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81 メイローの町

 メイローの町には昼過ぎに到着した。本来は明日の午前中に着く予定だったが、リオンが<エア・ムーブ>の使用を申し出、エルテガが承諾したからだ。エルテガもきっと早く町で休みたかったに違いない。


 ブロドたちはリオンが飛べることを知ってはいたものの、まさか自分たちまで飛ばせるとは思っておらず大層驚かれた。そして実際に浮かせると大層怖がられた。


 六人を同時に飛ばすのは初めてだったが、木々より上の高度を保てば細かい制御は必要ない。飛ぶと言ってもその速度はせいぜい時速三十キロメートルくらい。それでも森を徒歩で行くよりは遥かに速い。メイローまで四十キロメートルほどの距離が残っていたが、三十分飛んで一時間歩き、また三十分飛んで一時間歩くことで町に到着したのである。


ほんのこて(本当に)恐ろしかった……」

「あはは……」


 屈強な飴熊族三人が揃って青い顔をしているが、予定よりかなり早いし体力も使っていない筈だから許して欲しい、とリオンは乾いた笑いで答えた。


 メイローは高さ四メートルの石の防壁に囲まれた、人口約二千人の町。内陸部にある町としてはかなり大きい方らしい。近くを川が流れており、農業も盛んだとリオンは聞いた。


「え……? あれは、水田……?」

「リオン、よくしっちょんね(知っているね)。町()近くでオリザ(米)をつくっちょっと(作っているんだ)


 リオンの呟きを拾ったブロドが、そう教えてくれた。

 グレンドラン大陸ではもう初冬の季節だが、それより南のエバンシア島、さらに島の南部に位置するこの辺りでは晩夏といった気温だ。広大な水田では緑色の穂が天に向かって伸びているので、現在は成熟期なのだろう。もうしばらくすれば黄熟期(稲穂が黄金色に変わる時期)が訪れ、収穫になるのだと思われた。


 リオンの記憶にある日本の景色とは全く異なる。周りは鬱蒼とした森だし、すぐそばには防壁を備えた町がある。それでも何となく懐かしい感じがした。


 東門の門番に冒険者証を見せて町に入る。ブロドたちはこの町出身なのでお勧めの宿を紹介してもらい、人数分の部屋を取った。それから宿の一階で昼食を摂り、ブロドたちは依頼の途中経過を報告するために町の庁舎へ向かった。

 冒険者ギルドへはエルテガ一人で向かうと言うので、リオンとキリシュが持っていた魔物の素材も彼に預ける。この間に二人はリオンの着替えを買いに行くことにした。


 転移で飛ばされたリオンは元々十分な着替えを持っていなかった。王都ヴィーゼンで下着などは購入したが、今回ローブまでボロボロになってしまい、止む無く買い替えることにしたのである。


「リオン、こん(この)店がよかとじゃなか(いいんじゃない)?」


 キリシュが示したのは冒険者向け装備を扱っている店のようだった。

 リオンが使っていたのは魔法士用のローブ。エバンシア島には「魔法使い」がほとんどいないのだが、代わりに「精霊術士」がいる。そういった人たちが着るローブがあるだろう。

 そもそもローブである必要もないのだが。リオンも拘っているわけではなく、ただ何となくローブを着るべきと思っているだけだ。


「うん、入ってみよう」


 リオンとキリシュがその店に足を踏み入れると、中にいた客からジロジロと見られる。猿人族の件を聞いてから、その視線が人族珍しさなのか、それとも猿人族を警戒しているのか分からない。いずれにしてもあまり気分の良い視線ではなかった。


「あーあー、ローブがボロボロじゃねぇか。お前、冒険者向いてないんじゃねぇか?」


 その声にリオンが振り返ると、二足歩行の豹がいた。身長は百九十センチメートルくらいだろうか。肩幅はそれほど広くないが、しなやかで強靭な筋肉が全身を覆っている……と思われる。何せ服を着ているので実際は分からない。

