98 死してなおリオンを煽るリンゲル
カルダック遺跡北側の扉を抜けると、前方に道らしきものがあった。だがリオンたちは道から左に逸れ、北西を目指すことになる。そこに、リンゲルの手記にあった「地下研究施設」とやらがあるからだ。
「えーと、まず真西に三キロメートル。変わった形の岩があるから、そこを北へ曲がって五キロメートル。川に突き当たったら、川沿いに西へ五百メートル。その辺りに研究施設の入り口があるそうです」
リオンが手記に書かれている簡易地図を見ながらこれからの行程を述べる。
「こっから先、魔物除けがねで気を付けていっど」
「「はい!」」
人身売買組織が作ったと思しき道沿いなら、南側と同様魔物除けの魔導具が設置されているだろうが、道から逸れる以上その恩恵には与れない。
四日ぶりとなる陽の光に目を細めつつ、リオンは<エア・ムーブ>で三人を高度百メートルほどに浮遊させ、西に向かって飛び始めた。一分で速度を緩め、高度を下げていく。高度を下げないと目印を見逃してしまうのだが、そうすると地上や樹上から魔物の攻撃を受ける可能性が高まる。
木のてっぺん付近からリオンたち目掛けて飛び上がる猿の魔物。
行く手を塞ごうと跳躍する豹の魔物。
空から急降下してくる烏の魔物。
中には木の実を投げつけてくる奴もいる。わずか二分でこの有り様である。
キリシュが双剣で切り裂き、エルテガが槍で薙ぎ払い、リオンが<アイシクル・ジャベリン>で迎撃する。
空中でも<コンプレックス・シールド>を展開することは可能だが、戦闘をずっと避けていると油断が生じる、というのがエルテガの持論である。それで障壁を使っていないが、リオンはヤバそうな敵だったら全力で障壁を張るつもりだ。
「あ、あれですかね」
眼下に某有名RPGに登場するサボテンのモンスターのような形の岩が見えた。あれ、絶対リンゲルがあの形に加工しただろう……とリオンは確信して呆れた。
「アハハ! 何あれー!」
「まこて変な形じゃな」
サボテ〇ダー型の岩を見て、キリシュがたいそうウケていた。エルテガは眉根を寄せて怪訝な顔をしている。
日本のゲームに出てくるキャラなんです、たぶんリンゲルさんがウケ狙いで作ったものです。
同じ日本人の記憶を持つ者として少々居た堪れない気持ちになりながら、リオンは北へと進路を変え、また高度を上げた。時速九十キロメートルだと、五キロの距離は四分もかからない。
「リオン!」
突き当たる筈の川が見えてこないかと遠くに目を凝らしていたリオンだが、エルテガの鋭い声で反射的に<コンプレックス・シールド>を張った。
どこに敵がいるのか……左右、上下にはいない。後方を振り返ると、バカでかい鳥の魔物と目が合った。
鷲の頭部と翼、獅子の胴体、そして艶やかな黒。それはアスワドにそっくりなグリフォンで、しかしアスワドより遥かに巨大だった。
グリフォンは人懐っこい魔物だと聞いたことがある。こちらから攻撃しない限り、決して襲って来ない、とも。
リオンはアスワドを思い出して胸が詰まり、思わず溢れそうになる涙を懸命に堪えた。集中が途切れ、<エア・ムーブ>の速度が落ちる。巨大なグリフォンはぐんぐん近付いてくる。
「二人とも、なるべく敵意を見せないで」
リオンは二人を<コンプレックス・シールド>で囲み、自身は無防備のままグリフォンを待ち構えた。グリフォンの方も徐々にスピードを落とし、リオンにぶつかる直前でホバリングに移行する。
間近で見ると更に大きい。翼長は軽く二十メートルを超えるだろう。頭部だけで人間くらいの大きさがある。
金色の瞳がリオンをじっと見据えているが、リオンは不思議と恐怖を感じなかった。この子はきっとアスワドと同じ、優しい子だ。これだけ巨大な相手に“子”は失礼かもしれないが。
リオンにも、そのグリフォンから漏れ出る膨大な魔力を感じ取れた。それはマサークのように激しく渦巻く暴力的なものではなく、まるで草原に吹き渡る風のような、穏やかで爽快なものだった。恐怖を感じないのはそのせいかもしれない。
アスワドもこれくらい大きくなるのだろうか? こんなに大きくなったら物凄く広い庭が必要だなぁ。リオンは呑気なことを考えつつ、思わずそのグリフォンに手を伸ばした。
グリフォンは最初、少し顔を引いた。だがリオンが伸ばした手をそのままにしていると、顔を擦り付けてきた。
「か、可愛い……」
「きゅーっ!!」
アスワドより少し低い声だが、それはリオンにアスワドとの日々を思い出させるのに十分だった。グリフォンの顔の羽毛に手を埋めながら、リオンは知らず知らずのうちに涙を流していた。
「きゅ?」
