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7 リオン、やらかす

 心ゆくまで<ストーンランス>を観察したリオンはホクホク顔で屋敷へ戻った。今日も今日とてこれからお勉強の時間である。その前に軽く湯浴みをしなければならない。自室へ行くとシャロンが出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ、リオン様」

「ただいま、シャロン」

「障壁は飛ばせましたか?」

「あ」


 魔法士団訓練所へ行った本来の目的を、今更ながらに思い出したリオンである。シャロンには、今朝走り込みへと出掛ける前に「障壁を飛ばそうと思うんだ」と告げていた。その言葉に、シャロンは折れるのではないかというくらい首を傾げていたが。


「と、飛ばせなかった」

「左様ですか」


 飛ばせなかったと言うか、障壁魔法を一度も発動しなかった。


「だ、だけど、魔法が飛ぶ原理については少しだけ分かった気がする」

「それはようございました」


 何故か言い訳をするリオンと、いつもの無表情で淡々と答えるシャロン。そのまま湯浴みをしてしばらくすると、午前中に行われる地政学の教師デンゼル・カッパーレイドがリオンの自室を訪れた。


「リオン君、おはよう」

「おはようございます、デンゼル先生」


 ユードレシア王国北東部に位置するカルード領を治めるカッパーレイド伯爵家。デンゼルはその四男である。光沢のある茶色い髪、優しげな緑の瞳はカッパーレイド家の特色。二十九歳で華の独身だ。


「王立学院入学も近いから、今日は東西の隣国について復習しよう」

「はい」


 そう言ったデンゼルが、机の上に大きな地図を広げる。ユードレシア王国を中心に、東には北から流れるベルスイア大河が線で引かれ、その向こうにブルスタッド帝国。西はガンドレイ山脈を隔ててキーレライト王国。ユードレシアの北はウルシア大森林、南は海である。


「ブルスタッド帝国は約千五百年前に建国されたブルスタッド王国が祖となっている」

「周辺国を武力で併合して、現在の帝国になったのが三百年ほど前、でしたよね?」

「その通り。よく学んでいるね」


 前世から歴史が苦手なリオンだが、デンゼルの地政学は隣国について物語のように教えてくれるので興味をそそられる。ブルスタッド王国がどのように領土を広げ、帝国と名を変えたのか面白おかしく話してくれた。


「今の帝国に領土的野心はないのでしょうか?」

「我が国とは友好を保っているようだけど、実際のところは分からない。そう言えば、王立学院には帝国の第三皇子が留学してくるから、入学すれば会うこともあるのではないかな?」

「いやぁ、お会いすることはないと思いますが」

「ミリス第二王女殿下も今年入学だし。ははっ、王族と皇族が学院にいるとなると大変かもしれないね」

「あはは」


 伯爵家と言っても家督相続とは縁のない四男の自分が、王族や皇族とお近づきになることはないだろう、とリオンは高を括っている。むしろお近づきになんてなりたくない。身分の高い者の周りは権謀術数が渦巻いているから。もちろんリオンの勝手な先入観である。


「西隣のキーレライト王国は比較的新しい国だ」

「確か百二十年くらい前でしたっけ?」

「そうだね。革命で前王家が倒され、今の王家が君臨した」

「ユードレシアとも五十年前まで何度も戦争した、と」

「うん。ガンドレイ山脈の隘路が一本しかないから、結局攻め手に欠けた」


 その隘路というのが、ルーシアのいるミガント領に通じているのである。


「逆に、我が国には他国へ侵攻する理由はないのでしょうか?」

「我がユードレシア王国も、知っての通り元は三つの国だった。西部・東部・南部に分かれていた訳だけど、東西の脅威に対抗するため平和的に一つに纏まった。地理的条件から、東西に侵攻するメリットがないのだよ」

「そうですよね。でもキーレライト王国はそう考えていなかった、と」

「革命で起こった国だから、攻められる前に攻めようとでも考えたのか……真実は分からないけれど」

「……山脈を超える手段があるのでしょうか?」

「キーレライトには“グリフォンライダー”の部隊があるらしい」

「グリフォンライダー!!」


 獅子の胴体に、鷲の頭と翼を持つファンタジー生物。この世界には実在するらしい。しかも、話の流れからそれに乗って空を飛ぶ部隊があると聞いて、リオンのテンションはぶち上がった。


