80 またもや邂逅
<レトログレイド>を頻発した割にリオンの魔力はまだ残っていた。これは石化の治療が相当魔力を食うのだろうな、とリオンは考えた。
メイローに向かう隊列は短い。現在は先頭をキリシュが歩き、紅猿族を連れたブロドたち三人、そしてリオンとエルテガという形になっている。
リオンは疑問に思ったことをエルテガに尋ねることにした。
「エルテガさん、デーモン族っていうのはどんな種族なんですか?」
「種族っちゅうかそういう生き物ち言った方がよかかもしれんな}
「生き物?」
リオンはてっきりデーモン“族”だと思っていたが、どうやらデーモン“属”らしい。いや、それならただの“デーモン”でいいじゃないか、とリオンは思った。
「おいも実際に見たこっはなか。ギルドん資料で見ただけじゃ」
エルテガたちが何故紅猿族とデーモン属が繋がっていると考えたのか。それは「ディアボロディノス」が理由だった。
「魔物」とは、元来その土地に生息する動植物が魔力によって変質したもの。
「魔獣」とは元々存在する筈のない生物で、何者かによって作り出されたもの。
エルテガは長く冒険者をやっていて多くの魔物と遭遇したし、冒険者ギルドが保管する資料に精通しており、エバンシア島に生息する魔物に関してはほぼ知らないものがないらしい。ディアボロディノスのように派手な魔物がいれば、見たことがなくても資料には必ず記載される筈だ、と言う。
「じゃあ、ディアボロディノスを作り出したのがデーモンってことなんですね?」
「そういうこっじゃ。魔獣を作り出して使役すっとがデーモン属の能力のひとっじゃっでな」
デーモン属は古代からこの世界に存在していると言われているが、個体数が少ないのか遭遇することは滅多にないらしい。だからその情報は非常に限られている。
「ギルドに残っちょっ記録もいっばん新しかとが五十年くらい前ん話じゃった。恐ろしく強いらしいが、必ずしも獣人と敵対しちょっわけじゃなかごた」
地球において、悪魔=絶対的な悪、恐ろしい存在として描かれることが多かった気がする。だからリオンもデーモン属は恐ろしい敵対者だと思っていた。実際ディアボロディノスは恐ろしかったことであるし。
だがエルテガによれば全てのデーモン属が人類と敵対しているとは限らないようだ。話の流れから敵対する者もいるのだろうが、あまり先入観を持たない方が良いのかもしれない。
かと言って楽観するのも良くない。エルテガが急いでギルドに報告するべきと言うくらい、危険なのも事実なのだ。もし紅猿族と繋がるデーモン属が敵対者なら、それは個人で敵う相手ではない。エルテガはそう言って話を締めくくった。
休憩を挟み四時間ほど進んだ所で陽が傾き始めた。少し開けた場所を見付け、そこで野営することにした。
「リオン、魔力はだいじょっか?」
野営でいつものように<コンプレックス・シールド>を張れるか、とエルテガに尋ねられた。
「はい、ここに来るまでに結構回復したので問題ありません」
「いつもすまんな」
「いえいえ。前も言いましたが、シールドは張る時に魔力を使うけど維持するのは自然回復を下回る程度の魔力しか使いませんから。大丈夫ですよ」
<コンプレックス・シールド>で野営中に魔物が侵入するのを防ぐことは出来るが、今夜は護送中の犯罪者がいる。彼らから目を離して全員が眠るわけにもいかない。リオンとキリシュ以外の四人が交替で紅猿族たちを見張ることになった。加えて今夜は風呂なしである。まぁ犯罪者がいる所で呑気に風呂に入る気にもなれないので構わないだろう。
携帯していた干し肉と固いパンで夕食を簡単に済ませ、リオンとキリシュは早々に寝ることにした。
翌朝。リオンが目を覚ますと、何やら緊迫した空気が漂っていた。隣のキリシュはまだスヤスヤと眠っている。
「おはようございます……?」
半身を起こすと、エルテガ、ブロド、ゲルガ、ライドンの四人が武器を持ち、一点に視線を向けている。リオンもそちらに目を遣ると、とても森の中とは思えない恰好の女性が佇んでいた。
魔力感知にそれほど優れているわけではないリオンでも分かる、暴風のような魔力の奔流。ただ魔力に当てられただけで<コンプレックス・シールド>が軋みを上げていた。
全身真っ黒のドレスは肩と胸元が大きく露出し、膝丈のドレスには深いスリットが二本入って脚の付け根まで見えている。そして肌は病的に白い。ドレスと同じ漆黒の髪は太腿の半ばまで長さがあり、それが風に緩く靡いて見える。
その女性が伏せていた視線を突然リオンに向けた。恐ろしく整った容貌。しかし、白目と黒目が反転した眼球のせいで、この世の者とは思えない不気味さを感じる。
リオンは直感的に、この女がデーモン属なのだと理解した。
視線だけで、まるで突風を受けたかのような圧力。
紅猿族の三人は手足を拘束されたまま横になっている。身動ぎしないところを見ると眠っているようだ。
最低一人は寝ずに彼らを見張っていた筈。それなのに、デーモン属の女はどうやってここに近付いたのだろうか?