グリフォンが大きな翼を一度羽ばたかせ、問いかけるように小首を傾げる。
「……君によく似た、でもずっと小さいグリフォンと仲良しなんだ。アスワドっていうんだけど、とっても甘えん坊で、寂しがり屋で……。僕は彼女を置き去りにしてここに飛ばされちゃったんだ。彼女、元気かな……」
言葉が通じる筈もない。しかしリオンは、アスワドにするように語り掛けた。
「きゅっ!!」
大丈夫、その子は元気だよ。そんな風に言われた気がした。リオンはローブの袖で涙を拭った。
「そうか……そうだよね。アスワドの他にも待っている人がいるんだ。早く帰って元気な顔を見せないと、だよね」
「きゅーっ!!」
グリフォンはひと鳴きして空高く舞い上がった。ほら、この空はその子や待っている人たちの空と繋がってるよ。君なら大丈夫。きっと無事に帰れるよ。そんなエールを送ってくれたような気がした。
リオンはグリフォンが見えなくなるまでずっと見送った。泣いてしまったから、少しでも誤魔化せるように時間を稼いだつもりだ。もう大丈夫、と呟いてからキリシュとエルテガの所に戻る。
二人は心配そうな顔で<コンプレックス・シールド>に張り付いていた。
「だいじょっか、リオン!?」
「どっか怪我したの!? 痛くない!?」
「二人ともごめん。僕は大丈夫、怪我もしてないよ」
障壁を解除し、また三人で北に飛び始める。
「あげんふとかグリフォン、はいめっ見たど」
「あいがグリフォンやったんね……まこてふとかった」
「いや、普通はもっとちいさかど?」
「え、そうなんですか?」
父娘の会話に、リオンは思わず割り込んだ。彼も実際のところ、アスワド以外のグリフォンを見たことがないので「普通」がよく分からないのだ。
「そいにしてん、リオンの肝っ玉はどげんなっちょっとけ?」
「ほんのこて! あたいはあげん近くまでいっきらん」
二人から感心したような、呆れたような目で見られ、リオンは「あはは……」と乾いた笑いを漏らす。
「従魔のグリフォンがいるんですよ。妹分みたいな感じの」
「ほう」
「ほぇー!」
「グリフォンって基本的に人懐っこいし、こっちが攻撃しなければ襲ってこないらしいんです。さっきのグリフォンも敵意を感じなかったし、たぶん興味本位で近付いてきたんじゃないですかね?」
人が飛んでいれば、グリフォンでなくても興味が湧くだろう。
「リオンはグリフォンに慣れてたってこと?」
「そうだね。あの羽毛、フワフワで温かくて、抜群の触り心地なんだ」
「うわぁ! ね、あたいもいつか触れる?」
「うん。アスワドさえ……あ、アスワドって従魔のグリフォンの名前なんだけど、彼女がいいって言えばね」
「アスワドちゃん、かぁ」
今、キリシュはさりげなく「リオンの故郷について行く」と伝えたのだ。そして、リオンはそれを自然に受け入れた。
本人はその意味に気付いていないかもしれないが、リオンは約束を守る男だ。だから、キリシュを従魔のグリフォンに会わせるだろう。それが分かってしまったエルテガは満足するとともに、娘が遠くに行くことが確定したような気がして、少し寂しい気持ちになるのだった。
比較的ゆっくり飛んでいると、木々の隙間から陽光を反射する水の流れが見えてきた。
「あ、あれが川ですね」
「もう少しじゃな」
川の上空まで来て降下し、そこからは歩いて行く。ここから西に五百メートル。慎重に地下研究施設の入口を探しながら進む。
「リオン……あいじゃなか?」
キリシュが指差す方に目を遣り、それが目に入った途端、リオンは脱力した。
サボテ〇ダー型の岩が、今度は上下引っくり返ってそこにあった。直角に曲がった腕が、地面に埋まった岩を指し示している。
「あからさま過ぎるだろ! 他の人が見つけてもいいのかよ!?」
リオンの口調が思わず荒ぶる。
入口が分かりやすいのは助かるが、この目印は昨日今日置かれたものではない筈だ。少なくともリンゲルが白骨化する五年以上はここにあった筈。その間誰にも見つからなかったのだろうか。
「リオン。またおいたっに読めん字が書かれちょっ」
岩の上に溜まった落ち葉を払い除けると、横に四十センチ四方の石板が埋まっていた。日本語とアルファベットで文字が刻まれている。
『ゴーレムの活動を停止させるために消す文字は?
E M E T H』
何故に突然ゴーレム?
カルダック遺跡の「なぞなぞ」より難しいし、何の脈絡もない。いや、なぞなぞも脈絡はなかったけれども。
これは、ゲームやアニメ、或いはユダヤ伝承の知識がなければ分からない問題だろう。しかし一文字消すだけで扉が開くとしたら、何かの拍子に文字が消えて開いてしまうこともあるのではないだろうか?
