85 謀略?
野営地へ戻ったリオンたちは、早速ワイバーンの肉を調理するために火を熾した。
「見た目は鶏肉みたいだな……」
コカトリスといい、リオンは鶏肉っぽいお肉に縁があるらしい。
本来は血抜きしたり肉を冷やしたり、何らかの下処理をするべきなのだろう。だが時間もないし、お腹も空いている。取り敢えず一口大に切り分けて串に刺し塩を振って直火で炙るという、良く言えば野性味溢れる、悪く言えば大雑把な調理だ。
少し経つと肉汁が溢れ、それが薪に垂れて非常に香ばしく食欲をそそる香りがし始める。
「キリシュ、よだれよだれ」
キリシュはリオンの隣で肉が焼ける様子を食い入るように見つめていた。その口端からツーっと涎が垂れていた。気持ちは分かる。リオンもこんな美味しそうな匂いは嗅いだことがない。ポケットからハンカチを取り出し、リオンは彼女の口を拭いてあげた。
「ご、ごめん」
「気にしないで」
おかしい。彼女の方が一つ年上なのに、これでは幼い妹のようではないか。そんな風にリオンは思うが、一心不乱に肉を見つめるキリシュはとても純粋で、炎を反射する黒髪はオレンジや赤、紫が混じった幻想的な色に見えた。
ふと気付けば、野営地に残った騎士たちがこちらをじぃっと見つめている。いや、リオンたちではなく明らかに肉を見ている。
「皆さんの分はもう少ししたら届くと思いますよ?」
苦笑しながらリオンがそう声を掛けると、騎士たちはばつが悪そうに顔を逸らした。そんな中、フードを目深に被った精霊術士――女性の方がこちらへ近付いて来るのが見えた。キリシュが警戒して立ち上がる。たぶん肉を守ろうとしているのだろう。
「すみません、少しお話を伺ってもいいですか?」
女性がそう言ってフードを外すと、白い頭髪と、ピンと立った同じ色の兎耳が二本。これはリオンにも分かる。兎の獣人さんだ。
「白兎族のラーナと言います」
ラーナと名乗った少女はリオンよりも幼く見える。人族なら十歳くらいだろうか。ただ獣人は種族によって肉体の成長速度が異なるので、見た目だけでは年齢の判断がつかない。メイルドーン王子のいる隊に加わっている精霊術士なのだから、こう見えて結構歳を重ねているのかもしれない。
キリシュは彼女の目的は肉ではなさそうだと知り、安心して座り直した。
「リオナード・シルバーフェンと申します。リオンと呼んでください」
ラーナは焚き火を回り込んで近付いてきた。キリシュがまた腰を浮かしそうになるが、リオンがその肩にそっと手を乗せて制する。
「お話、というのは?」
「実は……」
そう言ってラーナはどんどん近付き、やがてリオンの耳に口を寄せてこう言った。
「殿下に毒が盛られているようです」
ワイバーンの肉は控え目に言っても非常に美味だった。見た目は鶏肉なのに、噛むとA5ランク和牛のように肉汁が迸るのだ。それでいて脂がしつこくない。塩を振って焼いただけなのにこれほどの味とは……ワイバーン恐るべし。
惜しむらくは、食べる前に余計な話を聞きたくなかった、とリオンは思った。
てっきり魔法談義でもしに来たのかと思いきや、白兎族の精霊術士ラーナは爆弾を投下していった。
メイルドーン王子の体調が悪かったのは、その毒のせいだろうか? 彼女は誰が毒を盛っているのか分からないと言っていたが、リオンは何となく彼女が犯人を知っているような気がした。
<レトログレイド>で王子の体調が良くなったのは体内の毒素が消えたから? だとしたら毒が盛られたのはここ三日の間ということになる。
ラーナの精霊術<ヒーリング>は毒を消す効果はないらしい。<レトログレイド>にも毒消しの効果はない。ただ体を最大三日前の状態に戻しているだけだ。
「どうしましょう、エルテガさん?」
「そん話が本当だとして、だいが何の目的で王子にそげなこっをしちょったろかい?」
もちろんラーナの話が嘘だという可能性もあるが、それだとわざわざリオンに話した理由がよく分からない。だから一旦本当だと考える。
メイルドーン王子は王位継承にあまり興味が無さそうに見えた。今のところ興味があるのはライネリカと結婚することだけ。それはそれでどうかと思うが、リオンたちでさえ分かるのだから、王子に近しい者たちは彼が王位に興味がないことをよく知っているだろう。だから政敵が彼を暗殺しようとしている可能性は低い。
王子の次に身分が高いのは、ライネリカ・クルムトか大隊長のレングライ・マカルドンだ。王子を害して、その責任を彼らに押し付ける? 可能性はゼロではないが迂遠すぎる。彼らを排除したいのなら直接彼らに毒を盛った方が早くて確実だ。
では私怨だろうか? 王族なら誰かの恨みを買っても不思議ではないが、私怨だと毒を使うよりも手っ取り早く武器を使う気がする。
そう。「毒」というのが何とも回りくどい。ライネリカに呼ばれてリオンが王子の天幕を訪れた時、確かに体調が酷く悪そうだったが、今にも死にそうという感じではなかった。遅効性なのか、それとも致死性の毒ではないのか。王子の体調を悪化させて、この隊の足止めを狙ったのか?
