ペットボトルボウリング 7
「ただいまー」と俺は玄関から家へと戻った。
大きな太陽の下に晒され、雨に打たれた俺には、冷たい風が待っているはずだ。
「葵お兄ちゃん、おかえりー」と弟の声が居間から聞こえてくる。
俺はさっそく、ご主人様に頼まれたものを持ち、居間へと入った。
「おう。ペットボトル持ってきたぞ」
「ペットボトルね」と弟はさらりと言った。
「ほい」と俺は言って、口を結んでいたペットボトル入りのビニール袋を投げた。
それは扇風機の前に座っていた弟の下へと転がったが、弟はそれに反応しなかった。
「お兄ちゃん」
「なんだ、弟」
「実は、ペットボトルもういらないんだよね」
全く、弟は何を言っているのだろうか。
「どういう意味だ」
「いや、だからペットボトルいらない。違うやつ作ることにした」
「違うやつって?」
「もっと面白いやつ」
さすがの俺も呆れたというやつだろう。俺は、自分の中に怒りの感情がないのを不思議に思いながら、弟の足もとにあったビニールを手に取った。結び目を解き、中か五本のペットボトルを出した。
「あ、このペットボトルも捨てて」と弟が、机の上に置いていたペットボトルを俺のところへ転がした。
さすがに笑いがこみ上げた。だが、やはり怒りはなかった。なんだろうか、この感覚は。
俺は、弟のペットボトルも拾い集めた。
「ありがとう」と弟は言った。
「ああ」と俺はその言葉に反応した。もともとなかった怒りは、存在さえ曖昧になり、笑いは安堵へと変わった。俺は弟に甘すぎるのかもしれない。
俺は少し湿っていた庭へと降りた。そして、集めてきた五本のペットボトルと弟が持っていた五本のペットボトルのキャップを開けた。庭にある水道の蛇口を捻り、それらに水を入れていった。水が入りきると俺はキャップを閉めた。
俺はその十本をできるだけ正三角形になるように並べていった。そして、庭の隅に転がっていたビニール製の赤いボールを手に取った。大きさはちょうど、ボウリングの玉くらいだった。
僕はペットボトルからできるだけ離れた。庭の端に来ると、反対側へ振り向いた。砂利や石、苔があるものの、目標に向かう、なかなかの直線だった。
俺はボールを抱え込むように右手で持ち、後ろに振りかぶり、そして転がした。それは、砂利に邪魔されながら進んでいった。並べていたペットボトルのピンはそれに当たり、六本が倒れた。後ろの三本と、その前列の一本は何事もなかったかのように仁王立ちをしていた。
俺はペットボトルをまた正三角形に並べなおした。そして、ボールを持って、また端へと戻った。
そして、転がした。ペットボトルが倒れる。中身が白くなり、水が少し泡立ったのが分かる。またペットボトルを並べなおす。元の位置へ戻る。ボールを転がす。それを何度か繰り返した。
「それ面白い?」と弟が縁側に立って言った。
「これ? つまらないよ。ピンが倒れて、それを直して、また倒すだけ」
「じゃあ、なんでやってるの?」
「十本倒したいからだよ」
「十本倒したら面白いの?」
「さぁ。どうだろうね。でも」と俺は言いながらペットボトルを並べなおした。「面白くもある」
「つまらないって言ったじゃん」
「どっちでもあるんだよ。お前はつまらないやつだな」
「あ、もしかして、Bowlingとboringをかけてんの?」
「お前はおっさんか。そして、小学生のくせに英語を知りすぎだ」
俺はそう言って、もう一度、端へと戻り、ボールを転がした。力を入れすぎたせいか、それは二度しか跳ねなかった。だが、最前列のペットボトルに当たると、それは後ろのピンもなぎ倒していった。
「惜しい」と弟が言った。
そこには一本だけペットボトルが残っていた。
「惜しかったな」と俺は言いながら、またペットボトルのところへ戻り、並べなおした。
「今度は僕がやっていい?」と弟は言った。
「いいよ。あんまり強くなげるなよ」と俺は言って、ボールを弟に渡した。
弟は裸足で庭に下り、端へと行った。そして、ボールを転がした。それは横に逸れるように転がってきて、三角形を掠めていった。ペットボトルは二本しか倒れなかった。
「あー」と弟は言って、悔しがった。「お兄ちゃん、ボール。あとペットボトルなおして」
「だめ」と俺は言った。
「なんで?」と弟は言った。
「立て直すこともやれ」
「なんで?」
「優しくなるためだよ」
弟は腑に落ちないといった感じに、ゆっくりと歩いて戻ってきた。そして、「つまんない」と言いながらもペットボトルを並べなおした。俺はボールを弟に渡し、縁側に座った。
弟はそれから何度もペットボトルボウリングを繰り返した。倒しては、戻ってきて、ピンを並べなおした。繰り返し、何度もそうした。
十本のそれを全て倒したのは十五投目だった。
「やった!」と弟は握りしめた両手を大きく空に突き上げた。
「おめでとう」
「やったー。やっとだー」と言いながら弟は戻ってきた。
「どうだった? 十本倒してみて」
弟は、俺の問いに答えずにペットボトルをまた並べなおしはじめた。だが、ボールを取って、端に戻る時に笑顔で言った。「つまんない!」と。
もし倒れても、いつかは立ち上がらなければならない。俺はずっと前からそう思っていた。その気持ちや考えや、せめて感覚が、弟に分かってもらえれば俺は嬉しい。
ペットボトルボウリング。なんてつまらない遊びなんだろう。でも、俺たちはそれに似ている。