9 解き放たれる防御馬鹿
おかえり、リオンくん。
「リオンくん。あの魔法は何?」
「え、え~と」
デルード領魔法士団団舎内の副団長室。そこでリオンはライカ・ブルーネスト副団長に詰められていた。
それは雇い主であるシルバーフェン伯爵家の四男に対する態度として褒められたものではない。というか、他の領なら良くて解雇、悪くて処刑である。ライカは三男クオンの婚約者であるレイラ・ブルーネストの従兄妹という立場をフルに活用していた。その上、当代の当主ベルン・シルバーフェン伯爵はこの程度のことで怒らないという計算もある。
訓練所にある的という名の大岩。あれはライカが領魔法士団に入団するよりずっと前からあそこにある。むしろ、あの「不壊の大岩」があるから、そこに訓練所が作られたと聞いた。攻撃魔法を思う存分当てても壊れない、だから的に最適、と。
それが、魔法の才がないと思われていた少年の一撃(?)で穴を開けられたのだ。ライカでなくてもどうやったのか知りたいというもの。
「<ストーンランス>じゃないよね?」
「え、ま……その、はい」
<ストーンガトリング>の威力はリオンの想定を遥かに上回っていた。<ストーンランス>と同じように、的に当たって砕けると思っていたのだ。
確かに貫通力重視でイメージした。だからって、厚さ一メートルある岩を貫通するなんて思わないじゃないか。
……六百発以上の五十口径弾を浴びせればそうなる、かも?
あれは絶対に人に向けちゃダメなやつだ。いや、生物に向けたら凄惨なスプラッターになること請け合いじゃないか。リオンはゾッとして、<ストーンガトリング>の運用は慎重になろう、と決めた。
リオンは前世の記憶があることを家族にも話していない。婚約者のルーシアや、いつも傍にいるシャロンにもだ。
だってそれを打ち明けたら、過酷な転生者の運命に巻き込んでしまうかもしれないから。
今のところ過酷な運命の予兆は皆無なのだが、リオンは大切な人を絶対に守れる力を身に付けるまでは、前世の記憶のことは誰にも話さないと決めていた。だからもちろん、ライカ副団長にもそれは話せない。
だが自分が考察した魔法の原理については話して良いかな、とリオンは考えた。
「ライカ副団長」
「うん」
「これから話すことは、デルード領外には漏らさないと約束していただけますか?」
「お、おう?」
「僕の考え方は異端かもしれません。そのせいで、僕が排除される可能性があります」
「排除? 誰に?」
「それは分かりません……。既得権益を持つ団体、突飛な考えを許せない貴族、神を冒涜していると糾弾する教会、自分たちだけでその方法を独占したい他国、とか」
「そ、それは大変だね……」
「はい。僕はまだ、それらから自分や大切な人を守る力がありません」
「ん、んん?」
「だから秘密にして欲しいのです。少なくとも領外に知られることは避けたい」
「あ、うん……分かった、約束する」
前のめりで力説するリオンの迫力に、ライカは屈した。承諾の返事を聞いたリオンは明らかにホッとした顔になる。それから、目の前に出された紅茶で喉を潤し、話を続けた。
「さっきのは僕が考えた魔法です。<ストーンガトリング>と名付けました」
「がとりん? ……ちょっと待って、リオンくんが考えた?」
「もしかしたら同じような魔法があるかもしれませんが」
「具体的にどういう魔法なんだい?」
「貫通力重視の石弾を、一分間に四千発撃ち出す魔法です。まぁ、僕の魔力量では二十秒が限界だと思いますけど」
ライカはいったん目を閉じて混乱した頭を整理しようと努めた。
貫通力を重視した石の弾?
一分間に四千発?
そんな魔法は聞いたことがない。それをこの子が考えた? まだ十一歳のこの子が?
