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92 凍結魔法

 マサークの取引相手が来るまで二日ほどある。森の中なので完全な休養とはいかないが、少し考え事に没頭するくらいの時間はあるだろう、とリオンは思った。

 総勢二十人で夜を明かすため、<コンプレックス・シールド>による結界をいつもより三倍くらい大きく展開した。障壁を見たことのない者が誤ってぶつからないよう、淡いピンクで色付けてある。

 リオンが地面に布を広げると、当然のような顔でキリシュが隣にやってくるが、それももう慣れたものだ。ただいつもと違い、兎耳の少女も遠慮がちにやってきた。


「メルーナちゃん、どうかした?」

「……お兄ちゃんの隣で寝てもいい?」

「キリシュ、いいかな?」

「うん」

「メルーナちゃん、いいよ」


 リオンはキリシュに確認を取った。まだ結婚どころかお付き合いさえしていないのに確認を取るリオンは、将来奥さんの尻に敷かれるに違いない。


 メルーナの姉ラーナに聞いたところによれば、彼女たち姉妹はお互い以外に家族がいない。そんな二人が引き裂かれたのだから、八歳のメルーナがどれほど心細く、寂しく、怖い思いをしたかは想像に難くなかった。メルーナは恐らく、姉の名前を出したリオンが姉と親しいと勘違いしたのだろう。少しでも姉を身近に感じたくて、リオンの側で眠りたいのだ。そんな少女の小さなお願いを、リオンとキリシュはとても断れなかった。


「……ありがとう」


 メルーナは恥ずかしそうに礼を述べ、リオンの隣に横たわり背中を向けて丸くなった。姉の気配を近くで感じたいが、今日会ったばかりのリオンにそこまで気を許しているわけではないようだ。

 メルーナが大人しく横になったので、キリシュもリオンを挟んで反対側に寝転ぶ。リオンは上掛け代わりの布を大きく広げ、左右の二人にしっかりと被せた。キリシュが身を寄せてきて、いつもの温もりを感じる。


 <コンプレックス・シールド>が朝までもつことは実証済みなので、警戒の必要がないエルテガやブロドたちはゆったりと寛いでいた。攫われてきた女性や子供たちもめいめい寝床を作って横になっている。


 リオンは眠る前に色々と考察してみることにした。


 しばらく前に課題として挙げたこと。空を飛んで移動することは<エア・ムーブ>でひとまず解決と言って良いだろう。<身体強化>については、暇を見て魔力循環に挑戦しているところだ。転移についてはまだ全く手掛かりを得られていない。


 そして「空間の引き伸ばし」について。メイローの町の宿で一つ閃いたことがあった。空間は時間と切り離せない関係にある、という考えである。

 この考えに基づけば、空間を引き伸ばすということは時間を引き伸ばすことになる。空間と時間が切っても切れない関係だとすれば、時間の流れを引き伸ばせば空間を引き伸ばせるということになるのではないか?


 かなり強引な考え方であることはリオンにも分かっている。ただ、現状「空間」そのものを引き伸ばす方法が思いつかない以上、やってみても損はないと思えた。


 時間を引き伸ばす……それはつまり、時間の流れを遅くすることだ。

 <レトログレイド>によって、対象の時間を巻き戻すことはこれまで何度も行っている。ならば時間経過を遅くすることくらい簡単な筈…………。


 時を止める、或いは時の経過を遅くするって、どうやればいいんだ?

 仮に成功したとして、どうやって検証すればいいんだろう?


「ワイバーンの肉はまこてうまかなぁ(本当に美味いなぁ)!」

「リオンに感謝せんと(しないと)

わいたっ(お前たち)、声がでかかど(大きいぞ)


 リオンが悩んでいるところに、ゲルガとライドンの声、それを窘めるブロドの声が耳に入った。

 そちらに目を遣ると、エルテガとブロド、ゲルガ、ライドンの四人が少し余ったワイバーン肉のフェルメン(味噌)煮込みを肴に酒を飲んでいる。

 いくらなんでもリラックスし過ぎでは? とリオンは思ったが、それだけ<コンプレックス・シールド>を信用してくれているのだと考えることにした。


 ワイバーン肉の味噌煮込み、美味しいもんね。お酒が飲みたくなる気持ちも分かる。

 そこでふと、リオンは先程ワイバーン肉を冷凍したことを思い出した。


 <リフリジレイション(凍結)>は物を凍らせる魔法だ。ワイバーン肉の腐敗を遅らせるために生み出した。

 腐敗を遅らせるということは、ある意味ワイバーン肉の「時間」を遅らせることではないだろうか……?

