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95 娘への思い

 不幸中の幸いとでも言うのだろうか、カルダック遺跡まではマサークたちの手によって森が切り拓かれ、一本道が出来ている。おかげで迷うこともない。


 クレドスの町から少し離れた場所から、リオンたち三人は<エア・ムーブ>で移動し始めた。


「……前よりはよなっちょら(速くなって)せんどか(いないか)?」

「あはは……ずっと六人で飛んでたから、慣れたんでしょうねぇ」

「速い速い! すっごい!」


 相変わらず、エルテガは空を飛ぶ感覚が苦手のようだ。キリシュは無邪気に喜んでいる。

 現在の飛行速度はおよそ時速九十キロメートル。高速道路を走る自動車並みである。リオンの感覚ではもっと速度を上げられそうではあるのだが、今はこれくらいに抑えている。


 クレドスからカルダック遺跡の入口まで、グランドリザードが曳くバイソンキュラス(竜車)でおよそ一週間程度かかるらしい。距離にして約千百キロメートル。普通に歩けば三十~四十日はかかる。これが均された道ではなく森を進むとなれば、一・五倍はかかるところだ。


 <エア・ムーブ>の移動なら三日で到着する。四十分飛行し、地上に降りて二十分休憩。これを八度繰り返すと、一日で四百八十キロメートル進める。時間短縮も甚だしい。

 ユードレシア王国のコラードが予想した通り、リオンは移動に関する魔法をしっかりと生み出して活用していた。ベルトラム国王が冗談交じりで「一年かかる所を半年では到着せんよな?」と言っていたが、この調子だと半年もかからないだろう。


 クレドスを出発したのが恐らく午前十一時前。今日八度目の飛行を終え、野営の準備をすることにした。


「魔物が思ったよりすくなか(少ない)

「そうですよね。何か理由があるんでしょうか?」


 鳥型魔物とは散発的に出くわすが、高度二百メートルを維持すれば地上からの攻撃はない。

 エバンシア島中部のドグラム王国領に入っている。南北を分断する中央山岳地帯は強大な魔物が多く、かなり危険だと事前に聞かされていた。だからこそ、最初は大きく東に迂回するルートで進む予定だったのだ。


「理由は分からんどん()……人攫いがつこちょった(使っていた)ルートじゃ()。魔物が少な()場所を選んだか、何か細工をしちょっとか(しているのか)……ないがなし(とにかく)警戒を怠らんごっ(ないように)しよう」


 エルテガの言葉に、リオンとキリシュは真剣な顔で頷く。


 いつものように<コンプレックス・シールド>で四方と天井を覆い、安全地帯を確保した。先に風呂も作っておく。お湯は入る直前に張るので、<エンバンクメント>で浴槽と目隠しの土壁を作るだけだ。この作業も随分と慣れたものである。

 クレドスで冷凍したワイバーンの肉を十五キロだけ貰ってきた。五キロずつ三人で分けて持っている。

 全員が一度、大きな葉に包まれた冷凍肉を背嚢から出し、一つの塊を<解除(リリース)>した。<レトログレイド>でも良いのだが<解除>の方が魔力の消費が少ない気がする。三分の一ほど切り出し、余った分と、残り二つの肉塊に改めて<リフリジレイション>をかけた。

 切り出した肉をひと口大に切り分け、貰ってきた根菜、押し麦と共にフェルメンで煮込む。ゲルガ直伝の味噌煮込みだ。体が温まるし腹も膨れる。何よりワイバーン肉が美味い。


 こんなに美味しい肉に舌が慣れてしまって大丈夫だろうか、とリオンは心配になる。ユードレシア王国に戻ったら、グレンドラン大陸にワイバーンがいないか是が非でも調べなければ、と胸中でグッと拳を握る。


こい(これ)が当たり前になって、ちょっとこわか(怖い)気がすっどな(するな)


