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88 クレドスの町(跡)へ

 騎士たちがラーナをそのまま引き摺って行こうとするので、リオンがそれを柔らかく制止した。


「責任をもって彼女から話を聞きますから、僕たちに身柄を預けていただけないでしょうか?」


 騎士たちからすればラーナは裏切り者だ。この場で殺したとしても咎められることはないだろう。だから雑な扱いをするのは理解出来る。ただリオンは、少女が酷い目に遭うのがどうしても見過ごせない。それは恐らく前世の倫理観によるものだ。

 それだけではない。彼女は確かにリオンの名を呼んで助けを求めた。それを放置するのはあまりにも非人道的であろう。


 騎士たちはお互いに顔を見合わせる。上官に引き渡すのが最上だと分かっているが、一人でマサークという化け物を退けたリオンを蔑ろにすることも出来ない。


「ライネリカ様のご判断を仰いでからでもよろしいですか?」

「もちろんです」


 リオンは彼女の腕を両側から掴んでいる騎士に頼み、その場に横たえてもらった。それから<レトログレイド>を掛けて彼女の傷を癒す。ローブやその下の服も破れたり裂けたりして結構際どいことになっていたので、こっそりそれらも修復しておいた。

 リオンがなかなか戻って来ないので、キリシュとエルテガも様子を見に来た。地面に横たわるラーナを見て二人が訝しげな顔をする。


「まだ状況は分かりません。彼女の目が覚めたら聞きましょう」


 リオンが先回りして説明する。やがてライネリカがやって来て、彼女立ち合いの下なら身柄を預けても構わないと言ってくれた。


「取り敢えず僕たちの天幕に運びましょうか」


 運ぶのは騎士たちが申し出てくれたので、有難くお願いした。ブロドたちはまだ食事をしながら色々と喋っていたが、騎士とライネリカが自分たちの天幕に少女を運び込むのを見て、リオンに訝しげな目を向けた。


「僕もまだ状況が分からないんです。分かったらお伝えしますね」


 ラーネのことはライネリカが見ていてくれると言うので、これも有難く任せ、リオンは途中だった食事を続けることにした。

 ワイバーン肉をたっぷりの葉野菜・根菜と一緒に煮込み、フェルメン(味噌)で味付けしたスープ。焼いただけでも美味しかったが味噌で煮込んでも美味しいとは。これからワイバーンを見かけたら積極的に狩りたいくらいだ。

 惜しむらくは米がないことだ。オリザ(米)があったら〆の雑炊を作れるのに……ワイバーン肉からしっかり出汁が出てるから美味しいだろうなぁ……。などとリオンが悔しさに涙を呑んでいると、天幕からライネリカがひょっこりと顔を出した。


「リオナード殿、彼女が目を覚ましたぞ」

「あ、分かりました」


 リオンは雑炊の妄想を止めて天幕に入った。上半身を起こしたラーナから縋るような目を向けられる。


「リオナード様。私の妹を助けてください!」


 そう言って、ラーナは土下座のような姿勢で額を地面に擦り付けた。


「ラーナさん、取り敢えず事情を教えてもらえますか?」


 顔を上げたラーナは、不安そうな目をライネリカに向ける。


「この隊の上官が同席するという条件で、あなたの話を聞く許可が下りたんです。ライネリカさんはいきなりあなたを罰するようなことはしないので、安心してください」

「リオナード殿の言う通りだ。むしろ私は、やむにやまれぬ事情があって君が裏切ったのではないかと思っている」


 立ったままだと威圧的なので、リオンとライネリカはラーナの前に座りながら言葉にした。


「私はどんな罰でも受ける覚悟です。でも妹に罪は有りません。だから妹を助けて欲しいんです」


 それからラーナは、訥々と事情を語り始めた。住んでいた村が襲われたこと。妹のメルーナが囚われ、言う通りにすれば妹を解放すると言われたこと。その約束をマサークが憶えていなかったこと。目に涙を浮かべ、時に鼻水を啜りながらラーナは教えてくれた。


