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89 覚悟

「マサークたちが防壁を補強したんでしょうかねぇ」


 まだ目測で一キロメートル以上離れていても分かる防壁の威容。滅び、打ち捨てられた町とは思えない立派で過剰な防壁である。


「たぶんな。リオン、まちっと(もう少し)あそけちけ(あそこに近い)場所でいったん休憩すっが(しよう)。魔力を回復した方がよか(いい)

「そうですね。じゃああの辺に降ります」


 目的の第一は攫われた者たちの救出、第二が人攫い集団の撲滅である。だが第二目的はメイルドーン王子たちに任せるべきだろう。だからリオンたちが相手にするのは首魁のマサークだ。戦闘が避けられない以上、途中でリオンの魔力が枯渇したら死に直結する。それを防ぐために、エルテガはこまめな休憩を提案してくれる。リオンはその提案に従い、クレドスの防壁からおよそ五百メートルの開けた場所に全員を降ろした。


「リオン、今度は無茶せん(しない)でね」

「うん。分かってるよ、キリシュ。僕だって痛いのは嫌だから」


 幼子のようにキリシュが泣き、生きているのを確かめるように抱き着かれたのはつい昨日のこと。忘れる筈がない。今も、木に背中を預けて座るリオンの隣で心配そうな目を向けている。

 自分が、前世の記憶にあるファンタジー作品のような、これでもかとチートな能力を盛られた主人公だったら、彼女を心配させることもないのだろうか。

 そうかもしれないし、それでもやっぱり心配されるのかもしれない。現実として、自分には物語のような凄い力はないのだから、やれることをやるしかない。


 リオンはそんな風に自分を卑下するが、十二歳にして、四個中隊を壊滅させるような化け物と渡り合ったのだ。しかも、死にかけながら再びその化け物と対峙しようとしている。リオン自身以外はそれを心から称賛しているのだが、彼はどうにも自分を過小評価する性質らしい。


 三十分ほど休憩した後、今度はリオンがエルテガに提案する。


「ちょっと上空から町の様子を偵察してきます」

「うん。マサークがおらんたれば(いないのなら)素通りしてもよかでな(いいからな)


 空から見てもマサークの所在は分からないだろうが、情報は多ければ多いほど良い。敵の数や配置、武装の種類、隠れていそうな建物。人質がいればその位置など。何も分からないまま敵の本拠地に突っ込むのは避けるべきだ。


 エルテガたちをその場に残し、リオン一人で高度二百メートルまで浮かぶと、ややゆっくりクレドスへと近付く。鳥型魔物に警戒しつつ、<テレスコープ>を発動して町を観察し始めた。


(あー、やっぱりいるなぁ)


 砦のように防壁を強化されたそこには、二体のディアボロディノスの姿があった。リオンたちが戦ったのとは違い、二体とも後ろ足だけで立ち上がったティラノサウルスに似ているが、前足が長く、尾に棘があり、上顎からは長い牙が突出している。

 北と南に一体ずつ配置されているのは、恐らくそこが出入りする門なのだろう。動き回らず、大人しく佇んでいる。


 もう少し近付くと、猿人族と思われる者がかなりの数いるのが分かった。防壁の上にも見張りが配置されている。剣、槍、斧、弓と武装は統一されていない。


 <サーモグラフィ>も併用し、建物の中まで探れないか試みる。果たして、周囲より温度の高い人型の物体が見えるようになった。だがどれも二~四人で固まっており、攫われた人たちが閉じ込められているようには思えない。


 リオンは顔を上げ、<テレスコープ>と<サーモグラフィ>を解除し、また鳥型魔物が接近していないか周囲を見回した。幸いそれらの魔物は近付いて来ていないが、ある一点で違和感を覚える。


(ん……?)


 北側の門から真っ直ぐ伸びる道……道? 森の中に道? 木を切り倒し、土を均したような跡がある。それを目で辿ると、数キロメートル先で僅かに土埃が上がっているのが見えた。数秒それを観察していると、北に向かって移動しているのが分かった。


 リオンは高度を保ちつつ、そこへ急行しようとして驚く。せいぜい時速六十キロメートルの飛行速度だと思っていたのだが、恐らく倍は出ていた。


(一人だとこんなに速く飛べるようになってたのか!)