隊が足止めされて得するのは人攫い集団だろう。指揮官の到着が遅れれば、敵からすると迎撃準備の時間が稼げるということだ。
もちろん暗殺してしまった方が確実ではある。ただ、第二王子を暗殺したとなればラルグリア王国は本腰を入れて犯人を捜し、これを殲滅しようとするだろう。しかし時間をかけてまで隊を迎撃する気なら、その戦いで王子が命を落とす可能性はある。それなるとやはり人攫い集団は王国から本気で追われることなるから、迎撃の準備以外で何か時間を稼ぐ意味があるということか。
結局考えても正解は分からないが、リオンは一番可能性が高そうな説を採用することにした。
「……人攫いの仲間が紛れ込んでいるのかもしれませんね」
「足止めして逃げるつもいか」
そうだ。エルテガの言う通り、逃げる時間を稼ぐというのが一番しっくりくるではないか。何故か戦うこと前提で考えていたリオンは、敵の逃亡に考えが及ばなかった。自分の脳筋思考にがっくりと肩を落とす。
「……どげんかしたか?」
「あ、いや、何でもありません。毒の可能性について、ライネリカさんは知っているんでしょうか」
「そんラーネっちゅうおなごんこは、誰も信用ならんでリオンにいうたっちおもっど」
恐らくラーネは、リオンが<レトログレイド>で王子を回復させたから、彼が犯人である可能性を排除したのだろう。他に信用出来る者がいないということだ。
それでは、リオンがライネリカを信用しているかと言えばそうとも言い切れない。王子のことを好きな素振りは見受けられるものの、本心では結婚を嫌がっている可能性だってある。彼女が毒を盛ったかもしれないのだ。
「こんな風に人を疑うのって嫌だなぁ」
「あたいは直接王子に危険を知らせればよかちおもど」
キリシュに言われ、リオンはハッとした。彼女の言う通りだ。狙われている本人に伝えるのが一番ではないか。自分たちは王子に協力しているが、身内に潜む犯人捜しは彼らの領分。リオンたちがあれこれ悩むことではない。
「キリシュの言う通りだ。今夜はもう遅いから、明日の朝メイルドーン王子に伝えることにするよ」
エルテガの賛同も得られたので、毒の件は翌朝王子に知らせることで落ち着いた。
いつものように結界を張り、リオンたち冒険者組は休むことにする。草の上に厚手の布を敷いて横になったリオンは、精霊術士ラーナについて考えてみた。
何故彼女は王子に直接伝えず、自分に伝えたのだろう。
王子以外の者に言えないのは分かる。だが、彼女は王子に<ヒーリング>を施していた。毒の可能性に気付いたのなら、直接伝える機会くらいあっただろう。
或いは既に伝えたのだろうか? それとも、王子の周りには常に護衛がいるから言えなかったとか?
それを自分に伝えた目的は? 王子の治療を頼むためか、王子に毒の件を知らせる役割をさせるためか。
この件で王子たちの側にリオンへの疑惑を植え付けるというのは弱い。逆にリオンたちを疑心暗鬼にさせる目的なら成功と言える。
(王子を治療しワイバーン七体を倒した僕が、敵にとっては一番厄介じゃないか?)