 リオンは自分の考えを見透かされたかと思ったが、エルテガが言っているのは「結界」のことだった。


「使えるものは使わないと勿体ないですから。魔力も心配ないですしね」


 リオンの返答にエルテガは苦笑いした。今頃ブロドたちは、結界の有難味を痛感しているのではないだろうか。

 リオンは気付いていないようだが、この結界は魔物の襲撃はもちろん、虫の侵入、夜間の突然の雨、寒気さえ防いでいる。地面こそ土と草だが、もしここにベッドを持ち込めば安全な宿かそれ以上の快適さではないかとエルテガは見込んでいる。

 結界の中で焚き火を熾しても酸欠にならない。つまり、<コンプレックス・シールド>は空気だけは通しているのだ。最近は障壁同士の継ぎ目も一切の隙間がなく、密閉されているというのに。これはリオンがそうイメージしていることが理由だろう。


 快適かつ堅牢な空間で野営出来ることは、エルテガにとってこれまでの常識が引っくり返るようなことである。娘が、これが当たり前だと思ったらどうしよう、と少し心配だが、娘はリオンから離れるつもりがないことを思い出し、心配不要か、と寂しく笑った。


 エルテガは、リオンの隣で談笑しながら味噌煮込みを頬張る娘を見て目を細める。

 娘の幸せ、彼はそれを何よりも望んでいる。ぶっきらぼうに見えるエルテガだが、彼は不器用なだけだった。

 父としての自分に出来ることは、厳しい環境に置かれても娘が生き延びられるよう鍛えること。彼はそう信じている。だから稽古では手を抜かなかったし、怪我をして泣き叫ぶ娘を叱ることもあった。

 娘に自分の愛情が届いているのか自信はない。それどころか、少し嫌われているのではとさえ思っている。


 父親の目から見て、リオンは頼りになる男だ。娘にとってこれ以上ない、と言ってもいい。経験が浅く、まだ判断が遅い時もあるものの、これから経験を積めば完璧に近くなるだろう。娘を預けるのに不足はなかった。


 いつか娘が嫁に行くことは分かっている。ポワンカ村から遠く離れた場所に嫁ぐかもしれない、そう思っていた。だがまさか、別の大陸に行ってしまうとは思ってもいなかった。

 リオンについてグレンドラン大陸に渡れば、娘とは二度と会えないだろう。だが彼女がそれで幸せならば、それを止めるつもりはなかった。


 あと数か月はある。

 あと数か月しかない。

 娘と共に過ごす時間。愛しい妻の忘れ形見が手の届く所にいる時間。

 自分の愛を伝える時間。

 その数か月を、本当に意義あるものに出来るだろうか?

 父親として、娘に全てを伝えられるだろうか?


 弱気になった自分を振り払うように、エルテガは首を振った。最優先にするべきは、リオンを無事にフロンテノールまで送り届けることだ。そして無事に故郷へ帰すこと。それを見失ってはならない。


 娘を見る、リオンの優しい目が焚き火の明かりを反射している。

 彼に婚約者がいることは、自分も娘も分かっている。優しい彼がどんな結論に至るのか、彼の婚約者がどんな顔をするのか、それはまだ分からない。


 分からないことを悩むより、自分は成すべきことを成そう。キリシュと、息子同然となったリオンを見て、エルテガは改めて誓うのだった。









 ガキン、ガキンと金属質な何かがぶつかる音でリオンは目を覚ました。辺りは白けており、夜が明けたのが分かる。

 音がする方を見ると、エルテガが槍を肩に掲げて仁王立ちになっており、障壁の向こうには冗談みたいに巨大なカマキリが二体いた。


「デカすぎるだろ……」


 体高は五メートルを超えているし、鎌の付いた前脚が四本ある。鋭い鋸歯の並んだ鎌は見るからに凶悪。二体の巨大カマキリはそれぞれが<コンプレックス・シールド>を打ち破ろうと鎌を振るい、時折お互い牽制するように唸り合っていた。


