77 攻撃魔法
キリシュが部屋を出て行った後、ルシカはリオンをジッと見つめてから何も言わず離れて行った。それからすぐ、エルテガとブラド、ブラドの仲間二人が部屋にやって来た。
「リオン、もうだいじょっか?」
「はい、問題ありません。ご心配をおかけしました」
リオンが立ち上がろうとするのをエルテガが肩を押さえて制止するので、座ったまま頭を下げる。
「わいが謝っことはなか。改めっせぇ、おいん治療をしてくれたこと、感謝すっ」
「キリシュにも同じことを言ったんですけど、当たり前のことをしただけなので気にしないでください」
今度はリオンの方が、頭を下げようとするエルテガを押し留めた。
「リオンさん、おいたっにも礼を言わせっくいやい。ゲルガとライドン、仲間二人をたすけっくれて感謝すっ」
「「あいがとごわす!」」
ブラドと二人の熊獣人が揃って頭を下げる。
「えーと、感謝の気持ちは受け取りました。もう十分ですから頭を上げてください」
リオンに言われて頭を上げたブラドは神妙な顔を崩さない。
「そいで、少なかどん受け取ってくいやい」
どん、と重たそうな革袋がリオンの前に置かれる。どうやらお金のようだ。
「リオン。治癒魔法使いに治療を頼んだぎぃな、この三倍はかかっと。しかもなおっとは限らん。彼らに相談されたで、勝手やっけど金額を決めさせっもろたよ」
「そんなつもりはなかったんですが……」
「こいはおいたっの気持ちやっで」
そこまで言われると、断る方がかえって失礼かもしれない。
「分かりました。ありがたく頂戴します」
リオンがそう言うと、ブロドたちは明らかにホッとした顔になった。
彼らは「飴熊族」というらしい。少し明るい茶色の髪と丸い耳、大きな体が特徴だ。
ブロドたちは、もっと高額な治療費を請求されるのではないかと心配していたのである。あの場にリオンたちがいなければ全員死んでいたかもしれないのだから高額でも仕方ないというのは分かっているのだが、如何せん手持ちのお金には限度がある。
エルテガは三人の気持ちを聞いた上で、リオンの能力を他に漏らさないという条件を飲ませ、その代わりに二人で六万フロリンという金額を提示した。実際、王都ヴィーゼンで治療を受ければこの三倍以上はする。治癒魔法使い三~四人がかりで治療に当たるからだ。それでいて、石化治癒の成功率は三割を切る。ブロドたちはエルテガの提案に喜んだが、肝心のリオンがどう言うか不安だったのだ。
何せブロドはリオンの魔法の威力を目の当たりにしていたから。機嫌を損ねたらどうしようと思っていたのである。
「ところで、ブロドさんたちはどうしてあんな場所に?」
「そいについて、リオンにそだんしよごたっこっがあっど」
「相談?」
ブロド、ゲルガ、ライドンの三人は普段王都ヴィーゼンで活動する冒険者だが、今回は冒険者ギルドの依頼ではなく、故郷のメイローという町からの依頼で動いているそうだ。
「おいたっは人攫いを追っちょっと」
「人攫い!?」
メイローの町だけでなく、ここラルグリア王国の中央から南西部にかけて、若い女性や幼い子供が攫われる事件が多発しているらしい。ただ、あまりにも広範囲のためこれまでは犯人が絞れなかった。
「うたがわしか奴らがちょうどヴィーゼンにきちょったと。おいたっはそよおうちょってコカトリスに出くわしてしもた」
依頼主であるメイローの町長から、疑わしい者の情報が送られて来ていた。ブロドたちが発見したのはそのうちの二人。ヴィーゼンの酒場まで後をつけ、二人の話に聞き耳を立てていて確信を持ったと言う。「あと女五人、子供四人必要だ」などと話していたそうなのだ。
「そいつらが誰かの依頼でうごいちょっち分かった。そいでそいつらを追ううちに、コカトリスの巣に誘い込まれた」
