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8 アルファ八十七

主人公、不在。

 キーレライト王国最東部には、グリフォン飼育場とグリフォンライダー養成所がある。それはガンドレイ山脈の隘路、ユードレシア王国に繋がる唯一の交易路がある街から南へ二十キロほど離れた場所で、ラルタンという名の小さな町だった。


 十六年前、キーレライト王国軍はグリフォンの自然交配に成功した。それまでは山脈にあるグリフォンの生息地まで行き、命がけで卵を巣から奪っていた。この任務で毎年多くの兵が命を落としていたから、交配の成功はキーレライト王国軍にとって「神の祝福」とまで言われる慶事だった。


 ラルタンの東に四つある巨大な建造物の正式名称は「王国軍飛行部隊実験飼育場」だが、誰もそんな風には呼ばず、「グリフォン飼育場」と呼んでいる。翼のあるグリフォンなので、四方と天井を覆わなければ容易に逃げられてしまうが、天井が低いと「飛べないグリフォン」になってしまう。天井の高さは五十メートルに達し、皮肉にも、このドームがキーレライト王国で最も高い建造物となっている。


 グリフォンは飛翔能力だけでなく、強力な風魔法も使える。魔力封じの枷を使うと上手く飛べないし、有事の際に風魔法で攻撃できないのも問題だ。だから「認識票」を持つ者には風魔法で攻撃しないよう、飼育員が苦労して躾けている。認識票は、微量の魔力を発する簡易な魔導具になっていて、飛行部隊に所属する者は全員が首から提げている。


 そんな「グリフォン飼育場」で、今日も一頭のグリフォンが問題を起こしていた。


「アルファ八十七! 言うことを聞け!」


 長い棒の先端が「アルファ八十七」と呼ばれた個体に押し付けられ、その接触面で小さな稲光が発生する。


「ギャウ!?」


 バチン! という弾けるような音と肉が焦げる臭い。「スタンロッド」と呼ばれる電撃棒は、グリフォンの躾のために開発された魔導具だった。小型の魔物なら一撃で昏倒する威力で、間違って人に当てたら下手すると死んでしまう物騒な代物である。


 アルファ八十七は痛みと光、音に驚いて大きく飛び退く。


 獅子の胴体に鷲の頭部と翼を持つ魔物、グリフォン。成獣になると体長は五メートルにも及ぶ。前足には獅子の爪を、後ろ足には鷲の鉤爪を備え、嘴も鋭い。風魔法を使わなくてもその体自体が凶器である。


 生まれて二年でほぼ成獣となるグリフォンは、その二年間で人に慣らし、従順になるよう教育される。教育と言っても口で丁寧に教えるわけではない。先程のスタンロッドを使い、体に分からせるのだ。


 リオンが見たら「動物虐待!」と大いに騒ぐことであろう。


 しかし、ほとんどのグリフォンにはこの「教育」が有効だった。人に対しての恐怖心を植え付けて、命令に背かないようになる。

 とはいえ元は人を襲う魔物、三十頭に一頭くらいの割合で従順にならない個体が存在する。アルファ八十七は、この「反抗的なグリフォン」だった。


 スタンロッドを当てられたアルファ八十七は、それを持つ人間に向かって前足を振り上げる。傷つけようとか殺してやろうとか考えたわけではない。その手に持つビリッと来る棒を叩き落とそうと思っただけだ。その飼育員はスタンロッドを跳ね飛ばされ、その場からじりじりと後退る。アルファ八十七は追撃せずそれを見下ろしていた。


「クソッ、馬鹿にしやがって!」


 飼育員はピィー! と、首からぶら下げた警笛を吹いた。手の空いている飼育員たちがそれぞれスタンロッドを持って集まってくる。前足の攻撃範囲に入らないよう、距離を取って取り囲む。

 嫌な感じだ。人間たちの目には加虐心が表れている。自分たちが手間を掛けて育てているグリフォンは、言うことを聞いて当たり前。その当たり前が出来ない個体は罰を受けて然るべきである。飼育員たちは弱い者いじめに昏い愉悦を見出していた。それを自分たちの正当な権利だと思い込んでいるのだ。


 アルファ八十七は悪意の包囲から逃れるためにその場から飛び上がろうとした。


「飛ぶぞ! キャプチャー(捕縛網)を使え!」


 飛んで逃げられないように開発された魔導具「キャプチャー」。筒状のそれから射出された網が大きく展開してアルファ八十七を包み込む。翼の自由を奪われたアルファ八十七がズシンと音を立てて落下した。

 網の隙間から幾本ものスタンロッドが差し込まれる。バチンバチンと連続で浴びせられる電撃に、アルファ八十七の巨体が大きく震える。


 何故、この人間たちはボクを苛めるんだろう?

