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79 ディアボロディノス

「なっ!? いつの間に!?」


 それは先程見た「ディアボロディノス」だと思われた。リオン以外、気配に敏感な獣人が五人もいて、こんな巨体の接近に気付かないなどということがあるだろうか?

 リオンが驚愕と共にそんなことを考えていると、魔獣の姿が一瞬で消えた。


拙か(まずい)! あい(あれ)こまんけなっど(小さくなるぞ)!」


 エルテガが警戒の声を上げた次の瞬間、リオンたちの眼前にディアボロディノスが現れた。

 防御か攻撃か。リオンは迷った。迷ってしまった。

 見るからに強敵だから<アクセルバレット>を使う良い機会だ。だが、もし攻撃が通らなかったら?

 その迷った一瞬で、ディアボロディノスは鋭い棘の付いた尾をリオンたちに向けて横薙ぎにした。巨木のような尾が猛烈な勢いで迫る。結局リオンは使い慣れた<コンプレックス・シールド>を選択した。


 リオン以外の五人は防御の体勢を取る。リオンは無詠唱で五重の<コンプレックス・シールド>を発動した。シールドに尾が当たる寸前、その尾が青白く光っているのに気付く。


――ガッシャァン!!


「うぐっ!?」


 ガラスが派手に割れたような音が響いた次の瞬間、リオンは体の右側にトラックが突っ込んできたような衝撃を感じ、横ざまに吹き飛ばされて木に激突した。

 ブロドたち三人は体を盾にしてキリシュとエルテガを守ろうとしたが、リオンと同じ目に遭った。

 エルテガは地面に伏せて尾の直撃を免れ、キリシュは跳躍して躱す。


「キリシュ!」


 着地したと同時に、キリシュはリオンの元へ走ろうとした。エルテガには、通り過ぎた尾がブーメランのように戻ってくるのが見え、娘に警戒を促そうとしたが間に合わない。キリシュは尾の迫る風圧で危機を察し、咄嗟に衝撃を逃がす方向へ飛ぶ。だがそれだけで攻撃の勢いを殺せる筈もなく、リオンと反対側に吹っ飛んで背中から木に激突した。


 この間、僅か二秒。たった二秒でエルテガ以外が戦闘不能に陥った。


こいは拙か(これはまずい)……)


 武器である槍を構え、ディアボロディノスから視線を逸らさないエルテガ。本心では今すぐキリシュの元へ駆け付けたい。理性では、最大火力を持ち治癒魔法も使えるリオンを救わなければならないと分かっている。だが、魔獣の金色の目がエルテガを捉えて離さない。今どちらかに動けば死ぬ。エルテガの本能がそう告げていた。


 その時、目の端で誰かがゆらりと立ち上がったのが分かった。木に凭れるようにして、だらりと下がった右腕を左手で押さえ、口から血を流しているリオンだった。


 リオンは尾撃を喰らった瞬間に意識を飛ばしていた。しかし幸か不幸か全身を襲う激痛ですぐさま覚醒する。その時見えたのが吹き飛ばされたキリシュだった。

 怒りでアドレナリンが噴出する。<コンプレックス・シールド>を破られたこと、尾が青白く光っていたことは全て棚上げされ、リオンの思考は敵の息の根を止めることだけに染まった。


 無事だった左の手の平をディアボロディノスに向け、リオンが呟く。


「<アクセルバレット>」


 風が吹いた。魔獣の頭部が消失した。

 ディアボロディノスの体高が高かったことが幸いだった。マッハ六以上で射出されたオスミウム弾は斜め上に向かい、射線上にいたキリシュの遥か上、木の天辺を掠めて通過した。遅れて周辺の木々が揺れ、葉が舞い落ちてくる。ズゥン、と頭を失ったディアボロディノスが横倒しになり、そこにあった木々がメキメキと音を立てて折れた。


 エルテガは即座に意識のない娘の元へ駆け寄って抱き起した。左腕が折れ、口の端から血が流れている。


 リオンは走りだそうとして足が縺れ、その場で顔から地面に倒れた。鼻血が出るが今更だ。


「<レトログレイド>」


 自分に向かって<レトログレイド>を掛け、無事な左手を使って体を起こす。数秒待つと、右腕の骨と折れて肺に刺さった肋骨が正常な位置に戻って繋がり、損傷した部位が元通りになったのを感じた。すぐに走り出す。