「マサークは、一人で先にクレドスへ戻ると言っていました。きっと妹や他の攫われてきた人たちを連れてクレドスを出るつもりだと思います」


 ラーナはマサークが休んでいる隙に一行から離れ、リオンに助けを求めるために森をずっと走ってきた。道中で何度も魔物に襲われ、何とか精霊術で撃退したのだと言う。それであんなにボロボロだったのか、とリオンは納得する。それに加えて、何て勇気のある少女なのだろうかと驚嘆した。

 話の中でラーナが十二歳であることも知った。十二歳の少女が、妹のために魔物の跋扈する森を走り抜けてきたのだ。


 スンスン、と横から音がする。そちらを見ると、ライネリカが声を殺して泣いていた。大の大人が涙と鼻水を豪快に流しているのを見て、ラーナは返って落ち着いたようだ。ついでにリオンはドン引きしていた。感情移入し過ぎだろう、この人。


「リオナード様、どうか妹を救ってもらえないでしょうか!」

「リ“オ”ナ“ードどの”、わ“た”じがら“も”だの“む”」

「分かりましたから、ライネリカさんは取り敢えず鼻水を拭きましょうね?」


 男は女の涙に弱いと言うが、ここまで泣かれると逆効果だな、とリオンは思った。


「ライネリカさんも知っての通り、僕たちはマサークを追ってクレドスへ向かうつもりでした」

「でも、今からじゃ追い付けない……」

「いや、そこは大丈夫。僕たちだけなら一~二時間で着くから」

「ほんとですか!?」

「うん、だけど問題がある。僕らより先にマサークが出発していたら、どこに向かったのかが分からないんだ」


 この野営地からクレドスまではおよそ三十キロメートル。<エア・ムーブ>を使えば一時間で辿り着ける。それなら今すぐ出発すれば、とも思うが、まだリオンの魔力は完全に回復していないし、何よりも夜の森は危険だ。これまでもそうだったが、空中にいても魔物は襲ってくる。更に夜行性の鳥型魔物がいるらしく、これが空中だと恐ろしいスピードで襲ってくると言うのだ。色々と検討した結果、出発は明朝にしようと決めたのだった。


「あの、どこに向かうかは分かります」

「そうだよねぇ、どこに向かうかラーナさんが知ってるわけ……知ってるの!?」

「あ、はい。話してるのを聞いたんです。マサークの取引相手はカルダック遺跡を通ってくると。だから、マサークが向かうとしたらその遺跡だと思います」

「カルダック遺跡……ライネリカさん、ご存知ですか?」

「すまない、私は聞いたことがない」

「ですよね。ちょっとエルテガさんに聞いてきます」


 リオンは天幕から出て、焚き火を囲んでいるエルテガに尋ねる。


「エルテガさん、カルダック遺跡って聞いたことありますか?」

そい(それ)は前話に出た遺跡やっど(だぞ)


 王都ヴィーゼンの冒険者ギルドで、今後のルートについて話し合っていた時。


「あ! あたい()いうた(言った)やつ!」

じゃっど(そうだ)。山岳地帯を貫いて北側につながっちょっち(繋がっていると)


 ラーナから「遺跡」という単語を聞いた時、リオンが真っ先に思い浮かべたのもこの時のやり取りだった。


そいが(それが)どげんしたとよ(どうしたんだ)?」

「いや、どうやらその遺跡、今も通れるみたいで」

なんち(何だと)!?」

「マサークの取引相手がそこを通ってるらしいんですよ。それで、マサークが向かうとしたらそこだろうってラーナさんが」

「なるほどなぁ。ないごてこげん(何でこんな)内陸部に拠点があっとか(あるのか)不思議じゃったと(だったんだ)


 そこはリオンも疑問を感じていたのだ。攫ってきた者たちを北側に運ぶには、どうしてもエバンシア島の東側を通らなくてはならない。それなら普通、拠点はもっと東の海に近い所に作るだろうと思っていた。

 山岳地帯の真ん中付近にあるという遺跡を通れるなら、こんな内陸部に拠点があってもおかしくない。むしろ合理的だ。


「ちなみに、エルテガさんはカルダック遺跡の場所って分かります?」

「正確には知らんどん()だいたいならわかっど(分かるぞ)

