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74 身体強化

「エルテガさんって、もしかして高ランクの冒険者ですか?」

「あー、一応『Aランク』じゃっどん(だけど)、キリシュがうんまれっからは(生まれてからは)あらかした(ほとんど)くゎっどしちょらんど(活動していないぞ)?」


 宿を探して道を歩きながら、リオンはエルテガに尋ねた。冒険者ギルドでのやり取りや、模擬戦の相手ベルガーの言葉から予想はしていたが、やはりAランクだった。つまり冒険者の最高峰である。


おやっどん(お父さん)わけ(若い)時、わっぜ(物凄く)活躍したたっど(んだよ)! ワイバーンやグレーターサーペントをひとい(一人)で倒したこともあっち(あるって)!」


 キリシュがドヤ顔で教えてくれた。グレーターサーペントとは、バジリスクに匹敵する巨大な蛇の魔物で、バジリスクとの違いは手足があることらしい。最早それはトカゲではないだろうかとリオンは思うのだが、そういう名前なので納得するしかあるまい。


「やっぱり。槍捌きを見て只者ではないと思ってたんですよね」

「そ、そうか?」


 エルテガはリオンの言葉に照れてそっぽを向いてしまった。

 娘が生まれてから冒険者活動を控えたというのは、家庭を大事にしたということだろう。もしくは、今は亡きキリシュの母ミリシュから控えて欲しいと言われたのかもしれない。いずれにせよ家庭を優先したエルテガの姿勢に、リオンは好感が持てた。


 王都に何度も来たことがあるエルテガが今夜泊まる宿を決めてくれた。リオンとしては屋根があればどこでも良いという気分だったが、宿選びは大事だとエルテガは言う。安いと盗難や強盗の心配があり、高い宿は際限なく高い。宿代と安全のバランスを見極めるのが案外難しく、そういった所で高ランク冒険者の威光が結構役に立つのだと言う。


「けっこうみごて(綺麗な)宿じゃっど(だね)!」

「うん、思っていたよりずっと綺麗だ」


 表通りから一本奥に入った場所にあるその宿は灰色の石造りで、紺色に塗られた窓枠が特徴の小綺麗な宿だった。狭いが、一人一部屋ずつ取ったので、久しぶりにゆっくり眠れそうである。野営ではずっと雑魚寝で、キリシュがやたらくっついてくるのだ。

 部屋で休む前に、宿の一階にある食堂で早めの夕食を摂ることにした。リオンたちが食堂へ降りてきた時は、他に二組の客がいるだけだった。


聞いちょったと(聞いていたと)おもどん(思うが)こっから(ここから)北へ二週間くらいの『バルシャー村』からでちょっ(出ている)依頼を受けた。リオン、勝手に決めっしもて(決めてしまって)すまん(すまない)

「いえいえ! 頭を上げてください、エルテガさん! 二人は善意で同行してくださっているんです。僕に気を遣う必要はありませんから!」


 子供のリオンに頭を下げて真摯に謝罪するところが、エルテガの純粋で誠実な性格を如実に表している。リオンは前世の記憶もあって、自分のことをとても純粋とは言えないと思っているので、エルテガのような人物が眩しく見えてしまう。


そげな(そんな)風にゆて(言って)くれて助かっ(助かる)


 キリシュは、父とリオンのやり取りを黙って見ていた。彼女にとってエルテガは厳しくも尊敬出来て頼りになる父だ。そんな父が、リオンを対等の相手として扱っているように見えて、何だかこそばゆい気持ちになる。偉大な父が、好きになった男を対等と見做すのは、誇らしかったり恥ずかしかったりして落ち着かない。言葉を発したらとんでもないことを言ってしまいそうなので口を噤んでいるのだった。


 キリシュがそんなことを考えているなど露知らず、リオンとエルテガは料理を注文する。時々キリシュに意見を求めるが、「そいでよか(それでいい)」としか言わない彼女に二人は首を傾げる。

 夕食を食べ終えると、翌朝早くに出発するということで、三人は早々に部屋へ戻った。


 リオンは女神ルシアレンへの祈りを捧げ、寝台に腰掛けて思索に耽る。お題は<身体強化>についてだ。


 魔力を全身に循環させる。そう考えた時に、改めて魔力とは何だろうと思う。実は、これについては以前も何度か考えたことがあり、結局答えを出すことは出来なかった。


 この世界では多くの生物が体内に魔力を持っている。魔力を体内で生成している、と言った方がより正しいかもしれない。

 例えば魔物。身体が大きくて強い魔物は体内に魔石を持っていることがある。これについて、リオンは「結石」のようなものではないかと考えた。一般的には余剰魔力が凝って出来たものと考えられているが、それだとだいたい心臓の近くに魔石があることの説明が付かない気がする。体内の魔力が固まるのなら全身どこでも良い筈だし、複数の魔石が体内にあってもおかしくないと思うのだ。