「キリシュ!」


 膝を突いたエルテガに抱かれたキリシュの顔色は青白い。リオンは急いで彼女に<レトログレイド>をかける。

 変な方向に折れ曲がった左腕が正常に戻り、青白かった頬に朱が差す。浅く、湿った音が混じっていた呼吸音も正常になった。リオンはポケットから清潔なハンカチを取り出し、キリシュの口から流れていた血を拭った。


「もう大丈夫です」

「ああ……よかった。わい(お前)だいじょっか(大丈夫か)?」

「はい。ブロドさんたちは?」

「向こう側で倒れちょっ(ている)


 両手が塞がっているエルテガが顎で示した先を見ると三人がうつ伏せで倒れていた。呻き声がするので生きているようだ。リオンはすぐに三人を治療した。


――ガサッ


 背後で草を擦る音がした。リオンは振り返ることなく、後方の草叢に<アイシクル・ジャベリン>を連射する。


「ぎゃっ!?」

「ぐっ!?」

「いでぇ!?」

「うっ!?」


 四つの呻き声がほぼ同時に聞こえた。


「リオン、もう十分じゃ()!」


 更に追撃しようとするリオンを、エルテガが声で制する。キリシュを地面に優しく横たえた彼が槍を手に近付いてきたので、いつでも攻撃魔法を放てるよう警戒しながら一緒に草叢の中を覗いた。そこには二~三本の氷柱に体を貫かれて呻き声を上げる紅猿族の四人がいた。


「リオン、こいら(こいつら)に聞きこごたっこっがあっ(たいことがある)。縛り上ぐっで(げるから)けしまんかし(死なない程度に)治療しっくるっか(してくれるか)?」

「了解しました」


 ファンタジー作品で盗賊などを縛り上げるロープを「どこから出した?」と怪訝に思っていたリオンだが、ロープは冒険者にとって必需品らしい。別に誰かを縛る目的ではなく、野営で天幕を張ったり、倒した魔物の素材を纏めて縛ったり、高低差のある場所の上り下りで必要だから携行しているのだ。

 自分の背嚢からロープと小振りのナイフを取り出したエルテガが、非常に手際よく紅猿族たちの手首と足首を縛っていく。もちろん手首は背中側だ。


 それが終わった頃にブロドたち三人が目を覚まし、四人の紅猿族を抱えてディアボロディノスの死体に凭れるように座らせた。致命傷にならない部分を除き、既にリオンが治療済みである。拘束された彼らは敵意剥き出しの目でリオンたちを睨んでいた。


「こんなことしてただで済むと思ってんのか!」

「おぉ……こういう台詞言う人って本当にいるんですね」

「リオン。先にわが(自分)の顔を拭け」

「あ、はい」


 治療済みなので血は止まっているが、鼻と口の下にべっとりと血が付いたままだった。紅猿族たちより余程重傷に見える。リオンはキリシュに使ったハンカチで自分の血を拭った。まだちょっと残っているのを見かねて、エルテガがハンカチを取り上げてリオンの顔を拭く。まるで父親のようだ。


「四人もおっで(いるから)やっど(だな)ひといやと(一人だと)けしまん(死なない)ように加減すっとが(するのが)面倒じゃっで(だからな)


 普段のエルテガとは全く違う、氷のような冷たい声でそう言い放つ。


「誰がお前らみたいな下等種族の言いなりに――」


 唾を飛ばしながら吐いた暴言は最後まで言わせてもらえなかった。エルテガが持っていたナイフでそいつの喉を切り裂いたからだ。頸動脈から血を噴き出しながら、そいつは横倒しになって息絶えた。


「三人おりゃ(いれば)十分じゃ()


 冷静に見えるエルテガだが内心怒り狂っていた。それは当然だ。娘と、既に息子のように思っているリオンの二人が殺されかけたのだから。リオンは横たわるキリシュの隣に座り、彼女の頭を自分の太腿に乗せ、離れた場所からエルテガたちのことを見ている。ブロドたち三人はエルテガの少し後ろに控え、残った紅猿族に睨みを利かせていた。


