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96 カルダック遺跡

 カルダック遺跡の中に踏み入ると、入口から差し込む光以外なく、奥は暗闇に沈んでいた。キリシュ、リオン、エルテガが入ってしばらくすると入口の扉が閉まり始める。


「わっ、真っ暗になる! 拙くないですか!?」

「落ち着けリオン。だいじょっじゃ(大丈夫だ)


 背嚢を降ろしたエルテガはそこから点火筒を取り出す。焚き火などはリオンが魔法で火を点けてしまうため出番がほとんどないが、魔法を使えない冒険者にとっては必需品とも言える魔導具である。広く普及し、比較的安価で手に入る品だ。

 差し込む光がどんどん小さくなっていく中、エルテガは落ち着いた様子で壁に向かい、そこで点火筒を使った。そこには油の入ったランタンが提げられていたのである。


 よく考えれば、ここを通る悪人たちがいるのだから、灯りの準備があってもおかしくない。もっと言えば、リオンには<ナイト・ビジョン>の魔法があるのだから暗闇でも慌てる必要はなかった。


 ランタンのオレンジ色の光が遺跡内部を照らす。遠くは闇のままだが、見える範囲は幅八メートルの道が真っ直ぐ続いている。天井も高く、恐らく五メートルはあるだろう。そして周囲はすべて「不壊の大岩」と同様の材質に見えた。


「……どれくらいの広さがあるんでしょう?」

「北に抜けられるとしたら……五十キロメートル以上あっとじゃなかけ(あるんじゃないか)?」

「五十キロ……とんでもないですね」


 明らかに人の手で造られたもの。山を刳り貫き、崩落が起きないよう補強し、壁や天井、通路を造ったのだ。現代地球で世界最長のトンネルはスイスのゴッタルドベーストンネルで、全長はおよそ五十七キロメートル。工事に二十年を要した。日本の青函トンネルは五十四キロ弱で二十七年の工期がかかっている。

 リオンは、このカルダック遺跡は五千年前に滅びたというマギアム文明のものだと考えている。五千年前、現代地球に匹敵する技術があったのだろうか? そうだとして、一体何のためにここを造ったのだろう? 単に南北の行き来を便利にするためだろうか?


 カツカツと靴音がやけに大きく響く。まるで終わりのない闇に囚われたような気分になり、堪らずリオンはキリシュに話し掛けた。


「ねぇ、キリシュ。さっきの仕掛け、どうやって分かったの?」


 リオンは遺跡入口を開いた方法を尋ねた。


「前ね、おやっどん(お父さん)から聞いたこっがあっと(ことがあるの)。こういう遺跡の入口って、だいたい同じ仕掛けになっちょって(なっているって)


 知っていれば簡単に開く仕掛けらしい。石畳の一枚を踏むことが第一の鍵、石柱のどこかにある飾りを押し込むのが第二の鍵。聞いてしまえばあっけない種明かしだが、キリシュがそれを憶えていたことに感心した。


「よく憶えてたね?」

「冒険の話はわっぜ(凄く)好きやっで(だから)

「それでも凄いよ。……ちなみに、こういう遺跡に罠とかはないの?」

「罠? 聞いたこっなかどん(ことがないけど)……おやっどん(お父さん)、罠とかあっどかい(あるのかな)?」


 キリシュは先頭を歩くエルテガに尋ねる。


「遺跡の罠っちゅうん(というの)は、ほとんど最近のもんやっど(ものだよ)。他んし(の人)に入られたくない奴が仕掛けちょっらしか(ているらしい)


 こういった遺跡では魔導具や珍しい武器、高価な装飾品などが見付かることがある。遺跡を見付けた者が、後から来る者を阻んでそれらを独り占めするために罠を仕掛けるのだそうだ。何とも世知辛いというか、人の欲深さを見せつけられるような話である。


「ここはある程度行き来しちょった(していた)じゃっで(だから)罠はなかちおもど(ないと思うぞ)?」


 分かれ道の偽装さえ疎かにしていた者たちだ。自分たちが通過する度に、罠を解除したり設置したりといった手間をかけるとは思えない。


 ここでようやく、リオンは<ナイト・ビジョン>の魔法を思い出した。ランタンの灯りを直視しないよう、暗い場所を魔法で見ることにする。

 そのまま一時間ほど歩くと、道の左右に部屋が現れ始めた。


「部屋、じゃないのかな……」


 中を覗き込むが何もない。もしあってもとっくに持ち去られたのかもしれない。リオンがそう思って視線を元に戻そうとした時、壁に何か描かれていることに気付いた。


「エルテガさん! 少し待ってもらえますか?」


 しっかり壁を見ると、判読不能の文字か図形がびっしりと描かれている。壁だけでなく、天井や床にまで描かれていた。エルテガがランタンの灯りを部屋に向けたので、リオンは<ナイト・ビジョン>を解除する。


