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86 ミシカル・ウエポン

第四章はこのお話で終わりです。

 S? そんなランクがあるの?

 確かにファンタジー作品で冒険者の最高峰と言えば「Sランク」。中にはSSとかSSSとか最高峰がインフレしている作品もあるが、この世界ではAランクが最高だとリオンは思っていた。


「Sランクっちゅう(ていう)のは、Aで収まり切れない功績を挙げたもん()が、三か国から承認されて認定さるっ(される)ランクやっと(なんだ)


 エルテガがリオンの疑問に答えてくれた。Sというのは正式なランクというより、称号のようなものらしい。


「そんな立派な人が何故……?」

あん(あの)鉤手甲がみゆっどが(見えるだろう)?」

「はい」


 マサークという人族の冒険者は、遺跡でその鉤手甲を発見するまではAランクだったらしい。


あい(あれ)は『ミシカル・ウエポン(神話級武器)』。『クロウズ・オブ・アンガー』っちゅうらしか(というらしい)


 「ミシカル・ウエポン」を発見した冒険者は、普通それを売却するらしい。買い手はほとんどの場合「国」だ。ミシカル・ウエポンには謎が多く、いつ誰によって作り出されたのか定かではない。またその武器にどんな効果があるのかも未知数で、冒険者が自分で使うには危険過ぎると言われているそうだ。


 マサークは自力でAランクに上り詰めたが、それで満足しなかった。ミシカル・ウエポンでより高みを目指せると考えた。

 それはある時点までは正しかった。魔物の大群の殲滅。竜の討伐。敵国侵攻の阻止。いくつもの功績を挙げたマサークは遂にSランクに認定された。

 だが「クロウズ・オブ・アンガー」には欠陥があった。その名の通り、怒りの感情が強ければ強いほど、その武器はマサークに力を与える。しかし、そうして力を振るううちに、彼は怒りを制御出来なくなっていった。その武器には怒りを増長する効果があったのである。自我を失うほど怒りに呑まれたマサークは、理性なく暴虐の限りを尽くす。その姿は正に鬼神の如し。ある時、強大な魔物を討伐する余波で街を一つ滅ぼした。


 罪のない人々を殺めたマサークは単なる犯罪者に成り下がった。飛び切り厄介な犯罪者だ。当時彼が拠点としていたミケルドア皇国は国軍を以てマサークの討伐に乗り出したが、四個中隊が壊滅。そのままマサークは行方を晦まし、冒険者ギルドは彼を超危険人物として手配した。


 エルテガの話を聞き終えたリオンは大層混乱した。

 神話級の武器?

 怒りの爪?

 四個中隊(千六百名)を一人で壊滅?


「そんな奴が……敵?」


 冗談はやめて欲しい。ワイバーン百体を相手にする方がマシだ、とリオンは思った。


「えーと。エルテガさん、どうしましょう?」

「…………逃ぐっか(逃げるか)


 珍しく言い淀んだエルテガが出した答えが「逃走」。経験豊富で信頼出来るエルテガが逃げた方がいいと判断したのだ。これは勝ち目がないと言っているのに等しい。


 マサークの様子を見ると、笑いながら騎士や兵士を薙ぎ払っている。今のところ怒りに我を忘れているようには見えない。それどころか殺さないよう手加減している。


 両手の手甲からは長さ二十五センチメートルほどの鋭い爪が三本ずつ出ている。あれでは間合い的に剣の方が圧倒的に有利だろうと思うのだが、とにかく速い。姿が霞むほどの速さで爪の間合いに入っている。その上――


「なっ!? 飛ぶ斬撃!?」


 明らかに爪の届かない場所にいる者にさえ斬撃が届いている。射程距離は五メートルくらいだろうか。

 何たるファンタジー! どんな仕組みなのか見てみたい! などと喜んでいる場合ではない。狂ったように笑いながら味方を薙ぎ払うマサークと目が合った。彼の口端が吊り上がる。


 リオンは<コンプレックス・シールド>を十重に発動し、その前に<リポルション>を展開させた。

 ゆっくりと近付いて来るマサーク。キリシュとエルテガの尻尾がぶわっと太くなる。リオンも背筋に冷たい汗を感じた。


 目の端で、二人の精霊術士が猿人族に守られるようにして逃げるのを捉える。


「俺以外で人族の冒険者がいるとはな。厄介な魔法士がいるって聞いたが、お前のことだろう?」


 マサークが真っ直ぐにリオンの目を見てそう口にした。


「ええ、厄介かどうか分かりませんが、魔法士なら僕のことです」


 まだ逃げることは可能、リオンはマサークに返事をしながら頭を回転させる。<コンプレックス・シールド>を自分に追従するようにして、<エア・ムーブ>で六人一緒に上空へ浮かび、全速力で逃げる。一直線に飛ぶだけなら時速六十キロメートルは出せる。さすがにその速度には追い付けまい。……追い付けないよね?


