76 コカトリスの巣
骨鬼族の拠点を攻撃した時と同じように、高台からコカトリスの巣を殲滅するつもりだった。だが実際に来てみると、あの時とは状況が違うことが分かった。
「……全然巣が見えません」
高さが足りないだけではない。巣の辺りは木々が白っぽく変色している為おおよその場所は分かるが、肝心のコカトリスの姿が視認出来なかった。巣があってもそこが開けているわけではなく、木々が邪魔なのだ。
「あー、ほんとにゃ」
「おやっどん、こんた近付かんなやっせんごた」
<身体強化>をナチュラルに使える獣人族は<視力強化>も得意のようだ。ルシカとキリシュが目の上に手を翳して巣があると思しき辺りをじぃっと見てから口にした。
「リオン、どげん思う?」
「……毒霧はどれくらい離れていれば安全でしょうか?」
「そうじゃなぁ。五十メートルも離れれば十分やっちおもどん」
「射線が通る場所を探しながら巣に近付きましょう。ただし最低百メートルは離れる条件で」
リオンは二倍の安全マージンを取ることを提案した。もちろん、もっと離れた場所で射線が通れば無理に近付く必要はない。
方針が決まったので、高台を下りて巣の方向へ向かった。しばらく歩くと弱い魔物が全くいないことに気付き、より慎重に進む。
(そう言えば、骨鬼族の拠点を偵察した時もこんな感じだったな)
あの時は真夜中だったので<ナイト・ビジョン>と<サーモグラフィ>を使っていた。今は昼なのでそれらは不要。時々<テレスコープ>を使って、木々の間からコカトリスの姿を捉えられないか確認している。
誰も一言も発しない。息すら殺し、背を屈めてゆっくりと進んでいく。と、先頭のエルテガが立ち止まり、手を上げて全員を制止した。リオンが手で呼ばれて彼の側に行くと、指で示された木々の隙間を覗く。
(っ!?)
思っていたよりずっと近くにそれがいた。
全身が泥で汚れたような黒。三メートルくらいの高さにある頭はニワトリより恐竜のようだ。金色の目、棘が密集して出来たトサカ。羽毛があるようには見えず、ほとんど爬虫類だ。翼もワイバーンの翼に似ている。そして尻尾が蛇だった。尻尾の先に付いている蛇の頭は、それが独立した意思を持っているかのように蠢いている。脳はどうなっているんだろう、と疑問に思わざるを得ない。
ちょっと大きなニワトリを想像していたリオンにとって、その姿は予想外であった。バジリスクと初めて遭遇した時より衝撃である。
巣まではまだ四~五百メートルある筈。だが相手は生き物、ずっと巣で大人しくしているとは限らない。悠々とリオンたちの前を横切るそれとは、三十メートルも離れていなかった。
巣の全体を把握する前にこいつを倒していいのか? 判断に迷ったリオンはエルテガに目で問う。すると彼は、親指を立てて首を搔き切る仕草をした後、人差し指を一本立てた。
(一撃で仕留めろってことね、了解)
この距離は毒霧の射程内。一撃で倒さなければこちらに被害が出る可能性がある。
(……ところで、ニワトリと蛇、どっちを狙えばいいんだ?)