 一分もかからず土埃の上空へ到達。<テレスコープ>で確認すると、巨大な蜥蜴が荷車のような物を曳きながら走っている。<サーモグラフィ>を使えば、荷車には十数人が押し込められているのが分かった。

 そして巨大蜥蜴の前を走る男が一人。両手に鉤爪の付いた手甲を嵌めている。一流マラソンランナー並みの速度で走りながら、前方にいる魔物を鎧袖一触で蹴散らしていた。


 あれがマサークでなければ、彼並みの化け物がもう一人いることになる。そんな事態はご免被りたいので、あれはマサークだとリオンは結論付けた。ということは、後ろの荷車にいるのは攫われてきた人たちだろう。


 リオンは一瞬このまま狙撃しようかと逡巡したが、一度エルテガたちの所に戻ることを選んだ。自分がマサークに倒されたら攫われた人たちを救えない。ラーナの妹メルーナも救えない。


 来た時と同様、全速力で南へ戻る。一分ほどでエルテガたちのいる場所に到着した。


「マサークと攫われた人たちを見付けました! 今北へ向かっています」


 エルテガ、キリシュ、ブロド、ゲルガ、ライドンの五人は既に準備を調えていた。すぐにリオンの<エア・ムーブ>で移動を開始する。

 高度は先程と同じ約二百メートル。ただ六人一緒だと先程の半分しか速度が出せない。クレドスの上空を素通りし、五分以上かけてようやくマサークたちが見えてきた。


「ここから狙撃します」

よかとか(いいのか)?」


 エルテガが尋ねたのは、「人を殺すことになってもいいのか?」という意味だ。リオンもそれは分かっている。


 骨鬼族との戦闘前、リオンはリーゼに問われた。『お主、骨鬼族を殺す覚悟は出来ておるか?』と。

 それに対して、リオンはこう答えた。『覚悟はあります。骨鬼族を殺せば、きっと後悔したり罪悪感を抱くことになったりするでしょう。だけど、それが必要なことであるなら、それを抱えて生きていく覚悟をしました』と。


 エバンシア島に飛ばされてから、リオンは多くの魔物を殺した。それに後悔したり罪悪感を覚えたりはしていない。魔物は、殺さなければこちらが殺されるからだ。

 マサークと最初に戦った時も、彼を殺すつもりだった。そうしなければ、リオン自身やキリシュ、エルテガたちが害されると思ったからだ。


 そういう意味では、マサークは魔物と大した違いはない……とは言わない。知性を持ち、会話が成り立つ相手は魔物ではないからだ。だから彼を殺すことに躊躇はないかと問われれば「ある」と答える。


 だが……リオンはラーナに頼まれた。

 これまで、攫われた若い女性や子供たちはあくまでも「顔も知らない他人」であり、彼らを救うことは「正義」だった。しかし、僅かとは言えラーナと関わったことで、リオンにとってそれは他人事ではなくなった。攫われることを痛みとして実感した。そして、そんな理不尽を齎す存在に怒りを抱いた。


 マサークを殺すことは正義だろうか? そうかもしれない。では正義の名の下であれば、人は人を殺しても許されるのか? そんなことはないだろう。

 だからリオンは、これを正義だと考えるのを止めた。理不尽を止めるために彼を殺す。ラーナがこれ以上泣かなくて良いように、未来の誰かがラーナと同じ思いをしなくて済むように。


 リオンはもう昨夜のうちにこの覚悟を決めていた。だから、エルテガの問いに間髪入れず答えた。


「はい、問題ありません」


 リオンはエルテガの目を真っ直ぐ見つめる。その決意に揺らぎはない。


「よし、分かった。おいたっ(俺たち)ない()すればよかけ(すればいい)?」

「あのでかい蜥蜴が曳いている荷車に馭者がいます。蜥蜴と馭者を制圧して攫われた人たちを守ってください」

「承知した」


 リオンは空中で全員を静止させた。慎重に狙いを定めるためだ。<テレスコープ>でマサークを拡大し、動きを追う。ミシカル・ウエポンで防御力も上がっているかもしれないから、使うのは<アクセルバレット>だ。


「<アクセルバレ――」

「背後から魔物三体!」


 ブロドが後ろで叫ぶのが聞こえたが、リオンはそのまま<アクセルバレット>を放った。だが叫び声で集中が僅かに乱れ、<アクセルバレット>はマサークと巨大蜥蜴の間に着弾。蜥蜴は驚きで急停止し、馭者が前方に投げ出されて荷車の後部が一瞬浮き上がった。

 マサークは着弾の衝撃だけで上空からの攻撃だと瞬時に判断し、道を逸れて森に身を隠した。


 標的を外した<アクセルバレット>は、地面に直径三メートル、深さ二メートルの小さなクレーターを作り出していた。


「<アイシクル・ジャベリン>! すみません、外しました!」


 迫って来る鳥型魔物、ネロコルヴォを<アイシクル・ジャベリン>で撃墜し、リオンは荷車の後方に五人を降ろす。巨大蜥蜴は<アクセルバレット>の衝撃にすっかり怯え、その場で蹲っていた。馭者はクレーターに落ちて気を失っている。


 リオンは五人に荷車を任せ、クレーターの向こうに飛び移ると同時に西側の森に向かって<ストーンガトリング>を斉射した。木々が薙ぎ倒され千切れた草が舞い散る。微かな葉擦れの音が右へ移動し、それを追うように<ストーンガトリング>を放つがマサークを捉えきれない。

 木々の間から飛ぶ斬撃が迫り、リオンは<コンプレックス・シールド>を多重発動しながら斬撃の軌道から身を躱した。障壁が砕けて白い粒子となるが、斬撃はリオンに当たらない。