「その様子じゃ、俺のこと知ってんだろう? 別にお前らをどうこうしようと思ってない。逃げたきゃ逃げていいぜ?」


 リオンの胸の内を見透かしたようなマサークの言葉。じゃあお言葉に甘えて、と言いたいところだが、自分たちが逃げたら、メイルドーン王子たちはどうなるのか?


「王子を殺そうとも思ってない。ただ三日程足止めしたいだけだ。そうすりゃ商品の引き渡しが終わるんでね」


 マサークは自分の目的を教えてくれた。まるで戦いを避けたいような言い草。エルテガから聞いた話とはそぐわない。

 何故そんな話をする? 一人で千六百人を壊滅出来るなら、この野営地にいる五十人を殺すなど児戯に等しい筈。本当に殺すことを嫌がっているのか? それとも他に目的が?


「商品って、攫ってきた人たちのことですよね?」


 マサークは<リポルション>のすぐ前で足を止めた。


「ああ、そうだ。商売ってのは信用が大事だろ? きっちり商品を引き渡し、対価を受け取る。それを邪魔されるのは嫌いだ。信用を失うことになる」


 既に多くの人を殺しておいて信用も何もないだろうに、とリオンは思う。


「犯罪者が信用云々語るのはおかしいか?」

「……心が読めるんですか?」

「こいつが持つ力の一つだ」


 そう言ってマサークが右手を掲げて「クロウズ・オブ・アンガー」を見せつける。


「ついでに、魔法を魔力に分解して消すことも出来る」


 青白い光を発し始めた鉤手甲を斜めに振り下ろすと、マサークの眼前にある<リポルション>が白い光の粒子になって消えた。


「何それずるい」

「クックック。お前、随分と余裕があるな? 他の奴らは立ってるのもやっとって感じなのに」


 槍を構えるエルテガは額から汗を流し、双剣を握るキリシュの脚は小刻みに震えている。ブロド、ゲルガ、ライドンの三人は完全に腰が引けていた。


「余裕? 余裕ってわけじゃないんですが……人類がどう足掻いても勝てない人を二人知ってるからですかね?」

「……俺には勝てるって言ってるように聞こえるぞ?」


 へらへらと笑みを浮かべていたマサークの顔が一瞬にして怒気を孕んだ。彼の髪や服の裾が風に揺らめく。体外に漏れ出た魔力が渦を巻いているのがリオンにも見えた。

 リオンは立ち位置を少し右に移した。そこならマサークの後ろに味方はいない。リオンはエルテガをチラッと見て目配せする。マサークが動いたら全力で後ろに下がれ、と。エルテガが小さく頷くのが見えた。


 リオンの中から「逃げる」という選択肢が消えたのは、マサークが攫った女性や子供のことを「商品」と呼んだ時だ。彼は獣人を「物」としか見ていない。ここでリオンたちが逃げれば同じことを繰り返すだろう。そして現状、マサークに対抗出来る者は自分しかいなそうだ。自分が何とかするしかない。


「悪事を見過ごすのは、その悪事に加担しているのと同義。父の教えです」

「ご立派な親父だが答えになってねぇぞ。つまり俺には勝てるから見過ごさないって言いてぇのか?」

「心が読めるのなら、僕がどう思うのか分かってるんでしょう?」

「……気が変わった。皆殺しだ」


 両手の「クロウズ・オブ・アンガー」が青白い光に包まれ、次の瞬間<コンプレックス・シールド>が引き裂かれた。エルテガたちが全速力で後ろへ下がると同時に、リオンは<コンプレックス・シールド>を重ね掛けし、マサークを僅かの間でも押し止める。彼の後方に<アトラクト>を発動して体を引き寄せるが、マサークは自らそこに飛び込んで魔法を切り裂き無効化。これで二秒ほど稼ぎ、エルテガたちが王子のいる天幕の裏側まで退避した。リオンはここである魔法を自分の前に設置しておいた。

 地を蹴ってマサークが迫る。障壁を破壊する様は台風のようだ。白い粒子が舞い散り、いっそ幻想的にも見える。

 リオンは彼に向けて<ストーンライフル>を放った。人の目では見えない筈の石弾をマサークが反射神経だけで避ける。彼の後方に立っている者がいないことを確認し、<ストーンガトリング>を横薙ぎに斉射。だが動きが速過ぎてマサークを射線に捉えきれない。


(やっぱり心が読まれているからか!)