 どうして痛いことばかりするの?

 ボクはただ、自由に空を飛びたいだけなのに。

 ボクのことを大切にしてくれる人間なら、乗せてあげたっていいのに……。


 飼育員たちには、決定的に足りないものがあった。

 それはグリフォンに対する愛情である。

 痛みを与えて言うことを聞かせる方法がなまじっかうまくいったものだから、その方法で従順にならない個体を「生意気な魔物風情」と見下してしまう。


 元来、グリフォンは魔物の中では温厚だ。だからこそグリフォンライダーなる部隊が成り立っていた。騎乗者とグリフォンの信頼関係が構築されていれば、グリフォンは騎乗者の意を汲んで飛んでくれる。

 飼育員だって同じこと。愛情をかけて育て、相手を尊重すれば、グリフォンは大概の命令に従ってくれる。信頼があればこそである。


 だがこのグリフォン飼育場ではそれがほとんど忘れられていた。みんながそうしているから。先輩がそう指導したから。魔物は力で屈服させなくてはならない。


「おら、分かったか!」


 バチン!


「人間様に二度と歯向かうな!」


 バチン!


「ちゃんと出来ないお前が悪い!」


 バチン!


 スタンロッドを押し当てられる度に激しい破裂音がして、アルファ八十七の体がビタンビタンと地面を打つ。美しい羽毛と体毛は焦げだらけになり、嘴の端から涎が垂れ、抵抗する気力が失われていく。


「もうこのまま“処分”で良くないか?」

「ああ、今いる奴の中で言うこと聞かないのはこいつだけだしな」

「だけどなぁ……こいつ“処分”したら、もう苛める奴がいなくなるぞ?」

「そうだよなぁ」

「それはちょっと困る」

「こいつにはストレスの捌け口になってもらわないと」

「あんまり壊すと上から怒られるしなぁ」


 グリフォンは国の資産であるから、己の命に危険がある場合を除き、無暗に殺してはならない。王国軍飛行部隊の隊規にそう明文化されている。それは実験飼育場でも当然適用される隊規だ。

 しかし、命の危険があれば殺しても咎められることがない。そして命の危険があったかどうか、それを証言するのは飼育員たちである。行き過ぎた虐待の末にグリフォンを殺しても、飼育員たちはお互いを庇ってグリフォンのせいにするだけだ。


 だって、どうせ魔物だから。


 これまで、そうした驕りで何頭ものグリフォンが殺されてきた。死にはしなくても、人間に対する恐怖で人を乗せることができないグリフォンだって何頭もいる。それでも、気にする者は一人もいない。


 だって、どうせ魔物だから。放っておいてもまた卵を産むから。


 コソコソと内輪の話をしていた飼育員の後ろで、アルファ八十七がゆらりと立ち上がった。この騒動を遠巻きにしていた別の飼育員、それに従っているグリフォンたちが一斉に怯えたような鳴き声を上げる。


