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93 姉妹

 陽が傾いてきたので、リオンは冷凍したワイバーン肉の塊の一つに<レトログレイド>をかけて解凍した。黒犬族であるエルテガとキリシュに腐敗臭がしないか確認してもらい、OKが出たのでゲルガに渡す。元々荷車に積まれていた根菜や押し麦と共にフェルメン(味噌)で煮込むのだ。ブロドたち三人の中ではゲルガが一番料理に長けている。彼に任せておけば間違いない。


 夕食の準備はゲルガたちにお願いし、リオンは偵察に向かうことにした。

 砦のように変えられたクレドスの上空で速度を落とし、<テレスコープ>で地上の様子を確認する。やはり北と南に一体ずつディアボロディノスがいた。外に出ている猿人族はそれほど多くはない。

 そのままクレドスを通り過ぎ、<サーモグラフィ>を使って森の中で人が集まっている場所を見付ける。今度は<テレスコープ>でメイルドーン王子を探した。

 より人が密集している所を注意深く見ると、王子より先にライネリカを発見。隣にはラーナの姿がある。約束通り、ちゃんと面倒を見てくれているようで安心した。リオンはライネリカを目指してゆっくり降下する。


「おーい! ライネリカさーん! リオンでーす!」


 魔物や敵と間違って矢で射られたり精霊術で攻撃されたりしたら堪らない。リオンは両手を見えるように上に挙げ、声を出しつつ降りた。その辺りには王子の隊で見知った騎士や兵士が固まっていたのでいきなり攻撃されることはなかった。むしろ歓迎されているような雰囲気だ。


「リオナード殿!」

「殿下とお話が出来ますでしょうか?」

「すぐに手配しよう」


 ライネリカは近くにいた騎士に指示を出した。その隣でラーナが何か言いたそうにリオンを見つめる。


「ラーナさん、メルーナちゃんは無事救出しました。今はクレドスの北、二キロメートルの辺りで僕の仲間たちや他の人たちと一緒にいます」


 ラーナの目に見る見る涙が溜まり、零れ落ちた。


「……ああ、良かった! ありがとうございます、リオナード様!」


 泣き笑いのような表情で、ラーナはリオンに礼を述べ、深く頭を下げた。ライネリカがそんなラーナを微笑ましく見ている。


「ライネリカさん、先にラーナさんを妹さんの所まで連れて行ったら駄目ですか?」

「え? あー、そうだな、んー……」

「何か拙いことが?」

「あ、いや。この任務が終わったら、ラーナとメルーナをクルムト家の養子に迎えるつもりなのだ」


 クルムト家というのはライネリカの実家、と言って良いだろう。妾の子と言っていたが、第二王子と結ばれれば妾の子だろうが何だろうがクルムト公爵家としては名誉なことに違いない。しかし公爵家が、こう言っては何だが、ただの村娘であるラーナとメルーナを養子にするだろうか?


「私と殿下の、その、婚姻が現実的になったから、殿下の口添えでな? クルムトの家が首を縦に振らなかったら、私の養子にしても良いと思っている」


 娘の婿になる第二王子が養子にせよと言えば、公爵家も否とは言えないということか。それとも、メイルドーン王子はライネリカとの婚姻を機にクルムト公爵家に臣籍降下するのかもしれない。いずれにせよ、ライネリカは随分とラーナのことを気に入ったらしい。


「だから、な? ちゃんと私の所へ帰ってきてくれるのなら、別に構わないのだが」

「なるほど。寂しいんですね?」

「なっ!? そそそそんなことはないぞ!?」

「ライネリカお姉様。私、ちゃんと戻って来ます。それでも、妹に会いに行ったら駄目ですか……?」


 小柄で華奢で整った美少女顔のラーナが、顎に下で両手を組み、ライネリカを見上げて目をウルウルさせる。ついでに兎耳が力なく真ん中から折れていた。


「くっ!? も、もちろん良いとも! 気を付けて行くのだぞ?」

「はい! お姉様、大好きです!」

「うぐっ!」


 精霊術の才能だけでなく、年上の女性を手玉に取る才能まで持っていたとは。ラーナ、恐るべし。リオンは少しだけ彼女のことが怖くなった。


「殿下がお話に応じるそうです!」

「あ、ありがとうございます。ラーナさん、少し待っててくださいね」


 メルーナをここへ連れてくるか、リオンは出発前に悩んだのだが、結局一人で来ることにした。危険があるかもしれないからだ。たくさんの騎士や兵がいるから何か間違いが起こる可能性を考慮したのだった。