ブロドたちはC級冒険者らしい。その彼らを出し抜くとは、相手は相当な手練れなのかもしれない。
「みうしのうたが、奴らん行き先は分かっちょっと」
そこまで聞いて、リオンはエルテガの顔を覗き見た。ブロドたちは恐らく、エルテガに助力を求めたのだ。子供を大切にする黒犬族のエルテガは、人攫いを放っておけないに違いない。だがリオンが一日も早く故郷に帰りたがっていることも理解している。
「それで、奴らの行き先は?」
「リオン……よかとか?」
「人攫いの目的は人身売買だと思うんです。お恥ずかしい話ですが、グレンドラン大陸には人族以外の奴隷を欲しがる輩がいると聞いたことがあります。何の罪もない女性や子供を攫って売り飛ばすなんて許せないし、違法な奴隷を買う奴も許せません。この際供給元を断ちましょう」
ユードレシア王国の西にあるキーレライト王国の更に西方の国々では、珍しい種族の奴隷を蒐集する不届き者がいるらしい。ユードレシア王国にだって借金奴隷や犯罪奴隷はいるが、それらはいわば自業自得であり、ある種の救済手段でもある。だが違法奴隷は駄目だ。何の罪もない女性や子供を攫って売り飛ばす行為は、人の尊厳を踏み躙る行為だとリオンは思う。売る奴も買う奴も許し難い。
「ただ、攫われた女性や子供たちを送り届けることまでは難しいです。ブロドさん、それでもいいですか?」
「もちろんじゃ! おはんたっがたすけっくるったればこれ以上心強いこっはなか!」
「リオン……まだ場所を聞いちょらんどが?」
「……そうでした。それで、どこなんです?」
「こっから北に十日ばっかいんとこじゃ」
「ほとんど通り道じゃないですか」
「じゃっと。やっでついでに彼らを助けたらどうかとそだんすっつもいじゃったと」
これが逆方向なら多少は悩むが、目的地の方向であれば尚更否やはない。細かい打ち合わせはエルテガに任せ、リオンは万全を期すため休ませてもらうことにした。
エルテガたちが部屋を辞した後、キリシュとルシカがやって来た。二人は食事の載ったお膳を持っている。
「ご飯、食べられそう?」
「うん、お腹減ったー。ありがとう、キリシュ」
「村にあんまり食料がないから、コカトリスの肉をもらったにゃ!」
「コカトリス、食べられるんだ」
炊いたオリザ(米)、根菜たっぷりのフェルメン(味噌)スープ、それと照り焼きにしたコカトリスの肉。見た目は鶏肉である。
「おお!? 普通の鶏より美味い!」
鶏特有の臭みがほとんどなく、甘辛い味付けが良く合う。米が進む味だった。
「リオン、今日はこけ泊めてもらっせぇ、明日ん朝出発するって。だいじょっけ?」
「うん。一晩寝たら魔力は回復するから大丈夫」
「よかった」
キリシュがそう言って立ち上がり、食べ終えたお膳を片付けに行く。それを見計らったように、ルシカが口を開いた。
「リオンはキリシュと番にゃ?」
「え? いや、そういうわけじゃないけど」
「じゃあ、あたしと番になるにゃ!」
ルシカはそう言うが早いかリオンに飛び掛かってきた。
「<エアバースト>!」
「うにゃあっ!?」
吹き飛ばさない程度の弱い風圧で、リオンはルシカの突進を防いだ。突風に見舞われて呆然と立ち尽くすルシカ。
「な、なにするにゃっ!」
「こっちの台詞だよ! どういう流れでこうなるのさ!」
「リオンは凄い雄だにゃ! 唾つけとくにゃ!」
「僕の意思はっ!?」
「そんなの後から付いてくるにゃ! ふしゃー!」
「ないしちょっと! リオンから離れてよ!」
「キリシュだけずるいにゃ!」
「ないごてよ!? あたいだってまだなんもしちょらんたっど!」
