99 地下研究施設
リオンは<コンプレックス・シールド>で自分たちを囲み、先頭に立って階段を下りていく。
階段の左右足元には何らかの光源が埋め込まれている。背後で地面に開いた扉が閉まる音がした。
「ゆっくいいっど」
殿を務めるエルテガから小さく声が掛かり、前を行くキリシュとリオンは頷いた。
階段を降りていく先は明るくなっている。今のところ動く影は見えず、音も聞こえない。いや、僅かにブーンという虫の羽音のような音が聞こえる気がする。
階段の途中にトラップがあるかもしれないので、リオンたちは一歩ずつ確かめるように慎重に降りていった。
そして一番下に着く。目の前はまるで格納庫のような広大な空間が広がっていた。三十メートルはある天井には等間隔で光源が埋まっていて、それがその空間を煌々と照らしている。また、クレーンゲームのクレーンのようなものが見える範囲で三つぶら下がっていた。少し湾曲した天井は材質もコンクリートのように見える。
こんなに広い空間なのに何もない……いや、左右の壁際に何かがずらっと並んでいた。
「あれが……ゴーレム、でしょうか?」
壁まで五十メートルは離れている為、細部は見えない。だが、これだけ離れていても威圧感のようなものを感じた。
胴体は直方体。その下部に二本の太い三角錐が突き刺さっているように見えるのは脚部だろう。肩は大きな球状で、そこから続く腕は太く長い。手に当たる部分は長い指が三本ある。直方体の上に半球型の頭部が乗っていた。積み木を積み上げたような、のっぺりした形状である。
全体が金属質で、色は光沢のある濃い灰色。身長(?)は二・五メートルほどだろうか。見るからに重そうだ。武器などなくても体当たりだけでかなりの威力がありそうに思える。
この空間、奥行きは二百メートルくらい。ぱっと見では、それが何体あるか分からない。左右合わせて軽く百体は超えるだろう。これがもし、一度に襲い掛かってきたらと思うと背筋が粟立つ。
幸いなことにそれらが動く気配はない。少なくとも、今のところ。
マギアム文明は五千年ほど前に滅びたと聞いている。リンゲルの手記を信じるなら、この地下研究施設はマギアム大国時代のものだ。つまり壁際に並んだゴーレムは五千年も前に作られたということである。普通に考えて、そんな古い物が動く筈がない。
だが、何故かリオンは冷や汗が止まらなかった。理由は上手く説明出来ないが、とにかくヤバい雰囲気をビシバシ感じる。
「綺麗過ぎる」
エルテガがボソッと呟いた。そう、それだ。彼の言う通りここは綺麗過ぎる。とても五千年も前のものとは思えない。まるで誰かが掃除したばかりのようだ。ゴーレムだって磨かれたように艶々している。違和感の正体はそれだった。
「あれには近付かないように。なるべく真ん中を、静かに進みましょう」
何かのきっかけでゴーレムが動き出す予感がする。リオンが二人に小声で提案すると、二人ともコクコクと頷いた。
<コンプレックス・シールド>を五重に展開して、広大な空間の真ん中を進む。左右のゴーレムが動き出さないか気が気でない。
反対側の出口まであと数十メートルという所までやってきた時。出口の方からスーッと滑るように近付いてくる何かがあった。
三人は足を止めて警戒する。エルテガが槍を、キリシュが双剣を構え、リオンはいつでも<アクセルバレット>を撃てるよう準備した。
それはリオンたちの前で停止し、障壁越しにリオンを見上げた。
「……土偶?」
土偶――縄文時代に作られた土人形でほとんどが女性像だと言われている。体に対して頭部が大きく、楕円形のゴーグルのような両目も大きい。コミカルというか、可愛らしい形状のものを思い浮かべるのが一般的であろう。
リオンの前方二メートルほどの所に止まって彼を見上げているそれは、身長が四十センチほど。リオンの知る土偶に比べてシンプルというか、余計な装飾がなくツルンとしている。
『新しいマスターですか?』
「「「しゃべった!?」」」
電子音のような声だし、口も動いていないが、そいつは確かに喋った。こちらへの敵意は感じない。
「えっと、“マスター”って何かな?」
『ここ、第七生産施設の管理権限を持つ方です』
「……もしかして、前のマスターはリンゲルって名前?」
『その通りです。マスター・リンゲルは十一年前にここを訪れたのが最後です。だからマスターの交代があったのかと推測しました。改めまして、私はメンテナンス・ゴーレムの“イータ”と申します』