「エルテガさん、おはようございます」

「ん? ああ、起きたか。おはよう」

「これって……」

「ヘル・マンティスじゃな(だな)

「強そう、ですね?」

「分かりやすく言えば、ワイバーンより厄介じゃっど(だぞ)


 いつも<ストーンライフル>一発でワイバーンを倒しているリオンには、ヘル・マンティスの強さが分かりづらかった。リオンが起き出したことでより興奮したのか、先程より激しく鎌を打ち付けてくる。


「外皮がめっぽうかてと(固いんだ)。その上飛ぶから、普通の冒険者はまずにぐっど(逃げるんだ)

「なるほど……素材はやっぱり鎌ですか?」

じゃっどん(そうだが)、素材なぞ気にすっこちゃ(することは)――」

「<ストーンライフル>。あ、外しました……めっちゃ動くな、こいつ」


 敵だって動く。当たり前の話だ。これほどの至近距離で外したのはちょっとショックではあるけれど。素材回収を考えて頭部を狙ったのだが、その頭がめちゃくちゃ激しく動いているのである。


「う~ん……そうだ、<コンプレックス・シールド>で挟んだらどうかな?」


 そう呟いたリオンは、ヘル・マンティスを左右から挟み込むように<コンプレックス・シールド>を発動する。

 ギュッと挟まれたヘル・マンティスは驚いたのか、一瞬動きを止めた。その隙を逃さず<ストーンライフル>で頭部を撃ち抜く。非道な所業である。


 拘束されていないもう一体は、頭が吹き飛んだ同族を見て瞬時に逃走を選択した。背中から羽が出現し、耳障りな低周波音がしてそいつが浮き上がる。


「<ストーンガトリング>」


 斜め上に斬り上げるように魔法を斉射すると、右下と左上の鎌が吹き飛び、胴体を両断されて墜落した。

 <コンプレックス・シールド>を発動したまま、その外側で別の魔法を発動する。これは、以前<コンプレックス・シールド>で<ハイドロ・フレイム>を囲んだことから出来るようになっている。防御しながらの攻撃は強い。もちろん、敵が<コンプレックス・シールド>を突破出来ないことが前提であるが。


「……わっぜかたか(物凄く固い)はずじゃっどん(なんだが)


 リオンが簡単に倒してしまったことに、エルテガは苦笑いするしかない。


「ん~? 何かあった?」


 背後でキリシュが寝惚けた声を出した。どうやらこの騒ぎでも眠っていたらしい。大物だな、とリオンは思った。


ちぃと(少し)気になっこっがあっ(なることがある)。障壁を一瞬解除しっくいやい(してくれるか)

「分かりました」


 エルテガを障壁の外に出し、すぐに張り直す。彼は拓けて出来た道の左右を見ながら、北に向かって軽く走っていく。リオンはいつでも援護出来るよう、彼から目を離さない。

 そうしているうちにキリシュが起き出してきて、リオンが魔法で出しておいた水をバシャバシャと顔にかけ、「ちめたー(冷たー)」と呟いている。

 エルテガは道から少しだけ森に入り、手に何かを持ってすぐに出てきた。そしてこちらへ戻って来る。また障壁を解除し、彼が入ってからすぐ張り直した。


 ヘル・マンティスの死骸は今のところ放置である。


やっぱい(やっぱり)おもたとおい(思った通り)じゃった(だった)


 そう言って、エルテガは手に持った物を少し持ち上げる。長さ一メートルの太い杭で、尖った方は恐らく地面に刺すのだろう。その反対側は六角柱で、一見すると短い打撃用の武器、メイスのようだ。


「何ですか、それ?」

「魔物除け、やっちおも(だと思う)

「へぇー! そんな物があるんですね」

「結構たけ(高い)し、強い魔物には効かん。じゃっでつことは(だから使うのは)貴族くらいじゃっど(なんだよ)