 今、人が殺された。しかも、自分の良く知る人物が殺した。だが、リオンはそれに嫌悪も恐怖も感じなかった。

 紅猿族がここにいたと言うことは、ディアボロディノスを自分たちにけしかけたのが彼らであることは十中八九間違いない。彼らは魔獣を使ってリオンたちを殺そうとしたのだ。

 誰かを殺そうとするなら、自分も殺される覚悟をするべきだ。彼らは恐らく、魔獣で一方的に蹂躙出来ると思っていたのだろう。それは殆ど成功しかけていた。


 リオンは、自分には圧倒的に「経験」が不足していると反省していた。ディアボロディノスが目の前に現れた時、一瞬迷ってしまったからだ。エルテガなら絶対に迷うことはなかっただろう。

 言い訳ならいくらでも出来る。<アクセルバレット>が通じなかったら全員を危険に晒す。だから防御を選択した。

 だが<コンプレックス・シールド>は破られた。冷静になった今、あの青白い光に見覚えがあることを思い出した。カルロ皇子の茶会が襲撃された際、襲撃者の一人であるレミルが魔導具の大槌を使っていた。あの光にそっくりだったのだ。おそらく、あの尾は魔力を流して強化されていたのだろう。


 最初に発見した時に、問答無用で<アクセルバレット>を放っていれば。皆怪我をしなくて済んだのに。痛い思いをしなくて済んだのに。

 結果論ではある。実戦で使ったことのない<アクセルバレット>が、ディアボロディノスに通用すると分かったのはさっきなのだから。


 後から、あの時ああすれば良かった、こうすれば良かったと考えるのは誰でも出来ることだ。そういった経験を積み重ねることで、次に似たような状況になった時、判断が早くなる。それが経験を積むということであり、経験を活かすということである。


 実戦経験がこの中の誰よりも不足しているリオンが、咄嗟の判断に迷うのは当たり前のことだった。だが彼は、それに甘えるわけにはいかない、と強く思った。迷えば大切な人を失うかもしれない。それは想像するだけで恐ろしいことだった。


ないごてわいたっ(どうしてお前たち)がデーモン族とつるんじょっとや(でいるんだ)?」


 エルテガの冷たい声で、リオンは思考の海から引き揚げられた。エルテガは敢えて断定的な聞き方をする。ディアボロディノスを使役していたことで、紅猿族とデーモン族に何らかの関係があることは分かっているからだ。


「お前たちは、あの方の恐ろしさを知らないだろう!? 俺たちが生き残るにはこれしかないんだ!!」


 一人を無情に殺したのが功を奏したのか、三人のうちリーダー格と思しき男がそう叫んだ。


あん(あの)方? そい(そいつ)がデーモン族やっとか(なのか)?」


 エルテガの問いに、口を開いた男が目を伏せた。言葉にしなくても、その仕草は肯定を意味していた。


そい(そいつ)が人攫いも指示しちょっとか(しているのか)?」


 一度喋ってしまえば口は滑らかになる。男は「そうだ」と答えた。

 男によれば、そのデーモン族は一年程前に突然紅猿族の住む村に現れたと言う。そしてあっという間に村を制圧した。その際、二百人いた村人のうち六十人以上が死んだ。その上で隷属を強いた。


『この村は私がいただく。遠くない未来、この島全体が、そして北の大陸が私の領域になる』


 デーモン族はそう嘯いたらしい。そして若い女性や子供を攫ってくるように命じ、実行させた。攫ってきた女子供には、そいつが何かの術を施してから半数は解放し、半数は島の北部へ移送していると言う。


「半数は解放? ……その『術』っちなんよ(って何だ)?」

「詳しいことは分からない。ただ、魔力的な繋がりを作って見聞きしたことがあの方に伝わるようにしているらしい」


 骨鬼族のような、人を魔人に変えるといったものではないようだ。一方的なテレパシーのようなものだろうか?