一瞬迷った後、リオンはまずはニワトリの頭部を狙うことにした。
(<ストーンライフル>、<ストーンライフル>)
二射目で蛇の頭を撃ち抜く。コカトリスは何が起きたのか理解する前に絶命し、その場で横倒しになった。
(エルテガさん、僕が上から他にいないか見てきます)
リオンはエルテガに耳打ちし、彼は少しだけ考えて頷いた。今最も危険なのはコカトリスに囲まれること。見通しの悪い森の中では、今のように気付かないうちに敵の接近を許してしまう場合がある。その危険を避ける為にリオンによる偵察も止むなし、とエルテガは判断したのだ。
(<エア・ムーブ>、<サーモグラフィ>)
リオンが音もなく浮き上がるのを見て、ルシカが目を真ん丸にして驚いていた。
木々の上に出て周囲を見下ろす。幸い背後に敵はいない。その代わり、前方三か所で大きな生物が動いているのを捉えた。すぐに地面に降りたリオンは、木の枝で土に図を描き、方向と距離を伝える。
四人が頭を寄せ、エルテガが地面を指差して無言で作戦を伝えた。近い所から確実に仕留めていくために、左前方に移動する、
今度はそこにいると分かっているので無暗に接近しない。リオンは耳に全神経を集中して気配を探るが、キリシュの方が先に見付け、リオンを肘で突いて教えてくれた。
百メートルは離れている。射線が通るタイミングを見計らい、まずはヘッドショット。さっきは二連射したので分からなかったが、ニワトリ(?)の頭を吹き飛ばしてもまだ体が動いている。蛇の頭は動きが早く狙いが付け難い。根元を狙って吹き飛ばすと本体が倒れ、尻尾もしばらくのたうち回った後動かなくなった。無理に蛇の頭を狙う必要はないようだ。
(もう一度上から見ます)
エルテガに囁いてから浮き上がる。巨体だから、少しの間で結構な距離を動いていた。先程と同じように地面に降りて図を描き、エルテガの指示で移動する。
それを繰り返すこと二度。リオンが見付けた三体は無事倒すことが出来た。最初のコカトリスを含めて四体だ。
あちこち動き回ったため、リオンは巣の方向が分からなくなったが、エルテガはしっかり把握しているようだ。もう少し巣に近付いたらまた上から見て欲しいと言われた。
エルテガの先導で歩くこと五分。また制止の合図で足を止め、リオンが上から偵察するため浮き上がる。
その瞬間、進行方向で爆発音と共に土煙が上がった。炎は見えない。
「「「「「ギィェェエエエー!!」」」」」
金属を擦り合わせたような、嫌悪感を催す鳴き声。木が折れる音と怒声がリオンの耳に届く。
「エルテガさん! 巣の辺りで戦闘が起きてるみたいです!」
「リオン! おいたっも空からはこんがなっか!?」
「はい! <エア・ムーブ>!」
「にゃ、にゃにゃにゃあ!?」
エルテガとキリシュは慣れたものだが、ルシカが悲鳴を上げた。すぐに自分で口を押さえ、声が出るのを防いでいる。
「おやっどん、あっこ!」
高度を木々の三倍ほどに上げると、コカトリスに囲まれた獣人が見えた。現場に急行しながら、リオンは<テレスコープ>で拡大して様子を窺う。
「獣人が三人、コカトリスは八……九体!」
「リオン、このまま攻撃でくっか?」
「四人を飛ばしながらは難しいです! 僕一人ならなんとか」
「じゃあおいたっを降ろせ! リオンはそんまま上から攻撃、わいたっは降りた場所からいごっな!」
エルテガが矢継ぎ早に指示を与える。リオンはすぐに三人を降ろし、自分一人で現場上空へ急いだ。地上では、エルテガが驚くべき速さで木々の間を縫い、現場に向かっている。
「くっ、ここからじゃ獣人にも当たってしまう」
三人のうち、二人は毒霧を受けたらしく動けなくなっていた。残った一人――大柄な熊の獣人が、その二人を庇うように巨大な斧を振るっている。リオンはその彼の頭上で止まり、そこから円を描くように<ストーンガトリング>を掃射した。
五十口径の石弾がコカトリスたちを蹂躙する。頭が吹き飛び、胴体が半分千切れ、僅か数秒で九体のコカトリスが全滅した。濃い血と臓物の噎せ返るような臭いが浮遊するリオンまで届く。
「な、何が起こった……?」