どっか(どこか)で見た気がすんな(するな)


 エルテガの言葉に、リオンも同じ気持ちだと頷く。そこでハッと気づき、自分の背嚢から「クロウズ・オブ・アンガー」を取り出した。


「エルテガさん、これ……」

「……にちょっな(似ているな)


 鉤手甲の内側にびっしりと刻まれた紋様。そこに使われている図形にそっくりだった。似ていることは分かっても、これが何を意味するのかはさっぱりである。


 もしここに、ユードレシア王国王立魔法研究所の副所長、マギルカ・グレイランがいれば大興奮していたに違いない。その部屋に刻まれているのは、彼女がリーゼ所長と共に検分した「ポータル」に刻まれた紋様と酷似しているからだ。

 もっと正確に言えば、ごく一部を除いて全く同じと言って良かった。むしろ爆発で損なわれていない分、こちらの方が研究材料にぴったりであろう。


 古代文字など全く触れてこなかったリオン、そしてエルテガとキリシュも、この部屋が意味することは理解出来なかった。


 そして、歩を進めると同じような部屋がいくつも続いていることが分かった。道の両側に等間隔で、合計四十八の部屋があった。


「何だか気味が悪いね」

「もう、やめてよリオン」


 何に使うのか分からない部屋がいくつも並んだ遺跡。灯りが乏しいこともあって不気味としか言いようがない。キリシュもこういうのは得意ではないようで、いつの間にかリオンの腕に縋り付いていた。


 少し休憩した後、また歩き出す。先程のような部屋はもうなくなった。だがまた一時間ほど歩くと、小さな部屋がかなりの数並んでいるエリアになる。

 全ての部屋の扉が開け放たれていた。通りすがりに中を覗くが、やはり何もない。部屋の大きさはビジネスホテルの一室くらいだろう。

 ここに古代の人たちが暮らしていたのだろうか? それとも、何かの研究が行われていた?

 人の気配は一切ないが、ますます不気味であった。と、その時――


「リオン」

「ひゃい!?」


 エルテガから呼ばれ、リオンは変な声が出た。彼の腕に縋っているキリシュも少し飛び上がって驚いていた。


「ここだけ扉が閉まっちょ(てる)

「本当ですね…………は?」


 その扉は周囲と比べて異質に見えた。石ではなく金属に見える。

 そして、扉の上にはプレートが掲げられており、そこには『研究室』と書かれていた。

 リオンはそのプレートを二度見した。最初はあまりに自然に見えてしまい、気付かなかった。その『研究室』という文字は「日本語」だったのだ。


(待て待て、まだ慌てる時間じゃない。日本語じゃなくて中国語かもしれない……いやそうじゃない! エバンシア島で独自に使われていた文字かもしれないじゃないか。それがたまたま日本語に似ていた、うん、その可能性が一番高い)


 リオンは十分に慌てていた。


「リオン、こっちにも何かあっど(あるぞ)


 エルテガが一歩後ろへ下がると、扉の横にはキーパッドのようなものと、その上に金属のプレートが貼り付けられていた。

 キーパッドは0から9の数字が並び、ボタンのようになっている。

 そして、金属プレートにはまた「日本語」が並んでいた。

 いや、もう否定出来ない。これは日本語だ。


『正解の数字を入力せよ。

①みかんと柿とりんごを積んだトラックが曲がり角で落としたものは何か?

1.鍵 2.財布 3.速度 4.締切

②田んぼに火をつけると何になるか?

1.米 2.畑 3.道 4.家

③つき抜くものだが、つき抜いたら失うものは何か?

1.矢 2.槍 3.刀 4.弓

④100から1を引くと何色になるか?