 もし、目の前にある「空気」を凍結させたらどうなる? 確か、気体の温度をどんどん下げていけば液体になり、更に温度を下げると固体になるのではなかったか。

 いや、気体からいきなり固体になる「凝華(昇華)」という現象もあった筈だ。もちろん体積は物凄く小さくなるが、それは「空間」を固定化したことにならないだろうか?


 空間と時間が密接な関係であるならば、空間を固定=時間を固定、つまり時間の流れが止まるということでは?


 もちろん物理学的にまったく根拠はない。リオン自身、こじつけだと思っている。

 それでも、リオンはこれまで何度も思い知らされてきた。魔法は想像力が全てであると。その事象を明確に思い描き、それに釣り合う魔力を消費すれば魔法は発動するのだ。


「<リフリジレイション>」


 リオンは目の前の空間に対して<リフリジレイション>を掛けてみた。


「…………何も起こらないな」


 そんな簡単にいくわけないよな、とリオンは苦笑を浮かべる。そもそも空間が何であるかもよく分からないのに、それを固定するなんて無理があるよなぁ、とリオンは頭の中でぼやいた。


 <リフリジレイション>を空間に放った直後、上掛けに砂粒ほどの小さな結晶が落ちたのだが、あまりに小さく軽かったため、リオンはそれに気付かなかった。

 この時リオンは、ごくごく小さな範囲ではあるものの、確かに空間の固定化に成功し、ほんの一瞬だがその空間において時間を止めることに成功していたのである。


 このことに彼が気付くのはまだ先のことだ。









 マサークの取引相手が来るまでの間、リオンは魔力循環の訓練に勤しんだ。「空間の引き伸ばし」も様々な角度から考えてはいるが、まずは出来ることからコツコツやることにしたのだ。その甲斐あって、右の手の平に集めた魔力を右肩から左肩、さらに左の手の平に移動させることに成功した。


 …………まだ先は長そうである。


「お兄ちゃん! そろそろ氷を作り直した方がいいかも!」

「あ、うん。ありがとう、メルーナちゃん」


 救出した女性や子供たちはやることがなく、だからと言ってフラフラと辺りを散歩するわけにもいかず、暇を持て余している。

 メルーナには冷凍保存したワイバーン肉の管理を任せてみた。彼女はだんだんリオンに懐いてきたのだが、当然彼女も暇なので、ずっとリオンの後ろを付いてくる。これでは他のことが出来ない、と仕事を与えてみたのだった。


 ワイバーン肉はおおよそ四百キログラムほど冷凍した。約十キロの塊が四十個だ。それを十個ずつまとめ、六面を氷の壁で覆うようにしている。

 氷の壁なんて魔法、使えたっけ? と言うなかれ。<アイシクル・ジャベリン>で氷柱を生成する応用で、厚さ五センチメートルの氷壁を難なく作ることが出来た。この魔法は<フリーザー(冷凍庫)>と名付けた。氷の壁は防御にも使えそうな気がするが、<コンプレックス・シールド>が優秀過ぎるので恐らく出番はないだろう。せいぜい冷凍庫代わりの用途しかなさそうなので、そのままズバリの名前となった。


 実は一時間ほど前にも氷を作り直した。メルーナは氷の冷凍庫の前に陣取り、じぃっと冷凍庫を観察している。任された重要な仕事を完璧にこなすぞ、という意気込みに溢れていた。その結果、リオンは約一時間おきに<フリーザー>を使う羽目になっている。