熊の獣人は呆けたように立ち竦んでいた。
「助けに来ましたー。今から降りますから攻撃しないでくださーい」
リオンはそう眼下に声を掛け、殊更ゆっくりと地上に降りる。見上げた熊獣人の顔には見覚えがあった。
「あれ? えーと、ブロドさん、でしたっけ?」
「おー、おはんなあんとっの!」
王都ヴィーゼンに入都する直前、話し掛けてきた熊の獣人、ブロドだった。
「リオンです。ブロドさんたちはこんな所で何を――」
バキバキっと木が折れる音で、リオンの言葉が遮られる。反射的にそちらへ目を遣ると、エルテガが三体のコカトリスと交戦していた。そのうち一体は異常に大きい。
「あいは『ロード』じゃっ!」
ロード? とリオンは走りながら首を捻った。コカトリス・ロード、コカトリスの上位種であるが、もちろんリオンはそんなことは知らない。
よく見れば、尻尾が三又に分かれ、それぞれに大蛇の頭部が付いている。通常のコカトリスと比べると体色も少し違い、濡れた石のような光沢があった。
リオンはコカトリス・ロードの横へ回り込む。そのままだと射線上にエルテガがいるからだ。
「あ、毒霧って蛇が吐くのか」
今まさに、五つの蛇頭からエルテガに向かって毒霧が吐かれた。リオンが暢気なことを言えるのは、エルテガが目にも止まらぬ速さで反対方向へ回り込み、毒霧を回避したからだ。彼はリオンの意図することが分かっていて、ちゃんと射線から外れていた。
「<ストーンガトリング>!」
リオンは走りながら<ストーンガトリング>を掃射する。ガガガガガッと岩を削るような轟音がして、二体の通常種は倒れたものの、ロードには致命傷を与えられなかった。
「嘘だろ!?」
不壊の大岩さえ砕くリオンの<ストーンガトリング>、それを防ぐ表皮を持つとは。
ただし完全な無傷とは言えず、表皮が大きく抉れている部分もある。その痛みのせいか、ロードは滅茶苦茶に暴れ始め、三つの蛇頭から四方八方に毒霧が撒き散らされた。
「くそっ、<カイエン・ボール>、<ラピッドファイア>!」
ロードの頭部に<カイエン・ボール>を連射。続けて<エアバースト>を放って毒霧を相手に押し返す。
「ギョァァアアアアーーー!?」
動きを止めようと思ったがカプサイシンが効き過ぎたようで逆効果だった。ただ毒霧の散布は止まり、地面に転がってのたうち回っている。
「<コンプレックス・シールド>、<ハイドロ・フレイム>!」
リオンはコの字状にロードを囲み、そこへ<ハイドロ・フレイム>を放った。透明な炎が瞬時にロードを覆い、赤い火柱が立ち上がる。
「キィァアアアー!」
「これでも死なないのか。<リリース>、<アイシクル・ジャベリン>、<ラピッドファイア>、<ストーンガトリング>!」
<コンプレックス・シールド>と<ハイドロ・フレイム>を解除、無数の氷柱を当ててロードの表皮を急速に冷却し、脆くなったところへ再度<ストーンガトリング>を斉射。
「ギ、ギィィィ……」
ズズン! と地面が揺れるほどの地響きを立て、コカトリス・ロードが倒れる。
「ふぅ、やっとか……」
「ようやった、リオン」
その声に振り向くと、エルテガがブロドに肩を担がれて立っていた。
「エルテガさん!?」
「ちぃとばっかしくじった」
見れば、エルテガの左前腕は白っぽく変色し、右の太腿には大きな裂傷を負っていた。ブロドが泣くのを堪えるような顔をしている。リオンに至っては今にも泣きそうな顔になった。
「おとこんこがそげな顔をすっもんじゃなかど?」
「だ、大丈夫、治します。<レトログレイド>!」
新緑のような黄緑色の光がエルテガを包む。左腕は元の肌色を取り戻し、太腿の裂傷は見る見るうちに塞がった。
「はぁ、はぁ……エルテガさん、どうですか? 腕と脚は問題なく動きますか?」
エルテガは、自分に起きたことが信じられないといった顔で手足を動かした。
「ないちゅうこっだ! 完全になおっちょ!」
「はぁ~、良かった……ブロドさんは怪我してないですか? してない? じゃあお仲間の二人を治しましょう」
「リオン、魔力はだいじょっか?」
「はい、何とか」