 リオンも話だけは聞いていた。獣人は、キリシュやエルテガのような「人族寄り」の見た目をした者が多いが、中には「獣寄り」の者もいると。そういった者は身体能力がかなり高いという話だった。


 豹人族(?)の背後には、同じ豹頭の女性と人寄りのネコ科獣人の男性が二人いて、全員が何やらニヤニヤしていた。豹頭でもにやけているのが分かるのって凄い、とリオンは感心する。


「リオンはおはんたちよっか(あんたたちより)ずっとつよかど(強いんだから)!」


 キリシュが歯を剝き出しにして彼らに言い返す。あちゃ~、とリオンは額に手を当てた。


「そんなことありません。僕も自分で冒険者に向いてないと思っています。では失礼しますね」


 キリシュの肩に手を当て、店の出口にくるりと体を向かせたリオンは、彼女を伴って店を出ようとする。しかし、いつの間にか豹頭の男がもう一人増え、出口を塞ぐように立っていた。


「俺たちは心配で声掛けただけだぜ? なのに何でその小娘に食って掛かられなきゃいけねぇんだ? それだけ言うなら、お前が強いって証拠を見せてもらわないとな。もちろん、嘘だったらそれなりの誠意を見せてもらうぜ?」


 後ろの豹頭がそんなことを言う。

 う~ん……こんな獣人もいるんだな、とリオンは呆れた。


「はぁ、仕方ないですね。店の中では迷惑ですから表に出ましょうか」

「クックック。いいぜ、逃げんなよ?」


 店の前の通りに出て、リオンとキリシュ、豹頭たちが対峙する。<カイエン・ボール>を使えば無力化出来るだろうが、あまり注目を集めたくないな、とリオンは思う。


「本当にやります? 後悔しても知りませんよ?」

「ああっ!? ガキが何強がってんだ!?」


 穏便に退かせようと発したリオンの言葉は逆効果だった。煽ることになるのはリオンにも分かっていた。

 こういう輩はこれが初めてではないだろう。弱そうな者に難癖をつけてお金を巻き上げるという行為に味を占めているのだと思えた。

 失うのがお金だけならまだ良い。だが、行為がエスカレートして大怪我を負わせたり、命を奪ったりなんてことが無いとも限らない。もしかしたら既にそういったことをしているかもしれない。


 相手からすればちょっとした小遣い稼ぎに過ぎなくても、された本人には一生消えない傷が残ることだってある。

 こういう輩にはお灸を据える必要があるだろう。弱く見えるからといって本当に弱いわけではない者もいることを知れば、多少は自重する可能性も……あるかなぁ。それくらいで自重するなら最初からこういうことしないだろうなぁ……。


「ボーっとしてんじゃねぇぞ!?」

「ああ、すみません。いつまで経っても掛かって来ないから、つい考え事を」

「舐めやがって!!」


 豹頭が激昂して腰から剣を抜いた。いや、丸腰の子供相手にそれは拙いでしょうよ、とリオンは益々呆れてしまう。剣を抜けば怖がると思っているのだろう、きっと。


「謝るなら今の内だぞ!?」

「ああ、すみません」

「……は?」


 リオンが丁寧に頭を下げて謝罪を口にすると、剣を手にした豹頭は呆けた声を出した。


「きっと物凄く痛いと思うので、先に謝っておきます」

「……とことん舐めたガキだな! 死んで後悔しろっ!」


 死んだら後悔出来ないんだよなぁ、と指摘しようか迷っているうちに、豹頭がリオンへ突っ込んできた。なかなかのスピードだが、ディアボロディノスにはもちろん及ばないし、エルテガやキリシュのスピードを見慣れたリオンには普通の速さに見えてしまう。


