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75 パルシャー村

 王都ヴィーゼンを出発して十二日後、リオンたち三人はバルシャー村の近くまで来ていた。当初二週間かかると聞いていたのだが、二日も短縮出来たのには理由がある。


「リオン、また飛ぶヤツやって!」

「また? はいはい」


 王都を出てすぐの草原地帯で、草を掻き分けて進むのを厭うたリオンがまた<リポルション>と<エアバースト>で一行を運んだのが拙かった。キリシュがすっかりそれを気に入ってしまったのだ。


 リオンはこの魔法を<エア・ムーブ>と名付けた。空中移動(Aerial Movement)を短縮しただけである。飛行と言うにはちょっと違うような気がしてこの名称になった。ちなみにキリシュは「飛ぶヤツ」と言う。


 最初の三日、森の中で<エア・ムーブ>を使うのはかなり苦戦した。樹冠より高くするのは落下した時が怖いし、木々が立ち並んでいるのでそれを避ける細かい制御が必要。それを同時に三人分やらなくてはならない。魔力がなくなると言うより精神的に疲れる。一度に五分が限界だった。

 それが四日、五日と続くうちに少しずつ慣れていった。慣れるとスピードを速くしたり、少し高度を上げてみたりした。すると余計にキリシュが喜ぶ。彼女が喜ぶとリオンも嬉しい。

 エルテガは最初、地に足が着いていない感覚が苦手のようで、終始不安そうな顔をしていたが、慣れたのか、それとも諦めたのか、空中で胡坐をかいてリラックスしている。


 そうやって一週間も続けていると、木々よりも高い場所を、一度に三十分ほど移動出来るようになったのだ。これを日に三~四回繰り返せば、徒歩よりも結構距離を稼ぐことが出来たのである。


「リオンの魔法はまこて(本当に)便利じゃっどなぁ(だよなぁ)


 エルテガが呟くように空中移動には利点が多い。速度が出せることもそうだが、徒歩による疲労がないこと、魔物との戦闘を避けられることが挙げられる。ただリオンは疲れるし、木の上でも飛び掛かってくる魔物はいるのだが。


「ハッ!」


 今もキリシュが双剣でカモ・レパードを切り裂いた。森の中だと体色が迷彩になっていて気付きにくい豹の魔物である。空中にいるキリシュを獲物と見做して襲い掛かってきたが、彼女は軽々と返り討ちにした。


 ちなみに、夜は夜でリオンは魔力の流れを意識しようと努力していた。これまで通り<コンプレックス・シールド>で結界を張り、風呂を作って順番に入る。雑魚寝の体勢になるとキリシュが当たり前のようにくっついてくるが、意識を体内の魔力に向けることで邪念を追い払う。その甲斐があったのか、リオンは僅かに体内魔力の流れを感じ取れるまでになった。


「そろそろ降りようか」


 バルシャー村らしき所が遠くに見えたので、リオンはそう提案した。まさか空から舞い降りるわけにもいくまい。騒ぎになるのが目に見えている。

 そこから三十分ほど歩き、バルシャー村が目前に迫った時。


「ここを通りたかったら、身ぐるみ置いていくにゃ()!」

「にゃ?」


 行く手を七人の獣人が塞いだ。中心にいる若い女性が威勢よく声を上げたが、リオンは語尾が気になってしまった。


「聞こえなかったのにゃ? ここを通りたかったら――」

「いや、聞こえてます。あの、僕たちはバルシャー村の依頼を受けに来たのですが」

「にゃ!? そ、それはすまなかったのにゃ。村に案内するにゃ」


 山賊のような勢いから一転、急に良い人になって戸惑う。


「あの、エルテガさん。付いて行っても大丈夫でしょうか?」

「ああ、パルシャー村んもん(の者)まっげなか(間違いない)あっこ(あそこ)は縞猫族の村やっでな(だからな)


 縞猫族と聞いて、改めて女性と他の七人を見る。確かに、髪の毛がメッシュを入れたように縞模様となっている。なんだかお洒落だ。


「さっきはすまなかったにゃ。あたしはルシカ、絶賛彼氏募集中の十六歳にゃ!」

「えーと、ルシカさんたちはどうして山賊まがいのことを?」

「それには海よりも深い理由があるにゃ」


 彼氏募集のことは無視して、リオンは聞きたいことを尋ねた。


「あたしらの狩場が使えなくなって、村の収入が減って困ってるにゃ。だからここを通る人から通行税をもらうことを思い付いたのにゃ!」


 とても浅い理由だった。


「そもそも、ここを通る人は皆パルシャー村に用がある人では?」

「にゃっ!?」


 ルシカを始め、七人全員がリオンを振り返って愕然とした顔をする。


「それに、通行料を勝手に取るのは犯罪行為では?」


 リオンはエルテガを見ながらそう言う。彼もうんうんと頷いている。


「国と領主の許可をとらんと(取らないと)盗賊といっちょ(何も)変わらんどな(よな)