 騎士がリオンをメイルドーン王子の天幕に案内してくれる。


「リオナード殿。先日はワイバーンの肉、ありがとうございました! 皆喜んでおりました」

「あ、いえいえ。また狩れたので、制圧が終わったらお渡ししますね」

「真ですか!?」

「ええ、もちろん。だから頑張ってください」

「はい!」


 ワイバーンの肉、大好評。まだ三百九十キログラム冷凍してあるので、討伐隊全員に行き渡るだろう。


「殿下、お時間いただきありがとうございます」


 天幕に入ったリオンはメイルドーン王子の前で片膝を突いた。


「構わない。立ってくれていいよ。それで、攫われた者たちは?」

「はい、救出に成功いたしました」

「そうか! それは良かった……マサークという者はどうなった?」

「彼が誰かを攫うことは二度とありません」


 リオンは静かに、しかし力強く断言した。王子はその意味を正確に汲み取った。


「……ラルグリア王家の者として、深く感謝する」

「勿体ないお言葉に存じます」

「あとはクレドスの制圧のみだね」

「そのことでお話がございます」


 リオンは、クレドスを囲む防壁のこと、中に二体のディアボロディノスがおり、北と南の門周辺に配置されていること、猿人族はおよそ百五十名いること、そして彼らの武装について王子に伝えた。


「ディアボロディノスが二体か」

「殿下の討伐隊であれば問題なく倒せることでしょう。しかしながら、損耗を減らすために私がその二体を倒してもよろしいでしょうか?」

「それは……大変有難い申し出だね。だがリオナード殿に危険はないのかい?」

「上空から狙えますので、恐らく問題ないかと」

「そうか。それでその、二体の魔石や素材については……?」

「もちろん殿下がお納めください」


 これについては事前にエルテガと相談した。ディアボロディノスの魔石はかなり高額で売れるが、討伐の証明にもなる。メイルドーン王子が魔石を入手すれば彼の功績になるということだ。

 故郷へ帰るための資金はもう十分にある。ここで欲張って王家の恨みを買うより、恩を売っておく方がいいだろうと判断したのである。


「貴殿の配慮に深く感謝する。依頼の報酬に上乗せする形で報いさせてもらうよ」

「殿下のお気遣い、痛み入ります。それともう一つお願いがございます」

「何だい?」

「マサークが使用していた武器、『クロウズ・オブ・アンガー』というらしいのですが、こちらを僕たちが管理してもよろしいでしょうか?」

「ああ、使用者が怒りに囚われて理性を失うというミシカル・ウエポンだね。国が買い上げても使い道がないし、自由にしてもらって構わない」

「ありがとうございます」


 後で文句を言われないよう、ミシカル・ウエポンについても言質を取った。


「話を戻しますが、攻撃開始はいつのご予定ですか?」

「明日の夜明け前に作戦開始の手筈になっている」

「ディアボロディノスを倒すのはその直前が好ましいと考えています」

「確かにそうだね。暗くても倒せるのかい?」

「それは問題ございません」


 あれだけの巨体である。<サーモグラフィ>と<テレスコープ>を併用すれば明かりが無くても狙いを外さないだろう。


「それならば、貴殿が魔獣を倒したことを合図に突入させよう」

「それがよろしいかと。そうですね、午前四時くらいを目安ということでいかかですか?」

「うん、分かった。頼んだよ、リオナード殿」

「御意に」


 リオンは時計を持っていないので、メイルドーン王子が懐中時計を貸してくれることになった。それを恭しく懐にしまった後、少し疲れが見える王子にこっそり<レトログレイド>を掛けてから天幕を出た。


「ラーナさん、お待たせ。ライネリカさん、明日の昼くらいにはまた会えますから」

「ほ、本当だな!?」

「ええ。それまでには全て終わっていることでしょう」

「分かった……ラーナ、リオナード殿が良いと言うまでクレドスに近付いてはならんぞ? それと、夜は冷えるからちゃんと温かくして寝るんだぞ?」

「はい、お姉様!」

「えーと、後は……そうだ! 夕食はちゃんと食べられるのだろうか?」

「向こうで準備してるから大丈夫ですよ」


 ライネリカはすっかりラーナの姉、或いは母親のようである。リオンは苦笑いを隠せなくなった。


「お姉様こそ、危ないことはしないでくださいね?」

「ああ、もちろんだ! お前たちを残して死ぬようなことは絶対にしない!」


 騎士としてそれでいいんでしょうか……? リオンはツッコミたくて仕方なかったが何とか堪えた。


「じゃあ行こうか。ライネリカさん、ラーナさんをお預かりしますね」

「頼んだぞ、リオナード殿!」

「お姉様、行ってきます!」


 今生の別れのように固く抱き合う二人。もう面倒臭いからライネリカさんも連れて行こうかな……。そうリオンが口を開きかけた時、ようやく抱擁が解けた。


「<エア・ムーブ>」


 これ以上面倒なことになる前に、リオンはラーナと共にさっさと浮遊する。


「あわわわわわ」

「慣れないと変な感覚だけど、少しの間じっとしててね」

「は、はい」


 高度三百メートルまで上昇し、念の為クレドスの真上を避け西に大回りして戻ることにした。


「ライネリカさんはああ言ってるけど、いいの?」

「お姉様はとってもいい人です。あの方がお姉さんだったら、きっと幸せです!」


 そうだろうか? 鬱陶しくない?