治療にせよ報告にせよ、一度はリオンが王子の天幕を訪れることになる。その時が、王子とリオンの二人を同時に始末する良い機会だと考える者がいるかもしれない。
(なるほど、誰が犯人かは明日の朝分かりそうだな)
リオンの右側には、相変わらずキリシュが体を寄せている。朝起きると抱き着かれていることもしょっちゅうだ。父親の近くで異性に引っ付くとはいかがなものかと最初は思ったリオンだが、今ではすっかり慣れてしまったことに彼自身も少々驚く。
獣人だからなのか、彼女の少し高い体温が安心感を誘う。明日は命を狙われるかもしれないというのに、リオンはその温もりに導かれて眠りに就くのだった。
翌朝。早めの朝食を終え、リオンは一人で王子の天幕に向かった。周囲では騎士や兵士たちが野営の撤収を始めている。
一際大きくて豪華な天幕はまだそのままで、入口の左右に二人の騎士が立っているのも昨日と同じだ。
リオンは不自然にならないよう周りに目を走らせた。エルテガとキリシュ、ブロドとゲルガが組を作って警戒に当たっている。リオンたちの野営の片付けはライドンがやってくれている。
リオンは入口の騎士に「殿下にお伝えしたいことがあります」と取り次ぎを頼んだ。騎士が天幕の内側に伺いを立て、中へ入る許可が出た瞬間、リオンは天幕を囲むように透明な<コンプレックス・シールド>を展開する。これで地中からの攻撃以外は防げる筈。そう考えて彼は天幕の中へ足を踏み入れた。
「殿下、早朝から失礼いたします」
「構わないよ。どうしたの――」
――ドォオオン! ドォォオオオン!!
天幕の内側まで響く、くぐもった衝撃音。リオンはすかさず<コンプレックス・シールド>を五重に張り直した。
中にいた騎士たちが剣を抜いてリオンに向ける。そのうちの一人はライネリカだ。リオンは両手を挙げて敵意がないことを示した。
「皆、剣を下げよ。これは外からの攻撃だ」
「おっしゃる通りです、殿下。殿下と僕を同時に狙っている者がいます」
「誰か分かっているのかな?」
「精霊術士のラーナは確実に関わっているかと」
リオンが名を挙げると、メイルドーン王子は一瞬だけ目を丸くした。
「なんと……」
「そんな馬鹿な!」
騎士の一人が思わずといった感じで呟き、ライネリカが叫びに似た声を上げた。
「今攻撃してきた者は、恐らく僕の仲間が取り押さえていると思います」
攻撃は最初に二撃だけでその後が続かない。それは攻撃者が逃げたか取り押さえられたことを意味している。
騎士たちはまだリオンへの疑惑を捨てていないようで、彼にその場を動かないよう指示し、一人が天幕の外に様子を見に行った。
「あいたっ!? な、何だこれは? 見えない壁のようなものがあるぞ!?」
「ああ、すみません。攻撃を予想していたので障壁を張っていたんです。解除した方が良いですか?」
「いやリオナード殿、少し待ってくれるかい? 声は聞こえるんだろう?」
「普通より少し聞き取りにくいですが、一応声は通ります」
王子が騎士に情報を集めさせるよう指示する。入口に立っていた二人の騎士も障壁の内側なので動けないでいた。だが彼らは既に天幕を攻撃した者と、それが取り押さえられているのを見ていた。
「殿下! 攻撃してきたのは二人の精霊術士です! 冒険者がすぐに取り押さえ、今は兵士が捕縛しております!」
二人ともだったか……。
「なんと、メイオスもか」
メイオスというのがもう一人の名前らしい。こうなってしまえば名前などどうでも良いのだが。
「二人を尋問せねばなるまい。リオナード殿、またしても助けてもらって感謝する」
「いえ、当然のことをしただけですので」
リオンが天幕を囲んだ<コンプレックス・シールド>を解除した直後。エルテガの大きな声が届いた。
『リオン! やばかとがおっ!』
「殿下、このままここにいて下さい!」
その声にリオンは飛び出し、改めて天幕を障壁で囲む。天幕の正面やや左から怒声と剣戟の音が届いた。リオンのすぐ側にエルテガ、キリシュ、ブロド、ゲルガ、遅れてライドンが集まった。
「エルテガさん、ヤバい奴とは?」
「あいじゃ」
エルテガが真っ直ぐ槍の穂先を一人の男に向けた。両手に鉤手甲を付け、薄い金属鎧で急所を覆っている冒険者風の男。明るい茶色の髪で身長は百八十くらいだろうか、獣人の騎士や兵士と比較してそれほど体格に優れているわけではない。それなのに、彼が鉤手甲を振るうと味方が軽々と吹っ飛んでいる。
敵はその男だけではなく、他に二十人ほど。いずれも革製の軽鎧を身に着け、長剣を手にしている。人族に似た風貌だが、頭の横についている耳がやけに大きい。恐らく猿人族だろう。だが……。
「あの男は……人族?」
「ギルドの手配書で見たこっがあっ。奴の名は『マサーク』、元Sランク冒険者じゃ」




