82 リオン、不機嫌になる
リオンとキリシュが女性騎士のライネリカに連行されたのは、冒険者ギルド一階の会議室であった。直前までギルドマスターの執務室で話をしていたのだが、人が増えるので場所を移すことにしたらしい。
会議室に入ると、コの字に配置されたテーブルの左手にブロド、ゲルガ、ライドンと初めて見る中年の男性が借りてきた猫のような顔で座っていた。
正面の上座にはメイルドーン・ラルグリア第二王子が座り、その左後ろに精悍な顔つきの男性騎士が立っている。
右手にエルテガと、階段から降りてきた壮年の男性。熊系獣人で、この人がギルドマスターなのだろう。
ライネリカによって、リオンとキリシュはエルテガの隣の空いている席に座らされた。何が始まるのか……と言うかディアボロディノスの件だというのは分かっているのだが、その上でこの集まりは何なのか、リオンは首を傾げる。
「さて、ギルドマスターとそこの冒険者、エルテガから聞いた話であるが、えー、リオン。お前がディアボロディノスを討伐したという話に相違ないか?」
メイルドーン王子の後ろに立っていた騎士が手元の紙を見ながらそう口を開いた。
「結果だけならその通りですが、決して僕一人の力で倒したわけではありません」
あの時エルテガがディアボロディノスの気を引いていたから<アクセルバレット>を難なく当てることが出来た。リオンはそう思っている。
「聞かれたことにだけ答えよ。お前がディアボロディノスを討伐したことは間違いないか?」
「……間違いありません」
男の物言いにリオンは少しムッとして答える。
「我々がかの魔獣を討伐するため出向いたことは知っていたか?」
「知りませんでした」
「知っていたとしたら、それでもかの魔獣を討伐したか?」
「はい」
「それはどうしてだ?」
「自分や仲間の命が危険だったからです」
馬鹿な質問だ、とリオンは思う。死にそうな時に他者の面子に忖度などしていられるわけがない。
「……デーモン属とも話をしたそうだが」
「はい」
「何故そいつを殺さなかった?」
「え?」
「デーモン属を殺さなかった理由を聞いている」
「あれを殺せると本気で思っているんですか?」
「聞かれたことにだけ答えよ!」
「はぁ……殺さなかったんじゃない。殺せなかったし、殺す必要なんてなかったんですよ」
リオンの機嫌が段々と悪くなっていく。
「デーモン属を殺す能力がお前にはなかった、ということだな?」
「それでいいです。あの、あなたはどういう立場で僕に質問しているんですか?」
「私は王国騎士団第三大隊長、レングライ・マカルドンだ」
「そうですか。で、僕は何の罪に問われているんでしょう?」
「罪? そうだな、特に王国の法を犯してはおらん。強いて言うなら“無知”である罪だな」
「なるほど。では帰ってもいいですね?」
リオンが立ち上がると、キリシュとエルテガも無言で立ち上がった。それを見てブロドたち三人も、レングライと名乗った騎士をチラチラ見ながら立ち上がる。
「待ってくれたまえ。レングライの非礼は私から謝罪する。すまなかった」
「で、殿下!?」
メイルドーン王子が、座ったまま頭を下げた。
「私が聞いていても、まるで罪人への尋問だったぞ? レングライ、君は退出したまえ」
「し、しかし」
食い下がろうとするレングライに、王子の冷たい視線が突き刺さる。彼はそのまま黙って会議室から出て行った。それを見て、リオンも仕方なくもう一度座り直す。他の五人もそれに続いた。
「リオナード殿、レングライはディアボロディノス討伐の功績を君に掠め取られたと勘違いしているんだ。どうか許してやって欲しい」
「メイルドーン殿下。殿下がわざわざこんな所までいらっしゃっている理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
リオンは「功績」という言葉に引っ掛かった。魔獣を討伐するのに、一国の王子が前線に出張る必要などないと思える。だが王子は、「功績」とやらが必要だからここまで来ているのだ。
彼は第二王子ということだから、これは王位継承権争いの一環だろうか? ここラルグリア王国中枢の権謀術数に巻き込まれたのだろうか?
