90 それぞれの日課
幌付きの荷車には十四人が囚われていた。幌の内側は頑丈な鉄格子で出入口には錠が掛けられている。ブロドが首無しのマサークの懐を探って鍵を見付けた。ついでに彼の両手から「クロウズ・オブ・アンガー」を取り外し、リオンに向かってガチャガチャと振る。
「それ、ブロドさんたちが持って行きます?」
「いやいや。おいたっには荷がおもかど。リオンが持っちょっくいやい」
荷が重いというのは物理的な重量のことではないだろう。通常は国が研究のために買い上げるミシカル・ウエポンを自分たちが貰うわけにはいかない、という意味だ。
リオンがエルテガを見ると彼は頷いて肯定を示したので、リオンはブロドから一対の鉤手甲を受け取った。
見た目より軽いことに驚く。そして手甲の内側を覗き込むと、びっしりと文字や図形が刻まれていた。魔法陣のようだ。
「エルテガさん、これ見てください」
「ん? ……こいは魔法陣か? いっちょんよんがならんが」
「エルテガさんも読めないんですね……僕にもさっぱり分かりません」
転生者って「全言語理解」とかのチート能力があってもいいんじゃない? いや、それは転生者じゃなくて転移者だったかな?
これまでチート能力を一切実感していないリオンは胸の内でぼやいた。
もしリオンが骨鬼族の拠点にあった「ポータル」に刻まれた魔法陣を見ていたら、その相似性に気付いたかもしれない。リオンは自分の背嚢に鉤手甲を収めた。
「さて……あんこらをどげんすっかね」
エルテガの言う「あの子たち」とは、荷車に囚われていた十四人のことだ。今、ブロドたちとキリシュが荷車から出している。若い女性が七人、幼い子供の男女が七人いる。その中に、兎の耳を持つ女の子がいた。リオンはその子に歩み寄り、目線を合わせるために膝を突いた。
「君の名前はメルーナちゃんで合ってるかな?」
「……お兄ちゃん、誰?」
「僕はりオン。ラーナさんに頼まれたんだ。君を助けて欲しいって」
「お姉ちゃん!? お姉ちゃんがいるの!?」
「ここにはいない。今は安全な所にいるよ。二~三日で会えると思うから、もう少し我慢してね?」
「……うん」
メルーナは溢れてくる涙を手で拭い、泣くまいと懸命に堪えているようだった。その姿が何とも健気でいじらしく、リオンは思わずその頭を撫でる。すると少し離れた所にいるキリシュから刺すような視線を感じた。
「……えーと、キリシュ?」
「あたいもリオンに撫でてもらいたい!」
「えぇ……」
欲望をストレートに伝えるのは種族の特性か、それともキリシュの性格なのか。
「あ、後でね」
「うん!」
八歳の子に対抗心を燃やすとは……それはそれで可愛いな、とリオンは思ってしまう。ふとエルテガの方に目を向けると、彼はマサークの死体を引きずってリオンが作ったクレーターに放り込むところだった。
「エルテガさん、手伝います」
「よかよか。考えたたっどん、王子たっがクレドスに着くまでこのあたいで待っちょくんがよかなかけ?」
クレドスにはまだ二体のディアボロディノスと多くの武装した猿人族がいる。そこにメルーナたちを連れ戻すのは現実的ではない。
リオンたちがクレドスを殲滅するのは、メイルドーン王子の功績を横取りするようで具合が悪い。だが最低でもディアボロディノスは片付けるべきではないだろうか。クレドスへ派遣された騎士や兵士の総数は五百を超えるから、彼らでも倒すことは可能だと思う。しかし結構な数の犠牲が出る可能性が高い。
もう一つ、ここで待機するに当たって問題がある。それは、マサークが合流を目指していた取引相手がいずれここに来るだろうということだ。
「王子たちがクレドスに到着するのは二日後くらいですよね?」
「じゃっどな」
「あの子たちを連れていくのは、王子がクレドスを制圧した後がいいですよね?」
「うん」
ディアボロディノスを倒すにしても、王子たちが到着する直前が良いように思える。早く倒すとクレドスにいる猿人族が拠点を放棄して逃げ出すかもしれない。そうなると王子の功績に関わってくる。
「では、先に僕が北へ向かって取引相手をどうにかしてきましょう」
「いや。ここで待ち受けた方がよか。捕縛して王子に突き出すのがよかちおもど」
「なるほど」