「にゃにゃっ!?」


 最早、先を歩いていた七人は完全に足を止め、驚愕に身を震わせていた。


「そ、そんにゃ……盗賊なんて、そんなつもりはなかったのにゃ! 許して欲しいのにゃ!」


 つい先ほど、「身ぐるみ置いていけ」と言っていた人物とは思えなかった。ルシカが涙を浮かべながらリオンの足に縋る。小賢しいが浅はかで、あざといが憎めない。本当に猫みたいだな、とリオンは苦笑した。


「実害はないので許します」

「良かったにゃ! お前は猿人族(さるびとぞく)にしてはいい奴にゃ!」

「あ、僕は猿人族じゃなくて人族です。名前はリオン」

「にゃんですとっ!? 人族!?」


 ルシカが立ち上がり、リオンを色んな角度からまじまじと観察する。


「ほ、本当にゃ……猿人族の匂いがしないにゃ」

「近い近い!」


 リオンの首筋や腋に鼻を近付けてスンスンと匂いを嗅ぐルシカの肩を、彼は手で押して離れさせる。


(この、距離感がおかしい感じ、マギルカさんに似てるなぁ)


 そして、リオンとルシカの間にキリシュが体を捻じ込んできた。


「リオンはあたい()番やっど(つがいだよ)!」


 それはルーシアがよくやることだった。マギルカがリオンに体を寄せるとその狭い隙間に入り込んで、自分が婚約者でことをそれとなく主張していた。


(ルーシア……)


 リオンは最愛の人のことを努めて考えないようにしていた。ルーシアだけではなく、シャロンやアスワドのことも。考えると胸が締め付けられ、苦しくて叫び出しそうになるからだ。

 眉根を寄せ、胸を押さえてぎゅっと目を閉じるリオン。


「リオン、どげんしたと(どうしたの)!? 胸がいてど(痛いの)!?」


 突然のことに、キリシュはどうしたら良いのか分からず困惑した。自分の胸を押さえるリオンの手の甲に、キリシュが手を重ねる、


「ふぅ、ふぅ……すぅ~、はぁ~。うん、もう大丈夫」


 そう言ったリオンの顔はまだ少し苦しそうで、目には涙が貯まっている。キリシュとエルテガが心配そうに見つめ、ルシカたち縞猫族は戸惑いを隠せずにいた。


「な、何か病気を持ってるにゃ?」

「いえ、大丈夫です。ちょっと思い出しただけなので」

「そ、そうにゃ? ならいいにゃ」


 切り替えが早いのも猫みたいだ。リオンはそう思って少し笑った。

 弱音や愚痴を吐く時じゃない。少なくとも今はまだ。ルシカに倣って気持ちを切り替え、リオンは彼女たちの後を付いていくのだった。









 パルシャー村に着くと、村長(むらおさ)の所に案内された。話を聞けば、ルシカたち七人は村の自警団のような存在で、収入の減った村のために苦肉の策で通行料を取ろうとしたのは本当だった。村の東部に強い魔物が巣を作り、狩場へ行くことが出来なくなっている。また巣のせいでその辺りの弱い魔物が村の畑を荒らして作物も採れず、かなり困窮していた。


そいで(それで)、その辺りの草木が石化しちょっち(していると)聞いたたっどん(のだが)


 エルテガが状況を確認する。


そん(その)通りじゃ。コカトリスが少なくとも四体おっち(いると)見た者がかたっちょ(語っている)


 村長の言葉の語尾には「にゃ」が付かなかった。まぁ、初老の男性が語尾に「にゃ」を付けたとして、誰が得をするのかという話だが。むしろ付かなくて良かったかもしれない。

 リオンがそんな益体もないことを考えているうちに話が終わっていた。


「まだ陽がたっかで(高いから)様子を見にいっくる(行ってくる)わいたっ(お前たち)は村で待っちょけ(待っていなさい)

「いや、僕も行きます」

あたい()いっど(行くよ)!」

「はぁ~。話を聞いちょったどが(聞いていただろう)。コカトリスは石化攻撃をしっくっと(してくるんだ)あんなかどが(危ないだろうが)


 エルテガが心配するのは当然だ。コカトリスという魔物は、生物を石に変える毒霧を吐くのが最も厄介。巨大で醜悪なニワトリ型の魔物で、近付くと鋭い鉤爪や嘴で攻撃してくる。短距離なら飛行も出来、巨体に似合わず素早いらしい。縞猫族の手に負えず、冒険者に頼ったのも納得である。