 ふんす、と鼻息の荒いメルーナの隣で<フリーザー>を使うリオンは、少し離れた場所で模擬戦を行っているキリシュとエルテガに目を向けた。


 最初に見た時より、キリシュは確実に強くなっている。

 無駄な動きが減り、更に素早くなった。双剣の使い方も上手くなっている。片方で防御、片方で攻撃という流れが非常に滑らかだ。少し前に比べて一撃が重くなっているようにも見える。

 一方のエルテガはほとんどその場から動かず、上体の動きと槍だけで娘の攻撃を捌き、的確なカウンターを繰り出している。その技術は流石という他ない。


(あー、僕も偶には剣を使わないと腕が鈍りそうだなぁ……)


 リオンの剣の腕は、防御は一級、攻撃は三級といったところ。ちなみにユードレシア王国騎士団の一般騎士の腕を二級とした時の評価である。

 リオンに剣が必要か否かはさておき、彼は魔法の方が好きというだけで、剣術が嫌いなわけではない。走り込みをずっと続けていたことからも分かる通り、彼は体を動かすことが割と好きなのだ。

 羨ましそうな視線に気付いたのか、キリシュがへばった時点でエルテガから声を掛けられた。


「リオンもやってみっか(みるか)?」

「はい、是非!」


 リオンが動くとメルーナも付いてきそうになる。「危ないから離れていてね」とお願いしてからエルテガの前に立った。模擬戦用の木剣などないので、鞘に入ったままの短剣を使う。


「お願いします!」

「打ってきてよかど(いいぞ)!」

「いえ。僕は防御主体なので……」

「へ? おい()から攻撃した方がよかとな(いいのか)?」

「はい、それでお願いします」

「分かった。いっど(いくぞ)!」


 エルテガが左足を一歩前に踏み込んで突きを放つ。リオンは半身になりながら短剣で受け流した。

 連続で放たれる突き。横薙ぎ。振り下ろし、斬り上げ。リオンはそれら全てを斜めにした短剣で受け流した。額にじんわりと汗が浮かんでくる。


「やるな。まちっとはよすっど(もう少し速くするぞ)?」


 更に激しくなるエルテガの攻撃。槍の長い間合いを活かし、決して短剣の間合いには入らない。そして遠い場所から嵐のような連撃を放ってくる。攻撃はカウンターくらいしか手段を持たないリオンは文字通り防戦一方だ。

 リオンは槍の穂先ではなく、エルテガの肩と手首を見て攻撃を躱し、受け流していた。訓練が出来なかった割に体が思うように動く。ふと、自分の両手に魔力が集まっているのを感じた。


 それに気を取られた一瞬で、穂先がリオンの首筋に当てられる。


「ま、参りました」

「今、ほかんこっ(他のこと)考えたどが(だろう)?」

「はい、すみません。攻撃を受けている最中、魔力が両手に集まった感じがして」

「ほう。部分的に<身体強化>したのかもしれんな」

「ほんとですか!?」

「いや、分からんけど」


 憧れの<身体強化>を使えたのかと期待したのだが、エルテガも確信がないようでリオンはズルっとこけた。気を取り直して礼を述べる。


「ありがとうございました!」

「うん。今度はキリシュともやってみれば?」

「か、考えてみます」


 リオンは正直、キリシュの速さには付いて行けない気がするし、女の子相手に剣を振るのは抵抗があるのでぼかして答えるのだった。









 そして二日が経った。そろそろ取引相手が通りかかってもおかしくない。

 取引相手は捕縛する予定である。人身売買組織の全貌を詳らかにし、買い手の情報まで得るのが目的だ。ただそこまではリオンたちの仕事ではない。メイルドーン王子たちに任せるべきだろう。あくまで捕縛までが仕事だ。


 相手にマサーク並みの化け物がいた場合は即時撤退も視野に入れる。念の為、救出した者たちは一キロメートルほど南に避難させていた。そちらの護衛はブロドたち三人に任せ、取引相手にはリオン、エルテガ、キリシュで当たる。


 リオンは予め<エア・ムーブ>で高所からこちらへ近付く集団を確認。到着予定を十五分後と予想し、道の東側の森に隠れて<マジック・トラップ>を仕掛けることにした。エルテガと相談した上で、殺傷力のない<カイエン・ボール>を選択する。