「リオナード殿が考えている通り、私には功績が必要なんだ」
「やはりそうですか……」
「陛下――父上を説得するだけの功績がね。それがないと、ライネリカとの結婚を許してもらえそうにないんだ」
「やはり…………へ? け、結婚?」
予想していなかった単語が王子の口から聞こえて、リオンは変な声を出した。自分の後ろに立っているライネリカを振り返りその顔を見上げてみると、耳まで真っ赤にしてそっぽを向いていた。「何でこんな場所でそんなことを……」などともごもご言っている。
ナニコレ。相思相愛ジャナイデスカ。
リオンが隣のキリシュをそっと見てみれば、彼女はキラキラした瞳を王子に向けながら「ほわぁ~、結婚!」とか呟いている。
「あの……もしかして、レングライ大隊長様も、そのことを……?」
「ああ、彼はライネリカの従兄妹でな。もちろん事情を知っているよ」
ああ、僕は何て大人げない態度を取ってしまったんだ! リオンは頭を抱えたくなった。
彼の罪人を問い詰めるような態度は、王子殿下と従兄妹の結婚が彼のせいでふいになったと考えたことが理由だったのだ。リオンが疑っていたような、権力を振りかざして弱者を甚振る人ではなかった。
「レングライ大隊長様に大変失礼な態度を取ってしまいました……もし良かったら謝罪させていただけませんでしょうか?」
リオンが申し訳なさそうにそう言うと、メイルドーン王子は嬉しそうに指示を出し、レングライを会議室に呼び戻した。
「レングライ大隊長様。事情を知らなかったとは言え、先程は大変失礼な態度を取ってしまい、誠に申し訳ございませんでした!」
リオンはレングライに向かって深く頭を下げた。
「……私も誤解を招く物言いをしてしまった。申し訳なかった」
二人が自分の非を認め、互いに謝罪したことで蟠っていた会議室の空気が軽くなった。
レングライが元通り王子の左後ろに立つと、メイルドーン王子が口を開く。
「私がライネリカと出会ったのは、彼女がクルムト公爵家の養子になった直後。今から十年前のことだった。強く、そして慈愛に満ちた彼女に私は一目で恋に落ちた」
大事な話かと思いきや、惚気だった。
それからたっぷり十分間、メイルドーンの惚気話が続いた。二人の馴れ初めやライネリカの良い所になど興味の欠片もないリオンにとってはまさに地獄のような時間。
だが隣に座るキリシュは前のめりになって王子の話に耳を傾けているし、後ろのライネリカは金属鎧のまま顔を真っ赤にしながらクネクネしている。
リオンは居た堪れない時間を何とか耐えた。さすがに第二王子の話の腰を折るのは不敬であるし。
「……だが、公爵家と雖も出自に問題がある、と父上は言うんだ。それを、何か功績を挙げて納得させよという所までようやく漕ぎ付けた。その矢先にディアボロディノスの目撃情報が入ってきたんだよ」
強大な魔獣の討伐。それは国王を納得させるには十分な功績である。メイルドーンはそう判断して、忠臣であるレングライを中心に討伐隊を編成し、最愛のライネリカを伴ってこの地に赴いた。そして魔獣のより詳細な情報を集めようと冒険者ギルドを訪れたところ、件のディアボロディノスが既に討伐されたと耳にしたのである。
「あの、何と言うか……申し訳ありません」
「いや、リオナード殿が謝ることではないよ。自分と仲間の命が危険なら倒すのは当然だ」
「……もしかして、デーモン属の討伐をディアボロディノス討伐の代わりにしようと?」
「ああ。レングライの進言だったのだが」
それでレングライはデーモン属の脅威度を測ろうと、あのような聞き方をしたのか。事前に色々と説明してくれれば誤解をすることもなかったのに……とリオンは思う。
「えーとですね。皆さんがデーモン属と呼んでいるあの方ですが、とても人類が敵う相手ではないと思います」
「それは我々を愚弄しているのか!?」
またレングライが興奮した声を出す。なるほど、この人は激しやすい人なんだな、とリオンは心に留める。
「決してそのようなつもりはありません。あの方は人と似た形ですが、人とは隔絶した存在なんです。どちらかと言えば神様に近いでしょうか」
「神……?」
「あの方は、自分を利用した紅猿族と黒猿族は許さないが、それ以外を害する気はないとおっしゃっていました。必要なことをしたらエバンシア島を出ていく、と。僕が思うに、もうあの方は島を出ていることでしょう」
寧ろメイルドーン王子一行がここに到着したのがこのタイミングで良かった、とリオンは思った。下手にフェリエクスと敵対していたら、王子一行どころか島ごと吹き飛ばされかねない。それだけの力が彼女にはある、とリオンは確信していた。
「ですから、人攫い集団の殲滅を以て功績とされればどうでしょうか?」
「人攫い集団?」
ここからはリオンだけではなくブロドや彼の隣の中年男性(メイロー町長だった)も交えて説明を行った。
「なるほど……このラルグリア王国で若い女性や幼い子供が攫われ、他国に売られている可能性が高い、ということか。北部への受け渡し拠点であるクレドスは、ギリギリ我が国の領土内。そうだな、レングライ?」