「グリフォン……乗れるんですね」

「ガンドレイ山脈西部が生息地だよ。我が国ではほとんど見かけないね」


 ほとんど見かけないと聞いて、上がったテンションがスンと落ちた。


「グリフォンはかなり温厚な魔物なんだ。こちらから攻撃しない限り襲ってこないという話だ。キーレライト王国では、卵から育てて人に慣らし、乗れるように訓練するらしいよ?」

「へぇ~」


 それなら隘路を使わなくてもユードレシア王国に侵攻できそうだが、グリフォンの飛行高度と航続距離の問題で、山脈を越えて空から攻めこむには至らないらしい。


「デンゼル先生、北のウルシア大森林ですが、その向こうはどうなっているのですか?」

「それは今でも分かっていないんだ。我が国もこれまで何度か調査団を派遣したんだが、結局大森林の向こう側を確認した者はいない」

「そうなのですね……」

「我々とは異なる種族の国があるとか、大地の端まで森が続いているとか、乾いた砂しかない土地があるとか色々言われているけれど、全て眉唾だと私は思うね」


 異なる種族という言葉に、リオンはびくりと肩を震わせた。

 転生者には過酷な使命が課される(とリオンは思っている)。リオンの浅い知識の中でその代表格と言えば魔族とその王である魔王の存在。転生者は、己の体を張ってそれらから人々を守らなければならない(とリオンは勝手に思っている)。


「ま、魔族とかいるんでしょうか……?」

「マーマ族? いや、そんな種族は聞いたことがないねぇ」


 あ、あれ? いないの? それともこれまで存在が知られていないとか?

 いないならそれに越したことはないが、備えあれば患いなし。やはり絶対的な防御を生み出さなければ、とリオンは気持ちを新たにするのだった。









 翌早朝。走り込みを終えたリオンは昨日と同様、魔法士団訓練所に向かった。


「リ、リオン様!?」

「ままままさか、リオン様が二日連続でいらっしゃるなんて」

「遂に勝負してくださるのか!?」


 早朝から何となく訓練所でダラダラしていた団員たちはリオンの登場に活気づく。


「ちょっと試したいことがありまして」

「やあやあリオンくん。二日続けて来るとは珍しい、私の魔法を受けてくれる気になったのかい?」

「いえ違います」

「そ、そうか……」


 ライカ・ブルーネスト副団長が団員たちを押し退けてリオンの元へ駆け付けた。彼の障壁に挑戦したかったのだが、すげなく断られて肩を落とす。


「ライカ副団長、的をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「的? もちろん構わないよ。……あれ、攻撃魔法?」

「ええ、まあ、色々と」


 愛すべき「防御馬鹿」であるリオンが攻撃魔法? とライカは首を傾げるが、どうせ今、的を使っている団員はいない。今というか、昨日使ったのもリオンに<ストーンランス>を見せ続けたカイネンだけだったし、今日も誰も使わないだろうし。


 リオンは昨夜寝る前に考察した理論を試すつもりだった。さすがに自室で攻撃魔法の練習や防御魔法を飛ばすのは無理なので。


 昨日の観察で、魔力が推進力に変換されるのは間違いないと思えた。

 魔力は自分の知っているエネルギーの一種ではない、とまずは認める。それでも、イメージを具現化する「糧」であることは明らか。魔力とは魔法の糧。認識としてはそれで充分だろう。「魔力とは何か」に拘り過ぎると前に進めなくなる。


 リオンが試したいのは魔法を飛ばすことだ。昨日散々<ストーンランス>を見たので、やはり石を飛ばすのがイメージしやすい。

 ただリオンにとって、<ストーンランス>は非効率的に見えた。相手が生物なら急所を貫けば死ぬのだから、三十センチも長さは要らない。それよりも貫通力が重要だ。より固く、より速く、そうなるとイメージは「尖った弾丸」になる。