「新しい魔法は、十年にひとつ生み出されるかどうかと言われているのだけど……え、もしかして、あのバカみたいに硬い障壁も?」
「はい。脆い障壁では役に立たないので、頑張って考えました」
ニッコニコの笑顔で答えるリオンに、ライカは驚けばいいのか、呆れたらいいのか分からない顔をする。
「僕は、魔法に詠唱は必要ないと思っています」
「は?」
「詠唱はイメージを補完するもの。言葉を発し、耳から聞くことで見本として見た魔法の映像記憶を強く想起させる“暗示”の類じゃないでしょうか」
「えーと、つまり?」
「イメージさえ明確なら……それに加えて、そのイメージを具現化する魔力があれば、魔法は発現する」
そう言って、リオンはライカの目の前に<コンプレックス・シールド>を発現した。薄っすらとピンクに色付いたその壁に、ライカが恐る恐る手を伸ばす。
「これは……障壁、かい?」
ライカの声は掠れ、小さく震えていた。
「はい。前の障壁はイデラ団長に壊されたので新しく作りました。まだ試していませんけど、これならイデラ団長にも壊せないと思います」
「イデラさんにも…………君は一体何者なんだ」
ライカの言葉に、リオンは一瞬目を丸くし、その後に傷付いたような顔になる。
「……ただの、臆病者ですよ。痛いのが嫌で、死にたくないだけの」
まずい、とライカは悟った。
今、自分は魔法の新たな可能性に触れている。リオンがそれを示してくれているのだ。十一歳の子供の戯言と切って捨てることはできない。あの的に穴を開けたのは、他の誰でもないこの子なのだから。機嫌を損ねたら話をしてくれなくなってしまう。
「すまない、リオンくん。今のは失言だった。これまでの常識が全て覆されるようで、少し混乱してしまったんだ」
「あ、いえ。気にしていませんので」
「その、イメージとやらについてもう少し教えてくれないだろうか?」
「ええ、もちろん!」
それからリオンは、これまで自分が考察した魔法の原理について嬉々として喋り続けた。今まで、ライカのように興味を持って聞いてくれる人がいなかったから。
それはシャロンが副団長室に駆け込んでくるまで続いた。「先生がお待ちです」と無表情で告げ、リオンはここへ来た時と同様、襟首を掴まれて引きずられていった。
ライカはそれを呆けた顔で見送った。リオンの話がそれだけ衝撃的だったのである。
魔法に詠唱は不要。イメージは映像記憶が最も適切。つまり見たことがある事象なら、それに見合う魔力を糧に再現することが可能。
「……じゃあ、リオンくんはあの“ストーンがとりん”というのを、いつどこで見たんだ?」
彼は途轍もない才能を持っているのかもしれない。そんな彼が近くにいて、その才能に触れることができることを、ライカは神に感謝した。リオンが示した魔法の新たな可能性はライカの胸をこの上なく熱くしたのである。
あと、リオンくんめっちゃ喋るじゃん、と思った。これまではどちらかと言うと寡黙な子だと思っていたので。
(今日も障壁飛ばすの忘れてた……)
午前の授業に少し遅れ、昼食を挟んで二コマの授業をこなし、夕食前に一息ついた時、リオンは思い出した。調子に乗って<ストーンガトリング>を生み出してしまったが、元はと言えば障壁を飛ばすために魔法が飛ぶ原理を自身の中に落とし込みたかったのだ。
リオンの目標はあくまでも「絶対的な防御」である。物騒な魔法を生み出したが、彼は決して戦闘狂などではない。むしろ戦いたくないのだ。自分が痛いのはもちろん、他人が痛いのも嫌。血を見るのもご免被りたい。「防御は最大の攻撃なり」という彼の持論は、完璧な防御で敵の心を折るという意味である。戦わずして勝つ、誰も血を流さない、それがリオンの目指すもの。
誰と、或いは何と戦うつもりなのか、本人もよく分かっていないのだが。
「リオン様、旦那様がお呼びです」