そう言ったリオンは、ブロドの仲間二人に<レトログレイド>をかける。石化した部分が元に戻るが、服や防具まで戻ったことに気付いたのはエルテガだけだった。
「おやっどん、リオン! だいじょっけ!?」
「にゃにゃ!? コカトリスがこんなにいたのにゃ!?」
「だいじょっじゃ。リオンのおかげで傷も治った」
「えへへ、良かった、です……」
リオンが前のめりに倒れ、顔から地面に激突する寸前、ブロドが彼を抱き上げる。
「こん子はまこてすごか子じゃっ」
ブロドが漏らした感嘆の言葉は、リオンの耳には届かなかった。
「あ、あれ? どこだ、ここ?」
「リオン、目が覚めた? パルシャー村じゃっど」
陽はとっくに暮れて、部屋の中は蝋燭の灯りだけだった。リオンは藁で作った布団のようなものに寝かされ、すぐ側にキリシュが座っていた。
「あ~、久しぶりに魔力が枯渇したのかぁ」
「びっくいしたど。急にたおるっもんで」
コカトリス・ロードが今までにないしぶとさだったので、思わず魔力を使い過ぎてしまったようだ。
もっと繊細なコントロールをしなければ、とリオンは自省する。もしあの場に二体目のロードが現れたら全滅していたかもしれない。
「リオン。おやっどんの石化と怪我、治してくれてあいがとな」
「いや、当たり前のことをしただけだから。気にしないで」
キリシュはリオンが倒れる所を目の当たりにして、それが「魔力枯渇」によるものだと父から教えられ、大いに反省した。これまで彼女は、リオンの魔力に限りがあるなど思いもよらなかった。気軽に「飛ぶヤツやって!」と頼んでいた自分が物凄く我儘を言っていた気がして、リオンにとても申し訳ない気持ちになった。
「リオン……ごめんなさい」
キリシュが急に泣き出して謝るので、リオンは驚き、戸惑った。
「ど、どうしたの、キリシュ!? どこか痛いの!?」
リオンは寝台から起きてキリシュの隣に座り、背中を擦る。キリシュは声を殺して泣きながら俯き、首を横に振るばかり。しばらくそうしていると、ようやく泣き止んだキリシュが呟く。
「……あたい、リオンに我儘ばっかいゆちょった」
「我儘? そうだっけ?」
「魔力が切れたら大変やって知らんかったから、『飛ぶヤツ』やってって……」
「そんなこと気にしなくていいよ。魔法は使えば使うほど上手になるし、魔力も増えるんだ。だからあれは僕も望んでやってるんだから。それに、本当に無理な時はちゃんと無理って言うから」
「う、うぅ……」
「何でまた泣くの……」
キリシュ自身も、自分がどうして泣いているのかよく分からない。元々そんな涙もろいタイプではないのに……。
この時のリオンは知らなかったが、コカトリスの石化は治癒魔法で治すのが難しいとされていた。治癒魔法は状態の変質が大きいほど魔力を消費する。裂傷などの傷よりも、石化は細胞が変質しているため、状態の逆行にかなり大量の魔力が必要なのだ。リオンが治癒魔法を使えることはエルテガも知っていたが、彼が驚いていたのは石化を治すのが非常に困難だと知っていたからである。エルテガだけでなくブロドの仲間二人まで治してしまったものだから、魔力量が尋常ではないリオンでも魔力が尽きたのだった。
治療が困難な父の石化を治してくれたことへの感謝。我儘だと思ったのに「気にしなくていい」という心遣い。キリシュは、そんなリオンの優しさに涙が溢れてしまったのだ。それにふと気づいたキリシュは、思わずリオンに抱き着いて首筋に顔を埋めた。
「キリシュ……」
「ごめん。今だけでんよかで」
リオンは遠慮がちに、キリシュの背に両手を回した。獣人族特有の、人族より少し高い体温を感じる。
「にゃーっ!? リオンとキリシュが乳繰り合ってるにゃ!」
そこにやって来たのは、空気が読めないルシカ。彼女もリオンを心配して様子を見に来たのである。ルシカの声に、リオンとキリシュはお互いを突き飛ばすような勢いで離れた。
「あたしはお邪魔だから退散するにゃ。続きをどうぞにゃ」
「あ、あたいもおやっどんたちにリオンが起きたっち知らせっくる」
耳まで赤くなったキリシュがそう言って、ルシカの横をすり抜けて部屋から出ていった。