土偶改めイータが丁寧に腰を折って頭を下げた。
腰、あるんだ……とリオンは遠い目になる。
イータは七代目のメンテナンス・ゴーレムらしい。十七年前、リンゲルが初めてここを訪れた時に起動し、それ以来主にお掃除ゴーレムの監督をしてきたと言う。
「お掃除ゴーレム?」
『あちらに』
イータが三本指の一本で指す方に目を凝らすと、少し厚みのある円盤が二つ、壁際のゴーレムに取り付いていた。
『あちらにも』
同じような円盤が、リオンたちの後ろをゆっくりと横切った。落ち着いて辺りを見回せば、同じ形の物があちこちにいる。
「ロボット掃除機?」
『お掃除ゴーレムです』
「……えーと、この施設や壁のゴーレムが綺麗なのは、つまりイータたちが頑張ってくれてたってことかな?」
『それが役目です』
「そっかぁ。凄いね、君たちは」
『私たちはその為に製造されたのですから、当然のことです』
リオンは目の前の障壁を解除し、キリシュとエルテガの前に張り直すと、イータの前に膝を突いて頭を撫でた。
「それでも、だよ。当然のことをちゃんとやり続けるのって凄いことだと思うんだ。頑張ったね、ありがとう」
『…………』
イータが戸惑っているような、それでいて喜んでいるような雰囲気をリオンは感じた。イータの表情は一切変わっていないというのに。
「それで、マスター・リンゲルは次のマスター候補が来たらどこかに案内しろって言ってたかな?」
『あ! 私としたことが大変失礼しました。マスター……?』
「僕はリオンだよ。マスターじゃないけど」
『マスター・リオン。あなたにはマスターの資質を十分備えていると推察します』
どうぞこちらへ、と言って、イータがくるりと反転する。そう言えばこっちに来る時も滑るように動いていた。今も足はまったく動いていない。まるで床から少し浮いているようだ。どうやって動いているのか気になったリオンは、床に這いつくばるようにしてイータと床の隙間を覗き込む。
……普通にローラーが回転していた。
「リオン、なんしちょっと?」
「あ、いや、ちょっと夢が壊れただけ。気にしないで」
どんな技術で浮いているのか知りたかったリオンはキリシュの問いにそう答える。自分は<エア・ムーブ>をバンバン使っているのに未知の技術を期待してしまうのは、男の子の性であろうか。
「イータ、あのゴーレムが襲ってくるようなことはないの?」
『命令なしで動くことはありません』
命令したら動くのか……五千年も前のゴーレムが。
「えーと、誰が命令できるの?」
『マスターに登録した方ですが、マスター・リンゲルは長期不在で権限を失ったため、安全装置が働いています。新たにマスターに登録された方が安全装置を解除しない限り、あれらのゴーレムは動きません』
「……エルテガさん、障壁を解除しても大丈夫でしょうか?」
リオンが振り向いてエルテガに問う。
ここに入った瞬間から感じていたヤバい雰囲気は、イータと会話を交わしてから消え去っていた。
「うごかんたれば安全じゃろ」
エルテガもリオンと同じく危険はないと判断した。リオンは<コンプレックス・シールド>を解除し、そのまま三人でイータに付いて行く。
壁際にゴーレムが並んでいた広大な空間を抜けると、正面と左右に通路が伸びていた。イータは迷いなく正面の通路を進む。
この辺りが何の区画かイータに尋ねたところ、研究区画という答えが返ってきた。もちろんゴーレムに関する研究である。
イータによると、元々この第七生産施設というのは、産業用や家庭用の“お役立ち系”ゴーレムを研究し、作る場所だったらしい。
それがある時点から軍事用に転換したと言う。同時に、最奥部にゴーレムとは別の研究施設が作られた。イータが案内しようとしているのはその最奥部である。
「今更だけど、知り合ったばかりの僕たちを連れて行ってもいいの?」
『マスター・リンゲルから、“リンゲルの名を出した者は信用して良い”と指示を受けています』
「あ、そうなんだ」
リンゲルという名前は、この施設だけで通用する「コードネーム」のようなものなのかもしれない。厨二病を患っていた彼なら十分考えられる。
イータに「ウラーノス」について何か知らないか尋ねたが、「存じません」という返答だった。同様にポータルの起動方法も知らないそうだ。メンテナンス・ゴーレムなのだから仕方ないだろう。
しかし、ゴーレムってこんな風に会話が出来るものなのだろうか……?