「分かった。ありがとう、シャロン」
父ベルン・シルバーフェン伯爵はデルード領の領主。常日頃から執務に忙殺されており、夕食時以外に顔を合わせるのは月に数回しかない。つい先日、定期討伐同行を言い渡されたばかりなのにどうしたのだろう? と内心で首を傾げながら、リオンは父の執務室へ赴いた。
いつものように、父がソファに座るまで立ったまま待つ。
「まぁ座りなさい」
「はい」
ベルンの執事であるヘイロンが流れるような所作で二人の前に紅茶の入ったカップを並べる。
「今日、珍しくライカが私を訪ねて来た」
「ライカ副団長が?」
「うむ。彼が言うには、お前に特別な魔法の才があると。その才を伸ばさないのは我が領の損失であると」
いつもは飄々としたライカ副団長が、それはそれは興奮していたらしい。
「何でも、これまでの魔法の常識を覆す画期的な理論であり、その成果をこの目で見たと言っておった」
「そ、そうなのですね」
領外に漏らすなとは言ったが、領主に告げるなとは言わなかった。しかし、これほど早く父の耳に入るとは……。
「勉学の方は、もう復習に入っているのであろう?」
「は、はい」
「復習だけならば自学でも問題ないな?」
「そう、だと思います」
急に話が変わり、リオンは戸惑いながら正直に返答する。王立学院入学に試験などはない。学院では政治・経済・法律・語学など共通科目もあるが、騎士科と魔法科に分かれてそれぞれで専門的なことを学ぶ。
「魔法について、私はそこまで得意ではない。ケイランの方がずっと詳しい」
「魔法士団長ですしね」
「これから学院入学まで、ケイランと共に魔法士団の指導をやってみないか?」
「指導? 僕が、ですか?」
「ライカが是非にと言うのだ。ケイランも賛成しておる」
父であり領主であるベルンなら、提案ではなく命令すれば良い。それはリオンにも分かっていて、その上で自分の意思を尊重してくれようとしているのが嬉しかった。
長兄ケイランは魔法への造詣が深く、その実力も領内随一だ。そもそもリオンに障壁魔法を教えてくれたのがケイランである。現在、次期当主として父の補佐をしながら統治を学んでいるため、魔法士団長の肩書は形骸化しかかっている。
「騎士団に比べて魔法士団は緩いだろう?」
「えーと、その」
領騎士団が厳しい訓練に明け暮れていることはリオンも知っていた。それに比べて領魔法士団が訓練らしいことをしているのをリオンは見たことがない。大声かつ早口で罵り合っているのが本当に訓練になるのなら別だが。
「気を遣わずとも良い。私だって魔法士団のことは憂慮している」
攻撃力のある魔法を行使できる者は貴重なのだ。有事の際に役立てば文句も言い難いし、実際に彼らは魔物討伐でしっかり活躍していた。だからと言って、任務のない日にのんべんだらりとしていて良いことにはならない。
「新しい風を入れれば、奴らも多少はマシになるのではないかな?」
ベルンが悪戯っぽい笑みをリオンに見せた。
魔法士団員にリオンの魔法を見せつけてやれ。父はそう言っているのだ。十一歳の子供に負けて悔しくないのか、と。
リオンにとっても、この話は渡りに船だった。<コンプレックス・シールド>は生み出したが、まだ自分の考える絶対的な防御には及ばない。もっと試行錯誤を繰り返したいのだが、深夜に考察して早朝に試すだけでは時間が圧倒的に足りなかったのである。
「是非、やらせていただきます」
「そうか。うん、やってみなさい」
ベルンが父親の顔でリオンに微笑みかける。日々の勉学は半分以下となり、余った時間を使って魔法士団の指導を行うことになった。
こうして「防御馬鹿」の箍が外れた。
前話が唐突過ぎて何の意味があるのかと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、先々出てきますのでお楽しみに。