 そうそうマサークのような強者がいてたまるか、というのがエルテガの考えで、リオンもそれに賛同した。ミシカル・ウエポン(神話級武器)なんてものがゴロゴロ出てくるとは思えない。簡単に見付かるなら神話級などと呼ばれないだろう。

 だが油断は禁物。上空から見えたのは空の荷車とそれを曳くグランドリザード、馭者台に二人、他に護衛らしき者が六人だった。リオンたち三人に対して相手の数が多い。


 木の陰に隠れて息を潜める。やがてガラガラと荷車の車輪の音が遠くに聞こえ始めた。


(<マジック・トラップ>)


 トラップが通り道を全てカバーした。車輪のガラガラ音が大きくなり、ボソボソと話し声まで聞こえる。草の間から覗いてみると思ったよりすぐ近くにそいつらがいた。


 あと五メートル。

 三メートル。

 一メートル。


 リオンは弱めの<エアバースト>で唐辛子成分がこちらに来ないよう調整する。

 そしてそいつらが<マジック・トラップ>の中に入った。


「ピギィィイイイ!?」

「どうした――な、何だこれ!?」

「ぎゃあ!」

「おい、どうし――うぐぉおお!」

「い、いだい!」

「目が!?」

「目がぁぁあああ!?」


 阿鼻叫喚である。

 最初に犠牲になったのはグランドリザードだった。ただ荷車を曳くために連れて来られただけなのに、とリオンは少し申し訳ない気持ちになった。

 続いて獣人――猿人族が目を押さえて叫び始める。

 リオンも少し浴びたことがあるから知っている。本当に悶絶するほど目が痛いのだ。涙がとめどなく出てくるし、そのうち鼻の中や喉まで痛くなってくる。涙、鼻水、激しい咳が止まらず地面をのたうち回ること必至。現に彼らは武器を手放して地面を転がっていた。


 これがもしマサークの取引相手じゃなかったら……土下座してお詫びしよう。


 土下座がこの地で通じるか分からないが、リオンがそんなことを考えている間にエルテガが槍の石突で彼らに一発ずつ入れていた。キリシュが冒険者の必需品、ロープを手にエルテガの元へ駆け寄り、父娘で手早く彼らを拘束していく。


 リオンはビタンビタンと尾を地面に打ち付けて痛がっているグランドリザードの側へ行き、<レトログレイド>をかけてあげた。すぐに効果が表れて、グランドリザードはきょとんとした目をリオンに向ける。


(い、意外と可愛い……)


 気絶させてロープで拘束した猿人族たちを<エア・ムーブ>で浮かせ、空だった荷車に乗せた。グランドリザードにエルテガが指示を与えると、大人しく荷車を曳き始める。

 前方の左右をエルテガとキリシュ、荷車の後方にリオンという配置で南へ移動し、ブロドたちと合流した。


「もう終わったとや(のか)?」

「はい。全員気絶してます」


 念の為、一人を回復して間違いなくマサークの取引相手なのか確認することにする。ブロドが一人抱えて荷車から降ろし、リオンが<レトログレイド>をかけるとその猿人族の男はすぐに目を覚ました。


「て、てめぇらこんなことしてただで済むと――」


 どこかで聞いた台詞を喚き始めたが、エルテガが喉にナイフを当てて黙らせた。


わいたっ(お前たち)はマサークから人を受け取る予定じゃったどが(だったろうが)?」

「お、お前らはマサークの兄貴に全員ぶっ殺されて仕舞いだっ!!」


 質問の答えにはなっていないものの、これで確認は取れた。土下座は回避されたようだ。エルテガがその猿人族を殴って再び気絶させる。


まちっと(もう少し)クレドスにちけとっ(近い所)まで移動すっが(しよう)


 今日の夕方、リオンがクレドスの南側まで偵察に行く予定である。メイルドーン王子の討伐隊の集まり具合を確認するためだ。もし予想より早く集まっていれば、今夜遅くか明日の夜明け前にクレドスの制圧が始まるかもしれない。


 一行はもう少し南に移動することにした。

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