84 狙撃は地味
メイローの町を出発して翌日の昼過ぎ。リオンたちが加わっている二個小隊の行軍は順調で、ディアボロディノスと交戦した場所まで戻ってきた。
先行した部隊がかなりの数いた筈だが、ディアボロディノスの死骸はそのまま残っている。一部獣か魔物に食い荒らされた痕もあり、その上腐敗が進んでいるようで酷い臭いだ。
「……魔獣とはこれ程までに大きいのか」
メイルドーン王子が鼻に布を当てながら言葉にした。リオンたちはこうなっていることを予想していたので、少し前から鼻と口を布で覆い、頭の後ろで結んでいる。
「リオナード殿、頭がないようだけど」
「…………はい、魔法で吹っ飛んでしまいました」
魔力循環に集中していたリオンは、王子の問いに意識を引き戻された。まだ循環とは程遠い、右手に集めた魔力を右肩辺りまで動かせるようになっただけであるが。
リオンの答えに王子は目を丸くし、周囲の騎士や兵士からは「魔法?」「一体どうやって?」などと囁き声が聞こえた。
「失礼。どんな魔法を使ったのか伺ってもよろしいかな?」
二人いる精霊術士のうち一人が近付いてきて尋ねる。声質から大人の男性と分かったが、相変わらずフードを深く被っていて顔は分からない。
「ええと、固いものを物凄い速さで撃ち出す魔法ですね」
リオンは、自分で言っておいて「この説明はないわぁ」と思った。まるで子供を相手にしているようではないか。しかし、レールガンはおろか銃や弾丸のないこの世界、これ以上説明のしようがない。
「……それは土魔法の一種かな?」
「そう、だと思います。僕もよく分からないまま使っているんです」
「よく分からない? 魔法というものはそれでも発動するのですな」
いいえ、発動しません。
少し嘲りを含んだ男性の言葉にリオンは思わず反論しかけるが、反論すれば事細かに説明する必要がありそうなので口を噤んだ。何も言い返さないリオンに呆れたのか、その精霊術士は背中を向けて離れていった。
「気にすっこっはなかど」
「じゃっど。あいら、そのうちリオンの魔法を見て腰を抜かすったっで!」
エルテガがリオンの肩を軽く叩き、キリシュはリオンの隣で胸を張って、そんな風に言ってくれる。
そう。リオンは別にラルグリア王国の騎士や兵士に認められたいわけではない。王子に褒められたいわけでも、精霊術士の鼻を明かしたいわけでもないのだ。自分の大切に思っている人たちが自分のことを認めてくれたらそれで十分である。
一行はこの場を早々に離れることになった。何せ臭いが我慢ならないので。後続の部隊が目印にするとのことで、死骸はそのままで良いらしい。
完全に気分を切り替えて、リオンは先へ進む小隊の列に戻り、再び魔力循環の訓練に集中するのだった。
メイローの町を発って四日目、そろそろ野営地を決めなくてはならない時刻だ。
ここまでの三晩、夜はリオンたち六人が一か所に集まり、こっそりと透明の<コンプレックス・シールド>で結界を作って休んでいた。さすがに風呂までは作れないが、眠っている間に襲撃を警戒する必要がないことは、体力の温存に極めて有効である。現に騎士や兵士たちは疲労が色濃く顔に出ていた。
「リオナード殿、少しいいだろうか」
この辺りで良いだろう、と開けた場所で野営の準備をしていたリオンに声を掛けてきたのはライネリカだ。
「どうしました、ライネリカさん?」
「君たち冒険者だけ、妙に顔色が良いのには何か理由があるのだろう?」
リオンはそっとエルテガを窺う。彼は他の者に分からないよう、僅かに首を横に振った。
「えーと、理由があるとしたら?」
エルテガが溜息を吐くのが聞こえた。しまった、答えを間違えた、とリオンは焦る。
「実は、殿下の体調が思わしくなくてな。もし野営が楽になる方法があるのなら教えてもらえないだろうか?」
そう言えば「脆弱な第二王子」なんて呼ばれているんだっけ、とリオンは思い出した。いや、そもそも本当に脆弱なら、こんな所まで付いて来ちゃ駄目でしょ。
「う~ん……体調が悪いとしたら、こちらの方法はたぶん効果がないと思いますよ? 単に眠っている間の警戒を不要にしているだけなので」
メイルドーン王子は何人もの護衛に守られているので、最初から警戒などせずに眠れている筈だ。それで体調が悪いというのは、行軍の疲労がたたっているのだろう。
だがこのまま何もしないというのも寝覚めが悪い。<レトログレイド>を掛ければ少しは回復するだろうか?
「あの、効果があるか分かりませんが、殿下に治癒魔法をお掛けしましょうか?」
「ほ、本当か!? それは助かる!」
「いや、あまり期待しないでくださいね?」
ライネリカがあまりに喜ぶものだから、リオンは返って不安になった。これで効果がなかったら打ち首とかないよね?
