78 キリシュの想像力
リオンが与えられた部屋で攻撃魔法についてあれこれ考えている頃、別の部屋ではキリシュとルシカが女の闘いを繰り広げていた。
「おうたばっかいで番になっとか、びんたおかしかとじゃなかか!?」
「時間なんて関係ないにゃ! 気持ちが大事なのにゃ!」
「そげん言いながい、リオンのきもっは無視しちょっじゃね!」
「リオンの……気持ち? にゃ?」
今にも取っ組み合いが始まりそうだったが、キリシュの言葉にルシカが矛を収めたことで徐々に落ち着き、二人は向かい合って座った。
「リオンはキリシュのことが好きとでも言いたいのにゃ?」
「そうじゃなか。まず、リオンがないごてこけおっとか聞いて欲しか」
「分かったにゃ」
それはルシカも不思議に思っていたのだ。ルシカが人族を見たのは生まれて初めてだった。そもそもエバンシア島に人族はいないと聞いていたのだ。
キリシュは、リオンがグレンドラン大陸のある場所からポワンカ村の近くに転移で飛ばされたことを話した。
彼が、グレンドラン大陸にあるユードレシア王国という国の貴族の子供であること。そこには婚約者がいること。彼が何としてでも国へ帰ろうとしていること。キリシュはそれらを淡々と説明した。
「婚約者……その何とかいう国では、雄は一人の雌としか番になれないのにゃ?」
ルシカはユードレシア王国で重婚が認められているのかを尋ね、キリシュは複数の妻を娶ることは可能だが、リオンがそれを望むかどうかは別問題だ、と告げた。
「寧ろ望んじょらんち思う。リオンはきっと、さとでまっちょっ婚約者んこっを心から愛しちょっと」
キリシュが俯きながらそういう声は、少し掠れて聞こえた。
「キリシュは……それでいいのにゃ?」
「あたいは、彼の婚約者におて、彼の二番目ん妻にして欲しかちお願いすっつもい」
俯いた顔を上げ、決意のこもった眼差しを向けるキリシュに、ルシカは自分の浅はかさを思い知った気がした。
「キリシュはそこまでリオンのことが好きなんだにゃ。そんなことも知らず、軽はずみなことをして悪かったのにゃ」
「事情を知らんやったんじゃっで仕方なか」
これで話は終わり、とキリシュは立ち上がって宛がわれた部屋に戻ることにした。
キリシュ自身、リオンと出会ってから然程時間が経ったとは言えない。それでも、彼への想いは日を追うごとに強くなるようだった。
これまではただ何となく彼の故郷に付いて行きたいと思っていたが、今日の出来事があって自分の気持ちが明確になった。
自分はリオンと結婚したい。後から出会ったのだから二番目でいい。独占したいなんて言わない。だから、ずっと彼の側にいることを許して欲しい。
まだ見ぬ彼の婚約者に、そう言って土下座でも何でもするつもりだ。そのために、彼と一緒にユードレシア王国へ行くと決めた。
その決意を言葉にしたのは勿論初めてだった。だが言葉にしたことで、より自分の気持ちが固まった気がする。
ルシカの軽率な言動は癪に障ったが、これで彼女も軽々しく番になりたいなどと言わないだろう。
キリシュは布団に滑り込み、明日に備えて目を閉じる。だが気持ちが昂ってなかなか寝付けないのだった。
*****
翌朝。リオンたち一行はパルシャー村を出発した。目的地は北に三百キロメートルほど離れた「クレドス」という町があった場所だ。
クレドスは十五年ほど前に滅びたと言われ、現在は無人の筈だった。ブロドたちは王都ヴィーゼンの酒場で、人攫いと疑わしき者たちの会話から、そのクレドスへ向かうという話を掴んでいたのである。
共に北へ向かうのはリオン、キリシュ、エルテガ、そして飴熊族のブロド、ゲルガ、ライドンの計六人。リオンはルシカが付いて来なくて少しホッとしていた。キリシュ一人でも悩むのに、これ以上嫁候補が増えては堪らない。
「そう言えば、ブロドさんたちが追っていた二人の種族って何でしたっけ?」
「猿人族。たぶん紅猿族やっちおもっ」
大半の知的犯罪に関わっていると言われる「猿人族」。もちろん猿人族の中にだって善良な者はいるだろうし、他の種族の中に極悪人もいるだろう。だから猿人族=悪、と決めつけるのは良くない。
