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第93話 お前達は何者だ!


 やって来たバルク隊長が声を掛けてくる。


「ユート殿」

「バルクさん、来てくれたんですね」

「戦さの消えた世界に、俺たち傭兵の居場所は無いのです」


 革の甲冑を身に着けたバルクは、おれの前でそう言って豪快に笑った。

 確かにルーマニアとモルダビアとの国境では、何も起こらなくなってしまっていた。双方共に本格的な戦闘は望んでいなかったようだ。ルーマニア軍も、モルダビア内でのルーマニア系貴族の要請から仕方なく出て来たのだった。


「まず王妃さまを紹介します」

「王妃さま、安心して下さい。この者達は我々の援軍です」

「…………」


 王妃さまは髪の黒い騎馬軍団に圧倒されたのか、終始無言である。

 おれはクルムさんとバルクに、結菜さんを介して王妃さまを紹介してもらった後、現在の状況を説明する。


「クルムさん、バルクさん、この先に革命軍が待ち伏せしているようです」

「そんな奴らは蹴とばして見せましょう」


 すぐに行動しようと、バルクが声を上げる。だがおれは出来るだけ損害を出さない方法で敵陣を突破すべく、ある作戦を提案した。


「王妃さま逃亡の情報は既に革命軍に伝わっていると思われます。いずれ奴らは雲霞のごとく集まって来るでしょうから、今が最小限のリスクで突破できるラストチャンスです」


ここはこのようにしてくださいと、作戦を話した。


「ではそのように」


 傭兵軍団はゆっくり行進させる事にした。

 おれと安兵衛、クルムさんが先頭を行き、その後ろをバルク隊長が率いる軍団で、最後尾から結菜さんと王妃が目立たないように続く。




「あれは」


 村人の様子から得た感は当たっていた。革命派と思われる一群が、比較的広い場所で武器を手に待ち構えている。傭兵軍団は打ち合わせ通り、堂々と進んで行く。革命軍は明らかに戸惑っているようだ。それはそうだろう。これまで全く見た事のない集団がゆっくりと近づいて来たからだ。


「何だあの連中は!」

「あんな王党派が居たか?」

「いや、フランスの軍ではないぞ」

「スイスの傭兵でもないな」


 通常の戦闘ならば、銃の射程距離に入った時点で始まる。だが、革命軍は訳の分からない内に、傭兵軍団の接近を許してしまった。武器も構えない軍団が、特別戦闘態勢を取っている様には見えなかったからだ。

 声の届く距離まで近づくと、革命派のリーダーらしい男が甲高い声を張り上げた。


「待て、お前達は何者だ?」


 この状況だ、そう言っているのだろう。


「時空を超えて、遥か彼方の国からやって来た者だ」


 この際かまう事は無い、日本語で押し通す。


「…………」

「通らせてもらうぞ」


 さらに進み近づいて行くと、明らかに動揺している様に見える男が、


「い、いや、待て、何人もここを通す訳にはいかん」

「そうか」


 もちろんニュアンスがそう感じさせるだけで、言葉が通じている分けではない。このやり取りは全て気合いで進めているのだ。おれはバルクの方を振り返り、合図を送る。

 バルクは片手を上げると横に伸ばした――

 後ろに伸びていた軍団の列がゆっくり前に進み、横一列になった。革命軍は何が起こっているのか分からずに、ただ呆然と見ているだけだ。

 バルクがおれを見た。

 おれがうなずくと、再びバルクの手が上がり、軍団全員の剣を抜く音が辺りに響いた――

 ここでやっと事態を把握したのか、リーダーの男は顔を真っ赤にして叫んだ。


「撃て、撃て!」


 だがその命令は明らかに手遅れだった。なにしろこの時代の銃は発砲までに時間がかかる。

 バルク隊長の図太い声が響いた。


「野郎ども、突撃だ!」


 革命軍は銃をまともに構える暇もなく奇襲が始まってしまう。革命派の軍は統率の取れた正式な軍隊ではない。退役軍人から商人、農民などと様々な者達の寄せ集めなのだ。戦さのプロである傭兵軍団に敵うわけがない。前列の者達が何人か斬られると、あっという間に散り散りになってしまった。それでも数発の発砲は成功、傭兵側にも数名負傷者が出た。


 フランス革命は王制に対する、日々のパンも無い貧困にあえぐ庶民の革命だと見れば、革命軍に正義があるようにも見える。ところが王制を倒した後は、革命を共に戦った者同士が派閥争いから血で血を洗う抗争を始め、ギロチンは恐怖政治の為にとんでもない数の革命家や市民の首を落とすという惨劇の歴史が始まる。


「王妃さま、今のうちに急いで行きましょう」


 王妃と結菜さん、おれと安兵衛は馬に鞭を当て駆けだす。


「国境までは後半日くらいのようです」


 皆先を急ぐ事にしたが、傭兵の半数で王妃の周囲を囲み、しんがりをバルクと残りの兵に任せる。

 革命軍の姿が見えなくなると、並足にスピードを落とした。まだ国境までは遠いから、馬を疲れさせるわけにはいかない。

 しばらくすると王妃が結菜さんの側に馬を寄せて来る。


「ユイナさん」

「はい」

「あの方も貴女の国からいらしたのですか?」

「あの方?」


 ややうつ向き加減の王妃が、


「腰に変わった剣を差していらっしゃる――」

「あっ、安兵衛さんのことですね」

「ヤスベ……」


 王妃が結菜さんを見る。


「安兵衛さんは日本の剣豪です。強いんですよ」

「あの方が、私を守って下さるのですか?」

「そうです」

「…………」


王妃は、もう一度安兵衛の背中を見つめた。


 馬の背で揺られる王妃は、黙って先を行く安兵衛の後ろ姿を見つめていた。

 この時、安兵衛は既に壮年であったが、マリー・アントワネットはまだ二十歳だった。


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