沈黙の引き金
俺は殺し屋。 命の終わりを演出する死神だ。
事務所は高層ビルの二十二階。名前のないドアの向こうだ。
白い壁、小さなテーブル、椅子が二脚。
それだけで十分だった。
ドアがノックされた。男が入ってきた。
灰色のスーツに整いすぎた髪。金の匂いがした。
机の上に封筒を置く。重い音が響いた。
「いつでもいい、何日後でも何十年後でも。ただ俺に知らせず、痛みも苦しみもなく、俺自身を殺してくれ。」
俺はテーブルの下から黒いケースを引きずり出す。
男の瞳が一瞬、大きくなる。
「こいつのもたらす死がいつ来るかは誰にもわからない。俺自身にすら。」
「……それが望みだ。」
男の肩が緩む。安堵の形だった。
書類にサインをもらい、指先で紙の端を折った。
ケースを閉じ、元通り。
時計の秒針が空気を削る。
それで契約は終わった。
男は立ち上がる。背中に軽さがあった。
俺は封筒を数えず、引き出しにしまった。
ドアが閉まる。
静寂が戻る。より重く、より冷たく。
俺は殺し屋。 殺し屋、そう呼ばれてはいるが、俺は一度も殺したことがない。
金持ちから苦痛のない最期を請け負う専門だ。
俺は黒いケースを開けた。
中身は空だった。銃なんて最初からない。
ただの黒塗りの箱。重さだけは本物に似せた。
依頼人は知らない。
知る必要もない。
彼らが金を払うのは、箱の中身じゃない。
「いつか来る」という約束のためにだ。
約束は守られる。
ただし俺は手出しはしない。したこともない。
窓の外、街が光る。
何百、何千もの命が蠢いている。
みんなくそくらえの死に方を恐れている。
俺はその恐怖を、預かってやる。
引き出しから次の書類を出す。
今日も誰かが、安堵のために金を置いていく。
俺はレンタルした高層の事務所を抜け出し家路についた。