ただ、人族と見分けがつかないらしいから、なるべく悪いことはいないで欲しい、とリオンは思う。エバンシア島における人族の印象まで悪くなってしまいそうで何だかモヤモヤする。
「じゃ、おいたっが先行すっで」
ブロドたち三人が先行し、その後ろをキリシュ、リオン、エルテガと続く。
六人と人数が多いため、取り敢えず<エア・ムーブ>は無しだ。リオンは少し練習すれば六人でも出来そうな気がしているのだが、昨日ぶっ倒れたばかりなので今日は出来るだけ魔力を温存するように、とエルテガに言われたため<エア・ムーブ>は控えることにした。
とは言え、昨夜考えていたレールガンもどきの魔法は早く実現したい。昨日のコカトリス・ロードと同等、もしくはそれ以上の魔物といつ遭遇するとも限らないからだ。
ということで、リオンは森の中をやや足早に歩きながら頭の中でイメージを形作っていく。
彼の記憶に残っているのは、持ち運び出来るような大きさではなく、艦船に積載するサイズだった。それなりに砲身が長くなければ十分な加速が得られないのだろう。
五メートルの砲身内に二本のレール。そこに14.5mmオスミウム弾をセットし、レールに大電流を流す。
「<アクセルバレット>!」
レールガンという名称には若干抵抗があるので、この魔法は<アクセルバレット>と名付けた。リオンは四十五度の仰角で、空に向かって<アクセルバレット>を放つ…………放ったつもりだった。
「あれ? ……いてっ!?」
コツン、と何かが頭に当たる。足元に転がったそれは、空に放った筈のオスミウム(もどき)弾だった。
「リオン、なんしちょっと?」
後ろを歩くエルテガから声を掛けられた。気付けば前を行くキリシュも振り返っている。
「あ、いえ。新しい攻撃魔法を作れないかと思って」
「新しか魔法? そげなもん、ホイホイでくっとや?」
「いや、失敗しました」
「じゃろなぁ」
エルテガから呆れ気味に言われ、リオンは苦笑した。
「リオン、警戒はあたいがすっから、リオンはやりたかこっをやって?」
「あ、うん。ありがとう、キリシュ」
何故失敗したのか首を傾げながら再び歩き出す。先行したブロドたちと距離が離れたので少し急いだ。
歩きながら二度、三度と挑戦するが、弾丸が前に飛ばない。少ししか飛ばないのではなく、全く飛ばないのだ。
(オスミウムの電気伝導率は結構優秀だった筈だけどな)
四度、五度とやっても結果は同じ。オスミウム(もどき)弾が落ちてくるだけだった。
(十分なローレンツ力が発生していないのか?)
先行したブロドたちが魔物と戦闘している。加勢するべきか考えているうちに難なく倒していた。たまに後方のリオンたちの所に魔物が来るが、キリシュがさっさと片付けている。
「キリシュ、何か強くなってません?」
「じゃっどなぁ」
元々十三歳とは思えない強さだったが、この旅を始めてからそれに磨きがかかっている。
「愛の力じゃろかい」
「え!? 獣人ってそんな能力があるんですか!?」
「そげなわけあっか!」
獣人特有の能力かと思ったリオンだが、エルテガから呆れられた。
実際、キリシュはリオンの隣に立つべく強くあろうとしているのだ。娘の努力をリオンには分かって欲しい、とエルテガは思う。
そうやって二時間ほど森を進み、一行は休憩を取ることにした。
「リオン、新しか魔法はどげん?」
「う~ん、上手くいかないんだよね。行程が複雑だからかなぁ」
「複雑? やっぱい魔法ってむっかしたんね。魔法ってもっと自由なもんかち思うちょった。もっとこう、パパーっち思いどおいのこっがでくって」
自由で思い通り……それこそ「魔法」だ、とリオンは改めて思った。
(いや待て。キリシュの言う通りじゃないか? 僕はまた、難しく考え過ぎてるんじゃないか?)
二本のレールに大電流を流して磁界を発生させる。電磁力(ローレンツ力)で弾丸を加速させる。確かにそれは正しい理論だ。だが、「魔法」に理論が本当に必要だろうか?
今までも散々リオンは自分に言い聞かせていた筈だ。魔法はイメージが全てであると。理論や映像記憶はそのイメージを明瞭にするための補完材料に過ぎないのだと。
オスミウム弾を加速させるために、実際に大電流を発生させようとしていたのではないか? ローレンツ力で弾丸を加速させようとしていたのではないか?