メイルドーン王子が休んでいるという天幕に案内されると、王子は簡易寝台の上で横になっていた。その横に膝を突いているのは、フードを目深に被った精霊術士。初めて近くで見たが意外に小柄な体格なので女性かもしれない。
「水の精霊に魔力を捧げる。その対価に癒しの術を施し給え。<ヒーリング>」
声は若い女性のものだった。淡く青白い光がメイルドーン王子に降り注ぎ、荒かった呼吸が規則正しいものへと変わる。顔色も少し良くなったように見えた。
これが精霊術か。一体どんな機序で作用しているんだろう? 治癒の魔法は時間の逆行だけど、それとは違うように見えたな。興味津々でリオンが見ていると、精霊術士がふと顔を上げてリオンを見た。まだ少女と言っても過言ではない顔立ち。フードで耳までは見えないので、何系の獣人かは分からない。もっとも耳が見えたところでリオンにはあまり見分けがつかないのだが。
一瞬目が合った後、その精霊術士は慌てたように天幕から出ていった。
「僕は必要なかったみたいですね」
「いや、<ヒーリング>は毎日施してもらっているのだ。リオナード殿の治癒魔法も試してもらえないか?」
「そうですか? 変わらないと思うけどなぁ……<レトログレイド>」
先程と違い、緑色をした光の粒が王子に降り注いだ。単なる演出である。
<レトログレイド>は時間を逆行させる魔法だ。リオンの感覚では、最大三日程度が限界だと思っている。つまり、三日前から体調が悪ければあまり意味がないということだ。
一分ほどで、メイルドーン王子の瞼が開く。
「ん……」
「殿下! お目覚めになられましたか? 体調はいかがですか?」
ライネリカが起きたばかりの王子へ矢継ぎ早に問いかけた。もしかして王子の体調が悪いのってこの人のせいなのでは……。
「ライネリカ。うん、かなり良くなったように感じるよ」
「よかった……」
二人はリオンそっちのけで抱き合った。天幕の中にいる護衛の騎士たちも顔を逸らして見ないフリをしている。仲がよろしくて結構なことで、とリオンが胸中で軽く毒づいていると、天幕の外が少し騒がしくなる。
『勝手に入ってはいかんと言っているだろう!』
『リオン、リオン! おやっどんが急いで呼んでけって! こっちにないかきちょっち!』
キリシュの呼ぶ声を聞いて、リオンはすぐさま天幕から飛び出した。
「キリシュ、エルテガさんは!?」
「あっち!」
リオンはキリシュと共にエルテガとブロドたちが集まっている所へ走った。
「エルテガさん!」
「リオン、来てくれたか。あっちんほからないかくっ」
エルテガが東の空から目を逸らさずにそう言った。
「上から見てもいいですか?」
「……仕方なか、頼む」
「はい!」
エルテガは、リオンの力をなるべくラルグリア王国の者たちに知られないよう気を遣ってくれているのだ。<エア・ムーブ>を使えば注目を集めることは間違いないので、リオンは事前に彼の許可を求めたのである。
「<エア・ムーブ>」
リオンはその場で浮遊し、周囲の木々より高い場所まで昇る。地上を探すまでもない。東の空からこちらへ近付いてくるものが見えた。<テレスコープ>で拡大すると、六……いや七体のワイバーンだった。
「エルテガさん、ワイバーン七体です!」
「そんまま迎撃でくっか?」
「はい!」
リオンは下へ向かって大声で叫び、報告する。すると、その声を聞き付けた周辺の者たちが騒めき始めた。
「ワイバーンだと!?」
「それも七体!?」
「で、殿下をお守りしろ!」
「弓が使える者は急いで準備せよ!」
「精霊術士は!? 精霊術士を呼べ!」
弾かれたように何人もが走り出す。メイルドーン王子がいる天幕に誰かが報告し、周囲を十人の騎士が固めた。その一方で、エルテガ、キリシュ、ブロド、ゲルガ、ライドンの五人はその場を動かず平然としている。
「お、お前たち! 何をのんびりしているのだ!? ワイバーンがここを襲うかもしれんのだぞ!?」
「え、いや、だって」
「なあ?」
「うん」
周りに指示を飛ばしていた騎士の一人が、何の準備もしないエルテガたちを見咎めて怒鳴った。もちろん彼に悪気があるわけではない。
ワイバーンと言えば、高位の冒険者が五~六人で挑んで何とか倒せるという魔物だ。何と言っても地上からの攻撃が届かない「空」にいるのが厄介なのである。何とかして地上に叩き落さなければ倒すことが出来ない。
騎士の怒声に気の抜けた返答をしたのは、ブロド、ゲルガ、ライドンの三人だ。
「「「リオンがおっで問題なかど?」」」
「は?」
三人が揃って同じ台詞を口にして、今度は騎士の方が気の抜けた声を出した。
「よっと。終わりましたぁ」
そこへ上空に昇っていたリオンが降りてきて、何とも緊張感のない報告を行った。