1.赤 2.黒 3.青 4.白

さあ、解けるかな?』


「何で『なぞなぞ』なんだよっ!?」


 リオンが突然叫び声を上げたせいで、キリシュが「ひゃあ!?」と変な声を出した。


「ご、ごめんキリシュ」

どげんしたと(どうしたの)、リオン?」


 この文字を読める理由、つまりリオンに前世の記憶があることを二人に明かす必要がある。そうしなければ、この文字が読める説明が出来ない。

 ルーシアたちにも明かしているので転生のことを明かすのに抵抗はないのだが、二人がそれを聞いてどう思うかは別問題だ。


まってか(そういえば)、噂で聞いたこっがあっ(ことがある)こん(この)遺跡にはだいもとけん(誰にも解けない)謎の扉があって、まだだい()も開いたこっがなかち(ことがないと)


 それはそうだろう、とリオンは思った。日本語が分からないと解けないのだから。ということは、これまではここに日本人の転生者、或いは転移者は来ていないということだろう。


「ちょっと二人に話したいことがあります」


 リオンは、自分に前世の記憶があることを明かした。その記憶は、ここではない別の世界の記憶であることも。それに対する二人の反応は――


「ほぉー。珍しかな(いな)

「へぇー! 何か、かっこよかね(いい)!」


 僕、ちょっと珍しい特技があるんです。とでも言ったような反応であった。まぁ、ルーシアやシャロンに明かした時のことを思えば、だいたい予想通りの反応ではある。


「それで、僕はこの文字が読めるんです」


 そう言って、リオンはキーパッドの数字ボタンを押し込んだ。プシュゥ、と空気が抜けるような音がして、金属質の扉が横にスライドした。


「「おおーっ!?」」


 キリシュとエルテガは揃って驚きの声を上げた。前世の話をした時より余程良い反応だ。

 エルテガが腕を伸ばし、その部屋の奥にランタンを向けた瞬間。


「<コンプレックス・シールド>!」


 リオンが瞬時に障壁を発動した。奥の長椅子に誰かが寝そべっているのが見えたからだ。


「……リオン、だいじょっじゃ(大丈夫だ)。もうけしんじょ(死んでいる)


 目を凝らして見ると、確かに、その何者かは死んでいた。長椅子に寝そべっていたのは白骨死体であった。

 元は何色だったのか分からない、ボロボロのローブに包まれた骨。頭蓋骨は人間のそれに似ているが、眼窩以外に、頭の上の方に二つの穴が見えた。


 エルテガが部屋の左右を順番に照らす。そこは書棚のようになっていて、本なのか資料なのか分からない紙束が詰め込まれていた。

 白骨死体の横には文机と椅子があり、机の真ん中に革の表紙で装丁された紙束が置かれている。いかにも「これを読め」と言わんばかりだ。

 なるべく骨の方は見ないようにして、リオンは文机に近付き、革表紙に触れた。それは思ったよりしっかりしていて、少し触ったくらいで崩れることはなさそうだった。


 そう言えば、人間が完全に白骨化するには五年以上の時間がかかるが、それ以上経過すると骨が崩壊する、などという話をどこかで目にしたような気がする。つまり、この白骨死体は死んでから五年~十年程度ということだろうか。


 リオンはそんなことを考えながら革表紙を開いた。目に飛び込んできたのはやはり「日本語」だ。


『深淵より甦りし我には二つの魂が混在する。一つは青き水の惑星、日出ずる国の記憶を持つ魂。もう一つはここユレドラで栄華に浴したマギアム人の魂である』


 リオンはそっと表紙を閉じた。日本語で書いてある筈なのに、内容が全く頭に入ってこない。

 日本語というだけで割といっぱいなのに、厨二病まで患っていたら容量オーバーである。


「すぅーはぁー、すぅーはぁー。よし」


 リオンは深呼吸して自分を落ち着かせた。覚悟を決めて再度革表紙を開く。


『深淵より甦りし我には二つの魂が混在する。一つは青き水の惑星、日出ずる国の記憶を持つ魂。もう一つはここユレドラで栄華に浴したマギアム人の魂である。


 冗談はさておき、この文章を理解する君は日本からの転生者、もしくは転移者だろう。私の名はリンゲル。現在は銀狐族だが、厨二っぽく書いてみた通り、元は日本人、次にマギアム人としての記憶を持つ転生者だ。


 日本人として知識はあるが個人的な記憶はない。これは転生に関わったアル・ソマル神によって個人的な記憶が抹消されたためだ』


 リオンは急に動悸が激しくなった。

 この手記を残した「リンゲル」という人物が日本人としての知識を持っていたというのは、日本語を使っていることから間違いないだろう。

 そして「知識はあるが記憶がない」という状態。それは()()()()()()()()()()()()()()か。

 リオンは背筋が寒くなるのを感じた。

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