 自然界での石化とは、有機物が石のように固くなる現象を指す。長い年月で生物の死骸にミネラルが浸透して骨や殻が石化する「化石化」はよく知られている。

 コカトリスの毒霧は、恐らく有機物の水分を吸収し、その表面をミネラル成分が覆うのだろう。その工程が想像を絶する速さで行われると考えられる。


「エルテガさん。僕は遠距離から攻撃出来ます」

「おおぅ……そうじゃった(そうだった)な」


 飛来するワイバーンを、リオンが一キロメートル近く離れた場所から撃墜したことをエルテガも知っている。


「リオンが『そげき』? している間、あたい()おやっどん(お父さん)がリオンを守ったらよかちおもっと(良いと思うの)!」


 どれだけ厄介で強力な攻撃手段を持つ相手でも、それが届かない距離から攻撃出来れば安全である。リオンとキリシュの言うことは非常に合理的だ、とエルテガも思う。


じゃっどん(それはそうだが)そいじゃ(それでは)リオンにばっか(ばかり)負担をかけやせんどかいかけることにならないか?」


 合理的であることは認めるものの、子供のリオンにそれを押し付けるような真似にエルテガは納得いかないようだった。


「エルテガさん。僕たちは仲間、いわば冒険者パーティじゃないですか」

「う、うん」

「パーティにはそれぞれ役割がありますよね? 出来る者が出来ることをする、それが当たり前のことだと思うんです」

「う、うん」

「僕のこと、頼りないですか?」

そげなこつなかど(そんなことはないぞ)!」


 ここに来るまで散々リオンの魔法に頼っている。<エア・ムーブ>しかり、野営の<コンプレックス・シールド>しかり。もちろん魔物を倒す攻撃魔法もだ。今更か、とエルテガは肩の力を抜いた。


「もっと僕に頼ってください!」

「うん、分かった。リオン、たのんど(頼むぞ)。キリシュ、わい(お前)もな」

「はい!」

「うん!」


 黒犬族のエルテガにとって、まだ子供であるリオンとキリシュは庇護の対象だ。しかし、共に旅する仲間であることも事実。仲間の力を信用し、時にそれに頼ることは黒犬族の矜持を何ら汚さない。むしろ結束を強める褒められた行為である。エルテガはリオンにそれを思い出させられた。守るべき子供であり、同時に頼れる仲間。リオンのことをそう見るべきだと気付かされたのだった。


「村長。そん(その)巣のあたい(辺り)を見下ろせる場所はなかけ(ないか)?」


 エルテガはリオンがしようとしていることを正確に読み取り、村長に周囲の地形を尋ねた。


「う~ん……こんあたい(この辺り)ちぃと(少し)高台になっちょっどん(なっているが)、離れ過ぎじゃなかけ(ではないか)?」


 村長は床に置いた地図の一点を示してそんな風に言う。


「距離はどれくらいですか?」

「あー、一キロは離れちょっどなぁ(ているよなぁ)

「大丈夫、問題ありません」


 リオンの言葉に、村長は目を白黒させてエルテガを窺う。それに対し、エルテガが自信をもって頷いた。


こん(この)子がそう言うたれば(言うのなら)だいじょっじゃ(大丈夫だ)


 そうして、リオンたちはその高台を目指して村を出発することになった。


そいで(それで)ないごておはん(どうしてあなた)が付いてくっと(来るの)?」


 キリシュが不満そうな顔でそう言う。


「にゃ? ちゃんと依頼が達成されるか見てるにゃ!」


 盗賊改め自警団のルシカが、リオンたちに同行することになったのだ。

 弓と矢筒を背負い、腰の後ろには鞘に入った短剣。やや露出の多い恰好が気になるところではある。


 リオンは改めてその姿を見て、縞猫族とは良く言ったものだと思う。キリシュより少し長い髪は灰色で、黒い毛が縞模様を成している。細長い尻尾にも灰色に黒の縞があった。瞳は黄色。明るい所では光彩が針のように細くなり、暗い場所では真ん丸に広がる。


「何ジロジロ見てるにゃ。あたしが可愛いから惚れたのかにゃ?」

「リオンっ!?」

「すみません、縞猫族を見るのが初めてで。あと惚れたとか全くありません」

「にゃっ!?」


 リオンの言葉にキリシュはホッと息を吐き、ルシカは惚れてないと断言されたことに驚愕して目を見開いた。どうしてびっくりする、とリオンはルシカの反応を不思議に思う。


 事前に聞いていた通り、目的の高台へ行く間にも弱い魔物が襲ってくる。キリシュとルシカが競うようにそれを倒していった。

 ルシカは木の枝から枝へ身軽に飛び移り、高所から弓矢で魔物を狙い撃つ。キリシュは近付いてきた魔物を双剣で素早く倒す。キリシュはともかく、ルシカの腕前も見事だ。


「……何もすることがありませんね」

あん(あの)くらいの魔物やれば(なら)加勢も要らんじゃろ(だろう)


 リオンとエルテガは二人が魔物を倒すのを見ているだけだ。一応危なくなったら手助けしようと構えてはいるが、今のところ特に問題なさそうだった。

 そうやって一時間ほど進んで、一行は高台に到着した。

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