ないごてそげんこっ(どうしてそんなこと)……ああ、情報を集めちょったんね(ているんだな)


 解放された者からはエバンシア島の、違法奴隷として売られる者からはグレンドラン大陸の情報を集める。「彼を知り己を知れば百戦殆からず」と言う。これにはリオンも百パーセント同意する。情報というのは非常に重要だ。インターネットなどないこの世界、情報はそう簡単に入手出来ない。敵の情報が多いほど有利になるのだから、そのデーモン族は人海戦術で情報集めを画策したのだろう。


ほいで(それで)そいん(そいつの)名は?」

「……それだけは勘弁してくれ。言えば殺される」

「ほう? まぁよか(いい)。話は十分聞けた」


 ここからどうするのだろう、とリオンは思った。必要な情報を得たから、残りの三人も殺すのだろうか? だとしても、彼にはエルテガを止める気はなかった。


「んん……」

「キリシュ? 目が覚めた?」

「リオン……あれ? あん(あの)魔獣は!?」


 キリシュがガバっと体を起こす。


「何とか倒したからもう大丈夫だよ」

「そ、そうなんだ……ハッ!? リオン、体は!?」

「自分で治した」

「そ、そっか。良かったぁ」


 自分が大怪我を負ったことを憶えている筈なのに、それよりも先にリオンの心配をしてくれるキリシュに胸が熱くなる。


「あ、あれ? あたい()の怪我……」

「うん、それも治したよ。どこか痛い所はない?」

「……なかごっ(ないみたい)。リオン、あいがと(ありがとう)


 いつものような朗らかな笑顔で礼を言われ、リオンは居た堪れなくなった。


「キリシュ、ごめん。僕がもっとしっかりしていれば、怪我なんかさせずに済んだのに」

そげな(そんな)風にわが(自分)を責めんで(ないで)あたい(わたし)もちっと(もっと)強ければ怪我せんかった(しなかった)じゃっで(だから)

「でも……」

ひとい(一人)すっぺ(全部)解決しようとせんじよかたっど(しなくていいんだよ)


 キリシュの言葉は、リオンの胸に突き刺さった。彼女の言う通り、リオンはなまじ規格外の魔法が使えることで、何でも自分で解決しようと考える節がある。だがどんな魔法が使えようと、一人で出来ることなど高が知れている。信頼する人に頼ることも時には必要なのだ。


『パーティにはそれぞれ役割がありますよね? 出来る者が出来ることをする、それが当たり前のことだと思うんです』


 リオン自身が、つい先日エルテガに言った言葉だ。それなのに、自分がそれをしようとしていなかったことに、リオンは今更気付かされた。


「うん、分かった。僕が出来ないことは、キリシュとエルテガさんに頼ることにする」

そいでよかど(それでいいよ)!」


 それでも、出来ることをもっと増やしたい、とリオンは思う。大切な人が傷付くのは見たくないから。それは自分が怪我を負うよりも遥かに痛い。


「リオン、あいつらのことじゃっどん(だが)


 エルテガが近付いて来て、キリシュに優しい目を向けながらそう言葉にした。


「はい」

こっから(ここから)いっばんちけ(一番近い)町の衛兵に引き渡そう()思う。少し遠回りになっけど(なるが)よかじゃろか(良いだろうか)?」


 こういう面倒なことがあるので、盗賊などはその場で殺して捨て置くという方法がよく取られる。特に懸賞金が掛かっていない盗賊は遠回りまでして町に連れていくメリットがない。

 だが、リオンはエルテガがそう言ってくれて少しホッとしていた。殺すのを止める気はないが、リオンだって積極的に殺したいわけではない。

 それに、先程聞き出した情報をその町のギルドに報告したいとエルテガは言う。確かにそれは重要だ。デーモン族なる輩が良くないことを企んでいるのだから、広く知らせる必要があるだろう。人としての責務だと思う。


「はい、その町に行きましょう」


 その町とは、ブロドたちの故郷で人攫いの犯人を捜す依頼を出した「メイロー」だった。ここから南西に一日半くらいの距離にあると言う。

 ディアボロディノス討伐の照明として、残っていた角の一本と魔石を持っていくことにした。エルテガが死骸の心臓付近を苦労して切り裂き魔石を回収する。

 紅猿族たちを歩ける程度に治療し足首だけ拘束を解く。ブロド、ゲルガ、ライドンの三人が一人ずつ紅猿族に付く形で、リオンたちはメイローに向けて早速出発した。

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