「王子たっが攻め込むのは、早くて三日後くらいじゃろ。そん前に取引相手がここをとおっじゃろうから、ひっつかめっせぇ、ぼちぼちクレドスに戻ればよか」
王子たちの隊がクレドスの近くに到着しても、全軍が揃うには最低でももう一日かかる。それから直ぐに攻め込んだとして三日後、ということ。
マサークが態々足止めまでしようとしていたことから、取引相手は遅くとも二日後までにここを通るとエルテガは予測した。
ディアボロディノスを倒しに行くのは三日後の朝。それまでに取引相手を捕縛する。方針が決まり、リオンたちが始めたのは…………クレーターの埋め戻しである。
「リオン、魔法で埋め戻しがならんとや?」
「すみません、ゲルガさん。そういう魔法は使えないんですよね……」
<エンバンクメント>で土を動かすこと自体は可能だが、動かした分また穴が開く。
そう、穴を開けるのはリオンにとって簡単なのだが、穴を埋めることは出来ないのだ。何という理不尽。また胸中でぼやきながら、リオンはせっせと森から土を運ぶのだった。
*****
「まだリオンの行方は掴めないのか?」
「はっ、申し訳ありません」
「いや、責めているわけではないのだ」
ユードレシア王国王都グレン。その中心に聳える王城の執務室で、ベルトラム・ユードレイシス王は宰相のマクレガン・ゴールドレイドにリオンの行方を確認していた。
彼が転移事故でいずこかへ消えてから四十日が経つ。彼の消息を国王が確認するのは最早日課となっていた。行方が掴めたら自分に必ず報告があると分かっている筈なのだが、聞かずにはおれない。
王立魔法研究所所長リーゼ・ハルメニカと共に、リオナード・シルバーフェンは骨鬼族の拠点を潰してくれた。それはユードレシア王国に安寧を齎す朗報であると共に、国の英雄が消息を絶つという悲報でもあった。
拠点の壊滅は国が彼に依頼したことである。即ち、彼の安否の責任は国にある。少なくともベルトラム王はそう考えている。
「……生きている、よな?」
「皆がそう願っております」
グレンドラン大陸南部には、既に冒険者ギルドを通じてリオナード・シルバーフェンの捜索および彼の所在に繋がる情報提供を依頼しているが、今のところ手掛かりはない。動けないほど酷い怪我を負っているのか、それとも記憶を失くしてしまったのか、はたまたこの大陸の南部にはいないのか……。
何の情報もない、という状態が最も心苦しい。国王もそうだが、現場にいたリーゼの憔悴した姿は見るに堪えられないほどだ。彼女は今も、事故が起きた現場やウルシア大森林を駆け回っている。
「必ず生きて帰って来るのだぞ、リオンよ……」
執務室の窓辺に立ち、どこにいるかも分からないリオンに向かって祈るように呟くベルトラム王。マクレガン宰相は同じ気持ちながら、一国民に国王がそこまで肩入れすることはあってはならないことだから、耳に入った呟きに聞こえないフリをするのだった。
王立学院の授業を終えたルーシア・レッドランは当たり前のようにシルバーフェン別邸へと帰宅し、侍女のメリダと共にグレナーダ湖魔法試射場へと向かう。
「きゅー!」
「アスワド、今日もお願いしますわ」
アスワドの首筋を優しく撫でながら、ルーシアは彼女に話し掛ける。
リオン無しでアスワドに乗るのも慣れたものだ。本当はそんなことに慣れたくはなかった。
魔法試射場では、リオンの従者コラードが王国魔法士たちに攻撃魔法の教導を行っていた。
彼は<アイシクル・ジャベリン>だけでなく、<フレイム・ジャベリン>、<ストーン・ジャベリン>についても射程距離・連射性・威力を上げ、それを指導している。最近は彼独自の魔法を生み出すべく試行錯誤しているようだ。
ルーシアは<コンプレックス・シールド>を発動しながら王国騎士と模擬戦を始めた。これは彼女がここ最近始めたことで、より実戦に近い状況で自在に障壁を発動するための訓練である。
<コンプレックス・シールド>を習得した騎士は次の段階としてルーシアとの模擬戦に挑むようになっていた。結果的に彼らの練度も上がっている。
二時間ほど訓練に勤しんだルーシアが試射場の端にあるベンチで一休みしていると、同じく区切りのついたコラードが隣のベンチに腰を下ろした。