不気味な目はずっとリオンを捉えている。息苦しさを伴う圧がその女から発せられていた。リオンは昨日の反省を活かし、即座に攻撃を試みる。
「<アクセルバレ――」
「待て少年。私にはお前を害する気はない。用があるのはそこに転がっている猿どもだ」
感じていた圧力が霧散し、意外にも涼やかな声で話し掛けられた。
リオンは<アクセルバレット>を待機状態にしたまま、起き上がってゆっくりと<コンプレックス・シールド>の結界に近付く。
「リオン?」
「大丈夫です。彼女からは敵意を感じません」
エルテガが心配した声で止めようとするが、リオンは構わずシールド越しに彼女と相対した。
「ふむ……やはり其方、おかしな気配がするな。もしや『神使』と会ったことがないか?」
「シンシ?」
「神の遣い。天使。神子。まぁそういう存在だ」
リオンには心当たりがあった。ありまくった。
そう言えば、ベルケエルと会った時も、息苦しくなるような、死を予感させるような圧力を感じたことを思い出した。彼女が先程まで発していた圧力は、それにそっくりだ。
「……はい、あります。ベルケエル様、と名乗っていらっしゃいました」
「ちっ、やはりか。其方は人族であろう? 何故こんな所にいる? ベルケエルに転移で飛ばされでもしたか?」
「あ、いいえ。マギアム文明のポータルが損壊して暴走し、こちらに転移させられました」
まぁポータルが損壊した原因の大半はリオンなのだが。わざわざ言わなくても良いだろう。
「それは難儀なことだな。ベルケエルに会ったのなら、其方は……まぁ良い。其方、名は何と申す?」
「あ、大変失礼しました。リオナード・シルバーフェンと申します」
「うむ、リオナードだな。私はフェリエクス。フェリでもエクスでも好きなように呼ぶがいい」
ベルケエルの名を聞いて舌打ちしたのは気になるが、この手の平を返したような友好的雰囲気はもう間違いないだろう。眼球のせいで恐ろしく見えるがこの人(?)は天使……少なくとも元天使だ。
「僕のことはリオンとお呼びください、フェリエクス様。あの、大変不躾ですが、フェリエクス様は天使、のような存在なのでしょうか……」
「フッ……聡いな。先入観がないのも良い。まぁ“渡り”ならおかしくもないか。私は、そうだな、悪魔、デーモン、ディアボロス……様々な呼ばれ方をするが、其方に分かりやすく言えば『堕天使』だな」
リオンはやはり、と一人納得する。天使が存在するのだから、堕天使がいても不思議ではない。
「天界で“ある神”に歯向かってな。この様だ」
「それは……お気の毒に、としか言えません」
「うむ、其方は面白い奴だな。私に臆さない胆力と魔獣を倒す魔力を持ちながらその自然体……私になら勝てると思っているのか?」
「ま、まさか!? 敵うわけないじゃないですか!?」
リオンはフェリエクスの言葉を全力で否定した。エルテガたちが背後で焦っている気配を感じる。言葉選びを間違えばこの場にいる全員が即座に殺される。それくらい、リオンにも分かっていた。
「フッフッフ。冗談だ、そう焦るでない」
そういう冗談はマジで勘弁してください、とリオンは冷や汗を流す。
「ところで……フェリエクス様は紅猿族の三人に御用があると伺いましたが」
「おお、そうであった。久しぶりにまともな会話が出来るのがつい楽しくてな。薄々気付いてはいたのだが、昨日のことではっきりした。こやつらは、私のことを利用している」
「利用? フェリエクス様を? 何て恐れ知らずな……」
「こやつらは、私に指示されて人攫いをしていると言っていたな? 二百人いた村人の六十人以上が殺された、とも。私はそのいずれにも関与していない」
フェリエクスが現れた紅猿族の村というのは、元々紅猿族の村でも何でもなく、彼らと黒猿族が手を組んで襲撃した村らしい。そして、人攫いもフェリエクスが現れる前から行われていたようだ。
この世界の情勢を知るために精神感応の魔法を掛けたのは事実。だが半数が解放されているというのは真っ赤な嘘で、攫われた全員が北部へ送られていると言う。
「情報集めの見返りに魔獣を貸してやった。こやつらは、自分たちにも精神感応が掛かっているのを知らなかったようだ。いざと言う時に自分たちには“デーモンの後ろ盾”がいることにしたかったのだろう。全く、どこまでも悪知恵の働く奴らよ」
要するに、フェリエクスと紅猿族たちは互いを利用していたということのようだ。ただ紅猿族たちはフェリエクスを恐れながらも、彼女が思っていたより友好的だったため、自分たちの悪事の片棒を担いでいるように見せることを思い付いた。
「別にどう思われようが私は気にしないが、嘘をつかれて利用されるのは許し難い。だからそやつらの処遇は私に委ねて欲しい」
その気になれば<コンプレックス・シールド>を破壊し、自分たちを排除して紅猿族の三人を攫うのは容易い筈。それなのに、無理強いせず、穏やかに懇願する彼女にリオンは好感を抱いた。