「魔力を作り出す器官がある。もしくは、魔力()作り出す器官が」


 この世界では人体に関する解剖学は発達していない。医者などはそれなりに知識を持っているらしいが、一般に普及しているとは言えない。ただリオンは、父の蔵書で人体解剖図を見たことがあった。それによれば、前世の記憶にある臓器以外、知らない器官はなかったのである。前世には魔法や魔力など存在しなかった。この世界にそれらが存在する以上、体のどこかで魔力を作っている筈だ。


「たぶん心臓なんだろうな」


 確証はないが、魔物の魔石が心臓付近にあることから、そう考えるのが自然だ。もしくは心臓の近い場所にある臓器。例えば肺。そのどちらか、或いは両方で魔力が作られているのではないだろうか。


「凝集して石のように結晶化するということは、魔力は概念的なものではなく、ちゃんと質量のある物質ということだ」


 人体に出来る結石は尿に含まれる成分が固まったものである。その主成分はカルシウムだ。魔力が魔物の体内で結晶化して魔石になるということは、結石のカルシウムのように、魔力というものが実在する「物質」であるという証左に他ならない。


「そして、それは体内を循環している」


 全身を循環しているものと言えば血液だろう。血液は、安静時には二十~三十秒で全身を一周する。激しい運動時には当然それよりも早くなる。魔力は血管の中を血液と共に流れていると考えるのが自然だ。


「血液との違いは、自分の意思で体外に放出できることか」


 それだけではなく、意思によって集めることも出来る。集めて体外に放出すれば魔法として発動し、体内を高速で循環させれば<身体強化>になる、ということだろう。


「血液と一緒に循環するのは無意識だ。恐らく<身体強化>が使える人は、この循環速度を無意識レベルで操作出来ているんだ」


 血液を意識して速く循環させることは難しいだろう。だが、魔力は自分の意思で集めたり放出したり出来る。ならば、血液よりも遥かに速く循環させることも、自分の意思で出来る筈だ。


「<視力強化>の魔法は、きっと眼球や視神経、脳の視床や後頭葉に魔力が集まっているんだろうなぁ。僕の場合は体外で疑似レンズを作ったりしてるけど」


 <視力強化>も<身体強化>の一種だと思われる。この場合、意識して視力を強化しているわけだから、全身の強化を意識して出来ない道理はないと思われた。


「まずは無意識レベルで循環している魔力を意識するところからかな……」


 そう結論付け、リオンは寝台の上で座禅を組み、目を閉じて瞑想のような姿勢になった。これが、この世界で初めて後天的に<身体強化>を会得する第一歩になるとは、この時のリオンは思ってもいなかった。









*****









 リオンが行方不明になって一か月。


 ユードレシア王国王立魔法研究所所長、リーゼ・ハルメニカと、副所長のマギルカ・グレイランは、護衛を伴ってとある場所に来ていた。


「しょ、所長!? ここで一体何が起こったんですか!?」

「本当にのぅ。とんでもないことじゃ」


 ブルスタッド帝国最北部の小さな町、フェルシカから更に北へおよそ二十キロメートル。そこはウルシア大森林の南端だった。そう、森だった筈である。そこが、直径二キロメートルに渡って浅いクレーター状に森が消失していた。

 ここは骨鬼族の拠点、マギアム文明の遺物「ポータル」があった場所である。


「骨鬼族の火球二つとリオンの魔法……何かよく分からんのじゃが『すいそばくはつ』とか言うておったが、凄まじい威力じゃの」


 護衛の騎士や魔法士たちはその光景を見てポカンとしていた。ここで何が起こったか理解出来ないとそんな顔になるらしい。


「本当に、こんな所にリオンくんの行き先の手掛かりが残ってるんでしょうか」

「分からん。だが何もせずにはおれんのじゃ」


 ユードレシア王国は、現在国を挙げてリオンの捜索を行っている。国内各領は当然のこと、外交ルートを使ってウルシア大森林の南部各国にリオナード・シルバーフェンの捜索を依頼していた。また冒険者ギルドには国からの正式な依頼として彼の情報を集めてもらっている。

 特にブルスタッド帝国は協力的である。カルロ・ラッツマルト・ベイレンダ・ブルスタイン第三皇子と、その婚約者ミリス・ラムダクス・カシュタイト・ユードレイシス第二王女の命を襲撃者から守ったとして、リオンの名は皇族を中心に知られているからだ。


 余談だが、カルロ皇子らの襲撃はイスタシア共和国によるものと既に判明しており、帝国は共和国に責任者の処罰と賠償を求めている。交渉が決裂すれば戦争も辞さない構えだ。


 話を戻すが、このようにリオン捜索の手はグレンドラン大陸南部全域に広がっているものの、彼の行方は杳として知れない。リーゼは特に責任を感じており、今回は転移が発動した現場に赴いて手掛かりを探しに来たのである。


