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第76話 タイムマシンに座る


「ひょっとして反物質を利用しているんですか?」

「えっ」


 反物質という言葉を聞いたユミさんの表情が変わった。実はおれもトキから時空移転の仕組みを何となく聞いてはいたのだ。断片的ではあるが、知識もある。言ってしまったものは仕方がない、おれは先を続けた。


「反物質に転換してプラスとマイナスの中間を目指すのでしょうか?」

「…………」

「いわば物質と反物質との隙間です」


 トキから聞いていた話では、時間も空間も超越した次元をまたぐ存在で、人間には全く感知できない世界がそこにあるというのだ。時間の概念が無い場所だという。だから二百年前も四百年前も現在と隣り合わせでもあると言える。時空移転もその延長線上で出来る事らしい。


 ユミさんはおれの顔を凝視していたが、暫くして口を開いた。


「その通りです。ユイトさんの関わっていらっしゃるマシンも、やはり同じ原理のようですね」

「……あの、ユミさん、実はその事でお話があるん――」


 その時、後ろから研究員らしい方が声を掛けて来た。


「準備が整いました」

「ユイトさん、ご覧になって下さい。始めます」


 ひとりの若者がマッサージ機のような構造物、いやタイムマシンに座った。トキの話をする前に、タイムマシンが稼働し始めてしまう。ユミさんはおれが過去に行ったのはマシンによる時空移転だと確信しているようだ。


 やがてタイムマシンは透明なカプセルに覆われ、内部は虹色の靄に包まれる――

 結果はあっけなかった。


「ユイトさん、後ろをご覧になって下さい」

「後ろ……、あっ」


 今椅子に座ったはずの若者がおれの後ろに立っている!


「まだ実験段階で、用心のためこの程度なんです」

「…………」

「ですからユイトさんが百四年前にまで遡る事が出来たのは素晴らしい成果ですね」


 もうここで話さなくってはいけない。おれは覚悟を決めた。


「あの、それなんですが、タイムマシンなんかじゃないんです!」

「えっ、何をおっしゃってるんでしょう」


 やっとおれはトキの話を話しだした。


「えっとおれが過去に行ったのはタイムマシンなんかじゃなくって、トキという不思議な方のせいなんです。あの、よく言われる転生ってやつで、古いパソコンをいじっていたらいきなり戦国時代に行ってしまったわけです」

「…………」

「その後はもう大変で、何しろ秀吉の嫡男に転生なんてとんでもない事が起きてしまったんですからそりゃあもう――」


 ユミさんはじっとおれの顔を見ている。


「……それで実は安兵衛ともその時代に出会い、最初はおれを殺しに来た刺客だったのですが――」

「…………」

「あ、そうそう、その時空移転は、トキの作り出した泡のようなもので移動するんです。なんと安兵衛もひょんな事からその洗礼を受けてしまい、現代のおれのアパートにまで来て、警察の職務質問を受けるなんて事態に……」

「…………」


 それまでおれの話をじっと聞いてくれていたユミさんなんだが、ことさらやさしく声を掛けて来た。


「仕方ないですね。守秘義務は重要ですから、そんなに気になさらないで下さい」


 いや気になさるとかじゃなくって……、ふう、やっぱりな、信じてもらえないか……

 だけど、研究が進んでいるのは日本の方のようだからと、ユミさんはこれまで培ってきた成果の全てを隠すことなく見せてくれると言うのだった。

 という事はだよ、日本でもタイムマシンの研究が進んでいるというのか。えらい世界になっていたんだな。まさか……おれが過去でやったことが、この世界をここまで変えてしまったのか。そんな思いを巡らしている時に、ユミさんから思わぬ提案がなされた。


「ユイトさん、座ってみますか?」

「えっ!」


 ユミさんはおれの動揺も知らずに、


「ユイトさんはもうベテランでしょうから、是非日本のマシンとの違いを教えて頂きたいのです」

「えっ、あっ、いやベテランって、あの、だから違うんだってば――」


 ユミさんはおれの返事も聞かず、スタッフに指示を出し始めてしまう――


「ユイトさん、どうぞお座り下さい」

「ええっ、そんなっ」


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