「他の紅猿族や黒猿族はどうされるのですか?」
「嘘をついた者、私を利用した気になっていた者は根絶やしにする。だが攫った女子供を運んでいる者たちは私のことを知らない。そちらに手出しするつもりはない」
リオンは一度エルテガを振り返り、三人を渡して良いか確認する。彼は凄い勢いで頷いていた。早く渡してしまえ、ということだろう。
「分かりました。この三人はフェリエクス様に委ねます。……あの、紅猿族たちが拠点にしている村というのは、クレドスという滅んだ町とは違うんですよね?」
「ん? そんな名ではなかったぞ? たしかボイジャーとかボレジャーとか、そんな名の村だった。クレドスというのは攫った者を受け渡す場所ではなかったか?」
「ありがとうございます。大変参考になりました」
リオンはブロドたちに合図し、眠ったままの紅猿族たちを抱えてきてもらった。これだけの騒動なのにまだ眠っているのは不自然だ。フェリエクスが何かしているとしか思えない。まぁキリシュも寝ているのだが。
<コンプレックス・シールド>を解除し、ブロドたちが恐る恐るフェリエクスに三人を差し出す。フェリエクスが一つ頷くと、三人が衛星のように彼女の周りで浮かび、ゆっくりと回り始めた。
「うむ。事を終えたら私はこの島を離れる。其方とはまたどこかで会う気がするな」
「もしお会いできたら、色々と教えていただけますか?」
「フッフッフ! やはり其方は面白い! ではまたいずれな!」
バサッ、とフェリエクスの背中から漆黒の翼が出現した。なるほど、ここへ来た時も空から降りてきたのだろう。リオンに微笑みを向けた彼女は翼を羽ばたかせてゆっくりと浮き上がる。紅猿族の三人は相変わらず彼女の周りを回っていた。
ある程度の高度に達すると、音もなく物凄い速さで東へ飛び去った。遅れて木々が揺れ、たくさんの葉が舞い落ちてくる。
ドサッ、と背後でエルテガたちが尻餅をついた。
「はぁ~……生きた心地がせんかった……」
エルテガがそう呟くと、魂が抜けたような顔のブロドたちが激しく頷いた。
「ん……あれ? もうみんな起きちょったの?」
その時、寝惚けたキリシュの声がして、全員が力なく笑うのだった。
「リオン、わいの肝っ玉はどげんなっちょっとよ?」
「あ、あはは……」
フェリエクスが去って三十分ほど。ようやくエルテガたちは足に力が入るようになった。ブロドたちはキリシュと一緒に朝食の準備をしている。
「実は……以前、似たような存在と遭遇したことがありまして。見た目は違ったけど雰囲気がそっくりだったので、たぶん大丈夫だと思いました」
「たぶんっち……」
「あの方がその気になれば、僕たちなんて一瞬で消し飛ばされますよ。そうしないってことは分別があるってことです」
「そやそうじゃろが、そいにしてん、わっぜ親密そうに見えたぞ」
エルテガの言葉に、リオンはベルケエルの時も含めて少し考えを巡らせた。確かに死と隣り合わせの圧力を感じたが、それが消えるととても穏やかな空気になるのだ。何と言うか、子供を見守る親のような雰囲気、というのが一番近いだろうか。
「フェリエクス様は、積極的に人類を害そうとしていないと思います。害するどころか、どちらかと言うと守ろうとしているような……そんな雰囲気を感じました」
ただ、嘘をつかれることと利用されることは「元天使」の誇りが許さないのだろう。それは己が仕える神を愚弄するのと同義だから。今も神に仕えているのかは不明だけれど。
「根絶やしにする」と苛烈な言葉を使っていたし、それを実行すると確信しているが、だからと言って彼女のことを恐れるか、嫌いになるかと問われれば、リオンは「否」と答える。それは自分でも不思議な感情だった。
塩だけで味付けした野草のスープと固いパンという味気ない朝食の席で、今後のことが話し合われる。
「リオン、デーモン属の脅威はねごなったち思ってよかか?」
「はい、それでいいと思います」
リオンの返答を受けて、エルテガは腕組みをして考え込む。
「メイローにはこんまま行こうち思うとどん、リオン、構わんじゃろうか?」
紅猿族の三人はフェリエクスが連れて行ったので、もう衛兵に引き渡す必要はない。だが、一連の人攫いが紅猿族と黒猿族の仕業であること、魔獣が出現したこと、デーモン属が関わっていたが今は恐らく無関係であることなど、町や冒険者ギルドに報告した方が良い、とエルテガが説明する。
リオンには特に反対する理由はなかった。遠回りになるが、道中で倒した魔物の素材が貯まっているし、ディアボロディノスとの戦闘でボロボロになった服の替えも買いたい。野営が六日続いたので、そろそろ宿で休みたいという気持ちもある。
そういうことで、リオンたちはこのままメイローの町に向かうことにした。