「コラードさん、新しい魔法は出来まして?」
「い、いえ、まだまだです。リオン様のようにはいかないです」
コラードは火系統の魔法を一点に収束して威力を高める試みを行っている。彼はそれを「レーザービーム」と呼んでいるが、リオンが聞けば「ベタ過ぎるでしょ」と呆れることだろう。そもそも「火」だからレーザー(光)ではないし、ビームとは一般的に真っ直ぐ進む光のことだから、レーザービームは意味が被っているよ、と真面目に指摘するに違いない。彼が名付けるなら「コンバージ・フレイム」あたりだろうか。
「はぁ。俺もリオン様みたいにもっと勉強しとけばよかった」
コラードが言ったのは、前世でもっと知識をつけておけば良かった、という意味だ。一瞬遅れて、ルーシアはコラードの真意に気付く。
「コラードさん。あなたもしかして、前世の記憶がおありなのかしら?」
「…………え?」
「リオンが以前教えてくれましたの。彼にはこことは違う世界の記憶があると。彼の魔法はその知識に基づいて生み出している。今あなたが言ったのは、そういう意味では?」
コラードの全身から冷や汗が噴き出した。あれ、転生者ってことバレて大丈夫だっけ? だいたいのラノベでは転生者であることを隠してなかったっけ? いや、最初から明かすパターンもあったか。なら大丈夫なのか。……本当に大丈夫? 俺、捕まって解剖されたりしない?
「ご安心を。言い触らしたりしませんから」
「あ、はい。ありがとうございます?」
コラードの反応に、ルーシアは口元を押さえて「フフフ!」と笑った。こんな身近な所に、彼と同じ境遇の人がいたのねと思う。リオンとコラードが二人だけで秘密を共有しているように感じて、何だか悔しい。
「……それで、コラードさんはリオンのことをあまり心配していないようですけど、何か理由がおありなの?」
「慰めにならないかもしれないですが、俺の知識では、リオン様の状況って『テンプレ』なんです」
「てんぷれ?」
「あー、お決まりって言うか、お約束って言うか」
「どういうことでしょう?」
「いせか――別の世界に生まれ直した人間が、意図しない転移に巻き込まれるっていうのはある意味王道と言いますか……主人公に課せられた試練と言うか、話を盛り上げるのに必要って言うか……あ、もちろんラノベ――創作物の中の話ですけど」
コラードが身も蓋もないことを言い始めた。ラノベ作家に真っ向から喧嘩を売る発言である。そんなことを言う子は後できっと酷い目に遭いますよ?
「主人公……あなたは、これが物語だとでも言うの!?」
ルーシアが語調を荒らげた。最愛の婚約者が行方不明だというのに、それを物語だと言われれば腹も立つであろう。
「いえいえ、そんなつもりはないです。言いたいのは、リオン様はこんなことでくたばるようなタマじゃないってことですよ」
「それは……私もそう思っていますけれど」
「物語では、転移した先で仲間を見付けたり、試練を乗り越えて強くなったり、そこにしかないお宝を見付けたりするんです。今頃はきっと、何か新しい魔法――移動に関する魔法なんかを編み出して、こっちに戻って来る途中ですよ」
本心では、転移先で可愛い女の子と出会ってイチャコラしていると思っているのだが、さすがにそれをルーシアに言わないだけの分別はコラードにもあった。
それに、移動に関する魔法についても根拠なく言っているわけではない。行方不明になる前、彼は<リポルション>という魔法を使い、アスワドの力を借りて空を飛ぶ「フライング・キャビン」を生み出した。それを応用すれば、リオン自身が空を飛べるのではないかと考えているのだ。
コラードの予想は大きく外れていないどころか、だいたい合っている。リオンが聞けば「ぐぬぬ……」と何も言えなくなったに違いない。
「つまり、あなたはリオンを信頼している、と」
「そういうことになりますかね。あと、誰か一人くらいは楽観的じゃないとしんどいじゃないですか」
コラードの言葉に、ルーシアはハッとして彼の顔を見た。
リオンがいなくなってからもずっと平気そうなコラードを見て、ルーシアは何度も叫びそうになったものだ。「あなたはリオンが心配ではないのですか!?」と。
だが、彼が平然としていたのは、彼の気遣いだったと初めて知った。