魔法には大電流もローレンツ力も不要の筈だ。要はそれらが齎す結果を明瞭にイメージ出来れば良いのだ。マッハ六以上の速さで弾丸を飛ばすイメージを。
「<アクセルバレット>」
座ったまま、リオンは斜め上に掌を向けてその名を呟いた。途端、周囲を風が吹き抜け、上空の雲に穴が開いた。キリシュの艶やかな黒髪が、風に吹かれてふわっと靡く。ポカンとした顔で雲を見ていたリオンは、ハッとしてキリシュに向き直った。
「やった、成功した!! キリシュのおかげだ!!」
「えっ? えっ!?」
リオンは思わずキリシュの手を握り、ブンブンと上下に振っていた。
「えっと、どういたしまして?」
「うんうん! ありがとう、キリシュ!」
リオンはどうしても地球の物理法則や理論に引っ張られてしまう。強力な魔法を生み出せる反面、想像力の及ぶ範囲が限定的なのだ。
単に「こんなことが魔法で出来たらいいな」という思い付きを、実際に魔法で再現しようという発想に至らない。それがリオンの弱点と言ってもいい。
もしかしたら、魔法の「ま」の字も知らないキリシュのような人物が側にいることで、リオンの想像力を補ってくれるかもしれない。
己の弱みを自覚しているリオンは、そんな期待を抱くのだった。
パルシャー村を出発して五日目。野営続きの割に一行の体力に衰えは見えない。リオンが毎晩結界を張り、さらに風呂を二つ作ることで安眠出来る環境を提供しているからである。キリシュとエルテガは既に慣れたものだが、飴熊族の三人は大層驚き感謝していた。
「クレドスまであと半分ってとこですかね?」
「恐らくな。ただ、拠点に近付っにつれて敵と遭遇すっ危険が増す」
「確かにそうですね。気を引き締めます」
隊列は出発した時からずっと変わらない。リオンは背後のエルテガと会話を交わすが、自分で述べた通り警戒を強めた。
昨日までの四日間で<アクセルバレット>の発動も問題なくなっている。いずれも空に向けて撃っただけで実戦では使っていないのだが。
コカトリス・ロードと同等以上の魔物が現れたら試させて欲しいとブロドたちにも伝えているが、今のところ強敵とは遭遇していなかった。
もしやこのままお蔵入りだろうか、などとリオンが考えていると、先行していたブロドとライドンがこちらへ走ってきた。
「エルテガさん、こん先にやべ奴がおっ。ゲルガに見張らせよる」
「やべ奴?」
「今ずい見たこっがなかどん、おとろし圧を感ずっ」
そう言うブロドの隣で、ライドンも懸命に頷いている。同意見だ、という意味だろう。大柄で見るからに屈強そうな二人が顔色を失くしているのは只事ではない。五人一緒にその「やばい奴」を見張っているというゲルガの所へ行くことにした。
ゲルガは大きな木の陰で身を縮め、顔だけ出してその先の様子を窺っていた。その視線の先には、何か巨大なものが地面に寝そべっている。
血のように赤い体表は鱗に覆われ、無数の黒い線が血管のように走っている。背には菱形をした鰭のような大きな突起。長い尾の先には鋭い棘が十数本。頭の後ろは広がった襟のような形状で、目の上に二本の巨大な角、鼻先にも一本の角がある。要はステゴサウルスの胴にトリケラトプスの頭を付け、冗談じみた大きさにした生物だった。鼻先から尾の先まで五十メートル以上ありそうだ。寝そべった状態での体高はビルの三階分ほどある。その巨躯だけで畏怖と脅威を感じさせるに十分だった。
目を閉じていることから、恐らくその生物は眠っているのだろう。鼻から息を吐きだすたび、その前にある草叢と細い木々が大きく揺れている。
そして、その生物の側に四人。リオンは一見して人族かと思ったが、髪の毛が目の覚めるような赤色をしており、耳が人族のそれよりやや大きい。恐らくあれが、ブロドたちの言う紅猿族なのだと思われた。
エルテガが唇に立てた人差し指を当て、反対の手をゆっくり後ろ向きに振った。“音を立てず、ゆっくり下がれ”の合図だ。
巨大な魔物と紅猿族たちとは八十メートルほど離れているが、とにかく慎重に、音を立てないようゆっくりと後退する。こういう時によくあるお約束で「小枝を踏んで音を立ててしまう」というのがあるが、誰もそんな凡庸なミスはしない。
木々と草でそれらが見えなくなっても、しばらく慎重に後ろへ下がった。距離が二百メートルは離れたと確信してから、今度はスピードを上げて元来た方へ戻る。
そうやって五分ほど経って、ようやく一行は息をついた。五百メートルは離れた筈だ。
「エルテガさん、何だったんですか、あれ!?」
「落ち着け。おいも見たこっがなかどん、心当たりはある。絶対じゃなかが、『ディアボロディノス』じゃらせんかち思う」
「ディアボロディノス? あの魔物の名前ですか?」
「いやちごっ。デーモン族が使役すっ『魔獣』の総称じゃ」
デーモン族。魔獣。それはリオンが初めて耳にする言葉だった。
デーモンと言えば「悪魔」だが、「神」や「天使」の対極に位置する「悪魔」という意味なのだろうか? 実際にベルケエルのような「天使」と遭遇したリオンは、天使がいるのだから悪魔がいても不思議ではない、と今更ながら気付く。
それとも、「黒犬族」「縞猫族」「飴熊族」と同列の、単なる種族名としての「デーモン族」なのだろうか?
いや、そもそも「デーモン」は動物ではない。獣人とは考え難い。
「エルテガさん、あれがまこてディアボロディノスじゃったら、拙かことになっちょらんか?」
「紅猿族がデーモン族と関係しちょっことじゃろ?」
「主従か協力か分かりもはんが、人攫いの背後にデーモン族がおっとしたら……」
「……リオンがゆよな、単純な人身売買じゃらせんかもしれんな」
ブロドとエルテガの会話を聞いていて、リオンは疑問を抱く。何故、紅猿族とデーモン族が関係していたら拙いのか。何故、デーモン族が絡んでいると単純な人身売買ではないと考えるのか。
それについて質問しようとした時。
「おやっどん!」
キリシュの叫ぶような声に全員振り向く。
木々の間から血のような赤色と、こちらを捕捉している巨大な金色の目が見えた。