 <マジック・トラップ>を発動。トラップ起動のワイヤー代わりである極細の水の糸は地表近くに設置。飛ぶ斬撃の射程距離は五メートル程度なので、これでトラップの範囲外からの攻撃はない。


 北に四十メートルほど離れた左側の森からマサークが姿を現した。


「クックック。死んでなかったとは驚きだ」

「驚きついでに降参しませんか?」

「面白ぇ冗談だ。お前、俺の部下にならねぇか? 金は稼げるし女は抱き放題。ついでに馬鹿な獣人どもを顎で使えるぞ?」

「それこそ笑えない冗談ですね。悪事に加担するつもりはありません」


 マサークが口端を吊り上げてじりじりと近付いて来る。


「善悪なんて立場の違いでしかねぇ。俺の側に立ってない奴は、俺にとっちゃ全部悪だ。みんな敵なんだよ」

「攫われた人にとったら、あなたは悪でしかないですよ?」

「だから何だ? 気に入らないなら抗えばいいだろうが」

「抗う力がない人だっているんです。まして、あなたに抗ったら普通死んじゃうじゃないですか」


 マサークが凶悪な笑みを浮かべて足を止める。


「分かってるじゃねぇか! 抗えないなら服従しろ! 俺の役に立て! それが弱者の役割だ!」

「じゃああなたは、自分より強い者には無条件で服従するとでも?」

「お前、俺より強いと思ってんのか……?」


 マサークの怒気が膨れ上がる。彼の周囲が蜃気楼のように揺らめいた。しかし……。


「昨日より魔力が少ないようですね? もしかして、その武器って燃費が悪いんですか?」


 常人より遥かに多い魔力を貯め込めるマサークだが、その分回復には時間がかかる。それを見抜かれたわけだが、彼は全く表情を変えなかった。


「お前一人殺すには十分だ」


 更に膨れ上がるマサークの怒気で、まるで炎が立ち昇るように魔力が渦巻く。そして次の瞬間、彼の姿が消えた。

 次々と発動する<マジック・トラップ>。<アイシクル・ジャベリン>が嵐のようにトラップの中心に向けて放たれる。

 リオンは自分の前に<コンプレックス・シールド>十重と<リポルション>を、前方六メートルの位置に<アトラクト>を三つ設置する。


 マサークが、リオンの動体視力では捉えられない速度で突っ込んで来るのは想定済み。ならば一瞬でも足を遅らせれば良い。

 <コンプレックス・シールド>と<リポルション>は防御のため、<アトラクト>はマサークの突進を遅らせるためのもの。


「ぐっ」


 果たして、複数の氷柱が体に突き刺さったマサークが、<アトラクト>に引き寄せられた状態で見えるようになった。


「……罠、か」


 マサークが出現した時からリオンが彼と会話を交わしたのはわざとである。

 リオンは自分自身の気を逸らすために会話に応じたのだ。会話でもしなければ、仕掛けた<マジック・トラップ>のことをどうしても思い浮かべてしまう。あと一メートル踏み込めばトラップが発動する、などと思えばマサークは近付いて来なかっただろう。

 ついでに、彼の怒りを煽ったのもわざとだ。怒りは判断を鈍らせる。しかも「クロウズ・オブ・アンガー」は怒りを増長させるのだ。リオンが何らかの対策を講じてきたという警戒心を薄めることが出来た。


「ごふっ」


 肺に突き刺さった氷柱のせいでマサークが血を吐いた。太腿、腹、胸、肩から氷柱を生やした状態でもまだ立っているのはミシカル・ウエポンの力か、それとも彼の意地だろうか。


「終わりです」


 リオンはマサークの眉間に<ストーンライフル>を放とうとするが、直前に黒い影が割り込んだため慌てて発動を止めた。


わい(お前)すっこっじゃなか(することじゃない)こいはおいたっ(これは俺たち)の役目じゃ()


 エルテガの槍が横に一閃され、マサークの首が刎ねられた。首が地面に落ち、切断面から血を噴き出しながら体が前のめりに倒れる。


 リオンはまだ十二歳。黒犬族では成人だが、それはあくまでも大人の仲間入りをしただけで、一人前とは言えない。まして人族のリオンはまだ子供と言っていい。

 エルテガは、息子同然のリオンにまだ殺人の業を背負わせたくなかった。いつかは彼も、必要に迫られて人を殺すかもしれない。だが、せめて自分が一緒にいる間だけでも、リオンの心の負担を軽くしてやりたかった。


 リオンは実際、魔人や骨鬼族を殺しているが、エルテガはそのことを知らない。


「エルテガさん」


 だが、エルテガの思いはきちんとリオンに伝わった。覚悟が出来ていても、平気というわけではないのだ。


「ありがとうございます」


 頭を下げて礼を言うリオンに、エルテガは照れたように背を向けるのだった。

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