 マサークの動きがいくら人間離れしていると言っても、見えない攻撃を避けるのはおかしい。「クロウズ・オブ・アンガー」の「読心能力」で攻撃を先読みしていることがはっきりした。

 詠唱が不要でも頭では考える。魔法の種類、それを放つ方向、タイミング。それを読み取り、人外の身体能力でリオンの魔法を躱している。


 距離を詰められたら終わり。飛ぶ斬撃が届く距離まで近付かれても終わりだ。リオンは少しでもマサークの邪魔をするため、<エアバースト>、<アイシクル・ジャベリン>を連射し、動きを攪乱しようと試みる。


 リオンは待っていた。無事な者が倒れていた騎士や兵士たちを安全な場所まで運び終えるのを。


 そして遂に、戦場にいるのはリオンとマサークだけになった。


 マサークの背後に再び<アトラクト>。そこに透明な<ハイドロ・フレイム>を設置。こちらへ迫ろうとしていたマサークが後ろへ引っ張られ、嫌そうな顔をして自ら切り裂きに行こうとする。

 かかった、とリオンは思った。水素の炎に巻かれれば、いくらマサークでも無事とはいかない筈。


「うそん」


 リオンの思惑は、マサークの飛ぶ斬撃によって潰えた。<ハイドロ・フレイム>ごと<リポルション>が切り裂かれて消失する。


「何か仕掛けたな? 近付くと危ねぇ気がしたんだよ!」


 <リポルション>と<ハイドロ・フレイム>のトラップを十個、リオンは瞬時に作り出した。だが、マサークは右に左にステップを踏みながら斬撃を飛ばし、それらを悉く破壊。そしてニヤリと口端を吊り上げた次の瞬間、リオンの前に展開していた<コンプレックス・シールド>が砕け散る。


 リオンは自分を包み込むように<コンプレックス・シールド>を発動した。


「悪あがきだな!」


 舌なめずりしながら近付くマサークだったが、二歩前に出た所で突然足を止めた。


「何だこりゃ……いてぇ! 目がいてぇ!?」


 彼は両手で目を押さえて叫び始める。

 最初の攻防で、リオンは<コンプレックス・シールド>の裏側に<カイエン・ボール>を仕込んでいた。心を読まれるなら攻撃も躱される可能性が高い。それなら「設置型」の罠であれば躱せないのではないか、と考えた。設置したのが少し前だから、そこに罠があることは「今」の心を読んでも分からないと踏んだのだ。<アトラクト>と<ハイドロ・フレイム>のトラップも、罠がそれしかないと思わせる布石……だったら格好良かったのだが、正直リオンも<カイエン・ボール>のことは忘れていた。忘れていたからこそ、マサークがその罠に嵌ったのである。


「くそがっ!?」


 だがそこは腐っても元Sランク。リオンが<ストーンライフル>を放つが心を読んでその射線から逸れ、リオンに飛ぶ斬撃を放ってきた。一撃目で障壁が壊され、二撃目がリオンの左腕を斬り飛ばす。


「ぐぅっ!?」


 痛みで意識が飛びそうになるが、リオンは腰の短剣を抜いてマサークに迫った。片手で彼が闇雲に振り回す爪撃を何とか往なし、袈裟懸けに切り裂こうとした時、「クロウズ・オブ・アンガー」がリオンの腹に突き立てられる。