「ピィー!?」

「ギャー!」

「クックゥー!」

「ピギィー!?」

「何だ、どうした!?」


 アルファ八十七の自由を奪っていた網がバラバラに切り裂かれる。それが地面に落ちる音で、話し込んでいた飼育員たちがようやく振り向いた。


「お、おい……」

「何でこいつ立てるんだ?」

「網は金属製だろ?」

「なぁ、こいつこんな色だったか?」

「おい、なんかおかしいぞ」


 首から頭部にかけて白い羽毛、胴体は濃い茶色、他のグリフォンと同じような色合いだった筈。それが、全身ほとんどが黒。バサリと広げられた翼も漆黒。


「まさか……」

「進化した、のか?」

「こんなの見たことない……」


 それは、グリフォン十万頭に一頭の割合で出現すると言われる「カラミティ(災厄の)・グリフォン」。

 勉学に勤しむ者であれば、本で読んだことがあったかもしれない。しかしそんな勤勉な者はいないし、実物を目の当たりにした者もこの場にはいなかった。


 一頭で大きな街を殲滅する災厄。ドラゴンとも真っ向から戦える個体。それがカラミティ・グリフォンだ。


 アルファ八十七は元々このカラミティ・グリフォンとして生まれたのだが、この姿に変化するのは数十年先の筈だった。

 変化のきっかけは「生存本能」。飼育員から受けた死の淵をさまよう虐待は、アルファ八十七の自己防衛機能を覚醒させた。


 体長に変化はない。ただ色が変わっただけ。それなのに、その場に悠然と立つアルファ八十七は、脆弱な人間の意思では抗えないほどの威圧を放っていた。


「クギャァァアアアーーー!!」


 飼育場内に轟く()()()咆哮。壁が、天井が、ビリビリと震える。通常のグリフォンたちは、その咆哮で完全に委縮し、その場に蹲った。間近でその咆哮を浴びた、アルファ八十七を虐待していた飼育員たちは、意識を失って昏倒する。距離の離れた飼育員たちも立っていられず、四つん這いになって嘔吐した。


 これが災厄。格の違う生物に対して感じる純粋な畏怖。


 アルファ八十七は徐に天井を見上げ、風魔法<ウインドスラッシュ>を放つ。それは上位の広範囲魔法で、細切れにされた天井はほとんど原型を留めず、破片は風で飼育場の外へ吹き飛ばされた。


 ここにリオンがいたら思わず叫んでいたに違いない。「魔法の有効射程、三十メートルじゃないの!?」と。天井の高さは五十メートル。アルファ八十七の体高を差し引いても天井まで四十七~四十八メートルある。

 魔物の中には三十メートルを優に超えて魔法の威力を届かせる種が存在するのだが、リオンはまだそれを知らない。魔物の使う魔法は人の使うそれと原理が異なるのだろうと考えられていることも、リオンは知らないのである。


 アルファ八十七は漆黒の翼をバサリと広げ、一度羽ばたくともう天井があった所より高く飛んでいた。ぐんぐん高度を上げ、もはや黒い点になった頃、意識を保っていた飼育員の一人がようやく正気を取り戻す。


「け、警報、警報!」


 その頃には、飼育場の天井が吹き飛ばされた音で人が集まっていた。カーンカーンと鐘が鳴らされ、グリフォンライダー養成所から一個小隊二十騎が飛び立つ。

 しかし、それらはあくまでも訓練中の者たち。グリフォンもまだ若く、練度も足りない。

 いや、それがかえって良かったのかもしれない。もしアルファ八十七に追いつけたとしても、間違いなく全滅していただろうから。


 アルファ八十七は東に向かって飛び、通常の個体では越えられないガンドレイ山脈を軽々と飛び越える。左に目を向けると大きな街が見えた。それはリオンの婚約者、ルーシア・レッドランが住むミガント領の領都ミグル。


(人間が多い所はイヤだな……)


 人間から受けたばかりの仕打ちは忘れられない。カラミティ・グリフォンだって痛いのは嫌なのだ。


(あっちにはたくさん木がある。あそこなら人間もいないかな?)


 アルファ八十七が目を向けた先にはウルシア大森林が広がっていた。目が届くずっと先まで森が続いている。


(あんまり深い所は怖いな……それに、寂しいかも)


 自身の力がよく分かっていないアルファ八十七は、外の世界に無知でもあった。本能で、自分の仲間を探し、そこに受け入れられたいと思っていた。

 グリフォンの生息地であるガンドレイ山脈西側はとっくに飛び越えてしまったし、そもそもカラミティ・グリフォンであるアルファ八十七を仲間と思うグリフォンはいないのだが。しかしまだ幼いと言っても過言ではない彼女は、森の浅い所で仲間を探してみようと考えた。


 一方、天井が破壊されたグリフォン飼育場は大混乱に陥った。正気に戻ったグリフォンたちが一斉に空へと飛び立ち、東へ向かって飛び去る。飼育員たちはそれを成す術もなく見送るしかなかった。

 稼働できる養成所の小隊はアルファ八十七を追ったので、逃げ出したグリフォンたちを追う者はいなかった。

 結果的に、カラミティ・グリフォンが出現したにも関わらず、飼育場の天井の損壊と、そこで飼育していたグリフォンたちを失ったほか、人的被害は皆無だったのである。

明日からまた、ちゃんと主人公が登場します。

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