 リオンはそう思うが、どうやらラーナは本心で言っているらしい。両親を亡くしてから頼れる大人が身近にいなかったから、あれくらい過保護な方が良いのかもしれない。

 メルーナは何と言うか分からないが、彼女にだってラーナ以外にも頼れる人が必要だろう。ライネリカは少し抜けている所もあるが悪い人ではない。まぁ本人がいいって言っているのだから僕がとやかく言うことじゃないな、とリオンは考えることを止めた。


 そしてあっという間にエルテガたちがいる所へと戻ってきた。ラーナを気遣ってゆっくりと降下する。


「ただいま戻りました」

「リオン、おかえり!」

「ただいまキリシュ」


 キリシュが駆け寄り出迎えてくれる。その後ろから兎耳が追い掛けてきた。


「お姉ちゃん!」

「メルーナ!」


 メルーナはリオンには目もくれず、姉の胸に飛び込んだ。


「メルーナ! メルーナ!!」

「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お“ね”え“ぢゃん”!! うわぁぁあああーん!」


 メルーナが誰に憚ることなく大声で泣き喚き、ラーナは妹の小さな背を両腕でしっかり抱き、首元に顔を埋めて涙を流していた。

 もう二度と会えないかもしれない、少し前までそんな絶望に苦しめられていたのだ。

 妹の為、危険でやりたくもないことをやった姉。

 いつかまた姉と会えると信じて我慢を重ねてきた妹。

 そんな二人の願いは、マサークにとってはどうでも良いことだった。

 リオンたちがいなければ、姉妹は本当に二度と会えなかっただろう。

 この二人が再会出来たこと。それだけで、マサークを倒した意味があったとリオンは思えた。


「良かったね……」

「うん。本当にね」


 涙を浮かべて姉妹を見ていたキリシュの背に、リオンはそっと手を当てた。


「しばらく二人きりにしてあげよう」

「うん」


 茜色の空に、姉妹の嬉し泣きの声が響いた。









「リオン、そろそろ時間じゃっど(だぞ)

「ふわ……ありがとうございます、エルテガさん」


 時刻は午前三時半。午前四時に攻撃を開始すると伝えたところ、エルテガがリオンを起こしてくれることになった。王子の懐中時計を彼に預け、リオンは早めに眠りに就いたのだった。

 右側にはキリシュ。左側にはメルーナとラーナが眠っている。三人を起こさないよう、リオンはそっと寝床から抜け出した。


 自分で出した<ウォーターボール>で顔を洗い、意識を覚醒させる。焚き火が熾されており、ブロド、ゲルガ、ライドンの三人も起きていた。


「おはようございます」

「「「おはよう」」」


 囁き声で挨拶を交わす。

 彼らが起きているのは、リオンの攻撃が始まったら何が起こるか分からないからだ。仕留め損なったディアボロディノスがこちらに来るかもしれないし、猿人族がクレドスから逃げ出すかもしれない。不測の事態に備えるため、彼らも早起きしたのである。


 焚き火の明かりしかない中、リオンは軽く体を動かして全身をほぐした。エルテガから懐中時計を受け取り、懐のポケットに入れた。


「では片付けてきます」

「気ぃつくったっど(を付けるんだぞ)

「はい」


 リオンは、半月と星の明かりしかない夜空に浮かび上がった。上空から見ると、クレドスの辺りが少し明るく見えた。夜警が焚き火をしているのだろう。目的地が分かりやすくて助かる。


 この時間、しかも高空なのでかなり冷える。リオンはメイローで買ったローブの前を合わせ、風が入らないようにした。体温の高いキリシュの温もりが恋しくなる。

 懐中時計の針は月と星の明かりで何とか見えた。午前三時五十分。そろそろいいだろう。クレドスの上空に移動し、北門のすぐ近くに下りる。そこで<エンバンクメント>を発動し、北門を外から塞いだ。再び急上昇して、二体のディアボロディノスを見渡せる位置につく。その場所から、<サーモグラフィ>で人の多い建物に目星を付けた。討伐隊が少しでも楽出来るよう、後でちょっとしたお手伝いをするつもりだ。


 懐中時計は三時五十八分を示していた。二分くらい早まっても良いだろう。

 高度は約三百メートル。<テレスコープ>、<サーモグラフィ>を発動。


「<アクセルバレット>」


 リオンが小さく呟くと同時に、<アクセルバレット>がディアボロディノスの頭を貫き、地面に穴を開ける轟音がとどろいた。

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