「<カイエン――」


 リオンが<カイエン・ボール>を放つ直前、風のように横から影が割り込んできた。キン、と甲高い音がして、豹頭が持っていた剣が宙を舞う。

 陽の光を反射して煌めく甲冑。美しい金色の長い髪と、そこに乗る三角の耳。剣を振り抜いた姿勢も美しく、よく鍛えられているのが分かる。


「丸腰の子供に真剣を向けるとは何事だ?」

「お、お、お、王国騎士だと!? 何でこんな所に!?」


 体型と声で、その人物が女性だと分かった。豹頭が分かりやすく狼狽している。


「もう一度聞く。あの子に何をするつもりだったのだ?」

「な、何ってそりゃぁ……冒険者の心得ってやつを教えてやろうかと」


 豹頭の仲間たちが一人、また一人とその場から後退りしている。矛先が一人に向いている今のうちに、無関係を決め込んで逃げるつもりだろう。

 この場を上手く切り抜けたら、あいつらは同じことを何度でも繰り返す。そう思ったら、リオンは彼らを見逃せなかった。無詠唱で弱めの<アトラクト>を発動し、仲間たちを一か所に引き寄せる。


「な、何よこれ!?」

「体が引っ張られる!?」

「ちょ、ちょっと!?」

「何で!?」


 四人が何もない所に引き寄せられ、身動きが取れなくなるのは傍から見ればホラーかもしれない。

 女性騎士が緑色の瞳をぱちくりとして、四人とリオンを見比べる。


「ライネリカ。君は一体何をしているのかな?」


 今度は男性の声。ライネリカというのは女性騎士の名前らしいが、咎めると言うより面白がっているような声音だ。男性の周りにいた騎士たちが豹頭たち五人を拘束しようと動いたので、リオンは慌てて<アトラクト>を解除した。


「殿下。子供に剣を向けた狼藉者が見えましたので」


 殿下と呼ばれた男性がやれやれと肩を竦める一方、リオンは反射的に片膝を突いて頭を垂れた。キリシュが慌ててそれに倣う。


「少年。もしや君は貴族かい?」

「名乗りをお許しいただけますでしょうか」

「うん、許すよ」

「ユードレシア王国、シルバーフェン伯爵家が四男、リオナード・シルバーフェンと申します」

「これはご丁寧に。私はメイルドーン・ラルグリア。巷では“脆弱な第二王子”と呼ばれているよ」

「お目にかかれて光栄です、メイルドーン殿下」

「どうぞ、楽にしてくれ」


 リオンは殊更ゆっくりと立ち上がる。これは敵意がないことを示しているのだ。立ち上がっても目線はやや伏せたままである。

 視界の端に入る男性の容姿は端正に整っている。顔の周りを縁取る鬣のような髪と髭は濃い金色。王家は金獅子族と聞いたことがあるので、これがその特徴なのかもしれない。

 ただ、彼からは勇猛さは感じなかった。どちらかと言えば知的な雰囲気だ。


「海の向こうの貴族令息が、どうしてこんな所に?」

「実は――」


 リオンはこれまで何度か繰り返した「転移」に関する説明を行った。


「その歳で国の任務に携わるとは。貴殿はとても優秀とお見受けする」

「勿体ないお言葉に存じます」

「出来ることなら貴殿の力になりたいが……急を要する仕事があってね」

「お心遣いだけで十分でございます」

「うん。機会があればゆっくり話そう」


 そう言ってメイルドーン第二王子は護衛を引き連れて離れていった。


「はぁ~。あたい()、王子様なんて初めて見た」


 キリシュがボーっとした感じで呟く。


「貴殿は人族の貴族だったのだな」


 まだ残っていた女性騎士――ライネリカが話し掛けてきた。改めて彼女を見ると、長く伸ばした白っぽい金髪で、切れ長の目が一見冷たい印象を与えるが、頭の上の三角の耳が冷たさを緩和しているような気がした。女性にしては身長が高い。