 直径は十二・七ミリメートル。五十口径と言われるやつだ。長さは五十五ミリメートル。一応NATO弾をモデルにしている。


 <ストーンランス>の見学では、「石の槍が飛ぶ」がひと繋がりのイメージなのではないかと推察した。が、昨夜もう一つの可能性に気付いた。

 「飛ぶ石の槍」をイメージしたから「飛ぶ」のではないか、と。


 言葉としては前後を入れ替えただけであるし、結果として起こる事象は同じだ。

 だが魔法的には大いに異なる。「石の槍が飛ぶ」は、石の槍を生成し、それを飛ばすという二つの工程に分かれている。

 一方、「飛ぶ石の槍」は飛ぶことが前提になった石の槍を生成するため、工程はひとつだけ。生成した瞬間に飛んでいくわけだから「飛ばす」イメージが不要なのだ。


 つまり、後者ならば「飛ぶ」のが自然であり必然。何故飛ぶのかという疑問が入る余地がない。だってそのようにイメージしているのだから。


 リオンはこの考え方が気に入った。何だか言葉遊びのようで、ちょっとズルをしているような気もするが、別に誰かを騙しているわけでもない。騙すのは自分自身の脳だけだ。


 リオンは「飛ぶ石の弾丸」をイメージする。弾丸ならそれを装填する銃器が必要。12.7x99mmだと対物ライフルが多い印象だが、リオンの記憶には丁度よい物があった。


「<ストーンガトリング>」


 GAU-19、ガトリング式重機関銃。三銃身型と六銃身型があるが、リオンは欲張らずに三銃身型を思い描く。銃身を回転させて猛烈な勢いで弾丸を吐き出すアレである。有名なSF映画ではアンドロイドでマッチョな主人公が手持ちで使ったりしていたが、通常はヘリなどに搭載して使用するものだ。


――ガガガガガガガ!!


 魔法士団訓練所に耳を(つんざ)く音が轟いた。聞いたことのない音に、団員たちが「なんだ!?」「どうした!?」と集まってきた。


 音がしていたのは十秒ほど。だが、団員たちとライカ副団長はそこで信じられないものを目にした。真ん中に丸い穴が開いた的。これまで数千数万発の魔法を撃ちこまれ、欠けることさえなかった岩の的に、直径二十センチメートルの穴が開いていたのだ。


 そして、穴を開けた張本人であるリオンは、魔力をごっそりと削られてその場に尻餅をついていた。その前に、ライカ副団長が仁王立ちになる。満面の笑顔だが、目が笑っていない。


「リオンくん? 何をどうしたらあんなことになるのかな?」


 ライカの低い声が上から降ってくる。いつもの軽薄さが鳴りを潜めたその声に、リオンはライカの顔を直視できなかった。


「ま、的が脆くなっていたのでしょうね、きっと。昨日カイネンさんがたくさん<ストーンランス>を当てたので……」


 三銃身型のGAU-19は、一分間に四千発の弾丸を発射する。十秒間に六百六十六発。貫通力重視でイメージしたなんちゃって五十口径石弾は、奥行一メートルの岩を怒涛の勢いで穿ち、遂には貫通したのである。


「カイネンの<ストーンランス>にそこまでの威力があるのなら、私は喜んで彼に副団長の座を譲るよ」


 ニコニコ笑顔のまま、ライカはそんなことを口にした。相変わらず目が全く笑っていない。

 リオンが攻撃魔法を的に当てたのは、ライカが知る限りで初めてであった。何度か攻撃魔法の練習をしていたのは知っている。だが、リオンの魔法は飛ばなかった。水・石で槍の生成は出来ても前に飛ぶことがなく、少し時間が経つとその場に落下した。火と風の魔法に関しては発動すらしなかった。だから、リオンには障壁以外に魔法の才がないのだと思っていた。


 それはリオン自身もほとんど同じ認識であった。転生者なのに魔法の才がない。魔法が飛ぶことに納得がいかず、イメージを形作ることができなかったのである。その分防御魔法に打ち込んだのだ。

 それが今回、「障壁を飛ばす」という荒唐無稽なアイデアを実現するため、<ストーンランス>をこれでもかというくらい見続けた。見続けたため、リオンの脳内にあった前世の常識という枷が外れたのである。魔法は飛ぶ、飛んで当たり前という常識に置き換えられたのだ。


 その結果<ストーンガトリング>というオリジナル魔法を生み出したのは、この世界における魔法の常識を知らないが故であろう。


 ライカ副団長に襟首を掴まれ、団舎へ引き摺られていく中、リオンは彼にどう説明しようかと冷や汗を流すのであった。

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