イータとは普通に会話が通じるので受け入れてしまったが、イータはゴーレムと言うよりAIを搭載した優秀なロボットのようだ。
「イータは本当にゴーレム?」
『はい、メンテナンス・ゴーレムです』
「ゴーレムって、みんなイータみたいに会話が出来るの?」
『いいえ。私は初期の“自律型ゴーレム”ですので』
自律型……自分で考えて判断を下し行動する、ということか。
現在、この世界にそんなものは存在しない。五千年も前にそれを作り出したマギアム大国とは、どれだけ文明が発達していたのだろう。そして、それだけ発達した文明が何故滅びてしまったのだろうか。
リンゲルの手記では、「ウラーノス」が滅びの原因と考えられる。
ディストピア作品では、過去の核戦争が文明崩壊の原因として描かれることがある。AIの暴走も設定としてはよくある気がする。「ウラーノス」はそういう類のものだろうか、とリオンは頭を巡らせる。
そういったことを考えているうちに目的の場所に着いたようだ。目の前は金属の扉で固く閉ざされている。
イータが扉の右にあるパネルの下に移動すると、首と右腕がびよーんと伸びた。驚いたリオンとキリシュがビクッと肩を震わせる。パネルに文字が浮かび上がり、イータがそのうちのいくつかに触れると扉が空気の抜けるような音と共に開いた。
イータが躊躇なく扉の向こうへ進むので、リオンたちも付いて行く。そこは今通ってきた研究区画と似ていた。
「イータ、ここも研究区画なの?」
『その通りです。ここは“アンドロイド”研究を行っていた区画になります』
ゴーレムの次はアンドロイド、とな。
ちなみにアンドロイドとは、ギリシャ語で「人」を意味する「andro」と、「〇〇のような」を意味する「oid」を組み合わせた言葉である。直訳すると「人のような」となる。
ゴーレムはひと目で人間と違うと分かるが、アンドロイドは人間を模して造られるわけだ。
ここに来る間だけで、マギアム大国の技術力には驚かされてばかりである。そんな技術で作られたアンドロイドとは、一体どんなものだったのだろう?
しばらく進むと、先程入ってきたのと似た扉に突き当たり、それをまたイースが操作して開いた。
「これは……」
「何か気味が悪い」
「こんた何じゃ……?」
その光景を目にし、リオン、キリシュ、エルテガがそれぞれ呟く。
薄暗いその空間には、人がすっぽり収まる大きさの透明な筒が左右にずらりと並んでいた。空っぽの筒、水のような液体で満たされた筒……イータはその間をどんどん進み、一番奥で止まる。
そこにも同じような筒があった。これまでと違うのは、中にデッサン人形のような物が浮いていることと、薄いピンク色の液体で満たされていること。
筒の隣にはモニターと操作盤のような物がある。更にその横にデスクと椅子。イータがまた伸び上がってデスクの上から紙束を掴み、振り返ってリオンの方へ捧げた。
それはカルダック遺跡で見付けたリンゲルの手記と同じ、革で装丁された紙束だった。
『次に“リンゲル”の名を挙げる者が訪れたら、これを渡すようにとマスター・リンゲルから指示されました。どうぞ、マスター・リオン』
イータの中では、リオンはもう「マスター」らしい。苦笑を浮かべつつ、リオンはその紙束を開く。
『メンテナンス・ゴーレムがここまで案内した君はきっと同胞だろう。恐らくカルダック・ポータル・ハブに残した手記も読んでくれたに違いない。
自己紹介は不要かもしれないが念の為。私の名はリンゲル。アル・ソマル神によってこの世界に転生した元日本人だ。最初はマギアム人として、そして今は銀狐族として生きている。現在の私はマギアム大国が犯した過ちを二度と繰り返さないことを目的としている。
アル・ソマル神がこの世界に呼んだ日本人の魂は、四百年間でおよそ四千人分。私が転生したのはこの末期に当たるようだった。
その四百年間で、マギアム大国は飛躍的な進歩を遂げた。転生した元日本人には数学者や物理学者など様々な専門家が多く、その知識と魔法が融合した結果だった。
元日本人の君なら想像できるだろう。分不相応な力を持った蛮族が何をし始めるか。
そう、端的に言って力による支配だ。
マギアム大国は元々マギアム王国といい、それほど大きな国ではなかった。グレンドラン大陸で言えば、ちょうどユードレシア王国やブルスタッド帝国くらいの国であった。
日本人が転生したのはほとんどが平民層だったが、ごく僅かに貴族や王族の転生者がいた。それらが主導した結果、真っ先に軍事力の増強が行われたのである。
地球の知識に基づいて魔法が改良され、周辺国は文字通り蹂躙され併呑されていった。わずか四百年間でマギアム王国はこの惑星の六割程度を支配するに至り、マギアム大国と名を変えた。
そこからはある程度の平和が続く。ゴーレムの研究が進んだのはこの時期だ。
産業用ロボットのゴーレム版と言えば理解が早いだろう。ゴーレムの研究は工業化を推し進めた。マギアム人に役立つゴーレムが次々と生み出された。
ゴーレムの次はアンドロイドだ。これは何か目的があったわけではなく、純粋な知的好奇心から始まった。
人は人に近い、或いは人と同じ存在を造り出せるのか。
人の魂はどこに宿るのか。
そういった命題の答えを欲する者たちがアンドロイド研究を始めたのだ。
思えば、この時既に神の怒りを買ったのかもしれない。
私の専門は武器開発だったが、私が転生した頃は表立ってマギアム大国に楯突く国はほぼ皆無だった。だと言うのに、国の首脳陣は軍事力の増強を国是としていた。
恐らく彼らは恐れていたのだと思う。自分たちの栄華と安寧を脅かす何者かを。もしかしたら知ってさえいたのかもしれない。何せここは魔法のある世界だ。未来予知とか神託とか、そういったものがあっても不思議ではない。
その結果、私が所属していた研究チームが生み出した……生み出してしまったのが「ウラーノス」だ』