「そう、ですわね……ありがとう、コラードさん」
シルバーフェン別邸には、三週間前からリオンの父ベルナールが滞在していた。デルード領にいるよりも王都にいる方が、リオンに関する情報をいち早く入手出来ると考えたからである。領に関する執務は長兄ケイランと妻カレンに任せている。本当はカレンも一緒に来たがったのだが、王都では妻に出来ることがない。何もすることがないと、リオンを案じるあまり気を病んでしまうかもしれない。だからそのままデルード領に残してきた。
リオンの安否はまだ不明。伯爵という爵位があっても、こんな時は無力だ。息子の行方さえ分からないとは、爵位に何の意味があるというのか。
国王さえまだリオンの行方を掴めていないのだから、ベルンが掴めないのは仕方のないことである。だが実の息子のことであるから、心痛は国王の比ではない。
部屋の窓から外に目を向けると、今日も門の内側にシャロンが立っていた。
彼女はリオンが消えた日からずっと、時間さえあればそこに立っている。陽がすっかり沈んで暗くなっても、誰かが屋敷の中に入れないと一晩中立っているのだ。
シャロンの気持ちは痛いほど分かる。ベルンも同じ気持ちだからだ。そこに立っていればリオンが帰って来るのならば、ベルンだって喜んで何日でもそこに立つだろう。
今、ルーシアとアスワドがシャロンの隣に加わった。今日は珍しく、そこへコラードも参加した。もっとも、彼は彼女たちから少し離れた場所に立っているが。
これだけの者たちから愛され、慕われているのだ。リオン、早く帰って来ないか!
ベルンは心の中で息子に語り掛ける。息子を励ますように、そして自分自身を励ますように。
シャロンがそこに立つのも日課となっている。道の先からリオンが笑顔で走ってくる幻影を、これまで何度も見た。このままでは拙いと自分でも分かっているが、ここで待つのをどうしても止められない。
人の気配に少し振り向くと、やはりいつものようにルーシアとアスワドがいた。今日は珍しく後ろにコラードもいる。
集まったからと言って何か話すわけでもない。これは言わば、リオンの無事を祈る集会のようなもの。リオンの帰還を最も強く願う者の集まりだ。
こんなことをしてもリオンに届く筈がない。そんなことは十分承知している。
ただお互いを慰め合っているだけだろうか? 傷の舐め合いだろうか?
出来ることがなく、ただ待つしかないというのがこれほど辛いことだとは。
また誰かに指摘される前に屋敷に戻らなければ。秋も深まり、季節は間もなく冬だ。風邪を引けばリオンを心配させてしまう。
そう思って屋敷の方を振り返ろうとした時。貴族区ではあまり耳にしない、誰かが走る靴音が聞こえた。
シャロンは思わず門の鉄扉に両手を掛け、それを開いた。だがそこにいたのは待ち人ではなく、見たこともない若い男だった。シャロンが勢いよく扉を開けたので、それに驚いて腰を抜かしそうになっている。
「……何か?」
「あ、あの、すみません! ここはシルバーフェン伯爵の別邸で合ってますか?」
「そうですが」
「冒険者ギルドから手紙を届ける依頼を受けてきました。えーと、これが手紙で、こっちに受け取りのサインをもらえますか?」
男から受け取った手紙を手に、シャロンが固まってしまった。
「シャロン? どうしましたの?」
「あ、あのー、受け取りを……」
「シャロン! 誰からの手紙ですの!?」
ルーシアがシャロンの肩を揺すると、ようやく彼女が振り返る。その両目からは涙が溢れ、とめどなく流れ落ちていた。
「リ、リオン様の、手紙です!!」
「リオンから!? そ、それは大変ですわ!」
手紙を手渡した侍女らしき銀髪の美女は大泣きするし、赤髪の美少女はあわあわと右往左往し始め、若い冒険者は呆然とするしかなかった。
「あのー、受け取りのサインを……」
「全く、だからあれくらいでくたばりゃしないって言ったのに。あ、俺がサインしますね?」
後ろに立っていたコラードが男性から紙を受け取りサインする。よかった、と胸を撫で下ろす冒険者だったが、サインしてくれた従者の目にも涙が光っているのが見え、余程嬉しい人からの手紙だったんだな、ととても良い仕事をした気分になったのだった。




