お爺ちゃんっていくつだっけ?」
「俺か? 俺は九十二だな」
「凄いな。元気だ」
「そうでもないがな」と爺さんは、当たり前だ、と言ったことを忘れたのか、そう言った。
「で、なんで呼びとめたの?」
「お前は、勇五郎のひ孫だな?」
「うん。そうだけど。ていうか、曾爺ちゃんとも仲良かったみたいだし、俺のことも覚えているでしょ?」
「覚えているよ。あいつは、いい男だったからな。俺の次にな」と言って、爺さんは笑った。「お前、煙草は吸うか?」
「俺は高校生だよ? 吸わないよ。吸えないし」
「お前は真面目だな。あいつとは違うんだな。婆さんの血が強いのかな」
「さぁ。どうだろうね」と俺は小さい頃に亡くなった曾婆ちゃんのことを思い出した。曾爺ちゃんとは会ったことがない。曾爺ちゃんは戦争で死んだ。
「お前、水いらんか?」と言って、爺さんはペットボトルを出した。
「飲みかけじゃないの?」
「違う。あたらしもんじゃ」
「新しいやつね」と俺は普段は受け取らないだろう水を受け取った。喉が渇いていたせいもあった。
「おう。お前」と爺さんが再度言った。
「なに?」
「戦争には行くなよ」と力強く彼は言った。
「うん」
「お前は戦争中だ。学校も、青春も、人生も戦争だ」
「うん」
「だけどな。戦争を人生にしちゃいかんぞ」
「うん」
「それだけでいい。あとは笑って生きろ」
「うん」
爺さんはそれだけ言うと、俺が来た道を戻った。
学校も、青春も、人生も戦争か。俺はどれに殺されるんだろうか。いや、どれを殺すのかな。でも、戦争は人生じゃないからな。どれも殺さず、何からも殺されず、俺は生きるんだろうな。うーん。難しい。
爺さんが言いたいことが分かる日は来るのだろうか。とりあえず、分かっていることは一つだ。俺は戦争には行かないよ。