再び飛び掛かろうとするルシカを、戻ってきたキリシュが羽交い絞めにした。更に騒ぎを聞きつけたエルテガやブロドたちも戻ってくるが、彼らは何があったかを察し、ニヤニヤするだけで助けてくれない。
「はぁ~。はいはい!」
リオンがパンパン! と手を叩く。ぎゃあぎゃあ騒いでいたルシカとキリシュが静かになった。
「悪いけど、疲れてるから休ませて?」
リオンがそう言うと、キリシュとルシカはしゅんと肩を落として部屋を出ていく。エルテガたちもそれに続いた。
「獣人族って恐ろしく積極的だなぁ……」
ようやく静かになった部屋でリオンは呟く。獣人族全体ではなく、ルシカの個性なのかもしれないが、キリシュもルシカほどではないが積極的に思える。
ルシカのことは棚上げし、忘れないうちに女神ルシアレンへの祈りを捧げ、まだ少しだるい体を寝床に横たえ、今日のことを思い返す。
コカトリスとの戦闘で、リオンは殺すことを躊躇わなかった。エバンシア島に転移してから多くの魔物を殺し、それが当たり前になりつつあることに今更ながら少し怖くなってくる。
自分の何かが変わったのだろうか?
ここでは魔物との戦闘が日常だ。きっとこれからもそうだろう。生き物を殺すことへの忌避感や罪悪感が薄れているのを感じる。
自分は大丈夫だろうか?
戦いを避けるために防御を極めようと考えていたのではなかったか?
いや、そうではない。防御を極めたいのは、自分や自分の大切な人を守りたいからだ。
そして魔物を殺してしまうのは、そうするしか守る手段がないからである。
当然だが、魔物には言葉が通じず、交渉云々の前に問答無用で襲い掛かってくる。<コンプレックス・シールド>や<リポルション>で攻撃を防いでも一時しのぎにしかならず、<カイエン・ボール>で退散させるか、他の攻撃魔法で殺すしかない状況だ。結局、それが自分とキリシュたちを守ることになっている。
殺すことに愉悦を感じているわけではない。止むを得ず殺しているのだ。それを改めて認識して、リオンは少し安心した。
もし絶対的な防御を生み出せたら、魔物すら殺さずに済むのだろうか? そうだったらいいな、と彼は思う。
しかし……今日戦ったコカトリス・ロード、今後あんな強敵と何度も戦うことになるとしたら、今の自分では火力が不足している。もっと強い魔物だってきっといるのだから。
リオンはこれまで攻撃魔法については防御ほど重視してこなかったが、ここエバンシア島を縦断するために、故郷へ帰るために、より強力な攻撃魔法の必要性を認めざるを得なかった。
「攻撃魔法、か……森だから火系統は駄目だよなぁ」
今日は思わず<ハイドロ・フレイム>を使ってしまったが、本来は駄目だ。森林火災の原因になる。だとすれば何が良いのだろう……。
すぐに思い付くのは「ウォータージェットカッター」だ。超高圧の水流で物を切断するアレである。熱が発生し難く、水を使っているので火災が起きる心配はまずない。
「でも別に『切断』する必要はないんだよなぁ」
生物である以上、脳か心臓を破壊すれば相手は死ぬ。リオンが魔物に<ストーンガトリング>を使いたがらないのは過剰殺戮になるからだ。普通の精神の持ち主なら、血や臓物の海など見たくないだろう。だから、新しい攻撃魔法を作るとしたら――
「ウォータージェットカッターを一瞬だけ、それこそ銃弾のように発射出来ればいいんじゃないかな? ……いや、それじゃたぶん駄目だ。距離が離れれば威力が急激に減衰する」
ウォータージェットカッターは、小径ノズルから水道の二千倍以上という超高圧で水を噴射して金属すら切断する。ただ、通常はノズルと切断対象表面の距離は一~二ミリメートル。射程距離は約五センチメートルしかない。一メートルも離れると水が霧状になり破壊力がなくなるのだ。弾丸のように射出してもたいして射程距離は伸びないだろう。これではとても攻撃には使えないと思われる。