「リオン、どのあたいに落ちた?」
「だいたい四百メートルくらい東ですかね」
「よし。王子にワイバーンの魔石をもらえるよう交渉しよう!」
ワイバーンの魔石と言えば、ひとつで二十~三十万フロレンの価値がある。七体全てが魔石を保有していれば、最低でも百四十万フロレン。仮に六人で割っても一人二十三万フロレン(約二百三十万円)だ。お金はいくらあっても困らない。
「ま、待て! 終わったとは何だ!? と言うか其方、今上から降りて来なかったか!?」
先程の騎士が困惑した顔でリオンに問うた。
「あ、ワイバーン七体は撃墜しました。頭を撃ち抜いたから死んだと思います」
「ワイバーン七体を撃墜? 貴殿一人で?」
「ええ、まぁ。……何か拙かったでしょうか?」
騎士や兵士の演習に使うつもりだったとか、実はラルグリア王国ではワイバーンを神聖視しているとか……でもエルテガさんは迎撃しろって言ったしなぁ、と今度はリオンが困惑した。
「い、いや、拙くはない。拙くはないのだが……」
「リオン、ワイバーンは普通、一体でも手強か魔物じゃ。それを七体、一人であっちゅう間に倒したとが信じられんのだ」
「あ、そういう……」
その騎士が周囲に「取り敢えず待機!」と指示を出す。張り詰めた雰囲気が少しだけ緩んだ。リオンとエルテガは王子の天幕へ報告とお願いに向かった。護衛の騎士に取り次ぎを頼むと、王子が中から「入ってくれ」と声を出す。
「リオナード殿、ワイバーンが七体も出たと聞いたのだけど」
「はい、全て撃ち落としましたのでご安心ください」
「撃ち……落とした? 其方が?」
「そういう魔法があるのです、殿下」
改めて天幕の中を見回すと、精霊術士二人もいる。外でワイバーンを迎え撃つのではなく、王子の護衛に回されたらしい。その二人は、リオンが魔法で撃ち落としたと聞いて、何やら小声で囁き合っている。
<エア・ムーブ>で上空へ浮き、<ストーンライフル>で仕留めたわけだが、射撃音がするわけでもないし、炎や氷が出るわけでもない。今更だが「地味だな」とリオンは思った。
「殿下、お願いがあるのですが……ワイバーンの魔石を頂いてもよろしいでしょうか?」
「え? ああ、魔石か。もちろん、冒険者の其方が倒したのだから、自由にして構わないよ?」
「ありがとうございます。では早速取りに行って参ります」
本当にワイバーンが倒されたのか確認するため、騎士が四名同行することになった。
「じきによがへっ。少し急ぐど」
ブロドたちも手伝ってくれるとのことで、騎士も含めて十人で東へ向かう。野営地から約四百メートルの辺りは墜落したワイバーンによって何本もの木が折れていて、七体のワイバーンが頭から血を流して横たわっていた。エルテガやキリシュ、ブロドたちはそれを見ても驚きはなく、そそくさとナイフを手に魔石の回収を始める。
同行した騎士たちはワイバーンの死骸を見て言葉を失っていた。半分、いや八割方ワイバーンの襲撃は嘘か誇張だろうと思っていたし、もしそれが本当でも撃ち落としたなど何の冗談かと思っていたのだ。それが、七体全て一発で頭を撃ち抜かれている。驚くなという方が無理であった。
「あ、あのぅ……肉を貰ってもいいですか?」
騎士の一人が遠慮がちに口を開く。
「肉? 食べられるんですか?」
リオンは手を血で汚しながらエルテガに尋ねる。
「そう言えばそうじゃった。おいも食うたこっはなかどん、美味かっち聞いたこっがあっ」
以前リオンが倒したワイバーンは、死んでから時間が経ち過ぎており食そうという思いに至らなかった。エルテガはこれまで何度か仲間と共にワイバーンを倒したことがあるが、何とかして地上に落としたものを剣や槍で滅多刺しにして殺していたので、食べられる状態ではなかったのである。
「そういうことでしたら勿論構いません。皆さんで召し上がってください」
リオンが騎士の申し出を快く承諾すると、彼は脱兎のごとく野営地の方へ走り出した。肉を運ぶために仲間を呼びに行ったのだ。
リオンたちも自分たちが食べる分の肉を確保する。とは言え七体もいるのだ。この隊の全員に行き渡って尚余る程だろう。
ワイバーンは七体全てが魔石持ちだった。本来は他にも売れる素材があるのだが、行軍の邪魔になりそうなので諦める。回収を終え、リオンが出した<ウォーターボール>で汚れた手を洗い、野営地へ戻ろうとすると入れ違いで二十名ほどの兵士がやって来た。
……メイルドーン王子の護衛、大丈夫? 一個小隊が来るって、どんだけ肉好きなんだよ。リオンが胸の内で少し呆れていると、彼らは口々にリオンに礼を言ってワイバーンの方へ向かう。それはワイバーンを討伐したことへの礼か、それともワイバーンの肉への礼か、リオンにもよく分からないが、たぶん肉の方だと思った。