「先程は助けてくださりありがとうございました」

「いや、余計なことをしてしまった。貴殿は魔法使いなのだろう? しかも飛び切り凄腕の」

「滅相もない。まだまだ修行中の身です」


 ライネリカは、リオンが何らかの魔法を使って豹頭たちを拘束したことに気付いていた。


「まだ名乗っていなかったな。ライネリカ・クルムトと言う」

「貴族の方でしたか! これは失礼いたしました。リオナード・シルバーフェンと申します」

「いや、私は公爵家の妾の子だ。貴族とは名ばかりだよ」

「それは重ねて失礼しました」

「構わんさ。さて、私も仕事に戻ろう」

「お引き留めして申し訳ございません」

「いや、気にしないでくれ。では」


 ライネリカはそう言って颯爽と去っていった。


「ふわぁ~。かっこよか(かっこいい)おなごんしや(女の人だ)ったね!」

「そうだねぇ」


 リオンはライネリカの後ろ姿を見送りながら、先程の会話を反芻していた。

 メイルドーン王子は自らを「脆弱な第二王子」と卑下し、ライネリカは「妾の子」と明かした。初めて会う相手にそのようなことを態々言う必要があるだろうか?

 いや、単に正直なだけなのかもしれない。それとも、ラルグリア王国の王族や貴族は卑屈な人が多いのだろうか……まぁ、あまり深読みする必要はない。どうせ二度と会わない人たちだろうし。


「……リオン? あげな(ああいう)人が好みじゃっと(なの)?」

「いや、ちょっと気になることがあっただけだよ。さて、買い物しないと」


 ローブを買ったらすぐに冒険者ギルドへ行く予定だったのに、余計な時間を食ってしまった。気を取り直して店に入り、店員に騒動を謝ってからローブが置いてある場所を聞く。


「うわぁ……」


 そこにあったのは、恐ろしく派手なローブだった。金地に赤の派手な刺繍、赤地に金の刺繍、その他も銀、橙、黄、明るい紫と目がチカチカしそうだ。森の中で着ていれば狙って下さいと言わんばかりの色使いである。


「目立たないやつ、目立たないやつ……」


 唯一、濃い緑地に黒糸で刺繍されたローブを見付け、リオンは即決した。


「リオンは赤が似合うっちおもたどん(って思ったけど)

「あはは……あんまり派手なのはちょっとね」


 獣人は派手な色が好き。リオンは一つ学んだ。









 リオンが新しいローブを纏ってキリシュと共に冒険者ギルドへ行くと、そこは緊迫した空気に包まれていた。

 ついさっき見た金属鎧の騎士たちがずらりと並び、その列が階段の上まで続いている。何事かと思って見上げていると、これまたつい先ほど話をしたメイルドーン・ラルグリア第二王子と二人の護衛、壮年の男性、エルテガが階上から降りてきた。


「何事?」

おやっどん(お父さん)……」


 すると、隅の方でこそこそと話す冒険者たちの声が耳に入る。


「ディアボロディノスが出たっ()よ」

「じゃあ殿下たっ(たち)そん(その)討伐に来たとか(のか)?」

「そうらしい。西門の外に千人くらい騎士と兵士がいるって聞いたぞ?」

「うへぇ。マジかよ」


 ……そのディアボロディノスって、あのディアボロディノスのことですかね? いや、他にもいる可能性は大いにある。きっとそうだ。そうであって欲しい。もしあのディアボロディノスのことだったら、それを倒したのが自分たちと知れれば面倒なことになりそうな気がする。

 リオンはエルテガに目で尋ねる。この騒ぎ、僕たちは関係ないですよね? エルテガの目が泳いだ。拙い。リオンの目も泳ぐ。


 何だろう、この胸騒ぎは。別に悪いことなんて一つもしていないのに……。


 どうしようかと考えあぐねているリオンの肩が、何者かにガシッと掴まれた。ギシギシと音がしそうな動きでそちらを見上げると、またまたついさっき話をしたライネリカが微笑みながら立っていた。ちなみに目は笑っていない。


「リオナード・シルバーフェン殿。詳しい話を聞かせてもらおうか」


 まるで犯罪者を詰問するような迫力ある声に、リオンは「僕はやってません!」と言いそうになった。間違いなくやったのはリオンである。心配顔のキリシュと共に、リオンはライネリカに連行されたのだった。

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