「エルテガさん。ゴーレムって見たことあります?」
「ゴーレム? いや、見たこっはなか。遺跡でごく稀に見付かるらしいが、あやただんかざいじゃろ?」
エルテガの認識だと、ゴーレムというのは人型をした大きな置物のようだ。確かに動かなければただの置物である。
ここで突然ゴーレムの話が出てきたということは、この施設の中にゴーレムがいるということではないだろうか。それも、ちゃんと動くゴーレムが。
「もしかしたら、内部にゴーレムがいるのかもしれません。しかも、ちゃんと動くやつが」
「動く!? ゴーレムっち動くんか!?」
多くの知識を持ち、いつも冷静なエルテガにしては珍しい反応だ。この世界――少なくとも今の時代、ゴーレムとは動かないのが常識らしい。
「はい、僕の前世の知識では動きます。しかも、場合によってはかなり強いです」
「う~む……」
もちろん現実の知識ではなく、ゲームや漫画、アニメの知識である。作品にもよるが、だいたいゴーレムとは巨大で強かった気がする。
「……入らない、という選択肢もあると思います」
自分だけ危険な目に遭うなら受け入れるが、キリシュとエルテガを危険に晒すことは許容できない。
「じゃっどん、確かめる必要があっとじゃろ?」
「そう、ですね」
リンゲルの手記では、この惑星の六割を支配していたマギアム大国が滅亡したのは、どうやら「ウラーノス」という物のせいらしかった。
『あの惨劇を繰り返さない為に。今この世界で生きる人々の暮らしを壊さない為に』
リオンは、この一文にどうしても引っ掛かりを覚えるのだ。
「この世界で生きる人々」には、リオン自身はもちろん、彼の大切な人たちが含まれる。「ウラーノス」とやらをそのままにしておくと、大切な人たちの暮らしが脅かされる可能性がある。リンゲルの手記にはそう書かれていた。
もちろん、彼の書いていることが全て真実とは限らない。全て出鱈目の可能性だってある。だが真偽を確かめるためにも、この研究施設を確認しなければならないとリオンは思うのだ。
「僕ひとりで入ります」
「そんたやっせん。リオンを守っとがおいたっの役目じゃ」
「じゃっど! ひといでなんて絶対行かせない!」
絶対に譲らないという強い意志を感じさせる声音と目。リオン一人を危険かもしれない場所に行かせるなど言語道断。エルテガとはそういう男である。
キリシュの思いは父のそれとは少し違うが、結果的には同じであった。
そうなるとリオンに出来ることは一つ。彼らを絶対に守ることだ。
「分かりました、三人で入りましょう。ただし安全だと分かるまで、僕の障壁の前には出ないでくださいね?」
「「分かった」」
「そうと決まれば早速。えーと、これどうやって消せばいいんだ……?」
「EMETH」の頭の「E」を消せば「METH」となる。元々はヘブライ語なのだが、それを英訳したものだ。それはいい。日本人でも知らない人は多いだろう。それもこの際置いておく。
カルダック遺跡にあったようなキーパッドはない。指先で先頭の「E」を隠してみても何も起こらない。
「……削り取ればいいのかな?」
「待て待て。早まるな」
リオンは<ストーンライフル>で「E」の部分を物理的になきものにしようとしたが、エルテガに止められた。
「正確に何ち書いてあっと?」
「ゴーレムの活動を停止させるために消す文字は? その下にEMETH、です。答えは先頭のEなんですけど」
「ふむ……」
「リオン! こけないかあっど!」
入り口と思われる二メートル四方の岩の周囲を調べていたキリシュが声を上げた。落ち葉を手で払うと、またしても石板が現れる。
『向こうが入口だと思った? あっちはただの岩だよ~ん。ねぇ、今どんな気持ち? ねぇねぇ、どんな気持ち?』
<ストーンガトリング>を斉射したい気持ちだよ! <アクセルバレット>の連射でもいいね! リオンはプルプルと肩を震わせながら破壊衝動を堪えた。日本語で刻まれているので、この煽りはリオンにしか伝わらない。
『おふざけはこのくらいにして本題に入る。
ひっくり返ったサボテ〇ダーを元に戻してくれ。それで道が開けるだろう』
「ゴーレムの件は何だったんだよっ!?」
リオンの口調がまた荒ぶった。
普段温厚なリオンをこれだけ苛つかせるのだ。リンゲルがもし生きていたとしても、リオンとは相容れなかっただろう。
「リオン!? どげんした!?」
「すぅーはぁー、すぅーはぁー……ふぅ、ごめんキリシュ。もう大丈夫だから。よし、<エア・ムーブ>」
数回深呼吸をして荒ぶる気持ちを落ち着けたリオンは、サボテ〇ダーに対して冷静に<エア・ムーブ>を放った。
「えーと、百八十度回転……弱めに<エアバースト>」
ごく弱い<エアバースト>でサボテ〇ダーを回転させて天地を引っ繰り返すと、元あった場所へ慎重に降ろす。
どういう仕組みかさっぱり分からないが、ゴゴゴゴと音を立ててサボテ〇ダーが地中に埋まっていき、代わりに地面が左右に割れ、地下へ降りる階段が出現していた。