 エルテガによれば、貴族などの富裕層が止むを得ず野営をする場合などに使われるそうだ。それでも森の深い所では使ってもあまり意味がないらしい。

 弱い魔物はそれが発する匂いで寄って来ないが、強い魔物はそんな匂いに構わず襲ってくるからだ。


 恐らくマサークかその取引相手が仕掛けた今回の魔物除けは、道の両側に一定間隔で設置されている。相当な費用がかかった筈であるが、こんな風に長期間設置すると、魔物の分布そのものが若干変化する可能性があると言う。弱い魔物が道から離れ、それを捕食する強い魔物もそれらを追って道から離れる。結果的に道が魔物たちの縄張りから外れることになる。


「だから魔物が思ったより少ないんですね」

「たぶんな」


 エルテガの見解では、ヘル・マンティスは本当に偶然、この辺りを通りかかったのだろうということだ。もしくは二体で小競り合いをしているうちに偶々道まで出てきたか。いずれにせよ、ヘル・マンティスにとっては不運なことであった。


 野営の片付けを行い、<コンプレックス・シールド>を解除する。ヘル・マンティスの鎌は状態の良いものを二本だけ回収し、リオンたちはすぐに<エア・ムーブ>で出発した。









 クレドスを出発して三日目の昼前。リオンたちは中央山岳地帯の麓に辿り着いた。


「うわぁ……。これ、偽装されてなくて良かったですね」

ほんのこて(本当に)そうじゃな(だな)


 これまで辿ってきた道がトの字を逆さにしたように分岐していた。直進する道の先には山小屋のようなものが見える。右の道は本来隠されているものなのだろう。そのための切り出した細い木々や枝葉が道の端に乱雑に積まれている。取引相手が面倒臭がって偽装をサボったのだと思われた。

 ここまで延々旅してきて、辿り着いたのが何の変哲もない山小屋ではどっと疲れが出たに違いない。もっともリオンたちは通常考えられないほど早くここまで来たのだが。


 右側の道を進むと大きく右にカーブして、しばらくすると左に折れた。そのまま十分ほど進むと唐突に石組みの建造物が現れる。

 幅八メートル、奥行十メートルの石畳、その両側にある六本の太い石柱で石の屋根を支えている。神殿の入り口のように見えなくもないが、それらの石が白い筋の入った黒っぽい色をしているため、あまり神聖な感じはしない。


 そして、リオンはその石に見覚えがあった。魔法の的、ポータルの資材、「不壊の大岩」によく似ていた。


 キリシュがその建造物に近寄り、あちこちをペタペタと触っている。


「キリシュ、触ったら危ないかもしれないよ」

「入口を開ける仕組みがないかなーと思って」


 そう、入口と思しき場所は同じ色をした巨大な一枚扉で閉ざされていた。ここをマサークの取引相手が通っているのだから必ず開く筈である。だがちょっと見ただけではどうやって開くのか分からない。

 最悪、リオンの<ストーンガトリング>をぶっ放して扉を破壊するという方法もなくはないが……。

 エルテガは少し離れた所で腕組みしたままキリシュを見ている。もしかして、彼はもう扉を開く仕組みが分かっているのではないか?


「あった!」


 リオンが訝しんでいると、キリシュの嬉しそうな声がした。


「えーと……こことここが繋がってるから……」


 一体彼女は何をしているのだろう。リオンがよくわからないまま彼女を目で追うと、キリシュは一本の石柱の周りをぐるぐる回り、何かを探していた。


「あった! えーと、まずは石畳を踏んで……ここの飾りを押し込めば……」


 ゴゴゴゴゴ、と音を立て、扉が上に吸い込まれていく。


「す、すごい! え、キリシュ、どうして分かったの!?」

「へっへー! 後で教えるから、先に中へ入ろう?」

「う、うん」


 エルテガを振り返ると満足そうに頷いていた。つまり、遺跡の謎解きを娘に一任したということのようだ。

 うわぁ、自分も挑戦してみたかった。リオンはそう思いながら、先に遺跡へ入るキリシュの背中を追うのだった。

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