「十分です」


 これでマサークの行き先が分かった。移動速度はこちらの方が速いから先回りも出来るだろう。リオンは余っていたワイバーン肉の煮込みを深皿によそい、スプーンも持って天幕に戻る。兎獣人さんってお肉食べられるかな? などと思いながら。









 翌早朝。太陽が昇ると同時にリオンたちは出発した。同行するのはエルテガ、キリシュ、ブロド、ゲルガ、ライドンの冒険者組である。

 ラーナは保護観察という名目でライネリカが面倒を見てくれることになった。昨夜はライネリカの天幕で一緒に寝たようだ。ちなみにワイバーン肉の煮込みは「美味しい」と言って食べていた。兎獣人だからと言って草食というわけではないらしい。


 野営地で飛んだら騒ぎになるかもしれないので、十分ほど北に歩いて野営地から離れた。


「では行きますよ? <エア・ムーブ>!」


 木々よりも高く、地上から十五メートルほどの高さに浮き上がると、遥か北に山々が連なっているのが見えた。あのどこかにカルダック遺跡の入り口があるのだ。


「エルテガさん、方向の指示をお願いします!」

「まずはこんまま(このまま)北へ真っ直ぐだ」


 リオンは自分を含めた六人を北に向かって飛ばす。最近あまり<エア・ムーブ>を使っていなかったが制御に問題はないようだ。まるで自転車の乗り方を忘れないように、魔法も一度使えるようになると使い方を忘れないのかもしれない。


「西に魔物六体!」


 飛行中、余裕のある者には周囲を警戒してもらっている。西はキリシュの担当だ。


「了解!」


 リオンは<エア・ムーブ>を維持しつつ西に視線を向ける。何か黒い影が飛んでいるのが見えた。<テレスコープ>で拡大するとカラスのような黒い鳥の魔物だと分かった。エルテガから事前に聞いていた「ネロコルヴォ」だ。二対四枚の翼を持ち、翼長は二メートルほど。目も四つある魔物だ。単体ではそれほど強くないが、群れになると脅威らしい。


 距離は四百メートルくらい。襲って来なければこちらから手出しするつもりはないのだが……。


「うん、凄い勢いで向かって来るねぇ」


 魔物の(さが)というやつだろうか。ネロコルヴォはリオンたちをロックオンしたようだ。


「じゃあ試しに……<アクセルバレット>」


 リオンは群れの真ん中辺りを狙って<アクセルバレット>を放った。音速の七倍近い速さで飛ぶ直径十四ミリのオスミウム弾が衝撃波を生み、直撃していないにも関わらずネロコルヴォの群れがふらつき、二体が墜落した。


「う~ん、倒せる程の衝撃波じゃないのか」


 マサークの脇腹を抉ったのは距離が非常に近かったからだろう。そう結論づけ、リオンは<ストーンライフル>に切り替えて一体ずつ丁寧に撃ち抜いた。本来動いている的を狙撃するのは非常に難しいのだが、真っ直ぐこちらへ突っ込んでくるのでそれほど苦労せずに倒せた。


 少し前まで<エア・ムーブ>と攻撃魔法の同時行使には不安があったが、<エア・ムーブ>に慣れたことで不安を覚えるほどではなかった。ただし集中力が分散するので攻撃中は進路や速度を変えることは出来ない。


「次は昨夜考えたことを試してみます! もし失敗したら、みなさんお願いします!」


 昨夜眠る前、リオンはマサークの対策を考えた。

 彼との戦いで最も有効だったのは、リオン自身設置したことを忘れていた<カイエン・ボール>だった。

 ミシカル・ウエポンの力で心を読めるマサークは魔法を避けることが出来る。無詠唱のリオンでも、次に放つ魔法のことはどうしてもイメージせざるを得ないから、マサークに魔法を当てるのはかなり難しい。だからこそ、その時イメージしていなかった<カイエン・ボール>が彼にヒットしたわけだ。


 リオンが考えた、マサークを倒す方法は二つ。一つは認識外からの狙撃。もう一つはトラップだ。

 狙撃については説明の必要はないだろう。

 問題はトラップだ。これまでも<リポルション>や<ハイドロ・フレイム>を罠のように使ってみたが、もっと上手く出来るのではないかと思っている。

 イメージは「M18クレイモア地雷」。指向性のある対人地雷で、映画などでよく見るのはワイヤートラップである。敵がワイヤーに引っ掛かると起爆するアレだ。これを魔法で再現出来ないかと考えた。