「いい魔法かと思ったんだけど……。やっぱり火を出さないことを考えると<ストーンライフル>を強化するのが手っ取り早いかなぁ……」
<ストーンライフル>は、五十口径の対物ライフル、バレットM82をモデルにしている。銃口初速は853m/s。音速が約340m/sだから、音速の約二・五倍である。
運動エネルギーは速度×重量なので、同じ五十口径石弾を使っても射出速度が上がれば威力は上昇する。
「やっぱ『レールガン』しかないかな……」
レールガンとは電磁力で弾を射出する技術である。その初速は2300m/sにも達する。実にバレットM82の約二・七倍だ。弾が同じなら、威力も約二・七倍である。
「……二・七倍じゃ心許ない。せめて十倍くらいじゃないと」
そのためには、弾の重量を四倍近く増やさなくてはならない。リオンは試しにいつもの石弾を発現させてみた。
その時リオンはふと思い出した。自分は以前、超高密度物質を作り出していたことを。
オスミウム(Os)をモデルに、それをぎゅうぎゅうと圧縮して<UDM>を生成していたのである。
「そこまで圧縮する必要はないんだ。普通のオスミウムで弾を作れば」
地球では、オスミウムはとても希少な金属で、非常に高価である。元素記号を知っていたから再現できたのか、それとも全く違う物質が生成されたのかはリオンにも分からない。とにかく重い物質で、地球で最も重い金属がオスミウムだったのだ。
一般的な「石」の比重は約二・五~二・八。石弾は石を圧縮したイメージで生成しているので、恐らく十~十四程度の比重だろう。
オスミウムの比重は二十二・六。石弾の二倍くらいだ。
「ということは、石弾よりひと回り大きい弾にすれば、四倍程度の重さになる筈だ」
対物ライフル用の弾丸に、14.5mm×114mm弾がある。これをオスミウムで作るイメージで生成してみた。
左手に従来の石弾、右手にOS弾。両者の重さを比べてみる。
「……すごいずっしりしてる。これをレールガンの弾丸にすれば、<ストーンライフル>の十倍の威力が出せるかも」
実は、リオンは非常に重要なことを勘違いしていた。
運動エネルギーは重量に比例し、速度の二乗に比例するのである。つまり、速度が二・七倍になった時点で運動エネルギーは約七・三倍になるのだ。
これに加えて重量を四倍にすると、運動エネルギーは約三十倍にも上る。リオンが目指した威力の三倍ということになる。
ところで、レールガンは地球においてまだ実用化されていないが、その理論は広く公開されている。だからリオンも何となく憶えているのである。その一方で運動エネルギーについて「速度の二乗」を忘れている辺り、彼は理系の人間ではなかったのかもしれない。
レールガンの有効射程は実に二百キロメートルにも及ぶ。マッハ六以上の超高速で砲弾を射出するため、ミサイルの迎撃にも有効とされている。
意外にもその原理は単純だ。平行に並べた二本のレールに大電流を流して磁界を発生させ、弾丸に流れる電流がその磁界を通過する際に「ローレンツ力(電磁力)」が生じ、このローレンツ力がレールに沿って弾丸を前方に加速させるのである。
レールガンの実用化には砲身の浸食と発電システムが課題となるが、ここは魔法がある世界。おおよその原理が分かっていれば、魔力によって再現出来てしまうことは既に証明されている。要はどれだけ明確にイメージ出来るか、なのだ。
もちろん、部屋の中で実験するほどリオンも無謀ではない。頭の中を整理してイメージを明確にしながら、明日にでも屋外で実験してみようとリオンは思うのであった。