 一行はクレーターの中心部に向かって歩いていった。


「あそこ、何か残っていませんか?」

「うむ、そうじゃな。恐らくポータルの一部じゃろう。お主の面目躍如じゃ」

「うぅ、分かるかなぁ」


 マギルカ副所長は、ユードレシア王国でも魔導具研究の第一人者と目されている。魔導具の多くはマギア文明の遺跡から出土した遺物を元に作られており、その解析にはマギアム文明時代に使われていた「古代文字」の解読が不可欠である。ユードレシア王国では、この古代文字に最も精通しているのがマギルカ・グレイランだと言われているのだ。


 ポータルに刻まれた魔法陣の解析。それによって、リオンの転移先を知ろうというのが目的だった。


「うわぁ~、やっぱり焦げてますね」


 ポータルを構成する「不壊の大岩」。現代の技術では魔法をいくら当てても壊れないその物体に、どうやったのか分からないが直接魔法陣が刻まれている。古代文字で構成されるその魔法陣を解読したいのだが、表面に土や草木、その他よく分からない物体が焦げ付いて魔法陣は全く露出していなかった。


「どれどれ……お、こそげ落とせそうじゃぞ」


 リーゼがその小さな指先で焦げた表面を削ると、僅かに岩の表面が見えた。


「これは、大掃除からですねぇ」


 マギルカはそう言って、護衛の騎士や魔法士たちを見る。彼らは嫌そうな顔をしながらも、ポータルの表面についた焦げを落とす作業に取り掛かるのだった。








*****









 王都グレンの北西、グレナーダ湖魔法試射場。二週間前から、ここでの魔法講義が再開されていた。講師はリオンの婚約者であるルーシア・レッドランと、リオンの従者コラードの二人だ。


『リオンが戻ってくるまで、彼の代わりを務めますわ!』


 リオンの無事を信じて疑わないルーシアは、それでも何かせずにはいられなかった。それで考えたのが、リオンの代理として魔法講義を続けることだったのだ。

 この魔法講義は王国の事業としてリオンが任されたもの。であれば、彼が不在の間、婚約者が代理を務めるのは道理であろう、という理屈である。


 ルーシアの<コンプレックス・シールド>は、彼女のたゆまぬ努力と元来のセンスにより、その精度と強度においてかなり上達した。教え子の中では最上級と言って良い。それで、ルーシアが<コンプレックス・シールド>の講義を行うことにしたのだ。


 一方でコラードはルーシアに巻き込まれた形である。<コンプレックス・シールド>以外はからっきしのルーシアは、従者ならリオンの代役として適任だろうと攻撃魔法の講義をコラードに押し付けた。


『望まない転移なんて異世界ではよくある話だ。それくらいでリオン様がくたばるわけがない。どうせ今頃、転移先で可愛い女の子を見付けてうまくやっているに違いない』


 コラードはそんな風に考えていた。リオンよりも遥かに異世界転生モノに造詣の深い彼は、これがテンプレ展開だと信じて疑わない。考えていることがだいたい合っているのも憎らしいところだ。


 ただ、彼も魔法に関しては一流の才能を持っている。リオンから直接薫陶を受け、彼の<アイシクル・ジャベリン>はリオンのそれと遜色ないレベルにまでなっていた。リオンから教わったことをそのまま受講者に伝える。リオン不在の今、従者としての仕事がないわけで、彼は不承不承ルーシアの求めに応じた。

 ただ、毎日アスワドに乗って試射場に飛んでいくのがどうしても慣れない。毎回叫びそうになる。


 アスワドは、ルーシア、彼女の侍女メリダ、そしてコラードの三人を乗せて毎日魔法試射場と別邸を行き来している。

 彼女にとって、リオンの不在は理解出来ないことだった。彼女は最初、自分がリオンに捨てられたのかと考えてしまった。

 それを、ルーシアやリーゼが根気よく話し掛け、そうではないと今では分かっている。だが、だからと言って寂しくないわけではない。


 シャロンは、用事のない時はずっと別邸の門の所に立っていた。リオンが今にも「ただいま!」と言って走ってくるような気がして、そこで待たずにはいられないのだ。

 アスワドも、試射場から帰ってくるとシャロンの隣に佇んでいる。そこで大好きな兄の姿を探し、待っているのだ。

 ルーシアもまた、そこに加わることが多い。陽がとっぷりと暮れて、メリダに促されるまでそこに立っている。


 特に会話することもない。お互いを慰め合う時間はもう終わっていた。今は信じて待つばかり。


 そんな彼女たちの元にリオンからの手紙が届くのは、あとひと月ほど先の話である。

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