「馬鹿が! こんだけ近けりゃ当たるんだよ! あー、目がいてぇ!」


 リオンは短剣を手放し、マサークの脇腹に右の手の平を当てた。


「<アクセルバレット>」


 今のリオンが持つ最強最速の魔法。だが驚くべきことに、マサークはリオンの腹に突き立てた爪を引き抜き、身を捩ってその直撃を躱す。


「ぐはっ!?」


 それでも<アクセルバレット>は衝撃波だけでマサークの脇腹を抉った。リオンの霞む目にも、それが重傷だと分かる。


「は、ははは……僕が勝ちましたね?」

「ぐっ……馬鹿だろう、お前。左腕を失くして、腹に穴も開けて。どう見ても俺の勝ちだろうが」


 その時、矢のような速さで影が迫り、マサークの胸に槍が突きたてられた。


「くそっ、この状態で躱すとは!」


 それは隙を見てマサークの止めを刺しにきたエルテガ。しかしその攻撃も、柄を握って止められたことで致命傷には至らない。<カイエン・ボール>で視界を潰されているにも関わらず、だ。そして彼は目を瞑ったままその場から大きく跳躍して後方へ下がった。


「なるほど、このままだと俺が不利か。死んだら商売も続けられねぇ。今日は退いてやる」


 どこからか猿人族が数人出てきて、マサークに肩を貸した。そして精霊術士の一人が彼に治癒を掛ける。猿人族がそれを囲み、警戒しながら木々の間に消えていった。


「リオン!?」


 リオンがその場に膝を突く。


「リ、リオン! 腕! 腕持って来た!」


 キリシュが斬り飛ばされたリオンの左腕を抱え、すぐ横に腰を落とす。リオンなら、斬られた腕くらい元通り繋げられる筈。キリシュはそう思っているのだ。

 エルテガがリオンの背に手を当て、ゆっくりと横にする。リオンは意識を失うまいと懸命に思考を巡らせる。


「う、腕を……切断面をくっつけて、もらえますか?」


 キリシュが泣きじゃくっている。リオンはいつだって強くて、誰かに負けることなど想像していなかった。その彼が腕を斬られ、腹からは今も出血が続いているのだ。

 エルテガがリオンの左腕を切断面に押し付けると、リオンは焼けるような痛みに呻いた。


「レ、<レトログレイド>」


 <レトログレイド>は時間の逆行。斬られた腕が消失していればどうなったか分からないが、腕があるなら斬り落とされる前の状態に戻せる筈。お腹だって、穴が開く前の状態に戻せる筈だ。

 緑色の粒子がリオンに降り注ぐ。単なる演出なのだが、もうこれが癖になっている。普段より光が強い。

 もしこれが本当の外科手術なら気の遠くなるような作業が続くことだろう。骨を繋ぎ、神経を繋ぎ、血管を繋ぎ、筋肉を、皮下脂肪を、皮膚を繋ぐのだから。だがこれは手術ではない。治療ですらないのだ。単に時間が巻き戻るだけ。

 ファンタジー作品において、治癒魔法では失った血までは戻らないという台詞が良く使われる。だが<レトログレイド>はその限りではない。血を失う前の状態に戻るのだから。


 失血で青白くなっていたリオンの顔色が元に戻る。光が収まる頃には左腕が元通りに繋がり、腹部の刺傷も消えてなくなった。ついでに、袖が斬られて血塗れになったローブと、同じく血塗れで穴の開いた上衣すら、何事もなかったかのように元通りになる。


「ふぅ……心配かけてすみません。おっと!」

「う、うわぁぁあああん!」


 そう言って体を起こしたリオンに、キリシュが泣きながら抱き着いた。


「ごめん、キリシュ。心配かけたね」

いぎででよがっだ(生きてて良かった)ぁぁあああ」


 キリシュはぐりぐりとリオンの首元に顔を擦りつける。彼の首はキリシュの涙と鼻水でべちょべちょだ。リオンは遠慮がちに彼女の背に片腕を回し、繋がった左手で頭を撫でた。


「キリシュ、リオンはまだ怪我が治ったばっかいやっど(ばかりだぞ)。休ませてやらんと(やらないと)


 エルテガがそう優しく諭すと、キリシュは不承不承リオンから離れる。


「殿下たちは無事ですか?」

「ああ、今ブロドたっ(たち)が様子を見にいっちょっ(行っている)。天幕は無事やっで(だから)だいじょっじゃろ(大丈夫だろう)

「良かった。じゃあ重傷者の治療をしましょうか」


 べちょべちょになった首元を拭きながら立ち上がり、リオンはそう言ってメイルドーン王子に指示を仰ぎに行くのだった。

いつもお読みくださりありがとうございます!

ブックマークや評価、リアクションが励みになっております。

明日から第五章を投稿します。

引き続きよろしくお願いいたします。

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