地図を確認していたレングライに、メイルドーン王子が確認した。
「おっしゃる通りです、殿下」
「……確かに、リオナード殿の言う通りこの件を解決に導けば、魔獣討伐と同等以上の功績と言えそうだな」
リオンの提案に、メイルドーン王子が乗り気になる。
「メイルドーン殿下。畏れながら、魔獣は僕たちが倒した一体とは限りません」
「……どういうことかな?」
「あの方は紅猿族に貸した魔獣が一体だとはおっしゃいませんでした。複数体いても何ら不思議ではありません。寧ろ、僕なら重要な拠点の防衛に魔獣を使います」
「うむ。クレドスを魔獣が守っている前提で作戦を立てるべきだね」
「その方が良いかと愚考いたします」
実際に戦ったリオンだから分かる。ディアボロディノスは非常に危険だ。あれはリオンがこれまで遭遇したどの魔物よりも強かった。対策は出来るだけ入念に講じた方が良い。
これから軍議を行うとのことで、リオンたちは会議室を辞した。冒険者ギルドを出てから、リオンはエルテガに話し掛ける。
「協力しろって言われませんでしたね」
「いや、あや当然リオンが協力すっち思うちょっぞ」
「えぇ……」
「じゃっどん、頼まれたら断らんやろ?」
キリシュの問い掛けに、リオンは少し考える。
正直、メイルドーン王子の功績などどうでも良い。ライネリカとの恋が実ろうが散ろうが興味もない。今日出会ったばかりで大切な人という枠にも入り得ない。
ただ、キリシュとエルテガにとっては、彼らが住まう国の王族である。王族に恩を売っておけば、ポワンカ村や黒犬族たちに何らかの利益があるかもしれない。
彼らに協力することで、僅かでも恩を返すことが出来るなら。キリシュとエルテガが暮らしやすくなるのなら。
「そうだね。頼まれたら協力するよ。あ、そうだ。ブロドさん、町からの依頼を国に投げるような形になっちゃいましたけど、良かったですか?」
「問題なか。ここまでの働きで町から十分な報酬が貰えたでな」
「ああ。良かったです」
ブロドたちに断りなく人攫い事件の解決をメイルドーン王子に提案したので、リオンはその点が引っ掛かっていたのだ。
「リオン。それはそうと、ディアボロディノスの討伐で、ギルドからわっぜ報酬が出たど?」
「え?」
「角の買い取りは保留になったどん、魔石だけで一千万フロレンじゃ。ただ、ここんギルドに現金がなかちゅうこっで、後日口座に振り込みやっち」
「一千万……えーと、六人で分けましょうね?」
「そう言うち思て、半分はブロドに、半分をおいん口座せ振り込むように頼んだど」
「さすがエルテガさん」
一千万フロレンと言えば、日本円にして約一億円という大金だ。六人が命を懸けたと思えば微妙とも言えるが、それでも大金には違いない。六人で割れば一人百六十万フロレン以上。それだけあればグレンドラン大陸に渡る船代も心配ないだろう。
「ねぇリオン? 近接武器をこうとけば?」
「近接? 剣とか?」
「うん。リオンの魔法がすごかとは知っちょっどん、剣もなしで魔物のそばにおっとを見ちょったらハラハラすっと」
要するに、キリシュはリオンを心配しているらしい。先程豹頭に絡まれた時もリオンは丸腰だった。無詠唱で魔法を行使するリオンは、正直剣を振るのと魔法を発動するのは時間的にそれほど差がない。だが何があるか分からないのも事実だから、短剣くらいは持っていた方が良いかもしれない。
「そうだね。エルテガさん、短剣を買うお金を借りてもいいですか?」
「もちろん」
そこで、青い顔をしているブロドたちに初めて気付いた。
「何かありましたか、ブロドさん?」
「いや、おいたちないもしちょらんとに、五百万フロレンは貰い過ぎじゃらせんどかい」
「いや、一緒に命を懸けたじゃないですか。その対価ですよ、気にせず受け取ってください」
リオンがバシバシとブロドの背中を叩く。心なしかブロドの背中が小さくなっている気がした。
「じゃあ武器屋に――」
「おーい、リオナード殿!」
女性の声に振り返ると、ライネリカがこちらへ向かって走ってくる所だった。
「はぁはぁ……殿下から伝言だ。ラルグリア王国として正式に、貴殿らに協力を要請したいとのことだ」
「えーと、具体的にどんな協力をすれば良いのでしょう?」
リオンが問うと、ライネリカはポカンとした顔をした。嘘だろ、協力内容を聞いていないのか? 出来る女風だが案外抜けている人なのかもしれない、とリオンは思った。
「す、すまない。ちょっと聞いて――」
「あ、大丈夫です。一応協力する前提で作戦立案をお願いします、と殿下にお伝えください。僕らはそこの……ブロドさん、宿の名前って何でしたっけ?」
「穴熊亭じゃ」
「その穴熊亭に泊まる予定です。必要があればそちらに使いを出していただければ」
「わ、分かった。感謝する」
そう言ってライネリカはまた走り去った。
「……取り敢えず武器屋に行きましょうか」
何だか力が抜けてしまった気がするリオンだが、皆で連れ立って武器屋へと向かうのだった。