 リオンは魔法を「待機状態」にしておけるし、自分から最大三十メートル離れた場所で魔法を発動することも出来る。つまり、いつでも発射出来る状態の<アイシクル・ジャベリン>や<ストーンガトリング>を半径三十メートルの範囲に設置出来るということだ。

 一番の問題は「ワイヤー」である。トラップの最大の利点は、自分が敵を認識しなくても攻撃してくれることだが、それにはクレイモアにおけるワイヤーのように、敵を感知する仕組みが必要である。

 まぁ他にも間違って自分や味方に向かって魔法が放たれる心配もあるが、これは何とかなるだろう。


 さて、どうやって「ワイヤー」を再現するかだが……これまたキリシュのおかげであっさりと解決した。

 頭を悩ませながら、何とはなしに隣のキリシュを見ると、彼女は既にスヤスヤと眠っていた。しかも口の端から涎を垂らしながら。

 全くどっちが年上なんだか……と思いながら涎を拭いてあげようとして思い付いた。魔法で水は作れる。恐らく糸のように細長くも出来る。それならば、設置した攻撃魔法と自分を水の糸で繋ぎ、それが切れた瞬間に魔法が発動するようにすれば良いのではないか。


 後は水の糸を極限まで細く、蜘蛛の糸くらいにすれば良い。いや、いっそ蜘蛛の巣のように、振動で感知出来るようにしても良いかもしれない。


 ということで、空中を移動しながらの実験である。

 設置した魔法でも自分に追従させることは<コンプレックス・シールド>で実践済みだ。まずは自分の周囲、半径十五メートルの円周上に八個の<アイシクル・ジャベリン><ラピッドファイア>を外向きに設置する。そして、半径三十メートルの円周上に水魔法で「蜘蛛の巣」を設置。糸が切れるくらいの衝撃で魔法が発動するようイメージした。当然仲間たちは半径十五メートルの内側に固まってもらっている。


 こういう時に限って魔物が来ないというのがお約束だよなぁ……。リオンが胸の内でぼやいていると、エルテガの鋭い声がした。


「北東、グランビー八体!」


 グランビーとは、中型犬くらいの大きさがある蜂の魔物だ。毒はないが、尾に鋭い針を持っている。

 リオン以外の全員が空中で武器を構えた。このトラップの欠点、それは魔物の接近をかなりの近距離まで許してしまうことだ。三十から十五メートルの間にトラップの魔法で仕留めることが出来なければすぐさま交戦することになる。

 ぐんぐん迫って来るグランビーを、六人全員が固唾を飲んで待ち構える。黄色と黒の鮮やかな胴と尾、細かく生えた毛、赤く大きな目がはっきりと見えた。


 次の瞬間、「蜘蛛の巣」にグランビーが侵入し、三か所の設置型魔法から<アイシクル・ジャベリン>が連射された。鋭い氷柱がグランビーの体に突き刺さり、八体全てが絶命して墜落していく。


「は……ははは。成功した」


 六人の中で一番緊張していたのはリオンだった。罠が上手く発動しなければ、誰かが怪我をするかもしれなかったからだ。思った通りの成果が上がってホッと息を吐く。


 その後三十分間飛行を続け、一度休憩を挟みまた三十分間飛ぶ。この間、リオンは「マジック・トラップ」と名付けた罠魔法をさらに四回試すことが出来た。

 そして北西方向に建造物群があるのをキリシュが見付けた。


「あれがクレドスですかね……?」

「う~む……恐らくそうじゃろう(だろう)


 エルテガが言い淀むのも無理はない。

 クレドスは魔物の襲撃を受けて滅んだ町だと聞いていた。リオンたちの場所から見えるその場所は、無事な建物が全体の二割ほどしかなく、確かに何らかの襲撃があったのだろうと思えた。


 ただ異様なのは町を囲む防壁だ。それはまるで砦のように高く分厚く補強されていた。

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